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The Ghost Of U : ゆーこさんのオントロジー  作者: 結城わんこ
3:おもひでしゃばだば
13/45

  ラッセルデート

 二人は気を取り直してアルバムに向かった。


 ゆーこは色とりどりの風切羽を並べるように、優しい手つきで(よう)に思い出を語り聞かせた。

 なんとしても記憶を呼び戻そうという心肺蘇生のような荒々しさは、そこには無かった。過ぎ去りし日々を慈しむ眼差しの焦点は、写真の画角を外れた遥か彼方に結ばれていた。ゆーこは猫の目のようにころころと表情を変え、時には面白おかしく、時には郷愁にひたりながら、自然とあふれる言葉に身をたゆたわせていた。


 そこに綴じられていたのは、ゆーこの人生の半券だった。

 一人の人間が歩んだ道の、その途中でちぎってきた旅の証はしかし、もうページを増やすことはない。


「――で、この文化祭事件以降、学外からのトラフィッキングは厳禁ってことになったの」

「なんかあまり懲りてない気がするんですけど……。下手すれば謹慎どころか部のお取り潰しや退学レベルの問題ですよそれ」


 ゆーこと話している時は不思議と気が楽だった。まるで十年来の親友のような気の置けなさがあり、時折訪れる沈黙すらも心地よかった。


「あれ、ここ……」

「ンフ。どしたの」


 二冊目のアルバムは高校時代のもので、そのロケーションの半分以上は学校であったり編集部の部室であったり、運動際や修学旅行などのイベントの様子であったりした。

 その間にちらほらと日常の情景が混じっていたのだが、その中の一つに、陽は違和感を覚えた。


「この写真、天鶴山(あまづるやま)ですよね」

「そうだね」


 天鶴山というのは地元の中心、市役所からすこし南へ歩いたところにある標高二四〇メートルほどの小さな山だ。

 山頂は公園になっており、春は桜が美しい。展望台から市街地を見渡すこともできるが、所詮は地方の小都市である。開闢以来二桁以上の階数を有する建物など在ったこともないような『おらが町』を見下ろしたところで、大して面白いものもない。


 そんな面白くもなんともない山頂の展望台に二人は居た。


 真冬だった。

 周囲は雪の白に塗りつぶされていて、その中にぽつんと二人だけ、宇宙まで透けるような青空を背負い、カメラにポーズをとっている。遠くの空に、ダイアモンド編隊を組む白鳥が見える。


「これはラッセルデートの時だね」

「らっせるでーと?」

 なにやら新しい概念が提示された

「そう、ラッセルデート。冬でもアウトドアなデートがしたいなーって思ってさ、でも普通にスキーに行くのもツマラナイし、かといって本格的に雪山に登るのもキビシイじゃない。それで近場の天鶴山に行ってみようって事になったの。

 道があるっていっても、真冬は除雪されてなくて、だから腰まで埋まりながら二人でラッセルして展望台まで登ってさ。お父さんから借りたストーブでお湯沸かして、ラーメン食べたりコーヒー飲んだりして」


 桜の時期でも無い限り、天鶴山なんて地味なスポットは、元気なジジババのお散歩コースか盛りのついたカップルが夜中に来る程度のものだ。そこへあえて真冬に登るというのは、なかなか新鮮なアイデアのようにも思える。


「それって楽しかったんですか」

「楽しかったよ」ゆーこは頬杖をつき、「最初はうわーやっちゃったなーって感じだったけど、なんか雪こぎしてるうちに変なテンションになってきちゃって。頭ん中からっぽにして、小学生みたいにシャベル振り回してはしゃいで、カマクラとか作っちゃったりしてさ。最後は二人ともイタチの革みたいにクタクタになって帰ってきて、もう次の日全身筋肉痛よ。陽ちゃんったら一日中、腰がぁ~腰がぁ~って言ってて、もう可笑しくってさあ」

「それは何よりで。――で、その冬の天鶴山なんですけど」

「この時のことなにか思い出した?」


 ゆーこが無防備に顔を近づけてくる。

 にわかに体温が上がるのを感じた陽は顔をそらし、


「い、いえ、何も思い出してはいないんですけど。でも多分これとは別の時に、雪のある天鶴山に登ったような……。おぼろげだけど、そんな感じがするんです」


 雪のある時期に天鶴山に登ろうなんて風変わりな人間は、それこそゆーこくらいのもので、普通の地元民にとってはそうそうないシチュエーションだ。そんな特徴的な出来事を思い出せないということはつまり、


