ひと匙の砂
六週間。
ミツバチはその短い生涯のうちに約二千キロをも飛び回り、ティースプーン一杯分ほどの蜜を集めるといわれている。
六週間。
陽はティースプーンはおろか花の在り処すらも見つけられぬままだった。
思い出集めを始めてからこっち、夢子や清治、そしてもちろんゆーこと一緒に様々な場所に行き、色々な話をした。だが結局、陽が自発的に何かを思い出すということはなかった。
無くしてしまったお気に入りの絵本の物語を追想するように、歯抜けになった本棚を言葉で埋めようとするように、訥々と語られるそれぞれの思い出に陽は耳を傾け、時々自分も何かを思い出したようなフリをした。
もう、何も思い出せないのではないかと思う。
川底を転がる石のように、記憶もまた時間の流れとともにディテールを失い、さらさらと温かい砂のような『思い出』として積ってゆく。その手を切ったガラス瓶の破片も、時間と思い出の砂に洗われて、形のぼやけた心地良い手触りへ変わってゆく。ならばもう、いくら真摯に砂浜を掘り起こしたところで、価値あるものなど見つかりはしないのではないか。
徒労と欺瞞を重ねながら、自分は何を得ようとしているのか。そもそも『確かなものを思い出したい』なんて曖昧模糊とした言葉は、裏を返せば『どうでもいい』という浅慮の発露であり、それこそ清治が言うようなパフォーマンスに過ぎなかったのではなかったか。
詮無いことだなんてゆーこに言いながら、その実そういった考えが頭から離れないのは陽のほうであり、考えても仕方ないという言葉の半分は、きっと自身に向けられていた。
このまま記憶が戻らなくとも、それはそれで良いのかもしれないと陽は思い始めている。




