episode9:束の間の…
【episode9:束の間の…】
「―――…ッ!!」
その緩やかな風が止み切った直後。
僅かに感じ取れた違和感に、俺はガバッ!!とその顔を上げた。
遠ざけて。今居る場所から意識を遠ざけて凛と空気を研ぎ澄ます。そして辿り着く、平穏とは違う気配。
戦乱に何度も身を置いた自分の直感―――…間違いない。こいつは。
「……ソイル?」
「敵軍が……こちらへ向かってる。ちょっとは勢力のでかい奴らのようだな」
「!」
俺の淡々とした言葉に、サクラはその瞳を丸くしてこちらを見上げる。
幸い今日は騎士隊に他の任務は何も入っちゃいない。
全体出動させても支障はねぇだろう……被害状況によっては明日からの編成を少しいじくらなきゃならねぇが。
まだ遠い敵軍の気配を追いつつ、俺は騎士隊の配備と戦闘の流れを考える。
久し振りの派手な喧嘩。
背負っていた剣の帯ををするりとはずすと、俺は一斉に騎士団召集の電鈴の術を発した。
――
――――
―――――――
「敵は南東から向かってるらしいね。好都合じゃん?ひっさびさに俺の竜ちゃんとタッグが組める~!」
ぞろぞろと背に10数名の騎士を引き連れていることも忘れてか、オーシャンは空に向かってググ~ッと両手を広げるとなんとも嬉しそうにをそう叫んだ。
「オーシャン……お前いい加減にその呼び名改めねぇと、また“青龍”の奴にそっぽ向かれんぞ」
「いーの!!俺と竜ちゃんの絆は3年前の大喧嘩でますます深まってるんだから!!」
まるで戦乱直前の会話とは思えないほど、緩やかな会話。
隣でニシシッと笑ってみせるオーシャンに、俺は聞えよがしの大きな溜息をつくと再びその口を開いた。
「東部分はお前のテリトリーだからな。余分な敵をこっちに回すんじゃねぇぞ」
「はいはい。つーかソイルだって南ちゃんとも久し振りの攻防じゃん。最後は労りの言葉の1つくらい掛けてやんなよね~」
「誰が南ちゃんだ。“朱雀”だボケ」
またも妙な呼び名を放つオーシャンを一蹴すると、俺らはいつものように正面から顔を確認し合う。ったく……これから戦闘だってのに嬉しそうにしてやがる。
相変わらずなコイツにしばらく視線をくべていた俺だったが、国境付近の更地を進み見慣れた二股の分かれ道に差し掛かると、どちらからともなく……その歩みを止めた。
「……少しでも状況が変わったら電鈴を入れろよ」
「ははっ、そりゃーこっちの台詞!ソイルってば限界まで助け呼ぼうとしないで全部1人で始末しようとするんだもん」
そう言って小さく笑いあった俺たちは、
お互い右手を空にかざすとパシ…ッ!!と交し合った。
東の青龍、
南の朱雀、
北の玄武、
西の白虎。
古来から世界の四方向を守護する聖獣。
それは“攻”の法術を司る神より認められし者が与えられる―――…四聖獣の名だ。
この国の騎士団の中でその聖獣の召喚が認められている者は3人。
“青龍”を携える第2騎士団団長のオーシャン。
“白虎”を携える第3騎士団団長のヒトバルス。
そして―――…
「よ。最近は大きな戦もなかったからなぁ、身体鈍ってんじゃねぇか?朱雀」
『ふ…、その台詞、そのまま再会の挨拶として送り返そうか。ソイル』
その羽は5色に光り輝き、火の意を司る。
この世の鳥の王に君臨する鳳凰・“朱雀”を携える―――…この俺だけだ。
実際一国で四方のうち三方の聖獣の能力者が集結しているなんざ至極珍しいことで、通常ならば一方の聖獣の存在があればいいもの。
何の因果か揃いに揃った聖獣たちのお陰で、俺たちの戦闘方法は殆ど固定される。つまりは、己の宿した聖獣の司る方角に。
『ああ、そういえば……久しく会わない内に変な噂を聞いたんだが、ソイル』
「ああ?」
『お前が最近、年端もいかない少女にゾッコンラブらしいと。色恋沙汰なんてこれっぽっちもなかったお前が……まさかとは思ったんだが、』
「ッ、な…っ!!」
あっけらかんとそう述べやがった朱雀のお陰で、精神を集中させていた俺の努力は早くも無駄になってしまった。
否定する間もなく『……すまなかった。忘れてくれ…』と諦めたように零す朱雀。
え。つーか何なの、その同情じみた視線。
もっかいカーネリアンの勾玉の中に戻してやろうか、ああ゛?
『別に戻すのは構わんが。その分戦闘が困難になるのはお前だぞ、ソイル』
「心読むな!!分かってんだよんなこたぁ!!」
『くく…ッ、相変わらず子供っぽいな、お前は』
首から下げた朱色の勾玉・カーネリアン。
これは“攻”の法術者から与えられた、四聖獣が1人・朱雀を召喚することの許可の証であり、これと意思疎通することの出来る翻訳器の役割もある。
要するに俺たちの会話は(少なくとも朱雀の奴の言葉は)周りの第1騎士団の奴らには理解されていない。
傍から見れば突然朱雀に向かってぎゃんぎゃん騒ぎ出した俺に、部下たちの呆気に取られた視線が注がれていることにようやく気付いて。
俺はこめかみをヒクヒク震わせながらも、小さく舌打ちをするとそれ以上の言葉を何とか呑み込んだ。
『それで?その噂の少女っていうのは、今何処に、』
「……忘れていいんじゃなかったのかよコラ。アイツは四季の精霊としてこの世界に来たんだ、今は城の中枢でこの国にでっかい結界張ってるわ」
『ああ、成る程な。こんな戦乱の最前線にわざわざ護るべき者を連れて来る筈もないか』
「……ああ」
城を発つ時。
いつものように冷静な眼差しを送る一方で、最後の最後まで不安を隠しきれていないサクラの表情が……何故かやたらと瞼に焼き付いている。
それでも他の騎士の奴らはサクラのそんな様子に微塵も気付いていなかったことに、俺は密かに優越感を抱いていた。
いいんだ、これで。
お前の不安も笑顔も、
―――…俺だけが、知っていれば。
『ふ……折角の再会だ。もう少しお前が喚く姿を見たかったが……そろそろか』
「余計な御世話だ。―――…近付いてくる」
目に見えて淀みだした空。
先ほどまでの晴天が嘘のように黒く重い雲が広がっていったかと思うと、
まるで戦闘の合図かのように、大きな稲妻が1つ―――…遠くの山に直下したのが見えた。
「……宜しく頼むぜ?相棒さんよ」