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BLOOM  作者: 森原すみれ
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episode7:刻まれた命

【episode7:刻まれた命】


「……何をしている、ソイル」

「は?」


公務の無い月の曜日。

もはや恒例行事と化していた、裏丘にそびえ立つ、桜の木への訪問。


そして……これまたいつも通り。小高い丘の麓前で1人、その歩みを止めようとした俺に対して投げ掛けられたのは……予想外の言葉だった。


「何って、」

「勝手に足を止めるな。……行くぞ」

「……」


そう短く告げてクルリと背中を見せるサクラに、俺はポカンと一瞬動きを止めながらもすぐに我に返ってその後を追って歩き出した。


勝手に足を止めるな……って。

いつもいつもいつも“ここで番をしていろ”って言われてきちゃあ、今回も当然そうだろうと思うのがフツーだろ。お得意の気紛れか。そうなのか。

そんな不満をぶつぶつ小さく呟きながらも、久し振りに大木の植わる個所に辿り着いた俺はその雄大さと美しさに……しばらくその口を閉ざす。


―――…サアア…ッ…


春風に、桜の花が心地良さそうに揺れる。


ガキの頃にこの桜の木を見つけて以来、1人になりたい時とか何か考え事をしたい時とか。

何かにつけて此処に足を運んでいた。

騎士団をまとめる立場になってからは、それもしばらく無かったが……


「―――…やっぱ、」

「……」

「綺麗、だな……」


無意識にそう口にした俺に、サクラの視線が寄せられるのを感じる。

しかし、それに反応することも忘れるくらい、俺の中には羨望に似た懐かしさが広がっていた。


この桜の木は、昔から他のそれとはどこか違っていた。

たとえば通常ならば狂い咲きと思われる晩冬の時期からその花を開き始めるのに対し、この国のどの桜の木よりも長くその美しい花弁を咲かせているところとか。

元は何も無く更地であったはずのこの丘に、いつの間にかその命を見せ始めたという伝説じみた話があるところとか。

まぁ……単にここらで1番大きな木だっていうのもあるが。


「お前にも、そのような風情を楽しむ感情があったのだな」

「ああ?どーいう意味だコラ」

「……この桜の木は、」

「シカトかよ」

「私の、父上だ」

「―――…」


……父上?


出かかった呟きさえ、言葉にすることを躊躇われた。


耳に届くのは周囲の風にそよぐ自然たちの音。

その場に突っ立ったままの俺たちはしばらく無言のまま……目の前の桜の木を見上げていた。


「花の精霊は、命を落とした場所に第2の命を与えられる。ただし、人型としてではなく……本来の植物の姿として」

「……お前の、親父さんも?」

「父上は春の精霊としてこの世界に来た。ちょうど10年前の春……私が3歳の時だ」

「……」


―――…10年前の、春?


少女の言葉に織り交ぜられた単語に、思わず反応した。

それと同時に、俺は自分の記憶を遡って“ある人物”の姿に思い至る。

10年前の春の精霊。

こちらの世界で、命を落とした……


「―――…“キルシュ=バオム”?」

「!」


「お前の親父さんの名前……あの、“キルシュ=バオム”か?」


口にした途端、懐かしさに胸が震える。それは俺にとっちゃ仕方なかった。


キルシュ=バオム。

親父以外に初めて―――…尊敬出来た男性。


てっきり女の着るものかと思っていた着物姿に、ガキの頃の俺は、最初単に好奇の視線しか向けてはいなかった。

その人がその年の“春の精霊”であること、名高い実力と能力の持ち主であること、その精霊の守護を俺の親父が任ぜられたことを俺は後々知った。


「知っているのか?父上を」

「ああ」

「…っ、それでは、お前も…ッ、」


「俺の……憧れの人だ」


―――…ビュウ…ッ…

一瞬、その勢いを増した風に片目を瞑る。

ん。サクラの奴……何か、言いかけたか?

風の鳴る音の片隅でその声を小さく聞き取った気がした俺は、その視線を少女に向ける。

しかしながら……視界に留まった少女の様子に、その問い掛けをするのを忘れてしまった。

これでもかというくらい目を丸くして、こちらをガバリと見上げている……サクラの表情に。


「おい。そんなに驚くことか?」

「…っ、いや」

「なんだよ。ああ……俺にそんな謙虚な考えがあったなことがそんな意外だったのか?」

「そうじゃ、ない、けど……」


……あれ?

プイッとすぐにそっぽを向いてしまった少女だったが、その発せられた言葉に、俺は小さな違和感を覚える。

年相応な―――…砕けた口調。だったような。


……いやいや。でもな、それを指摘したらまた今朝のように顔を真っ赤にして怒り出すんだろうしな。

また見てみたい気がしなくもないが、今はきっと、コイツにも思うところがあってこの話題に触れているのだろう。

そう考え至った俺はあえて今の少女のわずかな変化に触れることなく、無言で話の続きを催促している風な少女の頭をポン、と軽く撫でてやった。


「な、んだ…っ」

「こっちの世界じゃ知らない奴が殆どなんだろうけどな。……お前の親父さんは、この世界の救世主だ」

「!」

「10年前……こっちの世界で一時、大規模な戦争が発生しそうになったことがあった。それを済んでのところで止めてくれたのが……お前の親父さんだ」


この少女が、どこまで父親の死の真相について知っているのかは分からない。それでも俺は、言葉に詰まることもなく過去の記憶を話していった。


なぜならコイツの親父さんは―――…キルシュ=バオムは、恥じることなんて微塵も無い。

俺の中の、永遠のヒーローだったからだ。


「当時……勢力を拡大していた“北の民”の奴らの襲来が迫った時。お前の親父さんはこの国全体を覆い隠すどでかい結界を張って対抗してくれた」

「……」

「でもな、“北の民”側は元々お前の親父さんがいることも熟知していたらしい。当時むこうの世界で有数の実力者だった親父さんが1人になるこの召喚の機会を狙って、この国もろ共潰す気でいたんだ」


