表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

5章~再会の空は青く高く~




 人族の時の流れでは、悠久の昔より続いている三族の争い。


 彼等の時間にしてみれば、ほんの数百年前からの対立関係であろう。


 その闘いの幕が、今再び開かれようとしていた。







「さぁ、始めようか。天帝。」



 (めい)が言ったその言葉に、堰龍(えんりょう)が言葉を返す。



「いいのか?二対四になるぞ?」


「気にする事はない。


 私と今の漲麒(ちょうき)ならば、力はお前達と釣り合うするはずだ。



 それとも、多勢に無勢では、やりにくいか?」



「いいえ、こちらは五人だわ。」



 瞑の言葉に、玲龍(れいりょう)が割り込む。



「玲龍!」


「竜の姫も、戦力に加わると言うのか?」



 堰龍と瞑が同時に言う。



「玲龍、ダメだよ。」



 慌てて颯龍(そうりゅう)が玲龍を止めた。


 それに対し、瞑は鼻で笑ってこう言う。



「守られているだけの竜の姫が、私達と戦うと言うのか?


 無理な事は止めておいた方がいい、竜の姫には、天帝達の陰に隠れている姿が似合っているというものだ。」


「風帝。


 私は宝珠(ほうじゅ)女神(にょしん)である前に、竜族の一人です。


 竜族は武将の一族。私にも武将として闘う力があります。」



 馬鹿にする瞑に、玲龍は落ち着いた声でそう返す。



「ダメだ、玲龍!」


「そうよ。下手をすれば、あの時のように力が暴走してしまうわ。


 また命を落としかねない・・・」



 四竜帝は口々に玲龍を止める。



「大丈夫です、兄様達。


 あの時月と日の水晶は割れてしまった。


 だから今この世界には、あの子達がいます。


 呼び戻すには、ちょうどいい機会でしょう。」



 玲龍は必死に止める兄達に、微笑みながらそう言った。


 この言葉を聞き、四人の中で最初に玲龍の言わんとしている事に気付いたのは炯龍(けいりゅう)であった。



「そうか・・・二つの水晶は割れているんだ。あいつらが外に出ている。


 あいつらがいれば、玲龍の力が暴走する事はないんだ。」



 この炯龍の言葉で、他の三人もその意味がわかったのだった。



「いいですね?兄様達、私も闘います。」


「わかった。」



 四人は頷き、玲龍は笑顔を返した。







「もういいか?待ちくたびれたぞ。」


「もう少し待ってくださいませんか?装備を整えます。」


「装備・・・だと?


 ここでどうやって装備を整える。ここには何もない。


 解っているのか、竜の姫?武器も防具も、ここには存在しない。」



 玲龍の言葉に瞑は訝しげにそう言い、漲麒も少しばかり驚いていた。



「いいえ。武器も防具もあります。


 すぐそこに・・・」



 瞑の言葉に対し玲龍はそう答え、天を指差す。



「天空・・・空に何がある?何もありはしない・・・あるのは・・・」


「月と太陽・・・!?・・・そうか・・・姫は光を操る者だ!?」


「そう。私があの時に砕いてしまった二つの水晶。月の水晶と日の水晶。


 あの中には私の武器と防具が封印されていました。」



 玲龍の言葉に、堰龍が言葉を続ける。



「争いを嫌った玲龍が、自ら己の武将としての力を封じた物、それがあの水晶だ。


 玲龍の武器と防具は生きている。


 だからこそ自らの主人の力に呼応し、あの時に砕け散った。


 その時から呼ばれる時を待ち続け、天空で光り輝いている。」




「私の武器とは・・・力を制御するもの。


 おいで、月晶(げっしょう)。」



 玲龍がその名を呼ぶと、天空から一匹の小さな銀のヘビが舞い降りた。


 そして、玲龍の右手に嬉しそうに巻きつき、光り輝く篭手となる。



「そして私の防具とは・・・敵の攻撃を制御するもの。


 いらっしゃい、日晶(にっしょう)。」



 玲龍の声に、同じように一匹の金のヘビが舞い降りた。


 そして今度は首に巻きつき、光り輝く胸当てとなる。



「これが・・・私の装備。」


「まさか・・・そんな物があるとはね。


 だが、だからといって強いという理由にはならん。行くぞ!」



 瞑の言葉で、この闘いの火蓋は切られた。





********************************************





「お前達に勝ち目はないのに、どうして闘うんだ?漲麒!」


「僕達に勝ち目がないだって?どうしてそう思う?


