4章~そして歴史は繰り返す~
玲龍は水鏡に映る地上を眺めていた。
「また・・・地上で争いが始まってしまった。
なぜ人族は、いつも同じ種族同士で争いあうの?
争いは・・・何も生み出しはしないのに・・・
私達の導きの光は、彼等には届かないというの?」
水鏡に映る地上の争いの様子、それを見る玲龍は悲しそうな表情を浮かべる。
自分達は地上に生きる者にとって、よりよい未来へと向かうように光を与えているはずなのに、なぜ地上では争いが絶えないのかと、玲龍は愁いていた。
「何を悲しそうな顔をしてるんだ?」
「そんな顔は玲龍には似合わないよ。」
愁い顔の玲龍に、二つの声が掛かった。玲龍の二番目と三番目の兄、天帝南竜王炯龍と天帝北竜王颯龍であった。
「炯龍兄様、颯龍兄様。」
「地上を見ていたのか?」
「地上は今日も、争いが絶えない状態みたいだね。」
玲龍と同じように二人も水鏡を覗き込んだ。
「兄様達。堰龍兄様が、あまり自分の神殿を離れないようにと言ってましたわよ。」
水鏡を覗き込んでいる二人に、玲龍は長兄の言葉を伝える。
「あぁ、兄貴ならこの前会ったよ。」
「僕は姉さんに会ったよ。」
「南天神殿は別に俺がいなくても、武将揃いだからそう簡単には侵入者など入ってこられないさ。」
「そんな風に過信してはいけませんわ、炯龍兄様。
敵がいつ襲ってくるかなど、誰にもわからないのですもの。
民の為にも、油断はなりません。」
炯龍の言葉に、玲龍は真顔で言う。そんな玲龍の言葉に、颯龍が頷いた。
「妹に説教されるとは思わなかったな。
颯龍、お前は人のこと言えないだろうが!」
「そうだけどね。もう少し、自重するよ。」
炯龍の言葉に颯龍は苦笑いを浮かべる。
「だがな、玲龍。
俺達の天よりも、この天央神殿の方が一族にとっては大事なんだぞ?
いくら結界が張られているのだとしても、油断はするなよ。
敵が来た時はすぐに使いをよこせよ。どこにいても飛んで来るからな。」
炯龍が珍しく真剣に、玲龍にそう言った。
天央神殿に張られている幾重もの結界は、竜族の者でも出入りする為には相当な力がなければ入れないものである。
もしこれが一族以外の者であったならば、それ以上の力が必要となり、命を落とす事も考えられる。
しかし天央神殿の中に住む者達だけは、この結界に関係なく出入りできるのであった。
だが余程の事が起きない限り、天央神殿内の者達は外部へと出ることはないのであった。
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煌麟は雨宮家の玄関の前に立ち、
「さてと・・・天帝達はお待ちかねかしら?」
と、そう呟いて何食わぬ顔をして訪問客のようにインターホンを押した。
【ピンポーン】
「兄さん、来たわよ。」
「随分と礼儀正しく来るね。」
「汐龍、出迎えてやれ。」
司に言われ、怜香は玄関へと向かった。
ガチャリと玄関の扉を開くと、もちろんそこには煌麟が立っていた。
「お出迎えありがとう、西竜王。」
「どう致しまして。どうぞ、お入りなさいな。」
煌麟を招き入れて扉を閉め、煌麟を兄弟達が待つリビングへと案内する。
「待っていたぞ。話を聞く前に、玲龍はもちろん無事なんだろうな?」
入って来た煌麟に、司は間髪入れずにそう聞いた。
「そんな事、聞かなくても解るでしょ?
