*とある屋敷の前にて
*とある屋敷の前にて
もう夜も更けたというのに、屋敷からは沢山の明かりと陽気な音楽が流れてきています。その様子を門の外からじっと見つめる目がありました。
翡翠の瞳を持つ美しい娘でありました。いえ、正確に言えば美しかったであろう娘でした。巻き上げた髪は崩れ、肩にうっそりと垂れかかっておりました。ドレスもくたびれ、所々しわがよっています。頬はこけ、目の下には大きなくまが染み付いておりました。
屋敷を見つめる彼女が思うことはただ一つ、愛しい彼のことでした。彼女がこうしている間にも、この宴の中心で笑っているであろう彼の。
影のない晴れやかなその笑顔に以前の彼女は惹かれたのでした。彼の微笑みの影で、いくつもの涙が流されたのかなど、感じさせない笑みでした。
闇の中、身じろき一つせずにいる彼女に、一つの声がかけられました。
『届けたいの?』
かけられた場違いな童子の声に、普通はたじろく物でしょう。けれど、心が疲れきっていた彼女は唇にうっすらと笑みを浮かべて答えました。
「届けたいわ。この真心を彼に」
胸に手を当てて童子を見るその翡翠は狂気に彩られ、暗闇にらんらんと光って見えました。
きらびやかな宴の中を、童子は臆する様子もなく進みます。それに気づいた人達は、心配したり、眉をひそめたり皆それぞれでした。視線に臆するどころか静止に耳を貸すことすらせずに、ただただ童子は進みます。「彼」の元へ。「お届け物」があるのだから。
彼が通った跡には、点々と赤い赤い雫がこぼれ、高級そうな敷物にしみを残していくのでした。