 僕の力は煌麟(こうりん)の力も合わさり、いまや火と水を操る事が出来る。


 君と(せき)(りょう)を合わせた力だよ、炯龍。」



「たとえそうだとしても、オレ達には玲龍がいる限り死ぬことも、倒れることも有り得ない。


 お前達の方が不利だ!なのに、なぜ闘うんだ漲麒!!」



 炯龍はなぜかとても辛そうだった。


 そんな炯龍に漲麒は聞き返す。



「ならば君達はなぜ闘うんだい?」


「お前達が仕掛けて来なければ、こちらから行く事は有り得ない。」


「そう。


 僕達は、君達がいると地上を支配しきれないからさ。


 邪魔な人族を全滅させたくても、君達の導く光がいつも邪魔をする。


 ・・・だからだよ。」



 漲麒はそう言うと同時に、炎の矢を炯龍目掛けて放った。


 しかしそれは、炯龍に届く前に汐龍の張った水の壁で消し去られた。



「姉貴。」


「漲麒が水と火を使うのなら、こちらも同じ力で対抗するものよ。


 炯龍、無駄口を叩く暇があるのなら力を使いなさい。」



 漲麒を見つめながら、汐龍は炯龍に言った。





********************************************





「私は三人相手ですか。


 それならば・・・一番弱いところから突かせてもらいますよ。」



 瞑はそう言うと、玲龍目掛けて風の鞭を振るう。


 それはビシッという音を立てて玲龍に命中した。



 ・・・と、瞑の頭には浮かんでいた。


 だが実際は、その風の鞭は玲龍の光の壁によって打つ消されていたのだった。



「なにっ!?」


「瞑。言っておくが・・・装備を身に付けた玲龍の力を、身につけていない時の玲龍の力と一緒にしない方がいい。」



 堰龍の言葉に颯龍が続けて言う。



「月晶達が水晶に封じられていた時の玲龍は、力を使えば制御しきれずに暴走した。


 だから玲龍は力を使う事を止めたんだよ。


 でも、月晶達をその身につけた玲龍は、力の制御が出来る。


 装備を身につけた玲龍は、僕達の中で一番の戦闘力を持っているんだ。


 玲龍自身は使いたがらない力ではあるけどね。」



 颯龍の言葉を聞き、瞑は動揺を隠せなかった。


 自分の知る玲龍は、いつも四竜帝の後ろに守られているばかりの存在、一番弱い存在のはずであったのだ。


 その玲龍が実は、自分が苦戦を強いられた四竜帝達よりもその力が上だというのである。



「だから私はこの子達を水晶に封じ込めたのです。


 この力で他人を傷つけたくはなかったから・・・その為に、月と太陽を動かすのに、この子達を封じ込めた水晶を使うことになってしまった。


 本来ならばこの子達は自分自身で動けるのに・・・私が封じた為に動けなくなってしまったから・・・許してね。」


 玲龍は悲しそうな顔でそう言い、光り輝く篭手と胸当てを撫でた。


 撫でられた篭手と胸当ては、その瞬間一層輝きを増したのであった。






********************************************





「月晶、日晶・・・ゴメンね。


 私を許して・・・もう・・・力を使いたくないの・・・誰かを傷つけたくはないの・・・だから・・・許して・・・月晶・・・日晶・・・」



 玲龍は泣きながら金と銀のヘビを水晶の中に封じ込めた。



「玲龍、何をしているんだ?」


「炯龍兄様・・・


 月晶と日晶を・・・水晶に封じました。」


「なっ!?・・・あいつらを封じたのか?


 だがそんな事をしては・・・太陽と月が動かなくなるぞ?