傷一つつけていないわよ。
わざわざあなた達が強くなるような事、あたし達がするわけないじゃないの。」
「そうか・・・それで、用件は何だ?やはり、天上の支配か?」
少し安心してから、司は煌麟に再び聞く。
「そうよ。天地の支配があたし達一族の望み。」
「だけど鳳凰と手を結んで、それが適うのかしら?」
煌麟の言葉に、怜香が聞き返した。
それに、煌麟は笑顔で答える。
「それとこれとはまた別の問題。
あたし達にとってまずは、天を治めるあなた達との事が最大の難問と言えるのよ。
それを解決する為に、あたし達は敢えて鳳凰と手を結んだ。」
「じゃあ、僕達を倒した後は、鳳凰とやり合うつもりなんだね?」
「もちろんよ。」
至の問いに、煌麟は当たり前だと頷く。
「それで・・・俺達にどうしろと?」
「まずは、あなた達にはあたし達の居場所に来てもらうつもり。
今日のあたしはただの使いよ。
あなた達を呼び寄せるのが、今日のあたしの仕事なの。
その後の事は、来てから瞑にでも聞きなさいな。
来ない時は宝珠女神がどうなっても知らないわ。なるべくなら、あたし達も彼女は殺したくないのだけどね。
好き好んで、あなた達の逆鱗に触れる気はないわ。
でもいざとなったら・・・殺るわ。それは忘れない事ね。
用件はこれだけ、場所はこの地図に書いてあるわ。
じゃあね。」
そう言い残し、煌麟は去って行った。
「完全な罠・・・ね。」
「でも行かなくちゃいけないよ。」
「玲龍の命がかかっているからな。」
怜香、至、快の三人が司に目を向ける。
ほんの束の間司は黙り込み、そして立ち上がった。
「行くぞ・・・玲龍を救い出しにな。」
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珠姫はまた夢を見た。
玲龍としての記憶を、夢として見たのだ。
「・・・この夢が・・・私の記憶だと言うの?
何度も見る、見る度に違うこの夢が・・・本当に私の記憶なの?」
すでに眠る度に見る玲龍としての記憶が、珠姫を悩ませていた。
この呟きも既に、幾度目なのであろうか・・・。
「お兄ちゃん・・・お姉ちゃん・・・快くん・・・至くん・・・助けて・・・」
この数日の間、何度となく逃げようと試みた珠姫であったが、どうしても漲麒に見つかり、逃げられなかったのであった。
逃げる術をなくした珠姫は、知らぬ間に兄達に助けを求める呟きを漏らしていた。
そうして珠姫は、また眠りに落ちる。
いくら眠ってもすぐに目が覚めてしまうのだ。玲龍の記憶を夢に見て・・・。
「姫様。朝でございます。
お目覚めになってください。」
幸せそうに眠る玲龍を、揺り起こす声がした。
天央神殿に仕える巫女の一人である。
「おはようございます。珍しいですね、姫様が寝坊なさるなんて・・・」
玲龍の身支度を整えながら、巫女はそう言った。
「そうね。珍しく目覚めが悪かったわ。どうしてかしら?」
「お疲れだったのでございましょう。ところで姫様、兄上様方がお見えでございます。」
「兄様達が?神殿にいらっしゃるの?」
「はい。姫様がまだお目覚めでないとお伝えして、お待ちいただいております。」
玲龍の問いに、巫女は恭しく答えた。
玲龍達天帝が住む五つの神殿は、実際は国や街のようなものであり、それぞれが統治する神殿と呼ばれる区域<東天神殿・西天神殿など>の中央に本当の神殿が建てられている。
この神殿の名前からそれぞれの区域はそう呼ばれるようになっており、区域固有の名称は存在していなかった。
この五つの神殿の中でも特に重要なのが、玲龍が住む天央神殿であり、そこに住む者は竜族の中でも高位に位置する者である。
しかし、四竜帝はそれぞれ各神殿の主である為に天央には居を構えていない。
そして、この天央神殿の中央にある神殿内には、四竜帝と玲龍、そして玲龍に仕える巫女以外許可なく出入りできないのであった。
