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異端覚者の英雄譚  作者: 北乃雪路
序章 変わらぬ世界、変わる自分
3/13

第1話

「お兄ちゃーーん!」


 4時限目の授業が終わり、学食で昼食を摂ろうかと思い、席を立った矢先、薄い青い髪をサイドテールで結び、美少女と言っても差支えない活発そうで可憐な女子が教室の扉からブンブンと手を振りながら少年を大声で呼んでいた。


「おーい一条、嫁さんのお出迎えだぞー」

「やっぱり付き合ってるのかな」

「そりゃそうでしょ。そうじゃなきゃ、毎日来ないって」


 ある生徒は茶化すように、ある生徒は少年と少女が付き合っているのかと話しながら少年に視線を向ける。

 視線を受ける少年は居心地悪そうにそそくさと間を抜けて少女の前までやってくる。


「なぁ雪、頼むからお兄ちゃんと呼ぶのはやめてくれ。恥ずかしいだろ」


 少年__一条 暁(いちじょう あかつき)はため息を吐きながら少女__本田 雪(ほんだ ゆき)に向けて言い放つ。


「なんで? お兄ちゃんの方が歳上で、私は歳下だからお兄ちゃんで間違ってないじゃん」


 キョトンと可愛らしく小首を傾げながら何を言ってるんだろうといった様子で暁の方を見る。


「いや、幼馴染なだけでお兄ちゃんじゃないだろ」


 暁がジト目で見つめながらツッコミを入れる。

 暁と雪は兄妹ではなく、ただの同い年の幼馴染同士だが、暁の方が少し誕生日が早いため雪は暁のことをお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。


「あ、もしかしてお兄ちゃんって言われるのに飽きちゃった? そうだよねぇ、ずっとお兄ちゃんって呼んでたしなぁ」

「いや話聞けよ」


 暁のツッコミを無視して腕を組みながらウンウン唸っていた。

 暁は変わらずジト目で雪を見つめていたが、どこ吹く風と言わんばかりに雪は無視していた。


「お兄ちゃんは、お兄様かお(にい)兄者(あにじゃ)のどれがいい?」


 雪は少しばかり考えた後、手をポンと叩きながら新たな呼び名を提案してきたが、どれも似たようなものばかりで兄の分類から外そうとしなかった。


「……その頭が痛くなるような3つの選択肢以外の他はないのか?」


 雪の選択肢を受け、暁が手に頭を当てながら返答の言葉は(およ)そ検討がつくが、一応逃げ道がないか聞いてみた。


「ない」

「名字じゃ嫌なのか?」

「うん、嫌」


 やはり考えた通りか、と頭を抱えながらも暁はめげずに食らいつくが、雪は真顔ですぐさま拒否していた。


「じゃあ名前ならどうだ」

「幾らお兄ちゃんの頼みでも嫌なものは嫌」

 

 互いにもう高校生にもなり、本当の兄弟でもないのにお兄ちゃんと呼ばれることは流石に恥ずかしく、かつ好ましくないと考えている暁としてはやめてほしいので譲歩してみる。

 しかし、雪はプイッとそっぽを向きながら頬を膨らませて嫌だということを全力でアピールをする。


「なら、せめて人がいる前ではやめないか?」

「なんでそんなにお兄ちゃんって呼ばれたくないの? もしかしてお兄ちゃんは私のことが嫌いになったの?」

「うっ……」


 それでも諦めきれない暁がなんとか食い下がろうとしていると、雪は瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら上目遣(うわめづか)いで暁の方を見てくる。

 うるうるとした瞳で見られると、暁にも罪悪感が湧き出してくる。

 心なしか周りからの視線が微笑ましいものを見るものから、暁を糾弾する痛々しいものに変わってきているのを感じられる。


「……分かったよ! もうお兄ちゃんでもなんでも好きに呼べ!」

「やった! お兄ちゃん大好き!」


 周りの視線の圧力と泣き出しそうな雪の表情を一身に浴びた結果、暁が折れ、ヤケクソ気味に言い放つ。

 すると、泣き出しそうな表情が一転し、満面の笑顔に変わる。

 そのまま満面の笑み浮かべながら暁の腕に抱きついた。

 すぐに泣き顔が笑顔に変わったところを見ると、嘘泣きだと、暁は思うが嘆息するだけで怒るようなことはなかった。


「で、何の用だ? 昼休みに、まさか俺の顔を見に来ただけとかじゃないだろう」 


 呆れて疲れた暁は腕に抱きついた雪を引き剥がそうとはせずに問いかける。


「当然、見るだけなんてフラストレーション溜まるだけじゃん。お昼を一緒に食べようと思って誘いに来たんだよ。今朝早起きしてお弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?」