 どうするつもりなんだ?」



 炯龍は驚いて玲龍に言った。




 天空に浮かぶ月と太陽。


 それを動かしているのは、金と銀の二匹のヘビであった。


 その二匹のヘビは、主である玲龍の命令で月と太陽を一定の周期で移動させていた。


 その為この二匹がいなければ月と太陽は移動する事無く、その場に留まり続ける。


 それは、地上が常に照らされ続ける、もしくは闇を纏ったままという事なのであった。



「私が水晶を使い動かします。」


「しかし、それではお前が神殿から出れなくなるぞ?」


「仕方ありません。全ては私が望んだ事です。」



 玲龍が固く決意してやった事なのだと知り、炯龍は全てを承知した。



「それ程までの覚悟があってやった事なら、もうこれ以上は言わない。


 お前が神殿を出れないのなら。


 オレの方から会いに来てやるよ。颯龍も連れてな。」



 炯龍のその言葉に、玲龍は笑顔を返した。





********************************************





「あの時に封じていなければ、今このような闘いをせずともすんだはずなのに・・・


 でも今更後悔しても始まらない事・・・風帝・・・退いてはくれないのですね?」



 玲龍がそう聞いたが、瞑はやはり頷かなかった。



「こちらとて、今更退くわけには行かない・・・苦戦するとわかったが、だが最後に立っていればいいだけの事。


 お前たちを倒す!?」


「・・・わかりました。


 それならば、私も全力で行かせてもらいます。」



 玲龍はそう呟き、右手を掲げる。


 するとその掌に黄金に輝く光が集まりだし、それは次第に一本の光り輝く槍へと形を変え、そして玲龍の手から離れて行った。





********************************************





「漲麒。いくら力は同等でも、二対一では同時に攻撃が出来るオレ達の方が有利だ。


 諦めて大人しく退け!」



「嫌だね。それに僕も同時に二つの力が使えるよ。


 ほら、こんな風にね!」



 そう言うと漲麒は炯龍に水、汐龍に火の攻撃を繰り出した。


 それを二人はかわし、炯龍はもう一度漲麒に言う。



「無理だ。いくら同時に攻撃できると言っても、どちらか一方に気を取られて集中出来ていない。


 それでは・・・オレ達は倒せない。」



 炯龍は悲しそうな目で漲麒を見て、そう呟いたのだった。






********************************************






 数時間の闘いの後、攻撃の手を緩めて玲龍は瞑に言った。



「もうこれ以上、私はこんな事は続けたくありません。


 お願いです風帝・・・退いてください。


「それは出来ないと言っている。


 この争いの終止符は、私かお前たちのどちらかが倒れた時に打たれるのだからな。」



 そうしてさらに数時間、瞑と玲龍たちの攻防は続けられた。







「これ程まで、竜の姫に苦戦する事になるとは・・・思いも寄らなかったな。」


「それがわかったのなら、どうか退いてください。お願いです、風帝。


 私は・・・人を傷つけたくはありません。


 これ以上無意味な争いはしたくはないのです。」



 今にも涙が零れそうな瞳を、玲龍は瞑に向けた。



「この闘いを、無意味と言うのか・・・わが一族の願いを・・・地上を支配するための闘いを・・・」


「無意味だろう。地上を支配してどうする。


 闘いに勝利しても、手に入るはずの地上はすでに独立した人族のモノだ。


 地上を手に入れるには人族と争わねばなるまい。


 その闘いに勝利しても、手に入った地上は荒野と化し、支配するモノも存在していないだろう。


 そんなモノを手に入れて何になるんだ?」


「荒野になっているのなら、我等で創り直せばいい。」



 堰龍の言葉に瞑はそう言い返した。だがその言葉を颯龍が否定する。



「無理だよ、瞑。


 僕たち双方の力で荒野となれば、その地に命が再び芽生えるまでにどれだけの時間が必要だと思ってるの?」



 颯龍の言葉を玲龍が続ける。



「この地上は完全な滅びの時を迎える事になるのです。


 あなたはそんなモノが欲しいのですか?


 あなたが滅び去った後でないと恐らく元に戻ることはない。


 このまま私たちが争いを止めなければそうなってしまうのですよ?


 風帝・・・お願いです。退いてください。」


「・・・・・・ダメだ。」


「風帝!」



 瞑の呟きに、玲龍は悲鳴のような声で叫んだ。



「ダメだ。


 私に一族の未来を消す事などは出来ん。


 この闘いの決着をつけるのが私の役目なのだ。


 行くぞ、天帝!?」



 そう言い放ち、瞑は三人に攻撃を仕掛けた。






********************************************





「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」



 漲麒の息遣いが次第に荒くなって行く。



「漲麒。いくら力は互角でも、闘いが長引けばお前の負けだ。


 それが解らないのか?


 体力の消耗はオレ達よりも酷い。


 頼む・・・退いてくれ。」


「半身である煌麟を失い・・・その上僕に一族の願いまでも諦めろと言うのか?


