第2話
「……」
「……」
「……」
昼休みを終える鐘が鳴ったので雪と共に屋上から教室に戻るとクラスメイトから嫉妬や羨望など様々な視線を受けた。
主に男子生徒から
これは絡まれるかと、暁が身構えていると後ろから扉を開ける音が聞こえてきた。
振り返ると次の授業を教える数学の教師が立っていた。
「なにしているだ一条、もう授業が始まるから早く座りなさい」
「はい、すみません」
助かったと思いながらそそくさと自分の席に戻っていくが、周りからの視線は授業中も感じられ、暁は針の筵状態で授業を受ける羽目になるのだった。
「なぁ一条、俺たち友達だよな」
「そうそう、俺たち親友だよな」
「いやいや、俺たちマブダチだろ」
「佐藤に田中に遠藤か……何が目的だ」
授業が終わると佐藤、田中、遠藤と呼ばれた3人の男子生徒がキラキラと嘘臭い笑みを浮かべながら暁の机を包囲していた。その様子を見ながら暁は嫌そうな表情を見せていた。
3人と暁はクラスメイトとしてそこそこ会話しており、友人呼んでも差し支えなく、放課後になるとゲームセンターなどでたまに遊んだりする仲であった。
「そんな目的だなんて。俺たちはただ友人と語らいにきただけだぞ。な、田中、遠藤?」
「そうだぞ暁。友人をそんな嫌そうな顔で見るなよ」
「もっと心に余裕を持てよ暁」
「いや、友人でもキラキラした表情しながら近づいてきて囲みだしたら普通に気持ち悪いだろ……」
男子生徒たちは暁の露骨な引いているアピールを無視しながら心外だなぁ、と言わんばかりに暁の肩に馴れ馴れしく手を置いていく。
「で、何が目的だ?」
「「「今度俺たちも一緒に本田さんと食事させてください!」」」
男子生徒の手を払いのけながら暁が問いかけると3人は暁の周りで見事なシンクロ土下座を繰り出していた。
その様子にクラスメイトはドン引きしていたが、若干数名は真剣な表情で土下座している3人を見て、自分もやるべきか迷っていた。
「俺に言われてもなぁ、そういうのは直接雪に頼めよ。雪もちゃんと頼めば聞いてくれると思うぞ」
土下座した3人にドン引きしながらも適切だと思われるアドバイスを与える。
「毎回何もしなくても本田さんが誘ってくれるお前に俺らの気持ちが分かるか!」
「そうだ! 俺たちは会話すらできないんだぞ」
「というか、殆どの男子生徒は会話できんぞ」
暁の台詞を聞いた3人の男子生徒は逆ギレ気味に心の叫びをあげた。
「………幾ら雪でもそれはないだろ」
男子生徒と会話しないという話を聞き、あり得そうで怖いが、いくら雪でもまさかそこまでではないだろうと思いながら恐る恐る暁が尋ねる。
「必要最低限の会話以外は相槌とかで済まされるんだぞ!」
「俺なんてな、あぁ、うん、そう、嫌の4つだぞ!」
「俺に至っては先生の伝言とかそういうの以外は無視だぞ!」
(もうちょっと社交的に出来んのかあいつは)
暁は頭に手をやり、天を仰ぎながら雪の男子生徒に対する対応に頭を抱えていた。
「まぁ、俺から一応聞いておくが、無理でも怒るなよ」
男子生徒たちの扱いを不憫に思ったのか聞くだけ聞いてみると暁は3人に約束していた。
心の中では多分この様子だと無理そうだな、と思っていたがここで口に出して男子生徒たちにトドメを刺すのは忍びなかったのか声には出さなかった。
「ありがとうございます暁様。今度ジュースを一本奢ります」
「さすがです暁様。今度学食でなんか奢ります」
「よ、我らが暁様。今度俺の秘蔵のエロ本貸します」
「お前ら馬鹿にしてるだろ。特に遠藤」
3人の言葉を受け、半眼で睨みながらアホな事を言ってきた遠藤だけ軽く腹パンしてから手で散れと言わんばかりにシッシッとして3人を追い払う。
