第7話 生存者
「うっ………」
……意識を失ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。
そう思いながら痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりと目を開けると周りには闇が広がっており、慎重な手つきで周りを手探りで確認していく。
すると一部分だけ他の部分とは違い、動かせそう部分があったので、慎重に動かすとあっさりと動き、人一人が通るには十分な大きさの穴ができた。
「よし、ここからなら」
体を慎重に左右に揺らしながら、徐々に出口に向かっていく。
出口に向かう最中、何気なく横に視線をやるとそこには腕がひしゃげ、衝突したときの衝撃で変形したバスに押し潰されたのか苦悶の表情を浮かべたまま絶命している男子生徒の顔があった。
「うっ…………」
俺は込み上げてくる吐き気を無理やり押さえ込みながら急いで出口から出ると外に出た安堵感からか押さえていた吐き気に耐えられなくなり、堪らず吐いてしまった。
「怪我は………大丈夫か」
吐いたおかげである程度楽になり、身体を確認すると目立った外傷もなく、精々軽度の打ち身程度だった。
「お兄ちゃーん、何処にいるのー!」
遠くの方から焦った様な雪の声が聞こえてきた。
「雪! ここだ!」
こちらも負けじと声を上げると走ってくる音が聞こえ、草むらを掻き分けて雪が走ってやってきた。
「お兄ちゃん! 良かった無事だったんだね」
「あぁ、軽い打ち身程度だ。雪は大丈夫か?」
「うん、私も平気だよ」
雪の身体に視線をやると確かに目立った外傷も見受けられず、特に問題はなく大丈夫そうだった。
「私の身体が本当に大丈夫か、もっときちんと確認してみる?」
雪が自分の制服のブレザーを肘の部分まで脱ぎ、ブラウスのボタンに手をかけて脱ごうとし始める。
「……そんなことしてる場合じゃないだろ」
……頭が痛くなるとはこの事だ。
そう思いながら俺は雪の頭にそれなりの強さでチョップをお見舞いする。
「それにしても他の連中が見当たらないな」
「一組の人が悪性霊体が襲ってくるって言って逃げ出したのを見て、みんな怯えちゃって四方八方勝手に飛び出て行っちゃったからね」
俺と涙目で頭を押さえている雪は木陰に腰掛けていた。
「なるほどな」
確かにあの化け物が襲ってきている現在の状況下では逃げだしたい気持ちがあるだろが、それは最悪の下策だ。
こんな状況下で勝手に飛び出てしまっては一人一人確実殺されてしまう。
「何人かの生き残りと合流しておきたいな」
「そうだね」
今後の予定を立てていると草むらを掻き分けて近づいてくる物音が耳についた。
「雪………」
「うん…」
軽いコンタクトを交わすと物陰に隠れて様子を伺う。
「あれは……」
走ってきていたのは委員長と数名の男女の生き残りだった。
みな必死の形相で我先にと争うように走っていた。
「おーい! 委員長!」
走ってきている委員長たちに大きな声で声をかけると一瞬ビクッと震えるが、俺たちの顔を見ると驚きや安堵感といった様々な表情を浮かべながらこちらに走ってやってきた。
「一条! それに本田さんもお前らも無事だったんだね」
「あぁ、俺たちは大丈夫だけど他の奴らはどうなんだ?」
俺が問うと委員長は決まりが悪い顔をしながら。
「みんなバラバラに逃げていってね。その中でも固まって逃げてた人達がいたからそれを追いかけてるとあっちの方で襲われてるところを見て慌てて逃げてきたんだよ」
「悪性霊体に気付かれてないだろうな」
「確証はないけど多分大丈夫」
遠くの方から唸り声が響いてき、それを聞いた男女たちは小さな悲鳴をあげながら震えて蹲った。
「とにかくここから離れるのが先決だ」
「そうだね、みんないけるかい?」
蹲っていた男女たちも委員長の言葉を聞き、覚束ない足取りながらも立ち上がりはじめた。
「雪は先頭で誘導してやってくれ、俺は最後尾に着くから」