 それは・・出来ない。」


「炯龍。それ以上言っても無駄でしょう。」


「姉貴。」


「もうこの闘いは始まってしまっているのだから・・・どちらかが倒れるまで、終わる事はないのよ。」



 冷たいようではあったが、それが事実なのであった。


 すでに始まってしまったこの闘いに、終わりを告げる事が出来るのは勝敗が結した時だけなのだ。





********************************************





 瞑の攻撃は激しさを増していたが、一向に玲龍たちを傷つける事は適わなかった。


 て玲龍の創り出した光の壁によって防がれ、堰龍と颯龍の反撃が返って来るのである。



「お願いです、風帝。


 これ以上、自分を傷つけないで・・・このままでは、私はあなたの命を奪ってしまいます。」


「この命など・・・地上が手に入るのなら惜しくはない。」


「風帝・・・」



「玲龍・・・もう諦めろ。


 瞑はすでに覚悟を決めている。」


「いっそ一思いに命を絶つ方が瞑のためかも知れないよ。」



「兄様・・・でも私は・・・誰も死なせたくない。誰も傷つけたくはないのです。


 こんな事なら私は、地上に降りるのではなかった・・・私の願いはただ・・・静かに暮らしていたかっただけなのに・・・」



 悲しみが玲龍を包み込み、玲龍の瞳からは静かに涙が流れていた。





********************************************





「うわぁぁぁ!?」



 炯龍の攻撃をまともに受け、漲麒は地上へと落下した。



「漲麒・・・」


「何を悲しそうに見る?


 言っただろう・・・どちらかが倒れるまでこの闘いは終わらないと・・・


 君たちの勝ちだ。


 これで僕は・・・煌麟の元へ・・・」



 微かな微笑を浮かべてそう呟き、漲麒はそのまま息絶えた。




「漲麒・・・以前のオレは玲龍を殺したお前たちを憎んでいた。


 だけど今のオレは・・・お前たちを憎みきれなかったんだ。


 だから・・・死なせたくなかったのに・・・」


「炯龍・・」


「死なせたくなかったんだ・・・姉貴。」


「そうね。」



 必死に悲しみを堪えているように言う炯龍に、汐龍は静かに頷いた。





********************************************





「君達の勝ち・・・だよ。


 さぁ竜の姫・・・終止符を打つといい。」



 すでに起き上がる力さえ残っていない瞑が玲龍に言った。


 その言葉に玲龍は小さく首を振る。



「私にはもう・・・これ以上あなたを傷つける事など・・・出来ません。」


「竜の姫は・・・私の苦しみを長引かせたいのか?」


「!?」


「瞑の言う通りだ。


 玲龍、このままでは苦しみを長引かせるだけだ。


 俺が代わりにとどめを刺そう。」



 玲龍の身体を颯龍に預け、堰龍は自らの力で剣を創り出した。


 玲龍はもう見ている事が出来ずに両手で顔を覆い、颯龍はその身体を優しく包み込んで玲龍が倒れないように支えていた。




「何か言う事はあるか?」


「そうだな・・・次に生まれ変わった時には・・・竜の姫の望みと同じように静かに生きてみる事にしよう。」


「それだけか?」


「あぁ・・・感謝するよ。」



 それだけ言い、瞑は静かにその瞳を閉じた。


 そして、堰龍の持つ剣が振り下ろされる。





********************************************





「兄貴、颯龍。決着は着いたのか?」


「そっちもな。」


「玲龍?」



 汐龍と炯龍が玲龍たちに合流したとき、颯龍に支えられていた玲龍に異変が起きた。



「どうしたの、玲龍?どこか怪我を?」



 いち早くそれに気づいた颯龍が眉をひそめ、玲龍に声をかけたが、返事がもどることはなく、玲龍の身体はそのまま力を失った人形のようにバランスを崩す。


 その瞬間玲龍の身体を覆っていた胸当てと篭手は、それぞれ金と銀のヘビの形をした腕輪となり玲龍の手首へと移動した。



「玲龍!」



 倒れそうになった玲龍の身体を颯龍と堰龍が咄嗟に支えた。



「一体どうして・・・」


「とにかく移動しよう。ここにいても仕方ない。」



 玲龍の身体を抱き上げ、堰龍が弟達にそう言った。





********************************************





 倒れた玲龍を連れ、四人は雨宮家へと戻ってきた。


 そして、珠姫の部屋へと玲龍を連れて行く。


 この時四人はもう一度人族の姿を纏っていた。


 暗示で周囲にそう思い込ませる事も可能ではあったが、今はそんな暇がないと判断したのである。


 唯一人、玲龍だけが珠姫ではなく玲龍の姿のままであったのだった。



「一体・・・どうしたんだ?


