武術大会で平常授業 4
「納得いかないですね、なんで筵先輩が反則負けなんですか」
筵の試合が終わって数十分ほど経った後のZクラスの教室で淵は不満を漏らした。
Zクラスの教室に戻った筵達がお化け屋敷の開演の為の準備をしていると武術大会の運営によって反則負けの旨が伝えられた。
一時的とはいえ死亡したという事は、戦闘不能になったものであるという判断が下されたのである。
しかし、それは恐らく表向きの理由であり、本当の所は筵が優勝してしまう結果を良く思わない者達の物言いが入った、等という下らない理由である事は想像に難く無かった。
「本来は、出るつもり無かったんだから別にいいよ。それに、大会に出てたらこっちを手伝えないだろ?」
「それもそうですけど」
「で、どうだった、僕の戦いっぷりは?君たちのために戦ったんだよ」
「まあ、スカッとしました。・・・□□□□□□」
淵は少し顔を赤らめながら、後半部分を聞こえないくらいの小声で独り言のように呟く。
「えっ?”少しかっこよかった”って、嬉しいな」
「なんで、聞き取ってるんですか、地獄耳ですか」
淵はさらに顔を赤くしながら、主人公に有るまじき地獄耳をもつ筵に対して、肩を叩いたりなどの八つ当たりを繰り返した。
お化け屋敷の開演のタイムスケジュールは11時~12時、2時~3時、4時~5時となっていて、現在の時刻は10時半、開演まで残り30分となっていた。
「お兄様、もし宜しければ手伝わせてください」
中学の生徒会長であり、筵の妹である楼はZクラスに入室するなり、距離にしてコンマ1cm程まで筵に近ずいて、そう尋ねる。
「楼ちゃんは運営の仕事があったんじゃないの?」
「そんなものは紅來莉子に任せて来ました。せっかく合同開催しているにお兄様に会えなくて寂しかったです」
楼は、他では決して見せない心の底からの笑顔を筵に向ける。
そこに白装束を着た譜緒流手と、お化け役ではないにも関わらずドラキュラのような格好をしている梨理が近づいて来る。
「おお、楼、ひさしぶりだな」
「楼、来てたんだ」
「梨理先輩、譜緒流手先輩、ご無沙汰してます」
楼は筵が相手の時、程ではないものの、礼儀正しい態度で挨拶をする。
楼に近い人の中で、心の底から敬意を持たれているのは、家族意外ではこの2人くらいである。
「お前、何かやらかしてないだろうな?」
梨理は冗談半分に尋ねる。
「ええ、不心得な生徒会長を少し調教したくらいです」
楼はさぞ当たり前のことを言っているかのように淡々と述べてみせる。
「生徒会長ってカトリーナの姉だよな」
「やっぱり、やっちゃったか」
梨理と譜緒流手は予想通りと言った様子で頭に手を当てる。
「それよりも、お兄様、武術大会に出たというのは本当ですか?それも反則負けにされたとか?」
「そうだけど、何もしなくていいからね」
筵は楼のやろうとしていることを先んじて止める。
筵を狂信している楼の事である、運営を全員消すくらいの事は十分に有り得ることだった。
楼は納得出来ないという様子であったが敬愛する兄の命令なので渋々それに従い、気を取り直し、全員でお化け屋敷の準備に取り掛かった。
「では、お兄様、また後ほど」
楼はお化け屋敷の準備を一通り手伝った後、生徒会長としての職務に戻っていった。
開演時間まであと数分となると、驚くべきことに外には入場待ちの列が出来ていた。
まあ察するにその多くは、冷やかしなのだろうが、誰もいないよりは遥かにマシであった。
Zクラスのメンバーは最後にお化け屋敷に改築された教室の中心に円陣でも組んでいるかのように集合していた。
筵はゾンビに、譜緒流手とれん子は幽霊に、湖畔は落ち武者に仮装して、お化け役でない者達も、それぞれ簡単な仮装をしていて、梨理はドラキュラ、カトリーナは化け猫、淵は花子さんのような装いであった。
「よし、じゃあ各自、能力を生かして驚かせてやろうじゃないか」
「「おう!!」」
筵のあまり締まらない円陣で、気合を入れ、いよいよ最初の開演の時間となった。
「まもなく、開演します」
梨理が珍しく敬語で客に開演を伝える。
「Zクラスが待たせてんじゃねーよ、よし、みんな入ろうぜ」
開演の知らせを聞き、先頭に並んでいた5人ほどの男子の集団が教室に入ろうとする。
