1章~日常の裏側で変わりゆく世界~
名前が難しい読み方なので初出には一応ルビ振ってるんですが、記号覚えるみたいにこの漢字はこいつって覚えて読んでもらったらいいと思います!
春のやわらかい日差しが感じられるようになりだした初春、雨宮家に一通のエアメールが届けられた。
宛名は雨宮司、差出人は雨宮珠姫。
留学中の雨宮家次女からである。
「司兄さん、エアメールだよ。」
「あぁ、ありがと。」
ポストから郵便を取ってきた雨宮家末弟の至は長男にそれを差し出した。
差出人も宛名も確認せずに至は司に渡したのであるが、この家で海外から手紙を受け取るのは長男の司しか有り得ないので、日本語以外の宛名書きは全て司宛となるのであった。
「珠姫からじゃないか・・・」
差出人の名前を確認し、司はそう言った。
その言葉をどこから聞きつけたのかと言う勢いで、少年が一人リビングへと駆け込んで来る。
雨宮家次男・快である。
そしてもう一人、キッチンで洗い物をしていた女性も司の声に反応してリビングへと入ってくる。
雨宮家の長女・怜香であった。
雨宮家はこの4人と留学中の珠姫の5人兄弟である。
両親はすでに他界し、今は司が家の中を取り仕切っている。
「珠姫ちゃんから、手紙だって?早く読んでくれよ、兄貴。」
「そう急かすな、快。」
弟妹達に覗き込まれながら、司は封筒を開けた。
中にはくせのないきれいな文字で書かれた、淡いピンクの便箋が一枚入っていた。
内容は兄弟達へのご機嫌伺いと、留学終了の知らせ、そして・・・
「珠姫が帰ってくるそうだ。日付は・・・次の日曜だな。
9時着予定の飛行機で空港に着くから、迎えに来てくれという事だ。」
「やったー。珠姫ちゃんが帰ってくる。」
「これで、まともな食事にありつけるってもんだぜ。」
至は素直に珠姫の帰りを喜び、快は少しずれた喜び方をした。
「それで、私が迎えに行く?それとも兄さんが行くの?」
「おまえが行ってくれ。俺は次の日曜出かける用事がある。
家に帰るのは、同じ頃だと思うがな。」
「わかったわ。」
下の二人とは違い、年長二人は落ち着いたものである。
「あっ、俺も行く。」
「僕も行きたい。」
「3人で行ってこい。」
自分たちも迎えに行くと騒ぐ弟二人に、司はうるさいとばかりに言い捨てた。
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日曜日。天候は晴れ。春を満喫するに相応しい陽気であった。
怜香、快、至の3人は怜香のワゴン車に乗り込み、空港へと向かう。
道は日曜だというのにそれ程混む事もなく、割とスムーズに空港まで進んで行けた。
飛行機の到着まで少し早いのでは、と思われる時間に既に3人は空港のロビーで珠姫の乗った飛行機の到着を待っていたほどである。
「まだかなぁ。」
「到着予定は9時だからね。まだ少し時間があるわ。」
今か今かと待ち侘びる至の言葉に、怜香は時計を見てそう言った。
「あっ、あれじゃないか?」
着陸体勢に入っている機体を指差しながら、快は二人に言った。
「そうね。時間からいって、あれが多分珠姫の乗ってる便だわ。」
快の指差した機体と時計を確認し、怜香は淡く微笑みながらそう言った。
しばらくして、快の指差した便から降り立った人たちがゲートから溢れて来た。
3人はその人の流れから一人の少女を探す。
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肩に掛かる少し癖のある髪を白いカチューシャで押さえ、真っ白なワンピースの裾を微かに揺らしながら珠姫はゲートを通り過ぎた。
「お兄ちゃん達、迎えに来てくれてるかな?手紙、ちゃんと届いてるといいけど・・・」
ゲートを抜けた珠姫は辺りを見渡し、兄達の姿を探す。
恐らく、自分が留学していた3年の間に弟達は成長し、背が伸びているだろうからすぐには解らないかも知れないが、上の二人はそれほど変わっていないはずだと珠姫は思い、兄と姉の姿を探した。
その珠姫の耳に、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「珠姫ちゃーん、ここだよー。」
自分の名を呼びながら手を振る少年と横にいる二人。見覚えのある顔に、珠姫はほっと胸を撫で下ろした。
パタパタパタと駆け寄ってくる少年は、未だ成長期に入っていないようで幼さが残っている。
その後ろから同じく駆けて来た少年も、まだ成長しきっていない中性的な部分が垣間見えていた。
「至君?快君?・・・わぁ、背が伸びたね二人とも。」
自分が日本を離れる時に見た二人は、まだまだ幼い弟であったのに、今の二人はほとんど目線が同じ事に珠姫は素直に驚いた。
「お帰り、珠姫ちゃん。帰ってくるの楽しみにしてたんだよ?」
「おかえり。帰ってくるのすっげぇ楽しみにしてたんだぜ?