 瞑の攻撃は一度も当たらなかったはずだ。」


「わからないわ。力が暴走したわけでもないようだし・・・!?・・兄さん!!」



 突然汐龍が叫んだ。


 その声に堰龍達が振り返るとそこには、全身が光り輝いている玲龍がいたのである。



「これは・・・」



 光っている玲龍の姿が次第に珠姫の姿へと変わって行った。


 そしてまた玲龍の姿へと・・・それを幾度となく繰り返していた。



「どうなっているんだ?」


「僕達の時はこんな事はなかったのに・・・」



 動揺が隠し切れずに四人は玲龍を見つめる。


 そんな最中、不意に玲龍の瞳が見開かれた。


 姿は以前として玲龍と珠姫の交互に入れ替わっている。



「玲龍!?」


「玲龍・・・」



 四人は玲龍を呼ぶが、目覚めたと思われる玲龍に反応は一切ない。


 四人は不信に思いながらもそのまま玲龍を見つめ続けた。


 すると、玲龍の口から不意に言葉が紡がれる。



「・・・神殿・・・へ・・・」



 と・・・。


 そしてまた、その瞳は閉じられた。



「神殿?


 玲龍・・・神殿へ行けというのか?」


「行きましょう、兄さん。


 ここで手を拱いているよりもいいかも知れない。」


「でも神殿と言っても・・・どの神殿なのさ?


 神殿は五つあるんだよ?」


「玲龍が神殿と呼ぶのは、天央てんおう神殿だけだ。」



 四人はそう結論付け、玲龍を連れて急ぎ天央神殿へと向かった。






********************************************





 あの直後から天央の結界が強くなっており、一族の者達でさえも入ることが出来ないと以前聞かされた事を思い出した堰龍は、結界を越える際、天央が今どうなっているのかと考えた。


 しかし天央神殿は、彼らが人族の身に転生する以前と変わらずにそこに建っていた。


 所々傷んでいるようではあるが、修復された痕も見えた。


 それを行ったのは恐らく、天央に住む一族の者達であったろう。




「堰龍様、それに他の天帝様方も・・・お帰りなさいませ。


 よくぞご無事で・・・


 天央に住む者たちは皆、地上にいる一族たちからの報告を聞いてお戻りになられるのを心待ちにしておりました。」



 天央神殿に着くと神殿に仕える巫女達が出迎えた。



「話は後だ。先に玲龍を部屋へ連れて行く。」


「神殿の方へお行きください。姫様が天帝様方をお待ちでございます。」


「なっ!・・・なんだと!?


 バカな・・・玲龍が神殿で待っているというのか?


 では、俺が抱えているのは玲龍じゃないとでも言うつもりか?」



 出迎えた巫女の言葉に四人は驚愕する。



「兄さん・・・とにかく神殿に行ってみましょう。


 行ってみれば、そこに本当に玲龍がいるのかわかります。」



「そうだな・・・行こう。」

 汐龍の言葉に堰龍達は頷いた。







 四人が神殿に入ると、そこには紛れもなく玲龍がいた。


 そう、水晶の棺に眠る玲龍が、神殿の祭壇にいたのだ。



「これは・・・確かに玲龍だ。だが、なぜだ?


 俺の腕の中にいるのも、紛れもなく玲龍だ。


 なのになぜここにも玲龍がいる?」



 棺に眠る玲龍を見て、堰龍が眉をひそめて言った。


 すると突然、堰龍の腕の中にいた玲龍と棺に眠る玲龍とが呼応するかのように光りだしたのであった。



「これは・・・なんだ?」


「兄貴、玲龍が!」



 炯龍が叫ぶのと同時に、堰龍の腕の中にいた玲龍の姿が光の粒へと姿を変え、霧散した。



「何!馬鹿な・・・こんな事が・・・」



 動揺する四人の目の前で、その光の粒は棺の中で眠る玲龍の全身へと降り注がれていく。





「一体・・・何が起こっているんだ?」



 事態を把握しきれない四人はただただ見守る事しか出来なかった。


 そんな時、四人の目に映る棺の中の玲龍に異変が起きたのだった。



「これは・・・」



 玲龍の身体は次第に珠姫へと姿を変え、そしてまた玲龍へと姿を変えた。


 そしてそのまま玲龍の姿で落ち着くと、ゆっくりとその瞳が開かれだしたのである。


 開かれた瞳は以前にも増して輝くような黄金で、そしてその身体を包むように広がっている髪もまた、さらに輝きを増した白金であった。



「玲龍?」



 動揺がまだ収まらない中、堰龍が呼びかける。


 すると玲龍は棺から身体を起こし、四人に視線を移すと微笑を浮かべたのであった。



「兄様・・・無事に転生出来たのですね?」



 この言葉を聞き、四人はさらに驚愕した。



「玲龍。それは一体どういう意味なんだ?


 それにさっきのは一体・・・今まで一緒にいたのはお前ではなかったのか?」




「何から・・・お話すればいいでしょうか?


