呪い
はるか昔、言葉は呪いそのものだった。
たとえば言霊というものがある。その文字通り、言葉には超自然的なものと通じる霊力や魂が宿っていると古くから信じられていた。
とはいえ、それを神秘主義が権威の座にあった時代の話だと冷笑に付したり、蒙昧さからくる素朴な信仰だと切って捨てるのは軽率だ。むしろ言葉の本質というものを鋭く穿っていたと見るべきだろう。理性と論理の世界というものが徹頭徹尾言葉によって成り立っている以上、人の知性や意識の有り様もまた、言葉に依存するといえるからだ。
『言割り』とは『事割り』を行うことであり、すなはち『理り』を導くことに通じる。
故に人は理性的・論理的であろうとすればするほど言葉に縛られ、言葉によって自己の在り方をも分割されてしまう。
だから、最初に呪ったのは夢子だった。
『友達になろう』
最初に発したその言葉を、夢子は今でもよく覚えている。
ちょっとぼんやりとした感じのある相手の男の子は、足元の砂をプラスティックのシャベルで弄りながら、んー、と少し考えて、
『いいよ』
笑顔を返してくれた。
なぜ自分から声をかけたのかまではよく覚えていない。幼心にも相手との相性を読み取っていたのか、それとも単にその子が隙だらけで話しかけやすそうだったからか――おおむね後者のほうがもっともらしい気もするが、ともあれ、そんな短いやり取りを経て二人は友達になった。互いの家を行き来し、同じ事をして遊び、同じ学校に同じ道を歩いて通い、時には同じ食卓を囲み、同じ時間の流れを共有し、家族も同然といっていい関係を続けてきた。
そこには間違いなく、幸福と呼べるものがあっただろう。
しかしその出会いが、ある意味では最悪だったのだ。
はるか昔に種を蒔かれた呪いの言葉は、暖かい時間を過ごす中で密かに地面を割って深くその根を下ろし、動かしがたい『理り』の成木へと成長していた。
それでも夢子は丈夫に育ったその幹の頼もしさを、健やかに伸びる枝葉の鮮やかな色を、眩しい日差しや冷たい雨を和らげてくれるその木陰を、嘘や偽りなく慈しんでいた。
だがいつの頃からか、彼女は自分の手に一本の斧が握られていることに気づいた。
有明の三日月のような刃を覗きこむと、そこに映った自分の顔はどこか他人のような表情をしていて、妖しく歪んだその口がしきりに木を切れ木を切れと訴えるのだ。
ふと顔を上げると、目の前におかっぱ頭の少女がぽつねんと立ち尽くしている。
それはもう一人の自分だった。
少女は一度も日の光を浴びずに生きてきたような青白い腕を持ち上げ、何かを指し示す。
その指先が放つ魔槍のような力線に肩を押されて振り返ると、そこにあったはずの大木は葉を落とし、枝は病的な紫の血管のようにうねり、幹はひび割れ歪にねじ曲がり――
目隠しをされた姉が縛り付けられていた。
自分の声が、耳元で呪いを囁く。
切れ、切れ、切り落とせ。