何せ、珠姫ちゃんがいないとまともな食事にありつけないんだもんなぁ。」
二人の変わらない言葉遣いに、珠姫は心底うれしそうに微笑んだ。
「くすくすくす・・・・快君、変わらないわね。
・・・ただいま。そんなにひどい食生活だったの?」
そうなんだよと快が言う前に、二人の後ろを歩いて来た怜香が珠姫に声をかける。
「おかえり、珠姫。3年間の留学は有意義だった?」
「ただいま、お姉ちゃん。とっても、楽しい3年間だったわ。これからは、家の事は私がするから任せてね。」
怜香の言葉ににっこりと微笑んで答え、珠姫は家に帰ろうと言った。
「荷物はこれだけなの?」
「他のは全部送ったから、持って帰るのはこれだけよ。多分、明日にでも届くはず・・。
ところでお兄ちゃんは?」
全員で迎えに来て欲しいなどとわがままはは言わないが、来ていないとなると気になるものであった。
特にこの場にいない長男は、自分に対して過保護すぎるのではと思うほどの兄である。
その兄・司がいない事を疑問に思い、珠姫は車に乗り込んでから怜香に聞いてみたのである。
「今日は用事があるとかで来てないわ。私たちが家に帰り着く頃には戻るとは言ってたけどね。」
「そっか・・・早くお兄ちゃんにも会いたいなぁ。みんな元気だった?病気とかしてない?」
自分がいなかった3年間を思い描き、珠姫は姉弟にそう聞いた。
炊事の苦手な兄弟達を残し、3年の間留学すると言い出したのは自分のわがままである。
両親を亡くしてからの雨宮家の家事全般は珠姫の担当であった。
怜香はどうも炊事の才能がないようで、食事の用意だけは珠姫がするより他なかったのである。
他の3人に至っては、家事は全くの問題外である。
そんな兄弟達の事を気遣いながらも、珠姫は留学したいと言い、兄弟達---珍しく司までもが---はそれを快諾したのであった。
まともな食事が食べれると喜ぶ快を見る限り、やはりこの3年は兄弟達にとって苦痛を強いた年月だったのではないかと珠姫は思ったのだった。
手紙にはそんな事は一言も触れていない為、想像するだけであるが。
「ねぇ、ホントに病気とかしてない?ちゃんと食べてた?」
「大丈夫よ。まあ・・外食も多かったけど、ちゃんと食事は取ってたし、誰も病気にはなってないわよ。
快に至っては、病気の方が逃げ出すでしょうしね。」
冗談交じりで怜香がそう言うと、快はそりゃないだろと反論し、至が有り得ると頷いた。
「だったらいいんだけど・・・・お兄ちゃんも元気にしてた?
お兄ちゃん辛くてもすぐ隠すから・・・我慢ばっかりするんだから・・・」
「兄さんも元気だったわよ。まあ確かに、我慢強いとこは変わってないけどね。」
会って実際に確かめてみればいいわと怜香は言い、珠姫はそれに頷いた。
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空港から雨宮家まで1時間半ほどの道のりは、結局往復共に渋滞に巻き込まれることなく順調に進み、珠姫は昼には懐かしの我が家へと到着した。
「あら?珍しい鳥がいるわ・・あぁ、行っちゃった。」
家の屋根にとまっていた青い鳥が飛び立つのを見て珠姫は少し残念そうに言ったが、他の兄弟達がその鳥を睨むように見つめていた事に、珠姫は全く気づいていなかったのであった。
「ただいまぁー。」
玄関を開けて家の中へと入り、珠姫は始めにそう元気よく言った。
3年ぶりの我が家である。長いようで短い3年の間に少しは模様替えでもしているだろうかと珠姫は思っていたのだが、家事の苦手な兄弟達がそんな事をするわけはないかと思い直し見慣れたはずのリビングへと入って行った。
「珠姫ちゃん、荷物部屋に運んで置けばいい?」
「あっ、いいよ。自分で運ぶから・・・」
玄関から聞こえた至の声に珠姫はリビングから玄関へと戻る。
「俺達が運んでやるよ。珠姫ちゃんはリビングでゆっくり寛いでなよ。
久々の我が家なんだしさ。」
快はそう言って珠姫をリビングへと追いやり、至と二人で珠姫の荷物を二階の珠姫の部屋へと運び出す。
「ありがと。あっ、ダンボールだけリビングに置いて・・お土産が入ってるのよ。」
「オッケー。」
素直に快達に礼を言い、珠姫は再びリビングへと入って行く。
その珠姫の後に、怜香がリビングへと入る。