 一度に聞かれても困ります。


 それに・・・私もまだ目覚めたばかりで、あまり身体の自由が利きません。


 一日、休ませていただけますか?」




「あ・・・あぁ。わかった。


 その前に一つだけ教えてくれないか。」



 玲龍の言葉に頷き、そして堰龍はこれだけはと思ってそう言った。


 これに玲龍は快く答える。



「何でしょう?」


「お前は・・・


 お前は本当に玲龍なのか?」


「?・・・堰龍兄様。


 私が玲龍でなくば、誰だと言うのでしょうか?


 私は紛れもなく兄様たちの妹、天央宝珠女神である玲龍です。


 ・・・まぁ!月晶、日晶。


 お前たちいつの間にここへ?」



 首を傾げてから玲龍は堰龍に答え、そして自分の両手首にある腕輪を見てそう歓喜の声を上げたのであった。


 すると二つの腕輪は二匹のヘビへと姿を戻し、玲龍に甘えるように擦り寄った。


 それを見て堰龍達は頷き、玲龍にこう言った。



「確かに玲龍だ。変な事を言って悪かった。


 今日はゆっくりと休むといい。話は明日聞こう。


 俺たちもそれぞれの神殿の様子を見に行かねばならんしな。」



 堰龍の言葉に他の三人も頷く。



「?・・・もしかしてこれは・・・棺なのかしら?」



 不意に玲龍はそう呟いた。その呟きを聞き四人は唖然とする。



「嫌だわ・・・棺に入れなくてもいいのに。


 どうせならば寝台に寝かせて欲しかったわね。」



 と言って玲龍はそこから立ち上がろうとした。


 だが足に力が入らず、そのまま倒れ込みそうになる。



「玲龍!」


「大丈夫か?」



 すぐさま四人は駆け寄り、玲龍を支えた。



「嫌だわ、立ち上がれないなんて・・・


 どれだけ眠っていたのかしら?」



「部屋まで運んでやろう。」



 そういって堰龍は棺の中から玲龍を抱き上げて歩き出した。



「ごめんなさい、堰龍兄様。重いでしょう?」


「玲龍は軽すぎるくらいだ。


 ・・・そう言えばこんな事を前にも言った気がするな。」


「それって珠姫ちゃんにだよ。堰龍兄さん。


 珠姫ちゃんにも軽すぎるって言った事があったよ。」


「そうか・・」


「珠姫というのは・・・誰?


 いえ・・・聞いたことがある気がするわ。


 なぜかしら?



 まだ記憶が定かじゃないみたい・・・」



 額に手を置いて、玲龍はそう言った。



「きっとまだ、目覚めきっていないんだわ。」



 そしてそう呟き、玲龍はそのまま堰龍の腕の中で眠ってしまったのだった。



「珠姫の事を知らないなんて・・・どうなっているんだ?」


「それは明日になればわかるでしょう。


 とにかく今日は、玲龍を置いて自分たちの神殿の様子を見に行きましょう。」


「そうだな。


 考えるのは明日にしよう。」



 汐龍の言葉に頷き、堰龍達は自分たちの神殿へと戻ったのだった。





********************************************





「姫様。四竜帝がお越しです。」


「ありがとう、神殿ね。


 私が神殿に入った後は、誰も神殿には近づけないようにね。」


「かしこまりました。」



 玲龍の言葉に頭を下げ、巫女達は玲龍の身支度を整えていく。






「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」


「いや、そうでもない。もう歩けるのか?」


「大丈夫です。


 昨日は身体が目覚めてすぐでしたから立てませんでしたけど・・・今朝はもう身体の機能は回復していますから。


 お気遣いありがとうございます、堰龍兄様。」



 堰龍の気遣いに笑顔で答え、玲龍は円卓の自分の台座に腰掛けた。



「では、話を聞かせてくれるか?」


「その前に少しいいですか?


 この子達を放さないと・・・月と太陽が動きません。」



 両手首にある腕輪を指し、玲龍は言った。



「そうだな。」


「月晶、日晶。さぁ、お行きなさい。」



 玲龍に言われ、少し名残惜しそうにしつつ二匹のヘビは天空へと飛び立った。




「それで・・・何からお話すればいいのでしょうか?」



 玲龍のこの言葉に四人は同時に違う事を言った。



「今まで俺たちと共にいたお前の事を・・・」


「玲龍がなぜ棺の中にいたのか・・・」


「目覚めてすぐに言った、僕達が無事に転生出来ていたのかという事・・・」


「何で堰龍兄貴の腕の中にいた玲龍が消えたのか・・・」



 と・・・。これに対し玲龍は呆然として、そしてこう言った。



「兄様達・・・一度に四つも答えられません。


 一つにしていただけませんか?