 依然として暁の腕を抱き締めて離さないまま目線だけ暁の顔に向け、首を傾げて可愛らしくおねだりする。

 よく見ると雪の足元には風呂敷に包まれた大きな重箱が鎮座していた。


「おぉ! 今日は学食だったから本当ありがたい。ありがとうな」


 雪の提案に暁は顔を綻ばせ、快諾する。


「お礼はキスでいいよ」

「よし、食う場所は屋上でいいな」


 そういうと雪は頬を薄紅色に染めながら目を瞑り、形の良い唇を軽く突き出して待っていた。

 なんてものを要求しやがるんだ、と暁は、雪の要求に戦慄しながらも、顔には出さないようにお礼の件は無視して話を進める。

 まだ入学して一ヶ月程度しか経っていないというのに、雪にはファンクラブが出来るくらい人気がある。

 その雪にキスしろと、せがまれているところをファンクラブ会員の奴らに見られたら、確実に袋叩きにあうのは確実だ。

 もし、雪が勢い余って暁にキスしているところを見られた日には、毎日背後を気をつけて帰る必要があるだろう。


「お礼のキスはこんなに人が多いところじゃお兄ちゃんは照れ屋だから出来ないよね。お礼はあとでもいいよ。それじゃ、早く行こう」


 見習いたいような見習いたくないような超ポジティブ思考で、暁がキスを無視したことを自分の都合の良いように考えて機嫌をよくした雪が、笑顔で暁の腕を引っ張って屋上に向かって歩き出した。


 普通の学校は屋上は出入り禁止が多いなか、この学校では普通に出入りが自由で、ベンチや自動販売機が置かれているのでお昼を食べたり放課後にたわいない会話をする場所として人気があるため、早く行かないと良いは場所なくなってしまう。


「チクショウ! 羨ましい過ぎるぜ、一条。本田さんからの手料理なんて………」

「あぁ、俺もご相伴に預かりたいな」

「一条め、薄暗い夜道には気をつけろよ」

「………」


 暁が教室から出る時、羨ましげな声を出す男や憎々しげに喋る男、さらには無言で何も映っていない虚ろな目でジッと暁のことを睨んでいる男など様々な男たちからの嫉妬の視線を暁は一身に受ける。

 暁はその嫉妬の視線を努めて無視し、雪は暁と食事できることが嬉しいのか視線を気にせず、そのまま暁を引っ張って屋上に向かった。



「やった、今日は人が少ないね」

「今日は春先にしては少し肌寒いからな。それよりも席を確保して飯にしよう」

「うん」


 春と言っても今日は少し肌寒く、人は思ったよりいなかったため見晴らしの良い場所を確保して2人で腰を下ろす。


「じゃじゃん! 今回は和風で作ってみました」

「おぉ、美味しそうだな」


 風呂敷を外すと三段重ねの立派な重箱が鎮座していた。

 重箱の蓋を開けると一段目は卵焼きや竜田揚げ、銀鮭など定番の和風料理が入っており、二段目はゼンマイやふきのとうなど旬の山菜をメインにした副菜、三段目は主食としておにぎりが入っていた。


