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  一人きりの目覚め

 いつか何処かで見たような天井だった。


 ああ、そういえば自分は交通事故にあって、二週間も眠っていたんだっけ、とぼんやり思うその思考のおかしさに気づいた瞬間、(よう)は全てを思い出した。


 少しだるいだけの身体を起こすと、側に座っていた清治(せいじ)が飛び上がらんばかりに驚いた。


「ああっ、気づいたか! ちょっとまて! いいか、今おばさんたち呼んでくるからな!」


 言うなり清治は病室を飛び出していった。「とりあえずナースコールくらい押しとけよ」と陽は独り言ちながら自分でナースコールのボタンを押した。

 これまたいつか何処かで聴いたような大勢の足音が、パタパタと病室に雪崩れ込んでくる。清治に夢子(ゆめこ)、そして母。今回はそれに加えて美鳥(みどり)もいる。


 看護師に色々質問されたあと、状況を知らされた。どうやら自分は学校で倒れ、今まで意識を失っていたらしい。とはいえそれも数時間ほどのことで、時計を見ればまだ夜になったばかりというところだった。倒れた原因は不明だったが、検査の結果どこにも異常は見つからず、どこにも不調が無いようなら、とりあえずは帰っても良いということだった。


 医者や看護師たちが出て行ってからも心配そうな顔をしていた夢子が、ぽつりと言った。


「本当に大丈夫なんだよね? どこも変な感じがするところはないんだよね?」


 陽は僅かな沈黙を挟んで心を落ち着けた。


「いや、変なところはないよ。……というか、思い出した。事故にあった時のことを」


 陽は自分の右手を見つめ、言葉を紡いだ。


「ずっと僕の名前を呼んでいた。最後までずっと、死なないでって、一人にしないでって、僕の肩を揺すってた」


 それは自分の身体に刻まれた、確かな記憶だった。

 心の奥にあった包帯が解け、今まで抑えられていた感情が一気に噴出してきた。


「大丈夫だよって、言ってあげたかった。一人になんかしないって言ってあげたかった。……でも、声が出なくて、身体も動かなくて。何もできなかった。あんなに寒い夜だったのに、怖いよって泣いていたのに、何もしてあげられなかった。最後まで一緒だったのに、最後までこの手の中にあったのに――




 この手のひらの上で泣きながら、震えながら、悠子(ゆうこ)が、死んだ」




 それ以上は喉が震えて喋れなかった。


 どうにも涙が止まってくれない。


 悠子の声が、重さが、匂いが、柔らかさが、暖かさが――それらの全てがこの手から滑り落ち永遠に失われてしまったことが、どうしようもなく悲しい。


 右手が痛いほどに熱を持って、じんじんと脈動していた。


 それは悠子が陽に残した傷跡に違いなく、今はこの痛みすらも酷く愛おしい。


 鼻水も涎も流れるままに、陽は胸を裂くような嗚咽に身を任せた。


 夢子はベッドに腰掛け、そっと陽の右手に自分の手を重ねた。


「……大丈夫だよ。もう、大丈夫だから」


 そして震える頭に腕を回し、きつく胸に抱きしめた。

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