 それに、一緒に言われても聞き取れません。」



「悪い。」


「それで・・・どれから答えましょうか?


 堰龍兄様の聞きたいことからですか?


 それとも汐龍姉さまの聞きたい事?


 炯龍兄様、颯龍兄様の聞きたい事?


 どれからでしょうか?」



 玲龍の言葉に、結局年長者からという事で落ち着いた。





「では、堰龍兄様の聞きたい事からですね。」



 玲龍の言葉に頷き、堰龍が言う。



「今まで俺達と共にいたお前は、一体何者だ?お前ではないのか?」


「兄様と共にいた私・・・それは私であって私ではありません。」


「それはどういう事だ?」



 玲龍の言葉にさらに炯龍が聞いた。



「あれは私の心・・・私の竜珠が映し出した、いわば影のようなものです。


 ですからあれは、私であって私ではありません。解りますか?」


「大体の事はな。」




「では次は私ね。


 なぜ玲龍が棺の中にいたのか。」



「あれは、巫女達が入れたからです。


 私は寝台に寝かせてくれていた方がありがたかったのですけれど、巫女達が棺に入れてしまったのです。


 一応死んでいたのですから、仕方ありませんけれど・・・出来れば寝台の方がよかったですね。」


「死んでいた?」


「えぇ。


 私の身体は、兄様達の前で目覚めるまでは死んでいました。


 というよりも、機能が停止していたと言う方がよいのでしょうか?


 これでいいですか?」



 汐龍に答えて玲龍は言った。




「次はオレだな。


 何で兄貴の腕の中にいた玲龍が消えたのか。」


「それに関しては、本体である私の中に戻ったからとしか言えません。


 それどころかあのまま私の元に戻らずにいたのなら消えるだけでなく、ここにいる私さえも存在しなくなるところでした。」


「目の前にいる今のお前も、いなくなっていたと言うのか?」



 驚く堰龍の言葉に、玲龍は頷く。



「はい。棺に眠る私が身体ならば、兄様達と共にいた私は心。


 心がなければ身体は動きません、そして身体がなければ心は存在していられない。


 もう少し戻るのが遅れていたならば、心は入る器を失い、身体である私は入るべき心を失った人形となっていました。」



 今までいた玲龍が実は心だけの幻影だったと知り、四人は少しばかり動揺していた。




「最後は僕の質問だね。


 なぜ目覚めた玲龍は僕たちに、無事に転生していたと言ったのか・・・」


「えぇ、本当に・・・無事に転生していてよかったです。


 私自身、失敗してしまったのですから・・・」


「失敗した?」


「はい。」



 驚愕する四人に玲龍は頷いた。



「あの時私の命は消える直前でした。


 私の中の竜珠を取り出し、新しい兄様達の竜珠を創る。


 そこまではよかったのですが・・・兄様達の竜珠を取り出したところで、私の身体は息絶えてしまいました。


 普通の場合ならば、竜珠を失った兄様達の身体は私が制御するのですが・・・あの時はそれも出来なくて・・・


 その為に兄様達の身体は心を伴わずに力が暴走してしまい、麒麟族、鳳凰族、そして地上を破壊しました。」


「地上は一度滅びたのか?」


「はい。


 あの時もう少し時間があれば、そんな事にはなりませんでした。


 ・・・麒麟族、鳳凰族、そして地上の一部を滅ぼした後、自らの暴走した力によって兄様達の身体は朽ち果て、新しい身体となって竜珠と共に飛び立ちました。


 残ったのは兄様達の身体から抜き取った、新しい私の竜珠となるはずの四つの竜珠のかけら。


 でも息絶えた私にはどうする事も出来ず、かけらのまま竜珠は兄様達の後を追ってしまったのです。


 そして新しい竜珠が出来ていない私の身体は、新しい身体を創るために朽ち果てる事もなくそのままここに留まってしまいました。」



「では、今までいた玲龍は、不完全な竜珠から出来ていたものだと・・・」



 玲龍の言葉を聞いて堰龍が聞く。



「そうです。あの身体で力を使ったりしたのでしょうか?