「お兄ちゃんの好きな竜田揚げも入れておいたからね。たくさん食べてね!」

「あぁ、それじゃ、いただきます」


 雪から箸を受け取り、手を合わせた後、早速好物である竜田揚げを口に入れた。


「美味い!」


 冷めても衣がベタベタにならず、キチンと食感が残っており、味付けも辛すぎず薄すぎない丁度いい塩梅(あんばい)だった。

 わき目もふらず、ガツガツと弁当を食べている暁を嬉しそうに見つめながら雪も食べ始める。


「まぁまぁだね。もう少し薄い方が……」

「評価厳しいな。十分美味しいのに」


 自分でも弁当を食べながら厳しめの評価をつけ、胸ポケットから手帳を取り出し、メモをつける雪を見ながら感心したように暁は見ていた。


「だって、お兄ちゃんの奥様になるんだからもっと美味しいもの食べて欲しいじゃん」

「っ!?」

「ちょっ! お兄ちゃん大丈夫!? はい、お茶」


 聞き捨てならない台詞を聞き、喉に物が詰まりかけ、慌てて雪が水筒の茶をコップに入れて暁に渡す。


「……っ、ちょっと待て! なんで俺と雪が結婚するんだ!?」


 雪から渡された茶を一息で飲み干し、一拍置いてから叫んだ。


「え? だって昔約束したじゃん。大きくなったら結婚してくれるって言ったらいいよって言ってくれたじゃん」


 小首を傾げ、キョトンとした顔で問いかけてくる。


「た、確かに言ったかもしれないけど……」


 冷や汗を流しながら暁しどろもどろなりながら返事をする。

 仲良くなり始めた頃に言われた記憶が暁にはあったが、その時は仲良くなれた嬉しさで何も考えず頷いていたが、まさかその約束が続いているとは思っていなかった。


「ま、まぁ、そういう話はまた後日することにしよう」


 形勢が不利だと考えた暁はなんとか会話を終わらせようと無理やり話を切る。


「そうだね。今度叔父さんと叔母さんと私の親も入れてウェディングがいいか神前式がいいかとか式場も決めないとね」


 そのうち周りの堀を全部埋められ、雪と結婚するしかない状態にされるかもと暁の脳裏をよぎるが、(かぶり)を振ってその未来像を頭から追い出していた。


「新居はどこがいいかな? 子供は女の子と男の子が一人ずつ欲しいな」

「ちょっと待て! ストップだ、雪」

「男の子ならお兄ちゃんに似た優しくてカッコいい子で、女の子なら……」

「話を聞いてくれよ……」


 トリップした雪をそのままにすると話がドンドンとヤバい方向に進んでいきそうなので、慌てて暁がストップをかけるが、時すでに遅く、雪は自分の世界に入ってしまっていた。

 そんなこんなで慌ただしくも楽しく昼食の時間は過ぎていった。



「飯の礼には安いけどなんか奢るよ。なにがいい?」

「じゃあレモンティー」


 雪の弁当を食べ終えた後、自販機で飲み物を買って2人で喋っていた。


「最近神社のほうはどうしてるんだ? まだ巫女で神楽舞とか舞ってるのか?」

「巫女の方はボチボチやってるけど、神楽舞の方は年に1、2回にだけかな。あ、お兄ちゃんが見たいって言うなら毎日でも舞ってあげるよ?」


 雪の実家は宮司(ぐうじ)の一族で、雪は実家を継ぐつもりはなく、また家族も無理に継がせる気はない。雪自体は『お兄ちゃんは巫女さんにグッとくるかも』という不純な動機で実家の神社で巫女として働いている。

 ちなみに見た目が可憐な美少女である雪が巫女をしている実家の神社は『美少女巫女がいる神社』として有名になり、雪の巫女姿を一目見ようと多くの参拝客が訪れるため、かなり儲かっていた。


「お兄ちゃんの方は?」

「いつも通りボチボチだな。まぁ、その分自分の鍛錬に時間が割けるからいいけど」


 暁の実家は、我流の剣術道場を営んでいる。

 門下生はそこまで多くはないが、暁が言うほど暇をしているわけではない。

 暁も道場では師範代として門下生に稽古をつけたり対外試合に出場したりとそこそこ忙しい生活をしていた。


「ねぇ、また見に行っても良い?」

「別にいいが、楽しくないだろ? ただ木刀とか真剣振ってるだけだぞ」

「お兄ちゃんのカッコいい姿見れるだけで十分楽しいよ」


 2人はその後もたわいもない雑談を昼休み終了を告げる鐘の音が鳴り響くまで続いた。



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