また、この神殿の最奥には玲龍の部屋と祈りの間<玲龍が神殿と呼ぶ場所>が存在する。
そこがこの天上に於いて、最も結界の強い場所であった。
「兄様!姉様!」
玲龍が神殿に入ると、四竜帝が待っていた。
「おはよう、玲龍。よく眠れたか?」
「おはようございます、堰龍兄様。とてもよく眠れたわ。今日は寝坊したんですもの。」
玲龍は照れたように堰龍に答える。
「おはよう、玲龍。今日もいつになくかわいいわね。」
「おはようございます、汐龍姉様。どうもありがとう。」
玲龍は微笑んで汐龍に答える。
「おはよう、玲龍。今日も元気か?」
「おはようございます、炯龍兄様。とても元気です。」
玲龍は笑顔で炯龍に答える。
「おはよう、玲龍。今日は髪を結い上げたんだね?」
「おはようございます、颯龍兄様。たまにはいいかなと思って・・・変ですか?」
玲龍は颯龍に挨拶してから、そう聞き返した。
これには四人とも、そんな事はないと答えた。
「それで、兄様達が揃っていらっしゃるなんて、どうなさったのですか?」
普段四人一緒になど来る事のない兄達が、今日に限って揃って来た事に玲龍は疑問を覚えたのだ。
「何だ、忘れているのか?」
その玲龍の言葉に、炯龍が驚いたように言った。それを聞いて玲龍は何の事かと首を傾げる。
「本当に忘れているの?」
「今日は玲龍の十七歳の生誕記念日でしょう?忘れたの?」
「私の・・・生誕記念日?」
それを聞いて玲龍は思わず聞き返していた。
「そうだよ。本当に忘れていたんだな。」
「生まれるというよりも、再生するという方が正しい俺達だが、一応生誕記念日はあるのだから祝いぐらいしないとな。」
ポンポンと玲龍の頭を叩き、堰龍が言った。
「忘れていたわ・・・そういえば、そうね。」
「玲龍は、あまり自分の事に関心がないから困るわね。
地上や私達の心配ばかりしていないで、少しは自分の事も頭に置いておきなさい。
これは、私からの贈り物よ。」
と、汐龍は首飾りを玲龍に手渡した。
それに続いて、堰龍は腕輪、炯龍は指輪、颯龍は髪飾りをそれぞれ渡す。
「ありがとう、兄様達。」
思わぬ贈り物を受け取った玲龍は、満面の笑顔を兄達に返したのだった。
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珠姫が捕らえられている場所。
そこは地上であるが地上ではない場所。
人族が陽炎・幻・蜃気楼と呼び、見えていても行く事が出来ない場所。
そこに珠姫はいた。
麒麟族の城、幻影城に・・・。
「煌麟が残して行った地図の示す場所は、人族の作り出した地図上には描かれていない場所だわ。つまりは麒麟族の城、幻影城。」
煌麟の持ってきた地図を見て、怜香がそう言った。
他の三人も地図を覗いている。
「自分達の城に来いとは、大した度胸だな。
普通は自分の懐には敵を呼び寄せないもんだけどな。」
「だけどやはり、玲龍が自分達の手中にあるという強みなんだろうね。」
快の言葉に至が返す。
「だけどこうなると、やっぱり罠としか言いようがないわね。
私達が行くのは、周り中敵だらけの場所なんだから・・・」
「だが行くしかない。玲龍が、奴等の手にある内はな。」
地図を握り締めて、司は弟達に言った。それに三人は異議を唱える事無く頷いた。
「姫。もうすぐ四竜帝が来るよ。君を助ける為にね。」
ベッドの上に黙ったまま座り込んでいる珠姫に、漲麒は部屋に入って来てそう伝えた。
そんな漲麒の言葉にも、珠姫は何の反応も示さずに、ただ座っているだけであった。
「嬉しくないの?君の兄上達が、君を助けに来るんだよ。」
「お兄ちゃんが?・・・助けに?」
まだハッキリと目覚めていないのか、それともまだ浅い眠りの中にいるのか、珠姫は虚ろな目でそう呟く。
「そうさ。四竜帝が君を助けにやって来る。
僕達が呼んだんだよ・・・彼等を殺す為にね。
四竜帝は、罠と知りながらもやって来るよ。