 私が目覚めているという事は、心である竜珠が戻ってきたという事・・・でもそれにはあの身体が朽ち果てねばなりませんでした。


 不完全とはいえ竜珠が創りだした身体です。


 力を使いさえしなければ、地上の時間経過で数十年は生きられる身体です。


 それなのに、転生してから地上で言えば十数年程・・・こちらの時間にすれば転生するまでの時間を入れてもほんの二年程。


 あの身体で力を使ったのでしょう?」



 結果から予測して、玲龍はそう言った。



「あぁ、そうだ。漲麒と煌麟、それから瞑が襲ってきたんでな。」


「彼等もまた、地上に転生したのですね。


 その時に力を?私の元にいたという事は、あの子達も使ったのですね?」



 玲龍は二匹のヘビのことを言った。それにも堰龍は頷いた。




「だからこんなにも早く私の身体は目覚めてしまったのですね。


 本当ならば、後数日は棺の中で眠っていたのでしょうに・・・」


「それはどういう事だ?」



 玲龍の言葉に対し、堰龍は聞き返す。



「言いましたでしょう?あの身体は不完全な竜珠が創っているとはいえ、地上では数十年生きられる身体であったと・・・


 その数十年、こちらで言えばほんの一時ではあるけれど、その間に不完全であったとはいえ元は一つとなるはずの竜珠です。


 その時間があれば完全なものへと変わって行くはずだったのです。


 それに私の身体も、その間に自然と癒されます。


 そして完全なものへと戻った竜珠を、癒されたこの身体に取り込めればよいと思いました。


 兄様達の転生が失敗していれば、私も共にこの世界から消えていた事でしょうが・・・転生の成功を願い、竜珠の変化を願いました。」




 静かに目を伏せて一度言葉を切り、そしてまた玲龍は言葉を紡いでいく。



「でも戻ってきた竜珠は不完全なまま、その竜珠を取り込んだこの身体も同じくまだ不完全なまま・・・


 今の私には一切力を使う事が出来ません。


 力を使えば、一つになっていない竜珠が砕け散り、即座に私の命は消えてしまうでしょう。


 そうなれば新しい身体への再生どころか、兄様達も新しい身体へと再生する事が出来なくなる。


 地上では時の流れが早く、竜珠の変化も早い。


 でもここでは流れが遅くなってしまう。


 私の中に戻ってしまった以上、このまま竜珠を癒すしかないけれど、それには十数年の時を費やす事になります。」



 玲龍は苦悩を隠しきれず、顔を歪めた。



「あの時もう少し時間があれば・・・完全な竜珠として転生させる事が出来たのに・・・


 悔やんでも悔やみきれない・・・


 このままでは兄様達が傷ついても、私には癒す事も出来ない・・・」



 今にも泣き出しそうな玲龍に、堰龍達は気にするなと言う。



「とにかく力を使わないようにしろ。



 ほんの十数年じゃないか・・・俺たちの怪我よりも、お前の命だ。」




「それにしてもこんな事実があったとは思わなかったわ。」


「オレ達が地上で暮らしている間、玲龍は一人でこの神殿に眠っていたのか・・・」



 炯龍のこの言葉に、玲龍は首を振る。



「心は兄様達の元にありました。


 ・・・そう言えば、珠姫というのは地上での私の名前でしたね。


 竜珠が融合して、地上での記憶が私の中に流れ込んで来ましたから解りました。


 それからもう一つ、これも私の失敗ですね。


 炯龍兄様と颯龍兄様を、私よりも年下に転生させてしまったようで・・・ごめんなさい。」


「そんな事は構わないけどね。確かに覚醒した時は驚いたけどさ。」


「そうそう、何で僕達が玲龍よりも年下なのかってね。」



 覚醒した時の事を思いだし、二人は笑った。




「力を使えるなら成長させる事も出来たのですけど・・・ごめんなさい。


 方法はあるにはあるのですけれど、それは間違えると堰龍兄様よりも年上になってしまいますし・・・それに兄様達二人だけでは、私は心配です。」


「その方法ってもしかして・・・」


「はい、地上で暮らす事です。


 こちらではほんのわずかな間、地上では数年です。


 でも油断をすると、すぐに歳を取ってしまいます。


 それに兄様達だけでは、生活が心配です。


 もし病気にでもなったら・・・」


「それなら心配ないよ。僕も炯龍兄さんも病気知らずだから・・・地上へ行こう、炯龍兄さん。」


「そうだな。元通りの歳まで、地上で暮らすよ。いいだろ兄貴?」



 炯龍の言葉に堰龍は頷いた。



「行って来い。ついでに家の後始末もして来てくれ。」


「関わりのあった人族の記憶を消せばいいんだな?


 じゃ、行って来る。」


「身体には気をつけてね。」



 玲龍は心配そうに二人を見送った。



「そんな心配そうな目をしなくても、今日中に戻ってくるんだ。」


「でも、地上ではその間に、数年が過ぎるのです。


 ちゃんと食事を取ってくれるのか・・・それが心配です。」



 玲龍はただ、祈るばかりであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