荷物運びはしっかり弟二人に任せて、自分は帰ったばかりの妹にお茶でもいれようと思ったのだ。
怜香がお茶の用意をしていると、カチャリと閉めたばかりの玄関が開き、ただいまと言う司の声が聞こえた。
「あっ、お兄ちゃん帰って来た。」
司の声に反応し、ソファに座って少しうとうとと眠そうにしていた珠姫は立ち上がり玄関へと向かう。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。」
「ただいま・・じゃないな、こっちがおかえりと言う方か?」
そうだったねと、珠姫が言うとどちらからともなく笑い、二人でリビングへと向かう。
その頃には怜香は兄弟分のお茶を淹れ終わり、快と至も珠姫の部屋へ荷物を運び終わって二階から下りて来ていた。
3年ぶりの家族団欒である。珠姫がいるだけで、雨宮家の空気は春のそれへと変化していく。
雨宮家の兄弟達にとって珠姫は、今も昔もそして、これから先もかけがえのない宝珠なのであった。
そう、どんなに時が過ぎようとも、彼らにとってこの少女は何にも替えがたい宝珠なのである。
珠姫が聞けば過保護すぎると思われるほどに、彼らの心の中では珠姫は大切に守らなければならないと言う想いで満たされていた。4人、誰の心を覗いてみても異なる事のない想いの深さである。
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「・・・ふぁ・・・ふぅ・・・」
珠姫がいない間の時間の溝を埋めるように話をしていたが、珠姫が小さくあくびをした事でそれはまた後でという事になった。
時差ぼけが抜けていないであろう珠姫を思い、司が少し寝てくるようにと珠姫を自室へと促した為である。
「でも・・夕飯の支度・・」
眠そうにしながらも炊事の事が気に掛かる珠姫はそう言ったのだが、自分がするからと怜香がさらに珠姫を自室へと追いやったのであった。
「まあ、味の保証はしないけど・・食べれるものを作るから、気にしないで寝なさい。」
司だけでなく怜香にまで追いやられては仕方ない、と言うことで珠姫は素直に自分の部屋へと向かった。これもまた3年ぶりの入室である。
どうやらこまめに怜香が掃除していたようで埃が積もるような事もなく、記憶のままの部屋がそこにはあったのであった。
「寝たか?」
「寝たみたいね。」
「疲れてたはずだからね。」
「しばらくは起きてこないよ。」
リビングで4人はそれぞれ指定席に付くように気ままに座り込み、話始める。
部屋の空気は珠姫がいた時とは一転して冬のように凍てついたものである。
誰も近づけぬ、近づくことを許されぬ場所のように、張り詰めた空気がそこにはあった。
「珠姫が家に帰り着いたとき、見てたわよ。」
「早いな。・・・まあ、すぐにばれるとは思っていたが、まさか当日にとは思わなかったな。」
怜香の言葉に司はため溜め息混じりにそう返した。
珠姫には見せる事のない険しい顔で4人は話込む。まるで別人のような顔立ちである。
「ばれたって事は、あいつら動き出すんじゃないのかよ、兄貴?」
「あぁ、一人には出来ないな。
珠姫・・・玲龍が全てを思い出す前にやつらの手に渡りでもしたら・・・あの時の二の舞だ。」
ダンッとテーブルを叩き、血が滲むほどに拳を握り締め、司は思い出していた。
それは遥かな昔、司が口に出したように、珠姫が玲龍と呼ばれていた遠い過去・・・人は誰も覚えていない、悠久の彼方の世界。
「あの時、もっと気をつけていればやつらの手に・・・あいつの手に玲龍は・・・。」
「兄さん・・・」
「兄貴・・・」
過去の自分を責める司を見て、怜香達も遥かな過去を思い出していた。
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この地上がまだ、今の文明に発展する前の遥かな時の彼方、人族が多種族の存在を感じていられた時代。
珠姫を除く4人の兄弟達は天上を統べる四竜帝と呼ばれていた。
東西南北の四つに分かれた天界とその中央に位置する神殿・天央神殿。
その四つの天界をそれぞれ統治し、天央神殿に住む竜珠の巫女・日と月の二つの水晶を操る天央宝珠女神を守る事が四竜帝の務めであった。
東天を統治するは長子・天帝東竜王堰龍。
西天を統治するは次子・天帝西竜王汐龍。