「おっと、入場は基本的に1人だぜ、カップルのみ2人で入場可能だ。お前らホモカップルなのか?」
「はあ、何だそりゃあ?何でそんなんにしたがわなきゃならねーんだ?」
先頭に並んでいた男が、梨理に対して文句を言って無理やり教室に入ろうとする。
梨理はため息をついた後、カトリーナに耳を塞ぐように指示を出す。
「”お化け屋敷は一人で入るのが常識だろ、忘れたのか?カップル以外が数名で入ると必ず3日以内に死ぬんだぜ”」
梨理が能力を発動させ、男達に催眠を掛ける、梨理の能力、”八百枚舌”は、ありえない嘘ほど信じさせてしまう、という能力である。梨理の言葉を理解出来てしまう者は、嘘だと分かっていてもその言葉に騙されてしまう。
「そうだったな、危ない危ない」
さっきまでゴネていた、その男は驚くほど素直に、一人でお化け屋敷に入っていった。
教室内は思いのほか暗く、多少なりとも恐怖を感じる。
最初の角を曲がった辺りの所で、鎧兜を付けた落ち武者が地面から生えてきていた。
そして、上半身のみの湖畔扮する落ち武者は、両腕のみで這いずってその男に近づいていく。
湖畔の能力、”影潜む隠居”は、影の中に潜ることが出来る能力であり、上半身のみを出して下半身を影の中に入れて、落ち武者を表現している。
湖畔の落ち武者の演技は決してうまいとは言えなかったが、やはり暗さと下半身が無いという事実だけで、充分怖かった。
男は驚き、足早にその場所を後にする。そして、次とポイントにたどり着いた。
「たすけて・・・たすけて」
何処からともなく声が聞こえてくる、男はまわりを確認するが誰もいない。暗い中、幾ら目を凝らしても誰も見つからず、男はただの音のみの演出だと確信して前を向き直した。
すると、驚くほどの至近距離にワンピース姿で麦わら帽子を被り幽霊メイクを施したれん子が立っていた。
「うぁああああ!!」
男は後ろに仰け反り、尻餅をついた。そして再び前を見るとワンピースを着た幽霊は居なくなっていた。
れん子の能力、”どこ吹く嵐”は存在感を操る能力であり、存在感を0にする事によりそこにいながらにして透明人間になることが出来る。
「どうなってんだよ、ここは」
男はお化け屋敷の暗さに参ったのか能力を発動して炎を作り出した。
しかし、どうした事か、その男は能力を発動し続けることが出来なくなり、炎はやがて消えてしまった。
これは裏方に隠れていた淵の能力、”異能悪性因子”の効果であり、その能力により能力を無効にすることが出来る。
「畜生、なんで能力が使えねーんだ」
男は仕方なく出口に向かって歩いていく。
すると前方から髪の毛を前に垂らして白装束の着た譜緒流手が、何のひねりもなく、ただ歩いてきた。
「お、おい、それでおどかしているつもりか?」
男は引きつった顔をしながら、精一杯に強がって、譜緒流手の前に立ちふさがる。
しかし、譜緒流手は歩みを止めることなく、その男の体を本物の幽霊のようにすり抜けていった。
譜緒流手の能力、”一方的好意的行為”は、物体をすり抜けることが出来る能力であり、その能力、その装いが合わさって、その姿は恐らく本物よりも本物の幽霊であった。
男は青ざめ、耐えられなくなったのか、出口に向かって走り出した。
出口の近くまでたどり着くと、その横には死体があり、そのあまりにもリアルな死体の演技は鬼気迫るものがあった。
男はそれに違和感を覚えたものの見ない振りをして、出口から出ようと試みる。
しかし、その瞬間、死体が発光をはじめ、人魂のような物に変化すると、ゆらゆらと空中を揺蕩って男の横を通り抜けていった。
筵の能力、”安定死考”は、死んだら10秒以内に生き返らなければならない能力だが、生き返る時に発光体になり、その間、そのままの状態で移動することが出来る機能も備わっていた。
「ぎゃあああー!!」
男は慌てて教室から飛び出す。
そしてそのまま廊下に倒れ込んだ男に対して、カトリーナは指を銃の様な形にして向ける。そして、指の先端に光が集まり、それを男の額に向かって撃ち込む。
カトリーナの能力、”記憶破産”は、記憶を破壊する能力である。
カトリーナはお化け屋敷の内容についての記憶を男から奪い、とにかく怖かったという印象だけを残して、男を野に放った。