自分達の命よりも大切な君がここにいるのだから・・・ね。」
そう言って、漲麒は珠姫の手を取った。
「・・・・・・」
漲麒に手を取られても、珠姫の思考は停止したままであった。
これから何があるのか、どこへ行くのかとも思ったのだが、それよりも珠姫の頭の中には別の映像が繰り返し流れ込み、今の状況を考える余裕がないのであった。
「せっかく君を迎えに兄上達が来るんだ。だから、出迎える支度をしないとね。
数日振りの兄弟達との対面、最後の対面になるんだから、綺麗にして会わないと・・・ね。」
そうして漲麒は部下に命じ、珠姫を入浴させ真っ白な服を着せた。
それは、珠姫が玲龍であった時に好んで着ていたモノによく似た白い衣装なのだった。
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「玲龍!いいな、ここから一歩も出るんじゃないぞ!」
「堰龍兄様!」
突然武装した堰龍が天央神殿に飛び込んで来て、そう言った。
「麒麟族の奴等が攻めて来た。
いいな、ここから出るんじゃない。
お前達、玲龍を守れ。解っているな!」
「はい、お任せください。
この命に代えましても、姫様は私達がお守り致します。」
堰龍の言葉に臆する事なく、神殿の巫女達は頷き返す。
静かな天上界は突然の敵襲に騒然としていた。
天上の支配を目的として、麒麟族が突如攻め込んで来たのだ。
そして、それに便乗するかのように天地の支配を目論んでいる鳳凰族までもが動き始めたのであった。
「兄様!」
「大丈夫だから、お前はここにいるんだ。」
巫女達に玲龍の安全確保を命じ、堰龍はすぐさま神殿を飛び出して行った。
神殿の結界の外ではすでに、麒麟族と鳳凰族を相手にして、竜族の武将達が闘いを繰り広げていた。
「兄貴、玲龍は?」
「神殿に閉じ込めて巫女達に後は任せた。
結界も強化しておいたから、余程の事がない限り大丈夫なはずだ。」
「なら早く終わらせて、玲龍に無事な姿を見せないとな。」
炯龍は麒麟族の武将達を相手に、笑いながらそう言ったのであった。
神殿に残された玲龍は、闘っている兄達と一族の者達を思い、神殿内で祈りを捧げていた。
宝珠女神である玲龍の祈りは、竜族の傷と疲れを少なからず癒すものだ。
「姫様。」
巫女の一人が玲龍に声を掛けたが、祈りを捧げている玲龍には一切聞こえていない。
「無理よ。祈祷中の姫様は、意識を外界から一切遮断なさっているわ。
だから今が一番無防備なのよ。私達がしっかりとお守りしなければいけない。」
「それはいい事を聞いたかも知れないな。」
巫女の言葉に対し、聞こえるはずのない青年の声が返って来た。
「誰だ!」
侵入者でしか有り得ない声の持ち主を振り返り、巫女達は一斉に戦闘態勢に入る。
「僕かい?
僕は黒水麒、麒麟族の一人だよ。」
神殿の扉を開き、漆黒の髪と青い瞳の青年が現れた。
「黒・・・水麒・・・麒麟の長!地帝黒水麒漲麒か!」
告げられた名を反芻し、巫女達は心底驚いた。
外で今まさに繰り広げられている三つ巴の一族の長の一人である彼が、自分達の目の前に立っているのだ。
「結界が張られているここに、無傷で入って来れたのか!?」
「まさかだね。
結界を抜けるのはさすがに骨を折ったよ。
この僕の左手が使い物にならなくなるくらいにはね。
でもそれだけの価値のある者が、ここにはいるからね。
姫は貰っていくよ。」
肘の付け根まで無数に走る裂傷とひどい火傷の痕を見せ、笑って漲麒はそう言った。
「そう言われて、はいそうですかと姫様をお渡し出来るわけがなかろう!
の命に代えても、お前の手には渡さぬ!」
漲麒の言葉に、巫女の長である女性は敵意も露わにそう言った。
「それは命の無駄遣いと言うものだよ。
君達が束になってかかって来ても、僕の相手をするには荷が重過ぎる。」
「例えそうであったとしても、我等は引くわけには行かぬ!