南天を統治するは三子・天帝南竜王炯龍。
北天を統治するは四子・天帝北竜王颯龍。
四人の王によって統べられた四つの天界と天央神殿。これら全てを竜族の住む世界・天上界と呼んだ。
竜族の望みは天地の平穏。ただ、静かに流れ行く時間こそが願いであった。
しかしその望みは永い時の流れの中で一度として叶えられた事はなかった。
いつの時代を見ても地上の人族は、荒れ狂う戦乱の世を繰り返す。
同じ人族でありながら、互いの心にある思いの違いによって引き起こされる戦乱。
どれほどの年月が流れようとも、必ず繰り返される血塗られた歴史。
竜族にとっては二つに分かれたとしても同じ人族、どちらが間違っているとは言えぬ状況であるが故に、どちらか一方を庇護し他方を滅ぼすわけには行かないのであった。
見守る事しか出来ない竜族の苦悩の日々の中、幾度となく人族は滅びの時を迎えたのであった。
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そして、人族の滅びの裏にいつも見え隠れする存在---麒麟族。
争いを好む彼らは、いつの時代も地上を戦乱の炎で彩る。
その心に常に存在するのは、竜族への敵対心。
天上から地上を見守る竜族を、地上から見上げる---見下ろされる存在であるという事に麒麟族は我慢がならなかったのだ。
彼らにとって、常に自分達が上位でなくては気がすまない。
まさに唯我独尊の種族、それが麒麟族であった。
この二種族の溝は深まるばかりであり、いつしか竜族が天上を統べる王---天帝と呼ばれるのに対し、麒麟族は地上を統べる王---地帝と呼ばれるようになった。
竜族は天地の平穏の為、麒麟族は天地を支配する為に、二種族は常に戦闘を繰り返す事になったのである。
その頃、この二種族の争いを嬉々として見つめる種族があった。
風の一族---鳳凰族。
彼らは天地を支配する力を得る為に竜族と麒麟族を殺し、その身を食し力を取り込んでいた。
二種族にとっては、まさに一族の敵である。
共に一歩も譲らぬ竜族と麒麟族の争いの隙を見て、力を蓄えてゆく鳳凰族。
いつしか彼らは、己が一族の長を風帝と呼ぶようになって行った。
そしてこの三種族の争いは、三種族の長の共倒れという形で突如として幕を下ろしたのであった。
長を無くした三種族は共に息を潜め、いつしかその存在を人族から忘れ去られて行った。
どのように長達は倒れ、そして、なぜ四竜帝---竜族の長達が人族として地上にいるのか・・・その事だけは四竜帝として覚醒した司達も思い出せないでいた。
ただ解っているのは、珠姫が自分達の妹姫---天央宝珠女神・玲龍である事。
そして、麒麟族、鳳凰族の長達も同じく人族として転生し、覚醒を遂げている事であった。
ただ疑問は、下の竜帝二人が妹であるはずの玲龍---珠姫よりも年下として転生している事である。
どのような作用があったのか解らないが、二人は覚醒した時共にその事に一番驚いたのであった。
麒麟族、鳳凰族の長達は、覚醒した後互いに牽制しあい手を出しあぐねていたようであるが、悠久の時を超えた争いの歯車は、ゆっくりと回り始めたようである。
蜘蛛は大地---麒麟族の支配を受ける種族。
どこからともなく入り込み、数多の情報を麒麟の長へと伝える。
そして鳥は風---鳳凰族の支配を受ける種族。
空を翔け天空からの情報を鳳凰の長へと伝える。
珠姫が家に帰り着いた時、屋根の上にとまりその様子を見ていた青い鳥は、鳳凰族の支配を受けた鳥だったのだ。
だからこそ、怜香達はあの鳥を睨んでいたのだった。
敵の支配下にある種族達。
共にこの地上においてはどこでも見かける者たちであるが故に、彼ら四人は覚醒していない珠姫---玲龍を守る為に、敢えて自分達の手元から離していたのであった。
『人族を隠すには人族の中へ・・・。』
竜族としての覚醒を果たしていない今の珠姫を人族の中から探し出す事は、麒麟族、鳳凰族共に至難の技であったのだ。
妹の身を守る為に敢えて4人は苦渋の選択をしたのであった。
全てはあの時と同じ過ちを犯さぬ為に・・・。
「もう二度と、あの時のような失敗はしない・・・。」
同じ時を越えた三種族の長達は共に、それぞれ違う意味を込めてこの言葉を呟いたのであった。
次話はできたら三日後くらいには・・・