"closed,"-Drowning of Eos/after story-
あくまで雰囲気ではありますが、同性愛表現が含まれます。ご注意・御了承の上でお読みください。
また、可能な方はオフラインにて頒布済の「エオスの溺死」冊子を先にお読みください。
青い空。痛いくらいに、澄んだ海。照りつける日差しに、焼け焦げてしまいそうだ。海鳴り。残響。
絶叫、
誰の、――…彼の。
彼女の。
それから、僕の。
これはもう二度と、届くはずの無い、最初で最後の産声を、嗚咽を。
いっそ届いてくれよと、掻き消してくれよと、願うこともできないままで。
そうして、僕に差し伸べられる手は、今は。
――いま、は?
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最初にやってきたのは、只々真白の呆然だった。思考を掻き消す真白。片隅でぼんやりと、いつか見た雪景色を思った。季節外れの雪。それは何処か、今の僕に似ているような気さえした。違うのは、そこに。喜びも感動も、伴いはしない、ということだろうか。四方で思考が形作られては、消えてゆく。単に纏まらない、のか、それとも、纏めるのを拒む故か。そんな投げやりな渦も、数秒後には前に倣って消える。それは或いは気が遠くなるほど永い時間かもしれないし、或いは正しく数秒間の出来事だったのかもしれない。
蒼穹が、新緑が、旗めく誰かのシャツが。
通りの雑踏が、鳥の囀りが、クラクションが。
真白に支配される。塗り潰される。
それは多分、抗えない水の流れに似ていた。例えば河川の、例えば排水溝のそれに。不可逆、声も、音も、全て遮って、僕の意思さえ、無かったことにして。いっそそれが平常で、それがいちばん、楽な方法なのだと。自己暗示によく似た何か。唯激流に流されるように、いっそこの身を委ねて。何も知らなかったように、聞かなかったように、否、その総てを遡って、出会わなかったように。そうできたなら良かったのに。息を吐いた。息をしていたことに気づいた。酸素。無ければ、生きては行けないもの。どう足掻いても、死んで、しまうもの。不意に見慣れた、白いシャツ。柔らかな光をきらりと反射する、片耳のそれ。呆れたように笑って、その声音で僕を呼ぶ、貴方は、貴方は――
「先輩ッ…!!!!!!」
鼓膜が震えて、次に喉が震えて、やっと自分の声だと識った。その背中に延ばした手は、僕の頼りない手は、当然のように空を切った。そうして気付く、自分の身に触れる水。潮騒と微かに鼻をつく匂いに、そこが海であると悟った。総ての命の根源。生まれて、そうして、還る場所。嗚呼、直視してしまう、直視させられてしまう、否が応にも突きつけられてしまう。いっそもっと深くに、足が着かないほど遠くにそれがあったなら、見えていたなら、僕も、或いは還ることが出来たのに。それは、優しさですか、貴方の、貴方は、何時だってそうだ、留めてくれなくても、良かったのに。貴方はいつも、優しすぎる。僕にはいっそ、有り余ってしまうくらいだ、知ってる、その優しさの宛先は、僕じゃないでしょう。溺れているのは僕じゃないのに、苦しいのはどうしてだろう。貴方の好きな、好きだった、深い青の海。今はもう、色褪せた海。
貴方は、もういない。
喉が千切れるような錯覚を、否、感覚を覚えた。
絶叫。
木霊するのは、僕の声と、唯遠く海鳴りだけ。
ねえ。
例えば僕は、貴方の目にどう映っていましたか。
秘密、ちゃんと守りました。今も、守っています。紛うことのない、貴方との約束だから。先輩と後輩、それ以外の唯一の、貴方との繋がりだから。
彼女はきっと、幸せですね。否、きっと幸せにしてあげてください。そうしないと、何より僕が怒りますから。
唐揚げ、美味しかったです。あんな我儘に付き合ってくれなくても、良かったのに。貴方は少し、優しすぎる。
涙が溢れて、海に融けていく。
ねえ、
例えばどんなに小さな可能性だったとしても。
僕が、そのピアスの片割れを貰う事は、出来なかったのでしょうか。…忘れて。
それから。
ハッピー、バースデイ。
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(恋だったと、そう呼ぶには余りに遅すぎた。)
「エオスの溺死」コラボの相棒に捧げます。誕生日おめでとう。