姫様は我等の命全てよりも、一族にとっては大事な方なのだ!」
「じゃあ、姫が気付いてしまう前にすませないと・・・ね。」
漲麒はそう言って軽く唇を舐め、右手を掲げたのであった。
「兄貴、雑魚は粗方片付いたよ。」
多少息を荒げ、炯龍が堰龍に言った時、颯龍が慌てて二人の前に飛んで来た。
「堰龍兄さん!」
「どうした颯龍?」
息を乱してやって来た颯龍に、堰龍が聞く。
「黒水麒が・・・漲麒の姿がないんだ!」
「姉貴と闘ってるんじゃないのか?」
「姉さんは白火麟の相手をしてるんだよ。
鳳凰族はすでに退いた後で、漲麒が瞑の相手をしている訳でもない。
漲麒の姿だけ、この戦闘中に誰も見てないんだ。おかしすぎるよ!」
颯龍は何かあるのではないかと堰龍に言ったのであった。
「なかなかやるわね、白火麟。」
「そちらこそ・・・ね。
でももうそろそろ漲麒が引き上げてくる頃だわ。
悪いけどここは退かせてもらうわね。」
「?・・・どういう事?漲麒は兄さん達と闘っていたのではないの?」
「それはすぐにでも解るわよ。ここは一旦退かせてもらうわ。」
そう言うと煌麟は汐龍の前から飛び去り、天央神殿へと向かった。
「ひ・・・姫様・・・お逃げ・・・ひ・め・・」
命が消える瞬間の声、それが届いたのか玲龍は肩をピクリと動かし、後ろを振り向いた。
だが、次の瞬間には漲麒の力によって深い眠りに落ちていたのであった。
「やっと・・・僕の手に落ちたね。玲龍姫。」
愛しそうにそう言った漲麒は、玲龍の身体を右腕で抱え、天央神殿を出た。
そして、颯龍の言葉を聞いて神殿へと急いでやって来た堰龍が、玲龍を連れ去ろうとする漲麒の後姿を見たのであった。
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「ようこそ。あたし達の居城、幻影城へ。」
「わざわざ足を運んでもらって、恐悦至極と言ったところだな天帝。」
地図の場所へと辿り付いた司達を、煌麟と瞑が出迎える。
「随分と礼儀正しい事だな煌麟。瞑、玲龍はどこだ!」
笑顔で迎え入れた煌麟と瞑に、司は二人を射殺しそうな視線で睨みつけたままそう言った。
「心配せずとも、すぐに漲麒が君達の目の前に連れて来るさ。」
その瞑の言葉通り、扉を開けて漲麒が部屋の中へと入って来た。
眠っている珠姫を抱えて・・・。
「珠姫ちゃん!」
「玲龍に何をした?」
「何もしてないよ。ただ眠っているだけさ。」
抱きかかえられている珠姫の姿を見て、至が叫び司が漲麒に聞く。
それに漲麒は平然とそう答えたのであった。
「さて、本題に入りましょうか。」
「天帝。君達の命・・・ここで戴くよ。」
「そう言われて、はいそうですかと答えられるわけがないだろう。」
瞑の言葉に快が即座に反論を返す。
「確かに・・・ね。
でも、首は縦に振ってもらおう。
姫の身柄の事を考えれば、当たり前の選択だと思うね。」
「瞑。南竜王はあたしに相手をさせて。まだこの前の決着が着いていない。」
「どうぞ、好きなように・・」
「南竜王。この間の決着を着けましょう。ここじゃ狭すぎるから、外でね。」
瞑の返事も待たずに煌麟は快にそう言い、さっさと外に出て行く。それに快も続いた。
「さて。じゃあ残りは私が相手をしようか・・・
一応聞いてみるが、漲麒も誰かの相手をしてみるかい?」
「いいや。僕が姫の側を離れている隙に、奪い返されちゃ困るからね。
それに、姫が目覚めるかも知れない。」
瞑の言葉に当然の如く首を振り、漲麒は傍観者を決め込んでソファに座り込む。その隣には、何も知らずに眠る珠姫がいた。
「さて・・・誰からにしようか?
言っておくが、反撃は許可しない。
少しでも手を出そうものなら、大事な妹の命はないからね。」
「・・・クッ・・・」
瞑の言葉に、司は血が滲むほど唇を噛み締めた。
「相変わらず卑怯な事が好きだな、瞑。」
「これが済めば、お前達が相手になる番さ。
私は勝つ為なら、どんな手段も選ばないつもりだよ。」
「覚えておくよ。」
瞑の言葉に、漲麒は苦笑しながら言ったのであった。
「煌麟。今度こそお前をぶちのめす。」
「それはこちらのセリフよ。今回は始めから本気で行くわよ。」
快と煌麟。二人は同時に人族の姿を捨て、本来の姿へと戻った。
快は朱金の髪と紅の瞳、煌麟は白銀の髪と炎の瞳、肌はどちらも褐色であった。
「ふふふ、あんたその姿の方が見栄えがいいわよ。
じゃなければ惚れてたかも知れないわね。
強くて顔のいい男は大好きだから・・」
「そりゃ誉めてくれてどうも。
でも俺は、優しい女が好みだから、お前は願い下げだ。」
激しく攻撃を繰り返しながら、二人は互いにそんな言葉を交わしていたのだった。
「ぐっ・・・」
「じわじわと弄り殺してやろう。
お前達の血を見ていると、私はゾクゾクしてくるよ。くくくっ・・・」
歓喜に満ちた表情で、瞑は司達を殴り続ける。
殴られている方の司達は、一切反撃する気配を見せないでいる。
珠姫が彼等の手にある内は、手が出せないのだ。
「・・・ぐっ・・・ゲホッ・・・」
腹部を殴られ、至は血を吐く。
後の二人も全身血だらけだ。
「クックックッ・・・お前達さえいなければ、竜族など恐れるに足らぬ存在。
すぐに他の奴等も後を追わせてやるから心配するな。
我らの血肉となった後でな。ククッ・・・。」
「くっ・・・俺達は・・・死なん・・・玲龍がいる限りな。」
痛みに耐えながら、司は瞑に言い返す。
「宝珠女神の力で蘇るか?