「分かった」
雪はそういうと太ももに付けているレッグポーチから複雑な模様が書かれたお札を出し、そこに魔素を流し込んでいた。
雪も覚者であり、術式技法の使い手である。
術式技法とは霊魔技巧が確立したあとに確立された技法で物語などで出てくるような魔法が使えるようになる技術だが、術式技法は体内の魔素を体外に向けて放出するので制御が難しく、覚者の中でも適正のある者しか扱うことが出来ない。
術式技法には詠唱術と召喚術という2種類に分類される。
その中でも雪が最も得意とするのは後者の召喚術と呼ばれる技法だ。
前者の詠唱術は体内の魔素を炎や水に変換し、それを攻撃に用いる絵に描いたような魔法で、後者の召喚術とは体内にある魔素を使って、体全てを魔素で構築された幻獣を使役する技法である。
幻獣は魔素の量と質で等級が決められており、上から第七階位、第六階位、第五階位、第四階位、第三階位、第二階位、第一階位となっている。
第七階位の幻獣であれば、一体で魔導兵器で武装した一個大隊ですら壊滅させることが出来るが、第六、第七階位幻獣は召喚するには個人ではなく何人かの使い手が必要で、さらにただでさえ使い手が少ない術式技法の中でも最高位の術である召喚術を使用できる者は殆どいない。
その中でも雪は個人で召喚できる最高位の第五階位幻獣を召喚できるほどの使い手で覚者のランクもAに近いBランクという破格のランクだった。
「来て、八咫烏」
三本足の鴉のような幻獣が召喚された。
召喚されたのは第一階位幻獣 八咫烏。
攻撃能力などは殆どないが索敵能力などが高く主に偵察に使われる幻獣だった。
「上空から偵察しながら逐一報告して安全な場所に誘導して」
そういうと了解したと言わんばかりに一鳴きし上空に飛び立っていった。
「はぐれないでね」
雪を先頭にし誘導されながら皆は山中を歩き出す。
「! みんな止まって!」
山中を歩いているといきなり雪の鋭い声が響き、皆が一斉に足を止めた。
「どうした雪?」
「八咫烏がやられた、方角は北、距離は……1kmもない」
一瞬で場が凍りつき、皆の顔から一斉に血の気が引いた。
「みんな急いで隠れるんだ!」
いち早く正気に戻った委員長が皆に指示を出した。
固まっていた生徒たちは委員長の指示に従ってバネ仕掛けの人形のように勢いよく辺りに散らばり隠れた。
「グオォォォォォ!」
少しすると悪性霊体がやってき、俺たちを探しているのか辺りを見渡しながらゆっくりと歩き出す。
「ひっ!」
女子生徒の一人の近くで立ち止まり、女子生徒の近くに顔をやる。
その顔を近づけられた女子生徒が小さな悲鳴を上げるとその声を聞きつけた悪性霊体がニヤリと笑っているかのように口角を上げ、その女子生徒を鷲掴みにした。
「いやぁぁぁ! 助けて! 助けてぇぇぇ!」
悪性霊体に捕まった女子生徒が必死の悲鳴を上げる。
だが、誰もがギュッとキツく目を瞑り、耳を塞ぎ、次に起こるであろう悲劇を見ないようにしていた。
「こっちを見やがれ、この化け物!」
俺は隠れていた木陰から飛び出ると悪性霊体の顔面に拳大ほどの大きさの石を思いっきり投げつけた。
「ギャァァァ!」
石をぶつけられ、怒りの形相で俺を見つめると掴んでいた女子生徒を放り出し、俺に狙いを定めて襲い掛かってきた。
「アレの目を攻撃して!」
襲い掛かってこようとこちらに近づいてきたとき、雪が新たに数体の八咫烏を召喚し、悪性霊体の顔の周りを飛び回らせ、撹乱していた。
「お兄ちゃん、逃げるよ!」
雪に手を引かれ、そのまま走り出す。悪性霊体は八咫烏をすぐに仕留め、俺の後を必要以上に追いかけてくる。
その巨体に似合わず、俊敏な動きで徐々に差を詰めてき、おもむろに鉤爪のついた大きな手を振りかぶってきた。
その鉤爪が地面と激突し、地面に亀裂が入ったと思うと地盤が脆かったのか大きく崩れ出した。
「きゃぁぁ!」
「雪! 掴まれ!」
落下している時に空中で雪を抱きしめると自分が下になるようにしてそのまま落ちていった。