肝試し
二人が戻る頃には、炉の準備はすっかり整っていた。
夢子は編集部仕込みの統率力で三人を使い倒し、一方で自身もてきぱきと料理をこなした。
和気藹々とした、楽しい夕餉だった。
肉はなかなかに上等だったし、夢子特製の焼きそばも好評を博した。フュシスは鹿肉を気に入ったらしく、夢中になってかぶりついていた。
全てを平らげ一息ついた四人と一匹は、心地良い疲労を腹に抱えてしばしまどろんでいた。
チリチリという熾火の囁きに意識をたゆたわせていると、清治がおもむろに立ち上がった。
「さぁーて、そろそろお次のイベントにいきますか」
何をはじめるのだろうと訝しむ陽と夢子。
清治はひとつ咳払いし、
「夏の夜といえばぁ――」
言葉を溜めて身体をひねり、
「肝試しだぁーっ!」
拳を突き上げて高らかに宣言した。
「いっえぇーいっ!」
寒河江が拍手した。
陽と夢子は黙した。
「――ってなんだなんだぁお前ら、その顔は。ほら、イェーイ」
両手を上げるその姿に、二人は呆れた顔で、
「肝試しって……、小学生じゃあるまいし。ていうかまだ6月じゃない」
「寒河江とこそこそ話してたのはこれか」
「ここはせめて話だけでも聞いてくれって。せっかく準備したんだからよ」
そう言って清治は説明を始めた。
その昔、このバーベキュー広場がある南側の山頂には、この地方で一番大きい山城が築かれていた。城は四百年ほど前に攻略され、その跡地には神社が建立された。
その神社のどこかに、あるものを置いてきたのだという。
それを一人で取ってくる、というのが今回の肝試しの趣旨だ。
「こういうものは普通、ペアを作ってやるもんじゃないのか」
陽が疑問を投げると、清治は答えた。
「クジで決めても四人じゃ三通りにしかならないし、この面子でペア組んでも面白くもなんともないだろ」
「まあ、そうだけど」
「それとも何か、もしかしてお前、怖いのか。ん?」
別に怖くは無い。人一倍臆病なことは自身でも認めるところであるが、夜道を歩くくらい別にどうってことはない。山道とはいえ知らない道のりではないし、クマやイノシシが出ないぶん気楽ですらある。お望みとあらば境内にテントを張って一晩を明かしてもいい。
そう、ただの夜道ならば――
「そういえば、神社の少し下の方に古井戸が何個かあったじゃない」
「おいこら夢子やめろ」
「あの井戸が在ったところには、曲輪っていう防御陣地があったの、それでね――」
「だからそういうのやめてえぇぇ」
どうやら気が変わったらしい。
陽の嘆願などこれっぽちも意に介さず、夢子は淡々と話を続けた。
――時は戦国の頃。
とある乱により敵対勢力がこの地へ攻め入った。当主らは援軍が到着するまで籠城を決め込み敵の足止めを図ったのだが、防衛線を構築していた一番下の曲輪で、事件が起こった。
防御陣地を破られた際は、井戸の水を敵に奪われぬよう毒を流すことになっていた。しかし何者かがその毒を、陣地が攻め落とされる前に井戸に投げ入れ、さらには数人の兵がその水を飲んで倒れてしまった。
複数の証言から一人の女が犯人として浮かび上がった。当主はすぐさま死罪を命じ、女は夫である武士の手により首を刎ねられ、夫も自ら腹を切った。
しかしその後、内通者が捕まり、尋問したところ自分が井戸に毒を入れたと白状したのだ。内通者はアリバイ工作と人心の誘導により、処刑された女に罪をなすりつけていたのだった。
回し者はもちろん処刑され、しばらくして援軍も到着し、辛くも敵を退けることに成功した。
しかし、それ以降、曲輪の周辺で度々おかしなことが起こるようになった。
井戸の毒抜きをしていた者が気を違えて倒れたり、夜中に突然、どこからともなく人の叫び声が聞こえたり、井戸の周辺で白装束の女の姿が目撃されたりした。そして――
「今でもね事件の濡れ衣を着せられた女の幽霊が、曲輪のあたりを彷徨ってるんだって。そして夜、井戸の近くを通りかかると、木々の間から真っ白な女の生首が――」
陽は引きつった顔でイヤイヤをする。
逃げようとする陽を羽交い絞めにしている清治が息を呑む。
「おまえかああぁぁっ!」
「ひゃあぁっ」
夢子は三人の悲鳴に満足したかのように頷き、顔を照らしていたライトを清治に手渡す。
「はい、ということで東根、いってらっしゃい」
「なんで俺が!」
「いいだしっぺでしょ。ほら、さっさと行った行った」
観念して山道に入ってゆく清治を「生首に気をつけてくださいねー」と寒河江が煽った。
とりあえず先鋒は回避できた、と胸を撫で下ろす陽に夢子が追撃をかける。
「よー君好みの不気味系な話もあるから、楽しみにしててね」
楽しみにしてるね、の間違いではないのかと陽は思う。