ハハハハッ・・・無理だな。
覚醒していない竜の姫に、お前達を蘇らせる力などあるものか。
だからこそ私達は、今、お前達を殺す事にしたのだからな。
竜の姫がいなければ、お前達は傷を癒す事さえ出来まい?ハハハハハッ・・・」
「・・・ぅん・・・・
瞑の言葉の後に、微かなうめき声が聞こえた。
「姫が目覚めるよ、瞑。感動のご対面だ。」
漲麒がそう言った後、珠姫の瞼が静かに開き始めた。
「やぁ、気分はどうだい?兄上達が君を迎えに来ているよ。」
「お兄・・・ちゃん?」
愛おしそうに珠姫の髪を掬い上げて口づけながら言う漲麒の言葉に、目覚めたばかりの珠姫は聞き返した。
その言葉に頷き、漲麒は視線を珠姫から司達へと移す。
それに珠姫の視線も促されるように、そちらを向いた。
そして次の瞬間、珠姫は兄達の姿を見て悲鳴をあげたのであった。
「どうやら、宝珠女神が目覚めたみたいね。
あそこにいられなくて残念ねぇ、南竜王。」
「そうでもないさ。お前を倒し、それから会いにいけばいいんだからな。」
「そう簡単に行くかしらね。あそこに戻るのは、あたしかも知れないわよ。」
煌麟は心底楽しそうにそう言い、快の方は少しばかり勝負を焦っていた。
「気が散ってるわね。ダメよ、そんなの・・・ちゃんとあたしを見てくれなくちゃ。」
クスクスと笑いながら、煌麟は次々と攻撃を繰り出して来る。煌麟は闘っている時間が何よりも好きなのだった。
「やめて!お兄ちゃん達に何するのよ!」
走り出そうとした珠姫の腕を、漲麒が素早く掴む。
「離して!お兄ちゃん!?」
掴まれた腕を必死に振り解こうとする珠姫であったが、男である漲麒の力には到底適わない。
「・・・グッ・・・」
「やめて!・・・お願いやめて・・・お兄ちゃん達が死んじゃうわ・・・お願いよぉ・・」
珠姫は司達が殴られているのを見つめ、涙を流しながら瞑に懇願した。
「うぅっ・・・くっ・・・」
至は痛みの余り既に起き上がれない状態になり、司と怜香も至と大差ないほどに傷ついていた。
「もう立ち上がる気力もないか?
