帰路
清治と別れ、陽は一人家路につく。
まだ十分に明るかったが、日の隠れた柔らかい空の背後には、散文に付箋を施すような愚かさにも似た、黄昏に向かう静かな熱狂があった。
朱に振れつつあるスペクトルの下でふと、濃密な人の気配が首筋を撫ぜた。
「やっほ」
気づけばゆーこが隣を歩いていた。
「ちわっす」とりあえず挨拶。
不思議と驚きや慄きは無かった。
それどころか、その声に少なからぬ安堵すら覚えた。
陽は何事もなかったように歩き続けた。チリチリと、後輪のラチェットが回っている。
「陽ちゃん久しぶりに男らしかったね。頭なんか下げちゃって」
陽の顔を覗きこむようにして、ゆーこが言った。
「言い訳がましいとは思うけど、あれはゆーこさんに言われたからってわけじゃなく、僕がそうしたいと思ったからそうしただけのことで。……でもまあ清治の言う通り、パフォーマンスでしかなかったのかもしれない」
「私はそんなことないと思うよ」ゆーこは莞爾と笑みを向けて、「だって陽ちゃん、演技とか下手だもん。ほら、小五ん時の文化祭の演劇。本番ですごかったじゃない。まるで痛風のペンギンの悪霊にとりつかれた操り人形みたいって、もうみんな大爆笑」
陽の脳裏に過去の屈辱が蘇る。
「うげえ、なんでそんな事まで知ってるんですか」
「笑われすぎてむくれちゃって家を飛び出したあなたを探して、慰めてあげたじゃない」
「ごめんなさい。覚えてないです」
そっか。とゆーこは頷いた。
少し残念そうな横顔。
昨晩、ゆーこは陽に未練と恨みがあるために自分は化けて出たと言った。具体的には、
一つ、陽の記憶を取り戻すこと。
一つ、夢子の心の傷を癒すこと。
それら二つの心残りがあるために、ゆーこは陽に取り憑いたのだと言う。
成仏させたくば、それらの痛惜を晴らす以外に方法は無い、とも。
それが直接の理由ではないにしろ、ゆーこの言葉が引き金になり、自らの記憶を取り戻そうという決意につながったのは事実だ。
夢子のことも気がかりなのは確かだが、テメエの問題の落とし前も付けられない奴が、一丁前に他人の心配をするなど、それこそおこがましいと陽は考える。
「後でそれ、一緒に見ようね」
声を弾ませるゆーこに、陽は頷いた。
町内放送の有線がボソッと咳をして、スピーカーが枯れた喉で『遠き山に日は落ちて』を歌い、誰も反応してくれないことに腹を立てたように、バツンとぶっきらぼうに回線を切った。
残響は薄い空に吸い込まれ、その下には一人自転車を押す陽だけが残された。