北の民。

平穏を嫌い争いに非常に長ける―――…この国の反対勢力。

そして、この国の守護を務める“四季の精霊”に対してもまた、古から引き継がれた確執が存する、云わば宿敵。


「父上の結界が、破られたと……?」

「いや、違う。この国だけを守ろうとするなら……例え100年かかっても北の民の奴らはあの結界を破ることはできなかっただろうな」

「…っ、ならば何故ッ!」

「でもな、あの人は―――…」


―――――――

――――

――


『親父っ、キルシュさんっ!!』


北の民による開戦ののろしが上がると、街の人々はたちまちパニックに陥り混乱を極めた。

そんな中、俺は真っ先に親父が務めている城へと向かっていた。ひたすら地面の蹴りつけて、汗を滲ませて。

この年の春の精だったキルシュさんの結界はどんな敵だって通ずることを許さなかったし、親父たちが率いる騎士団の編成も過去最強を謳われていた。

きっと親父たちが何とかしてくれる。今までだってそうだったから。


『待てキルシュ!!それはどういう意味か分かっているのか!?』


聞いたことのない、鬼気迫った親父の叫び声。

警護の兵士に居所を聞いた俺は真っ直ぐ城の裏に通じる細道を抜け、ようやく見つけた親父とキルシュさんの姿。

しかしながら、とても踏み込めない異様な空気を子供ながらに察した俺は、そのまま足を止め思わず草むらの中に身を隠した。忙しなく胸を打ちつける鼓動を聞きながら、俺は2人の方に目を向ける。

親父と……キルシュさん。

喧嘩、してるのか?


『分かっているさ。法術の契約を脱したら最後、俺は命を落とすことになるだろうな』

『ならば!簡単にそのような策を打ち出すのは止せ!!お前には向こうで待っている娘もいるのだろう!?』

『助けることの出来る多くの命に目を背けて、大切な家族を守り通せると思うか?』

『……ッ、本気、なのかよ…』


途切れ途切れにしか聞こえてこないその会話。ただ、表情だけは見て取れた。

親父は、今まで見たことがないくらいに、苦しそうで。


キルシュさんは、今まで見たことがないくらいに……穏やかな顔をしていた。


『―――…なぁに隠れてんだ、坊主?』

『…ッ!!』


次の瞬間、クルリと素早くこちらに視線を向けたキルシュさんに、俺はビクッ!!とその肩を大きく震わせた。

気が付くと俺の目の前には仁王立ちする親父とキルシュさんが影を作っていて、さっきまでの真剣な空気が嘘のようにニヤリと面白そうにこちらを見下ろしていて。


『ひひっ、相変わらずキレーな髪の色してんなぁ。橙色のメッシュ』

『…ったく、盗み聞きすんならもっと上手くやれ。馬鹿息子が』

『え、あ、えと。あのっ!!北の民の奴らが攻め込んでくるって、聞いて…ッ』

『ああ、大丈夫だ。俺とお前のとーちゃんがまとめて片を付ける。その代わり―――…ソイル、お前に1つ頼まれてほしいんだ』


凛とした視線をこちらに向けると、ニッと笑顔を浮かべる。絶望的な戦場の中でその笑みはまるで太陽のようで。

すべての、希望のようで。


『この“種”を……ヒカリの木の下で、目一杯空高くに放り上げてきてくれ』

『え…?』

『そうすれば直ぐ様、向こうに代替精霊の緊急召喚の電報が届く。ちっとばかし精霊不在の空白が出来ちまうだろうがな……きっと数分で“新しい”精霊が来る』


代替精霊?

緊急召喚?

立て続けに並べられた難しい言葉に戸惑う俺の手の平にポスンと落とされたのは、以前に1度だけ見せてもらったことがある。


茶色の石ころみたいな塊……“種”。

こっちとあっちの世界を繋ぐ―――…唯一の、鍵。


『あ、え?でもコレ、精霊しか使えないんじゃ』

『念を込めておいた。ここからヒカリの木までは10分もかからない。念が持続するには十分だろ』

『…ッ、待て、キルシュ、他に方法を…!!』

『時間がないんだよ!!』

『!!』


なおも食い下がろうとした親父に対し、それまでずっと淡々と話していたキルシュさんが急に声を荒げる。

驚きからか、一瞬動けなくなった俺に苦笑を漏らしたキルシュさんは、小さく息を吐くと静かにその口を開いた。


『―――…このままじゃ近隣の国は間違いなく全滅だ。このままこの国だけ生き永らえて、その先に一体何がある』

『キルシュ…ッ、』

『俺ら精霊がこの世界に来る目的は、自分らの身の保身のためなんかじゃない、』


―――…己の、信念のためなんだよ。

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