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臆病な黄色い箱

作者: N

エンジンのあたりから、

変な音が一定のリズムで聞こえるから、

私の憂鬱はむくむくと膨らんだ。

きっと二階くらいじゃ駄目だ。

でも高層ビルは無機質な感じがして嫌だ。

最後のわがままに、自分はふらふらハンドルを回していた。

そしてぼんやりと立ち尽くす、冷蔵庫のようなビルを見つけた。

私はまぁこれでいいかと思った。

車を適当に停めると、お薬と煙草の入った、

あらいぐまのポーチを首からかけ、ポケットの携帯を確認すると、ふわりと外へ出た。

いつか君と遊んだ時に、クレーンゲームで頑張ってとったものだった。

生ぬるい風に、髪がふわりと揺らぐ、

あらいぐまも少し悲しそうに左右に振れた。

たんとんととんと終りに向かってリズミカルに螺旋階段を駆ける。

ぐるぐるぐるぐる、それはまるで醜い感情のオブジェのような階段で、とても気持ちの悪い仕組みで私を上へと連れてゆく。

途中で疲れた顔のおじいさんとすれ違った。

「こんにちは」

周りは既に薄暗かったが、おじいさんはそう言った。

「こんばんわ」少し性格の悪い私はそう言い返す。

おじさんがあまりにも疲れた顔をしていたので、私はポーチからキラキラ光る銀色に包まれた水色の楕円を取り出すと、「どうぞ」と渡した。

おじさんは「ありがとうございます、ありがとうございます」と小娘である私にぺこぺこと頭を下げながら小走りに小さくなっていった。

その姿はあまりにも悲しくて、

「こんなもの」

私はつぶやくと、

おじいさんが駆け下りて行った方へ、

螺旋階段の下へ下へとぱらぱら、まるで雨が降るようにそれを降らせた。

それで少しだけ気分が良くなったので、

まだ私は上を目指した。

屋上につくと、生ぬるかった風が冷たくなっていて、火照った私を静かに落ち着けた。


携帯の写真をスクロールする。

現代人のインスタントな走馬灯がめぐるめぐる。

あなたと見たきらきらはまだちゃんと光っていました。


だんだんだんだん悲しくなって、

泣きながら大量の痛み止めを飲んだ。

でも、こんな高さから飛んだなら、痛みなんて感じる暇もないのかもしれないから、意味なんてほとんどない。

少し頭がクラクラして、吐き気がするだけだった。

右手の、携帯。

最後の発信履歴は一昨日、近所の本屋さん。

あの人でも、君でもなくて、がっかりしてみた。

あーあ。

ここまで来ちゃった。

お薬のせいで揺らぐ視界に、足元も揺らぐ。

とりあえず、生死の境目あたりに腰掛けてみる。

私は今、高い高い、ヘンテコなビルのてっぺんにいる。

眼下には、私がばらまいた水色を拾うおじいさんがいた。

全てが半分冗談で、ほとんど本当だった。

ふらつく足はほとんど死んでいる世界。

上半身はギリギリ生きてた。

わたしは臆病なので、なかなか踏ん切りがつかない。

ぼんやりと半分死んでいた。

「あの…。危ないですよ」

後ろから控えめな声がする。

「私にはどこなら安全なのか分からないのだけれど」適当に返事をしながら振り向いた。

すると、真っ白に洗われたたくさんの洗濯物を抱えた女の人がいた。

「とりあえず、こちらへ来ませんか」女の人は洗濯物をてきぱきと干していた。

ぱたぱたぱたと、かぜになびく白が綺麗だったので、「えぇ、今行きますね」と答えた。

そして、隣に体育座りのように丸まった。

女の人は、私に向かって、白色をいくつか渡すと、「手伝ってください」と言った。

「嫌ですよ」私はそう言ったが、手の中の重みはなかなか減らないようなので、しどろもどろ仕方なく干していく。暗くなった空に、ぱたぱたとなびく音が次第に増えていく。

そして、その音がうるさいくらいになった頃、女の人は「それでは、ありがとうございました。」と言うと特に何も言わずに、さっききたように、下へと降りていった。

夜の屋上に取り残された私と洗濯物は風に吹かれていた。

干されている洗濯物には、小さなワンピースもある。ふーん、娘がいるのかな。そんなことを考えた。

突然、風が、ぶわりと吹いた。

何をしにここへ来たのか思い出した私は、死の淵へと、軽やかなスキップをして駆け寄った。

すると、さっきまでと違い、それははっきりとした恐怖を伴って私を見上げてきた。

あぁ、怖い。それでは仕方ない。

私は泣きながら恐怖を睨みつけた。

しかし、私は恐怖との半泣きにらめっこに負けてしまった。

気づけば階段を降りている。

おじいさんがそうしたように惨めに。

女の人がそうだったように軽やかに。

私の首から下がったあらいぐまだけが楽しそうに揺れていた。

私は一番下まで降りると、思いっきり走った。足が、もつれて転びそうになるくらい、走った。

どこまでも走れそうだったのに、転んで止まってしまった。

すると、もう、どうしようもなく動けなかった。道端にへたりこんだ私は、おもむろにあらいぐまを掴むと、タバコとライターを取り出した。手が震えて、なかながライターがつかない。すごく時間をかけて火をつけると、ゆっくり煙を吸った。

臆病な私にもできる、酷く憂鬱で緩慢な自殺法。

あの人と同じ黄色の箱。

吸い終えるまでに時間がかかりすぎるというそれを、私はわざと、とてもゆっくり燃やしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分勝手な解釈を書きます。はじめに謝っておきますね。ゴメンなさい。 お話の少女は、消えてなくなりたい気持ちと、この世界に存在していたい気持ちがせめぎ合っていますよね。  臆病なので踏ん切…
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