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BLOOM  作者: 森原すみれ
8/16

episode8:掬い溢るる

【episode8:掬い溢るる】


―――――――

――――

――


「キルシュさんは……この国に結界を張り続けることで、周辺国への被害が拡大することを予見していた」

「……」

「だから自ら契約を破り、“攻”の法術を使って―――…」


そこまで口にした俺は不意に……その続く言葉を呑み込んだ。

感じ取ったものは少女の頭に乗せていた手の平から伝わる、微かな震え。

え……なんだ?


コイツ…、

泣いて―――…?


「知っていて、くれたのだな……」

「……ッ、あ…」


ポタ…ポタ…

大きな瞳から、次々に流れ落ちる雫。


木漏れ日に反射するその雫が酷く綺麗に思えてほんの一瞬、見惚れている自分に気が付く。

我に返った俺は頭に乗せていた手の平を離し、内心慌てふためきながらサクラの顔を覗き込んだ。


その場に膝をついて見留めた先にはやはり……少女の泣き顔があって。


「サ、サクラ…!?」

「…っ、…ふ……」

「わ、悪い。俺……遠慮なくべらべら話しちまって、」

「……ソイル…っ!」

「え、―――…ととッ!」


まるで絞り出されるように、名を呼ばれたかと思うと。

一回り小さな身体が、屈んでいた俺に向かって……まるでぶつかるように飛び込んできたのが分かった。


不意打ちの衝撃に思わず後ろに仰け反りそうになるのを阻止すると、何とか体勢を立て直す。

俺はいまだに小さく震えるサクラの身体に慎重に手を回すと、自分も一緒に……ストンとその場に腰を下ろした。


あー…焦った。

いきなり飛び付いてきやがって。危うく後ろに押し倒されるところだってぇの……って。

―――…あれ?


彼女に気取られない程度の安堵の溜め息をついた俺だったが、次の瞬間。

自分と目の前の少女が……何やら異様なまでに密着していることに気付き、思わずギクッと胸が鳴る。


傍から見れば……そう。

この俺が、目の前の少女を熱く抱き留めているように―――…見えなくもない、この現状に。


「……ソイル、」

「ッ、な、何だ…?」


いまだ涙交じりの声を発するサクラに、俺はその動揺を悟られないように返事をする。

それでも微かに表れてしまった感情の波にも、どうやら気付かなかったらしい腕の中の少女は、「私は…、」とその言葉を進めた。


「私はずっと……ずっと、」

「ん…?」

「人間を、恨んでいた…ッ…」

「!」


ぎゅう…っと服の袖を掴むと、俺の胸にその顔を埋める。

その行動は、いつもの少女とは到底結びつかないもので。

それでも……年相応には違いないその仕草に、俺は不謹慎にもその胸を撫で下ろした。


身体の強張りがようやく溶けるのを感じると、俺はコイツが苦しくならないようにそっと……その身体に腕を回す。

―――…桜の、香りがした。


「父上は……人間の未来のために、命を賭した。それなのに、」

「……」

「……聞いたんだ。人間は父上に感謝などしていない。むしろ蔑んでいたと」

「……は?」


寝耳に水の言葉に、俺は目を丸くした。


「北の民の襲来は父上の命だけを狙ったものだった。人間の自分たちは助けられたのではない。巻き込まれたのだと」

「……」

「―――…“桜組総長は、疫病神だった”と……」


苦しそうにそう紡ぐサクラに、俺は無意識の内に……回す腕に力を込める。

確かにあの事件については、おおっぴらにキルシュさんの名誉を称える大規模な式典も執り行われることはなかった。でもそれは、彼の意思を汲んでのことだ。

俺の知らないところで……そんな馬鹿なゴシップが街で流れていたのか?


真実を知る城内の人間は今もなお、彼を尊敬し……感謝しているというのに。


「……サクラ、」

「―――…きっと父上自身、伝承されることを拒んだんだろうって……分かってたんだ」


肩の揺れが、大きくなる。

その細い肩が酷く頼りなく映って……俺は少女の身体をグッと自らに寄せた。


「でも……でも。だからってそんな誤解、あんまりだ、……父上は…ッ、」

「サクラ」


「娘の私の存在に目を瞑っても、こちらの世界を守ったというのに……っ!」


どのくらいの間そうしていたのだろう。


桜の木が風に揺れ、時折視界にその花弁が舞う。

その風景を、俺はサクラの流れるような黒髪越しから……ただじっと眺めていて。

少し高めの体温が、酷く心地良かった。


「……少し、落ち着いたか」

「ん……もう、平気、だ」


そう言って大きな目を擦るサクラの表情は、まだ少し悲しそうで、少し……恥ずかしそうで。

それを気取られないように俯いたままでいるサクラに、なにやら胸の奥から温かな感情が込み上げてくる。

それはまるで、春の優しい温もりのような……温かな感情。


「ソイル」

「、あ?」

「お前が、な。父上のことを知っていてくれて……良かった」


―――…ドキン…


「……そりゃ、どういう……」

「私も、分からない。ただ、」


悔しさを僅かに滲ませながらこちらを見上げる。

必然的に上目遣いになるその大きな瞳には、いまだに涙跡が残っていて。

そんな至近距離からのサクラの視線に……明らかに動揺する自分。


……何だ、これ?


「お前だけは……何故だか、憎む対象にしたく、なくて……だから、」


冗談じゃない。

コイツはまだ13歳だ。そんで護衛対象。

それなのに、収まることなく湧き上がってくる。


衝動に似たこの感情―――…まるで。


「嬉しかった。ソイルが……私の父上のことを、見誤っていなかったことが」

「……っ、」


―――…嘘だろ、オイ。


視界にはっきりと映り込んだ、初めて俺に向けられた―――…少女の笑顔。

それを見留めた途端に、不規則な鼓動が身体を駆け巡る。


ほんの少し自分の熱が上がった気がするのは、少女もまた、顔をほんのり赤らめているからだ。それにつられただけ。きっとそうだ。

そうでなくちゃ……困る。


―――…ザアア…ッ


その時。

春1番、にしては酷く緩やかで柔らかな風がこの丘の上に辿り着き、薄紅色の花弁が俺達2人を包み込んだ。

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