ならば止めを刺してやろう、愛しい妹の目の前でな。」
「やめてぇ・・・いや・・・」
珠姫の言葉など全く聞こえないかのように、瞑は掌の上に風を起こし形ない刃を作り出す。
「お別れだ・・・」
「いやぁぁぁぁ!?」
そしてこの瞬間、眩い光が部屋中を包み込んだのであった。
「これは!?」
快と死闘を繰り広げていた煌麟は、城内の異変を察知し一瞬の隙が出来た。
その瞬間、隙を見逃さなかった快の攻撃をまともに受けたのであった。
「しまっ・・・きゃぁぁぁ!?」
煌麟はその攻撃を避ける事が出来ず、快の繰り出した炎に身を包まれる。
「このあたしが・・・負けるとわ・・・ね。
南竜王・・・最後に聞いてもいいかしら?」
「何だ?」
「あたしの事・・・・やっぱり嫌い?」
「解らないな。だが・・・お前の強さには結構惚れてたよ。」
「そう・・・か・・・」
煌麟は微笑みながら、炎を纏ったまま倒れこむ。
倒れる煌麟を見つめ、大きく息を一つ吐き出した快は、急いで城へと向かったのであった。
珠姫の身体が突然輝き始め、蛹が孵るかのように姿を変え始めた。
肩までだった髪は床に届くほどに伸び、色がダークブラウンから白金へと変化する。
白かった肌は一段と白い薄紅色へと変わり、開かれた瞳は目映いばかりに光輝く黄金になる。
全てが終わった時、そこにいたのは人族の少女の姿ではなく、竜族の姫の姿。
天央宝珠女神・玲龍の姿であった。
漲麒が着替えさせた白い衣装の為なのか、その姿は何の違和感もなくそこに存在していた。
「玲・・・龍・・・」
その姿を見て、漲麒はポツリと呟く。
「覚醒した?・・・くそっ!」
驚きの為一瞬止まっていた手を、瞑は再び振り下ろそうとした。
しかし、堰龍がその手を素早く掴む。
「おのれ・・・漲麒!玲龍を離すな!?」
瞑は咄嗟に叫んだが、玲龍へと姿を変えた珠姫を見つめたままの漲麒には、瞑の言葉は一切聞こえてはいなかった。
「覚醒した・・・のか?玲龍姫。」
漲麒の言葉に玲龍はゆっくりと声のした方に顔を向け、視線を漲麒に合わせた。
「地帝・・・黒水麒?・・・私はなぜここに・・・」
覚醒したばかりの玲龍の意識は、まだハッキリとは状況を把握できていなかったのである。
「玲龍!そいつから離れろ!?」
「堰龍・・・兄様?その姿は・・・ひどい怪我を・・・痛っ!」
突然酷い頭痛が玲龍を襲い、頭を押さえて倒れそうになる。
それを咄嗟に漲麒は支えようと手を出した。
「私は・・・そう、私はあの時・・・」
「目を開けるんだ、玲龍!」
命が消え行こうとする妹の姿を、四人は苦悩の表情で見つめていた。
「兄・・・様・・・」
力なく瞼を開き、玲龍は最後の力で呟いた。
「私は今から・・・兄様達の竜珠を新しい身体へと転生させます。
でも・・・あまりに時間がない・・・
どこに行ってしまうか解らない・・・
今兄様達の竜珠を取り出せば・・・ここにいる兄様達の命も・・・
ごめんなさい・・・それでも、天帝の座を空けるわけには・・・いかない。」
切れ切れにそう言った玲龍に、四人は頷く。
「わかっているさ。」
「例え今死ぬとしても、またすぐに生まれ変わる。」
「違う場所に生まれたとしても、すぐに会えるさ。」
そして、玲龍は四人と自分の身体から竜珠を取り出し、新しい身体へと転生させた。
そう、地上の人族の身体へと・・・。
「そうよ・・あの時に私は死んだはず・・・
ではこの身体は新しい身体なの?」
転生する直前を思い出した玲龍は、その後の事も全て思い出して行った。
「そうよ・・・全て思い出したわ。
私が地上に人族の中に生まれ変わっていた事も、黒水麒・・・あなたに覚醒していない私が攫われて来た事も・・・
自分の本当の正体も何もかも、全てよ。」
「思い出しちゃったんじゃ仕方ないや。
どうせ君は、僕の元に来る気はないんだろ?
覚醒していない人間としての、雨宮珠姫だったらよかったのにね。
でも、その姿の君の方が僕は好きだけど・・・ね。」
睨み付ける玲龍に、漲麒は微苦笑を浮かべて言ったのだった。
『玲龍が覚醒した?あの気は間違いない、覚醒したんだ!』
煌麟を倒し、城へと向かいながら炯龍・快はそう思った。
廊下を凄まじい速さで駆け抜け、広間への扉を勢いよく開いた。
バンッという大きな音と共に扉は開かれ、中にいた者全員が一斉にそちらを振り返る。
「炯龍兄様!」
「南竜王!まさか・・・煌麟を倒したのか?」
扉の前に立つ炯龍の姿を見て、煌麟は驚愕を露わにして呟いた。
「全員揃ったか・・・仕方ない、漲麒。」
瞑は漲麒に声を掛けたが、煌麟が倒された事に衝撃を受けている漲麒は呆然としていて聞いていなかった。
炯龍と玲龍は倒れたままの司達の傍らへと駆け寄り、玲龍は即座に彼等の傷を癒す。
傷が癒える頃には、司達も人族の姿を捨てて本来の姿へと戻っていたのだった。
「玲龍、やっと覚醒したんだな。」
「堰龍兄様・・・ごめんなさい。まだ少し混乱しているみたいです。
なぜ、炯龍兄様と颯龍兄様は私よりも幼い姿なのでしょう?