「私と間接的に関わりのある思い出、って可能性もあると」

「そうなのかもしれない」陽は額に拳を当てて考える。「一人で行ったような気もするし、誰かと一緒だったような気もする。……でも確かに、まだ雪が残っている頃だった」

「フムウ」とゆーこは唸って、「じゃあ今度、天鶴山に登ってみようよ。雪どころかもう春も終わりだけど、何かとっかかりが見つかるかも」

「でも、その記憶が正しいかは疑問ですよ。――ほら、思い出せそうで思い出せない曖昧な記憶があったりする時に、周りの人間からああだったこうだったと断定的な口調で言われたりすると、なんだか本当にあったような気になってくることってあるじゃないですか。それと同じで、今のゆーこさんの説明と、他の記憶がごっちゃになってるのかも」


 人は実際に体験した出来事であっても、その細部まで忠実に覚えているということはあまり無い。

 犯罪現場を目撃した者の証言に誇張や創作が入り込むように、人はその意思と無関係に記憶を改竄してしまう。自分が納得できるよう、欠けたピースを想像で補完する。


 記憶とは自分に読み聞かせるための物語なのだ。


 故に意識的になればなるほど、記憶の物語化は顕著になる。無関係な記憶や思想が思考の中でノイズになり、純粋な記憶は地面に転がされた飴玉のように汚れていく。様々な場面で直感が重要とされるのは、単なる精神論などではないのだ。


「だとしても一度は行ってみるべきだよ。少なくとも私との思い出は、確かにあるんだから」

 陽は首肯する。

「そうですね。じゃあ、暇ができたら夢子と清治を誘って――ってなんですかその顔は」

 ゆーこは口をへの字に曲げ、眉間にしわを寄せじっとりとした目で陽を睨んでいた。

「べっつにぃ、なんでもありませんけどぉ」

 なんでもない割にはあからさまに不機嫌な声だった。そしていじけたように、

「ま、私なんて忘れられた女ですからね。事実この世には存在しない幽霊ですし。どうぞお友達と楽しくピクニックに行けばいいと思いますよ、エエ。むっこに弁当でも作ってもらって、思う存分イチャコラしてくればいいんじゃないですかねえ、私抜きで」

「別にゆーこさん抜きだとは一言も言ってないじゃないですか。ていうかゆーこさんは僕に取り憑いてるんでしょう? それならいつでも一緒ってことじゃないですかそれこそもう――」


 そこまで言って気づいた。

 いつでも一緒。

 それはつまり、四六時中の行いをゆーこに見られているということではないか。アホ面で鼻をほじり屁をこく姿はおろか、便所や風呂といった無防備な部分までも。


「もう、なによ」

 恐る恐る確認を取る。

「それこそ……もう、見られちゃってますか、僕。あんな姿や、こんな姿まで」

 ゆーこはたちまち狐のような顔になり、

「そりゃあもう、あんなナニからこんなナニまで、全身の穴という穴まで隈なくお見通しよ。ヨッ、左曲がり」

 あまりの恥ずかしさに全身から火を吹きそうだった。陽は両手で顔を覆い、言葉にならない呻きを漏らす。


「――なんてね。本当にいつでも一緒にいられるなら、死んだ甲斐もちょっとはあったんだろうけど。正直なところ、私もよくわからないんだよね」


 ぺっとりと湿った手を剥がし、陽は顔を上げた。

「よくわからない?」

 いつの間にか仰向けになっていたゆーこは、ピントを無限に合わせた目をして、


「なんかね、夢でも見てるみたい。……私、本当に死んじゃったのかなあ」


 そう言って目蓋を下ろした。みぞおちに組んだ手がゆっくり上下する。鼻から抜ける息づかいが変に生々しい。

 年頃の女の子が自分の隣にいるということを強烈に意識してしまった陽は反射的に顔を逸らして、言い訳めいた科白で沈黙を埋めようとした。


「制服着たまま寝るとシワになりますよ」

 口にしてから、馬鹿みたいだなと思った。

「じゃあ、陽ちゃんが脱がして」

 馬鹿の顔が赤くなった。

 馬鹿は咳払いし、平静を装って言った。

「触れないんだから無理でしょ。そんなことより、まだアルバムみてる途中じゃ――」



 その時、部屋の外から足音が聞こえた。

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