Lust
保健室を後にしてから、夢子とは完全に断絶していた。
自ら連絡を取ることはなかったし、相手から連絡が来ることもなかった。部活関連のあれやこれやも、全て寒河江に回していた。
返答の用意が必要とあらばいくらでも待つつもりではあったが、こうしてまた部活の日になり学校へ向かう段階になってまたぞろ緊張がぶり返してくるというのはやはり、まだどこかに夢子と向き合うことへの不安が残っているのだろう。
地元駅に到着する。
夢子の姿が無い事に思わず安堵を覚えてしまった自分に気付いて、陽は心中に自嘲した。ゆーこに言われたとおり、やはり自分は優柔不断だ。この場にゆーこがいたなら、しゃきっとしなさい、とか言われてしこたま尻を叩かれていたに違いない。
学校に到着する。陽は昇降口で上履きに履き替えながら――誰も見ちゃいないのだからはばかることなど無いのに――横目でさり気なく夢子の下駄箱を覗き見る。見慣れたローファーが澄ました踵をこちらに向けてボックスの中に佇んでいる。少し安心する。
部室に到着する。今朝からずっと夢子への対応の脳内会議を繰り広げてきたが、堂々巡りの果てに思考はとっちらかる一方で、何一つ有意義な結論を導き出せなかった。ドアに貼り付けられた『文芸・編集部』の表札が時間切れを宣告している。がさがさに乾いてめくれ上がった唇を噛む。リップクリームを塗る。フスン、と鼻息にのせて脳内のゴミどもを一掃する。
開ける。
「ういーっす」
いつもの調子で部室に入れば、いつものように乱雑な部室でいつもより少ないメンツがいつもと同じような雰囲気で作業をしており、その中でいつもと同じ席に座っている夢子は後ろでまとめたいつもと少し違う髪型をしていて、
「おはよう」
いつもと同じ調子で挨拶するその頭に、羽を象ったヘアピンをつけていた。
「あ、はい、おはようございます」
とっさに敬語が出るくらいには動揺した。パイプ椅子に腰を下ろし、バッグから荷物を取り出しながら、無意識のうちに鈍色のモチーフへ目が引きつけられてしまう。
そんな挙動不審な様子に夢子は首をかしげて、
「――どうかしたの?」
「ん、あ、いや、体のほうはもう大丈夫なのかなって」
「お陰様でね」何も気にすることはないといった顔で、「皆に肩代わりしてもらったお陰ですっかり良くなったよ。やることが無くて暇で暇で。このあっつい時に外に出るのも厭だし、ずっと食っちゃ寝食っちゃ寝してたら、夏バテ回復を通り越して体重増えちゃった」
「それはよろしい」
「全然よろしくありません」とささやかなむくれっツラを作って、「ああ、そういえばあの話だけど、部活が終わってからでいいでしょ」
あまりにも普通の調子で言うものだから、あの話ってなに、と聞き返しそうになった。
「うん、わかった。じゃあそれは後でってことで」
話そのものをなかったことにされる、という危惧はとりあえず回避された。猶予も部活の終わりまでとはっきり決まったことだし、あとは野となれ山となれだ。
胸にわだかまっていたものが消えた陽は、気分を切り替えて部活に専念した。