それとも私は、自分で思っているよりも遥かに子供の姿をしているのでしょうか?」
の兄達の姿を見て、覚醒したばかりの玲龍は驚きを隠せないでいた。
そして、今現在の自分の容姿が解らない玲龍は、自分が兄達よりももっと年少者なのかと思ったのだった。
「説明は後にしよう。」
「今は・・・彼等の相手をする方が先だからね。」
炯龍と颯龍のこと倍、玲龍は小さく頷いたのであった。
「煌麟が・・・倒された?
あの煌麟が・・・死んだ?」
漲麒は煌麟が死んだ事が信じられないようで、何度も嘘だと呟く。
「煌麟を倒したなんて、嘘だ。」
「嘘じゃねぇ。確かにこの手で止めを刺した。
かなり手強かったけど、玲龍のおかげで助かったよ。」
「私?」
炯龍の言葉に玲龍は驚く。
「あぁ。玲龍の覚醒のおかげで、煌麟に隙が出来たんだ。だから倒せた。
そうじゃなかったら、こっちが危ないとこだったよ。」
「・・・煌麟が倒れたなんて・・・あいつが死んだなんて・・・許さない・・・許さないぞ、炯龍!」
炯龍にそう叫んだ直後、漲麒は人族の翔としての姿を捨て去って本来の姿へと戻っていた。
「許さない・・・だと?それはこっちのセリフだ!
お前のおかげで、玲龍は一度死んだんだ。」
激昂する漲麒に、炯龍はそう怒鳴り返す。
「ここでは狭すぎる。表に出るぞ、天帝。」
「そうだな。」
瞑の言葉に、堰龍達は同意する。
城を出るとそこには、鳳凰族、麒麟族の者達が所狭しと集まっていた。
「部下達を集めたか?」
「こんな雑魚ばかり集めても、仕方ないと思うけどね。」
「我らを雑魚呼ばわりするとは・・・小僧が!」
颯龍に雑魚呼ばわりされた武将達が一斉に襲い掛かる。
その武将達をさほど苦労する事無く、堰龍達は全て打ち倒した。
「さすがに・・・こいつらでは荷が重すぎたな。
やはり、私が出なくてはならんか。
漲麒・・・もう落ち着いたか?」
「あぁ、大丈夫だよ。煌麟が死んだという事は、僕に力が集中したという事。
言っておくけど、僕達麒麟は片割れが死んだ方が強いよ。」
そう言った漲麒の姿が更に変化して行く。
人族の時の翔の姿でも、今までの漲麒の姿でもない。
全く違った雰囲気、違った色彩を纏う青年の姿。
髪は黄金、瞳は紫、肌は褐色。
そして、その頭には目映いばかりに白銀に輝く、二つの角があった。
「これが・・・僕達麒麟族の最強の姿だ。」
麒麟族は全ての民が双子の種族である
。そして、もしその片割れが命を失った時、もう一方にその力の全てが取り込まれ、頭上に二本の角が生える。
その力は対であった時の二倍以上とも言われ、麒麟族の最終形態、最強の姿であった。
「なるほど・・・それが麒麟族の秘密か。
時折いた、長に匹敵する力を持った者達は、二体の麒麟が一体になった者だったのだな。」
漲麒の姿を見て瞑は、転生前に闘った麒麟族のことを思い出して言った。
そしてその言葉に、漲麒は頷く。
「そうさ。この状態になった武将達の力は、僕達長の力に匹敵する。
そして、その僕がこの姿になった。
竜帝・・・お前達には負けないよ。」
「なら、私もこの姿を捨てて元の姿に戻るとしようか。」
そう言った瞑の姿も、一瞬にして変化する。
短かった漆黒の髪が腰まで伸び、黒い瞳がナイフのように鋭い銀色へと変わった。
そこにいたのは、女性でも男性でもない人物。鳳凰風帝と呼ばれた鳳凰族の長、瞑の姿があった。
残り2話になります。
よろしければお付き合いください