どんな風に雪に話を切り出そうかと悩むことに暁は授業が始まるまでの時間を費やしていた。
「待ってたよ、お兄ちゃん。さ、一緒に帰ろう」
6限目も問題なく終え、SHRで伝達事項を伝え終わり、教室を出るとそこにはさも当然のように雪が立っており、暁に気づくと微笑みながら近づきながら、当然のように腕に抱きついてくる。
「一緒に帰るのはいいんだが、腕に抱きつくのはやめてくれ、恋人同士でもないんだから」
「そうだね、恋人じゃなくて婚約者だもんね」
「くそ、今日はいつも以上にポジティブだ!」
予想をはるかに上回る解答に暁は衝撃を受けながらも、腕に抱きついている雪を無理やり引き剥がそうと力を入れる。
雪は抵抗するが、力比べでは、圧倒的に暁が有利なため暁によって引き剥がされていた。
「いいじゃん別に、減るわけじゃないんだから」
「俺の精神がすり減っていくから勘弁してくれ……」
引き剥がされた雪は頬をプクッ膨らませて可愛らしく抗議する。
その抗議をため息を吐きながら暁が流しつつ2人は帰路についた。
「ウチのクラスの男子がお前と一緒に昼飯食べた……「嫌」」
「くい気味になるほど嫌か」
家に向かって歩いている最中に3人と約束していたことを雪に聞くが、速攻で雪は拒否し、暁の予想通りの結果に終わっていた。
「だって、お兄ちゃん以外の男の人の視線って下卑たものが多いんだもん」
雪が口を尖らせながら不満げに言う。
雪の身体つきは女性らしく丸みを帯び、出るところは程よく出て、引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型なため男たちの視線は自然と惹きつけてしまう。
さらに雑誌のモデルも霞むような美少女であることも拍車にかけ、男たちの視線が身体の方に向いてしまうのも仕方がないと言えるだろう。
「まぁ、そう言ってやるな。哀しい男の性ってやつだ」
「でも、肝心なお兄ちゃんはそういう目で私を見てくれないし」
暁が優しく雪に語りかける。
しょんぼりした様子で自分の身体を見て胸やお尻に手を当ててから暁に詰め寄る。
「ねぇ、私ってそんな魅力ない? 自分で言うのもなんだけで顔は整ってると思うし、おっぱいはそこまで大きくないけど形と感度には自信があるよ! お尻だって大きくて形がいい安産型ってお母さんに言われてるし」
「お前は一体何を言ってるんだ!?」
雪が自分の胸を手で寄せて谷間を作り、それを俺に見せつけるように近づいてくる。
雪の言葉に頬が熱くなっていた暁は追い討ちをかけるような雪の言動を受けて慌てて顔を逸らしながら必死に見ないようにしていた。
「お、反応してくれるんだ。ほらほら、お兄ちゃんなら服の下を見せてもいいし、触ってもいいんだよ」
暁が顔を赤くし逸らしているとその反応が嬉しかったのか、雪は制服のブラウスのボタンとボタンの間に指を入れながら蠱惑的な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
ブラウスのボタンの隙間からチラリと白のブラジャーが見えており、ほとんどの男にとって今の雪の姿は目に毒であった。
「止めなさい」
暁は顔を背けながらにじり寄ってくる雪の額目掛けて軽くデコピンする。
「い、痛いよ」
「調子に乗ったお前が悪い。もし俺が襲ったらどうするつもりだ? 俺じゃなくて他の男も同様だ」
暁は実家の剣術道場で師範代として認められる実力を持っている。そんな実力者が放つデコピンは軽いものであろうと、華奢な少女である雪にはかなりダメージが入ったようで涙目になりながら両手で額を抑え、うずくまっていた。
