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The Ghost Of U : ゆーこさんのオントロジー  作者: 結城わんこ
3:おもひでしゃばだば
9/45

  親友

 案の定、その日はほとんどの授業をつむじで聴くことになった。

 教科書の背を後頭部に落とされること通算四回(新記録)。清掃の時間になってようやく頭の中のゴミが片付き、いつものワーキングメモリが確保される。


 清治(せいじ)とだらだら駄弁りながら、廊下の水場周辺の床をモップでテキトーに撫で付けていたところ、ゴミ箱を持った夢子(ゆめこ)が通りかかった。

 ふと、あることを思い出した(よう)は、その場で夢子を引き止める。


「ア、夢子、ちょっと待って」


 夢子はゆるく束ねた黒髪をふわりと揺らして振り返り、陽の元にやってきた。


「なあに、よー君」いつもと変わらない、落ち着いた様子で首を傾げる。

「あー、えっと、その、あれだ……」


 これから口にすることに、なんとなく後ろめたさを感じてしまい、言葉が濁る。


「なによ」夢子は怪訝な顔で、「アホヅラこいてないで、用があるならちゃっちゃと済ませてよ。私んとこの掃除まだ終わってないんだから。っていうか東根(ひがしね)、あなた担当ここじゃないでしょ。サボってると黒坂(くろさか)先生にシバかれるよ。あの人なんか竹刀で遊んでたよさっき」


 今週は休みだっつーの。と清治は応える。普段は淑やかな――というよりも寡黙すぎる印象の強い夢子であるが、こと陽や清治が相手となると、なかなか遠慮のない物言いをする。


「学校終わってから、時間ある?」

 夢子は目を伏せて数瞬考え、

「溜まってる仕事も無いし、暇といえば暇だけど、遊んで帰るとかそんな気分じゃないかも」

「いや、そういうんじゃなくて」

 腹を決めて、言う。

「仏様を拝んでおこうと思って……。今日家に行って良い?」

 その発言に清治はぎょっとして、

「もしかして、なにか思い出したのか」

 陽は申し訳なさそうに首を振る。

「いや、まだなにも思い出せない。でも、だからといって未だに掌も合わせていないってのは、流石に礼を失しすぎると思って」


 そう言った陽の視線が夢子とかち合う。

 だが夢子はすぐに目を逸らし、やや間をおいてから、陰りのある声で応えた。


「……うん、そうだね、わかった。いいよ。お姉ちゃんも多分、待ってると思うから」


 じゃあ、また後で。と声の調子を持ちなおした夢子は、水色のゴミ箱を抱えて黒猫のように廊下を駆けていった。

 その後姿を目で追って、清治が呟いた。


「なあ、俺も一緒に行っていいか」

「僕は別に構わないけど、清治部活は?」

「サボる。ってかもう引退だしな。ロッカー片付けて、一年の小僧どもをイジって遊んで、それくらいしかやることねえよ。そんなことより、お前だって部活あるんじゃねーの。編集部って卒業まで現役なんだろ、部長さんよ」

「まあね。でも仕事は家でだってやれるし、部室の方は副部長が居りゃどうとでもなるだろ。部長だなんだっていってもさ、実際は雛飾りみたいなもんだよ」


 編集部は伝統的に二年生から副部長が選ばれ、部の全ての活動について部長と同等の権限を与えられることになる。

 いっぽう部長はといえば『二年の時に副部長に選ばれなかった者』という消極的な理由によって選出されるのが通例であり、事務作業と揉め事が起こった際の弾避けが主な仕事だ。雛飾りとは言い得て妙で、ようするに部に厄が降りかかった時に責任を負わせてクビを切るための形代なのだ。

 そういう背景もあって、実質的に編集部を回しているのは副部長と、それを補佐する元副部長である。ちなみに去年は夢子が副部長を務めた。


「お前みたいにテキトーなやつが部長だと、寒河江(さがえ)ちゃんもさぞ大変だろうなあ」


 しみじみと、清治が言った。陽はモップをバケツに突っ込でかき回しながら、


「テキトーじゃねえよ、寛容っていうんだよ。寒河江だって結構楽しそうに好き勝手やってるみたいだし。……まあ、確かに今は少し迷惑を掛けてるけども」


 そう言って陽はバケツを持ち、埃とチョークの腐った臭いがする汚水を流しに捨てた。


 ホームルームが終わり、いつか何処かで見たような放課後が、また今日も再生される。

 陽が二人を迎えに――夢子と清治は同じクラスだ――行くと、ちょうど教室の戸口から夢子が姿を現した。そのすぐ後に清治が続く。

 携帯を操作していた夢子は、ふと顔を上げて陽に気づき、


「ア、よー君。今副部長にメールしておいたよ。今日は部活に出ないって」

 陽はマヌケに口を開き、

「うわ、そういや連絡してなかった。いやいや、助かりましたよ夢子さん」

「やっぱりね。まったく、ただでさえコレだもの」


 手のかかる子供の相手でもするみたいに言って、夢子は歩き出した。

 その両脇に、陽と清治が槍持ちのように従う。


 三人は地元が同じで、とりわけ陽と夢子は保育所からの友人――いわゆる幼馴染というやつだった。

 家も比較的近くにあり、初めて一人で遊びに行ったのも夢子の家だと陽は記憶している。小学校に上がってからもその関係は続いた。往々にして男子というのは小学校に入るあたりから「女と遊ぶなんて」というしょうもない自意識を持ち始めるものだが、陽の場合は「面倒を見てやらねばならない妹」としての美鳥(みどり)が居たために、夢子に対してもそのような男女間の不和を抱えることもなく、夢子のことを『むっこねえちゃん』と呼んで懐く美鳥と一緒に、三人でよく遊んでいた。


 そして陽たちが中学に進学すると、距離が開いた美鳥の代わりに東根清治が仲間に入り、以来高校三年の今に至るまでその関係は続いている。

 学校ではつるむことも多い三人だが、部活が違う――清治はサッカー部所属――ということもあって、こうやって肩を並べて下校するのは、実は久しぶりなのであった。


 だから、というわけではないだろうが、間に交わされる会話の雰囲気が、妙にぎこちない。


 いつもはしょうもない駄話を垂れ流すのに熱心な清治の口が、今日はやけに大人しい。元々口数は少ないが、言葉を投げればそれなりに打ち返してくれる夢子も、全てが上の空といった感じでやる気なさげに見送り三振を続けている。


 言い知れぬ気まずさが漂うこの空気は、多分に自分のせいなのだと、無言の裏で陽は思う。


 それぞれの胃の腑に煮え切らない何かをかかえたまま、三人は歩を進めた。

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