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舟歌  作者: 都築 樹
3/3

沙宵と訪問者

それは滅多に鳴ることが無い音だったので、沙宵はそれを外の騒音程度にしか思わなかった。

ビー…ビー…と、何度か音が鳴り続き、ようやくそれが自分の家の呼び鈴だと気が付く。

寝癖の付いた髪を手ぐしで整え、ベッドがわりにしている長椅子からおりた。

玄関に行く前に、昨夜の酒からくる二日酔いを抑える為の水を一杯飲む、しかし良くなったためし等無い。勿論、今回も頭痛は止まらなかった。

重い頭を乗せてそろそろと玄関まで歩き、ドアの除き穴から外を覗く。沙宵はそこで、ぶんぶんと動き回る手を発見した。

そして数秒後、やっとそれを理解した。




   沙宵と訪問者 + + +




「いらっしゃい」


沙宵は玄関の前に立って元気に手を振っていたタオファを引き攣った表情で出迎えた。

この少女の突然の訪問はもう慣れたものだが、寝起きだけは勘弁してほしい。今日は朝4時に帰宅してからまだ3時間程しか経っていなく、好い加減に沙宵も眠くて仕方ない。


「どうする?上がってく?私もう寝ちゃうけど」

「ううん。渡す物と、聞きたいことがあっただけなの」


目の前に立つタオファは明るく笑い、手紙を差し出した。コッチの国に来てからこの子は父親を捜しながら配達屋の仕事をしている。


「手紙ィー?…………ふーん」


沙宵はタオファから渡された手紙に軽く目を通すと、それを直ぐにクズカゴに棄てた。

どうせ断ることなんか出来ない上からの命令だ。


「嫌いな人からの手紙?」


タオファが不思議そうに聞くのも当然だろう。誰から渡されたのかは知らないが、自分が持ってきた手紙が即刻棄てられたのだから。

沙宵は首を左右に振る。


「ああ、いらないから棄てただけ。聞きたいことは?」

「渡し守の家がどこにあるのか知りたいの。川岸に行ったんだけどいなかったし、他の人達に聞いても分からなかったの」

「あなたまだそんな呼び方してたんだ。う〜ん。入っといで」


玄関にある靴を蹴散らかして、沙宵はタオファを招き入れた。口で場所を教えてもきっと解らないと思う。

部屋の汚さの割に、何ものってないテーブルと長椅子だけの閑散とした沙宵の部屋。


「適当に座って待ってて」


タオファの目が、どこに?と沙宵に聞いていた。

それを無視して、地図を引き出しの奥深くから引っ張りだし、余分なオマケがバラバラと床に落ちた。地図を見るなんて、ホント久しぶりだ。


「ねぇ、これ本物?あたし始めて見たわ」

「ん?」


地図を広げていた手を止め、下に落ちたガラクタに目を向けた。タオファが気に止めるほどのモノなんて入れた気がしないのだが。


「これ、本物の銃でしょ♪」

「あーそんなとこにあったんだ。懐かしいな」

「ねーねー撃てる?」

「残念。弾は持ってないのよ。それももらいもん」

「なーんだ」


入ってたら撃つ気だったらしい。

とりあえず、タオファに近づけないのが得策なのだろう。

沙宵は銀色に鈍く光る銃を、タオファの手から取り上げた。


「誰から貰ったの?」

「河原にいる暇そうなオッサンによ。昔使ってたモノらしいわ」

「渡し守が?」


沙宵は苦笑しながら頷いた。

タオファと沙宵の認識はこんなモノなのである。これは、きっと渡し守自体に問題が有ると信じたい。


「渡し守って昔何してた人なの?」

「さあ?私はあの暇人の事は全然知らないわね。まぁ、聞こうと思えば聞けただろうけど、詮索するのはめんどくさくて。」


沙宵は腰に片手を当てニヒルに微笑んだ。


「私が知ってるのは何であんなに煙草吸ってんのかとかー…そんなとこよ。」


地図をまた開いてテーブルに放る。調度都合良く広がって落ちた地図の一部を、沙宵は持っていた銃で指し示した。

それは河原への入口からずいぶんと離れた所に付いたバツ印。沙宵はそれを、むかし渡し守達が休憩所として使っていた建物だと、一心に耳を傾けるタオファに説明した。


「今はあの暇な奴しか使ってないわ。河原にぼーっと座ってなかったのなら公共シャワーかココね。」

「ありがとう!行ってくるわ。」


タオファは元気良くお辞儀をして楽しそうに駆けて行った。と、そう思った所でくるりと向きを変え沙宵に手を振る。ちぎれたらさぞや遠くに飛びそうだと思いながら、沙宵はヒラヒラと手を振り返した。

無邪気で何処までも純粋な子供。

あの暇人はあの子が自分の所へ来たらどんな顔をするのだろう。

沙宵は小さく笑った。

そして扉の閉まる音を聞くと、再び長椅子に横になった。

手に持った銃を掲げ、懐かしそうに眺める。それを初めて持ったのはずいぶんと昔なのだが未だ沙宵はそれを覚えてる。

あいつは私に弾の入ったこの銃を渡した。


「…私も若かったのよね。…ん?」


沙宵は鈍く光るシリンダーに何か彫られているのを見つけた。今まで気付かなかったのも無理が無い、とても見ずらい文字。きっと使い古して薄くなったのだろう。

沙宵は目を細め、その流暢に書かれた文字を読んだ。そして笑う。

よくもこんなもの書いたものだ。

沙宵はハンマーを上げ、天井に向けて片手で銃を構えた。


“requiescant in pace”



「『安らかに眠れ』か…。」


カチッ!

……………


そんな奴いやしないと、沙宵は皮肉に笑った。



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