そんな雪を見てやりすぎたかと思う反面、変な挑発をして男たちに襲われないようにと、心を鬼にして暁は雪に説教しようとする。
「お兄ちゃん以外にはしないし、お兄ちゃんならむしろドンと来い」
「……」
暁がやろうとした説教は、雪の台詞を受けて二の句が継げなかった。
涙目ながらも雪は胸を張り、さも当然と言わんばかりの表情であった。
「ったく、ほら、馬鹿なこと言ってないで帰るぞ」
うずくまっている雪に手を差し伸べる。
「やっぱりお兄ちゃんは優しいね」
差し出された手を雪は微笑みながら掴んで立ち上がるとそのまま指を絡めて恋人繋ぎしてくる。
「お兄ちゃんがデコピンして痛いからコレぐらい優しくしてくれるよね?」
「……家の近くまでだからな」
「うん!」
暁は終始ニコニコした表情の雪を見ていると、まぁいいかという思いになりながら2人で帰り道を進んでいく。
途中で雪と別れ、暁は山に続く山道を歩いていく。
その山道の外れに一軒の屋敷がひっそりと佇んでいた。
その屋敷こそ暁の自宅であり、我流剣術である一閃流を教える道場であった。
屋敷の門くぐると目の前は道場であり、今は門下生たちが体力練成の一環として道場の周りを走っていた。道場の周りを走っている門下生たち見守っているのは、獅子の鬣を思わせる白髪に石像彫刻のように鍛え上げられた肉体を持った良い体格の初老の男であった。
「ただいま父さん」
「おぉ、帰ってきたか」
暁の声に気づくと初老の男――暁の父であり、一閃流の師範である一条 泰時――は破顔して出迎えた。
「早かったな」
「今日は特に用事も頼まれ事もなかったから」
「なら雪ちゃんとデートでも行ってくればいいのに。お前、今日の鍛錬は朝の内に終えてるんだからな。付き合ってるからってデートもせずにほっぽりだしてたら愛想尽かされるぞ。雪ちゃんは美人さんだからちゃんと捕まえとかねぇと」
「何言ってんだ親父? 俺と雪は付き合ってないぞ」
泰時が暁に近づきながら見当違いな事を言ってくる。暁はキョトンとし、首を傾げながら返事を返す。
「ハッハッハッ、親に知られるのは恥ずかしいかもしれんが、もうバレてんだから隠すことはないぞ。お前、雪ちゃんと付き合ってんだろ?」
大きな笑い声を上げながら暁に近づくと暁の肩をバンバンと叩く。そうしてから周りをキョロキョロ見渡してからそっと暁の耳元に顔を寄せる。
「ただ若いから持て余すと思うが、子どもはできないように十分気をつけろよ。まぁ、できちまったらしょうがないから、キチンと言えよ? 俺たちがなんとかしてやるから。ちなみに俺は初孫は女の子がいいからな」
「息子に何とんでもないこと言ってんだよ……」
とんでもないことを口走る泰時に暁は頭が痛くなっていた。
「いや、学生なんだからできないようにするのは重要だぞ。金も掛かるし雪ちゃんの身体に負担も掛かる。それに……」
「生々しい話はそれ以上いいから。まず前提として俺と雪は付き合ってないから有り得ない」
「……え、マジで付き合ってないのか! だって、お前、昔のアレの後から雪ちゃんと仲良くなって一緒に風呂とかも入ったり、好きって言ったりしてたじゃねーか」
「一体いつの話してんだよ! それまだ俺が子どもの頃の話じゃないか!」
泰時が驚いた表情で暁に話をたたみかける。付き合っていないことが信じられない様子だった。
それに対して暁は噛みつくような反論をする。
「やっぱり師範と師範代は仲良いよな」
「だな」
ギャーギャーと言い合っている親子を走り終えた門下生たちは微笑ましく思いながら見つめていた。