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*とある森の奥にて

*とある森の奥にて


草木がうっそうと茂る森の中を駆け抜ける男が一人おりました。長く走り続けてきたためでしょう。喉から漏れる息は渇き擦れております。履き物は破け意味を無くしていましたのでとうの昔に捨てました。ですから、男の足はひび割れ血を流しておりました。肩口に巻いてある布が解け一筋の赤い線となり男の後を流れながらついてきています。男は気付いていませんが肩を傷つけた矢には毒が塗ってありそのために血が止まらずに流れ続けていたのです。


 遠からず彼は倒れるでしょう。そのことを誰よりも知っているのは何より彼自身でありました。それでも彼は走り続ける他なかったのです。


 彼の懐には一枚の書状があります。その紙は籠城を続ける彼の仲間たちへの救援を約束するものでした。

充分な水も食料も無く終わりの見えない戦いを強いられている彼らにとって、希望の光となるものです。


    ――どうか、諦めないでくれ。


 がむしゃらに手足を動かしながら彼は祈ります。もし彼らが諦めてしまったら、彼らの家族は敗者として辛い重荷を背負うことになるでしょう。そして援軍を約束してくれた隣国にも多大な迷惑をかけることになることを彼は知っていました。



 ――今伝えるから。どうか、どうか



 しかしその時、木の根に足をとられ彼はどうと倒れ、そのまま倒れ込み頭を打ってしまったのです。ぐらぐらと揺れる視界と額のぬるりとした感触。衝撃のせいかとうとう指先一本動かせなくなってしまいました。

血とともに自分の命が流れ出していくのを彼は感じます。このまま死ぬのだろうかとも思いました。それでも彼の頭のなかを占めていたのはただ一つ。



 ――届けなくては、伝えなくては


 必死に目を動かす彼のもとに一つの声がかけられたのです。




『届けたいの?』




 さてここは籠城を続ける城の城壁の上です。この上で見張りを続ける兵の一人はぼんやりと考えておりました。


 ――敵を退けるため、投げるものは全て投げた。重い石も、煮え立った油も、矢の一本すら残っていない。次に敵が来た時はこの身を投げるより他あるまい、と。



 そんな彼に場違いに明るい声がかけられました。


『お届け物でーす!』


 振り向けばそこに一人の童子が立っておりました。大きな革製のカバンを肩にかけ、ぴかぴか光る黒い帽子をしっかとかぶり、誇らしげに書状を差し出してきています。


「ぼうや、危ないよ。こんなところでどうしたんだい? 親御さんは?」

『お届けものです!』


 兵士が問いかけると、童子がむっとした様子で書状を押し付けてきます。思わず受け取ると、童子は口を大きく開いてにっこりと笑いました。そしてそのまま、風に紛れるようにふっと消えてしまったのです。ただ笑い声だけをその場に残して。




 夢幻かと呆然とする兵士の手には、それでも書状が残っておりました。

所々に血がついた、くしゃくしゃの書状が。


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