episode5:波荒ぶる
【episode5:波荒ぶる】
「そんじゃ、俺は着替えてくっけどお前はここに座って待ってろ。勝手にどっかに行ってんじゃねぇぞ」
「……朝食の時から何度目だ。分かったからさっさと行け。下の者たちも待っているのだろう」
「念の為だ念の為。あ。この格技場、一旦使い出すと閉め切っちまってかなり気温上がるからな、何か飲みたいもんとかあるか?」
「水。冷たい水」
「んじゃミネラルウォーターな。すぐ戻る」
「分かった」
「「「「………」」」」
王国直属の騎士団。それは実力及び役割ごとに全7団で形成されており、それぞれに団長・副団長が存在する。
各団ごとの鍛錬はご多分に漏れず毎日執り行われているが、週1回、主に戦闘の最前線を任される第1騎士団から第3騎士団までの合同訓練が組まれている。
要するに、今日がその日な訳だが―――…
「……なんだ、その気持ち悪い視線は」
「むっふふ。あ、バレちゃった?」
うわ、今身体の細胞レベルでお前のキモさを感知出来たわさすがに自重しろよお前。
息つぐ間もなくそう告げた俺に、いつもならやかましい非難の叫びが届くはずなのだが、今日はそれがない。
一瞬間をあけて隣の馬鹿(オーシャンという名前)に視線を向けてやると、すぐさまその行動を後悔することになった。
「……何なんだよ、いつに増して締りのないその馬鹿面は」
「キャハ☆だーってソイルってばサクラちゃんと随分親しくなっている様子なんだもの~ね、何かあった何かあった?」
星マーク。ウザい。
「おーい第2騎士団、お前らの団長は本日をもって殉職するからな。副長は昇進、新副長は明日までに決めておけ」
「ええええ!!なんで俺死ぬの!!」
「ああ?今日の訓練中に俺の手元が狂って、お前が運悪く破壊光線を浴びることになったから」
「何その決まり切った予定!?ちょッ、皆も割り箸クジで次の副長を選ぼうとしないでッ!!」
ぎゃあぎゃあ喚く現第2番団団長をスルーすると、俺は早々と訓練用のスーツと皮のジャケットを羽織り、剣を収めたベルトを左肩に背負う。
それと……ああ、ミネラルウォーターだ、ミネラルウォーター。そう思い出してコインを1つ握り更衣室を後にしようとした……が。
「大丈夫ッスよ、ソイル副団長!!サクラちゃんと副団長って6歳しか離れてないじゃないッスか~ロリコンなんかじゃありませんて!全然健全で―――…」
―――…ドゴオォォン!!
……なんとも空気の読まない第1騎士団の1人・ココナッツ。
心優しい部下からの温かいフォローを受けた俺の手元は、どうやら訓練が始まる前に狂っちまったらしい。
あれだな、予定は未定っていうもんな。
うんうん。と1人で頷きつつ、背後で部下たちが「救急室に運べーっ!!」「担架持って来い担架ッ!!」と慌てふためいていることは、疲労からの幻聴ということにしておいた。
***
―――…ズバッ!!
「オラ、んな引き腰で相手の間合いに入れると思ってんのか!?」
だだっ広い格技場の真ん中で、俺はいつものように声を荒げる。
第1騎士団副団長。
その肩書で1年ほどやってきた俺は、今では実質団長の権限を与えられている。
……というのも、昇進の式典を目前にして俺が今回の護衛任務に名乗りを上げたため、急遽それが延期となったのだ。
騎士団トップの第1騎士団団長が指揮の精霊の護衛に回ってるんじゃ、満足に指導に当たることが困難なため―――…まぁ、簡潔に言えば俺の我がままで騎士団の編成が滞った訳で。
まぁ俺は全く問題ねぇけどな。
権限とか地位とか関係なく動きたい時に動く。それが1番、性に合ってる。
「サクラちゃん、5日前の交友の式典よかよっぽど楽しそうだね~」
「は?」
「だってほら、何か感情が見えきてるでしょ?さっきもソイルが技を決めたとき、驚いてた風だった!」
「……ふーん」
よく見てんなぁコイツ。
大層嬉しそうに笑って報告してきたオーシャンに、俺は言葉少なにその視線をサクラの方へと向ける。
格技場の扉から離れた壁際にアースが用意したらしい、花柄の刺繍の入った何とも場違いなソファー。
その端っこにちょこんと座るサクラの視線はなるほど訓練に汗を流す騎士たちに少なからず興味を持っているように見える。
まぁ、先週の式典と比べりゃあ、何でも少しは楽しめるんだろうな。子供がタヌキ親父たちの話を聞いたって楽しいはずもない―――…つっても、アースの奴は20歳だからまだ近いか。7歳差。
俺とは、6歳差か。
考えてみりゃサクラは13歳で俺は19歳だもんな。
多分見た目アイツが平均よりちっこいから、やたら差が有るような気がしてたけど……って。何考えてんだ俺は。
何やら頭の中に浮かび上がった雑念を振り払うようにふう、と息を吐くと、俺は最後の1対1の個人訓練に移すための号令を掛けようとした、
―――…その時。
「へーえ。あれが噂の“春の精霊”ちゃん?結構可愛いじゃん」
おもむろに耳に入り込んだその話題に……俺は一瞬肩を揺らす。
おそらくこちらには聞こえてないと思っているんだろう、第3騎士団の順番待ちの中でニヤニヤ笑いながらもその視線をサクラの方へと向けている奴ら。
汚い欲望が駄々漏れのその様子に、俺は激しい嫌悪感を覚える。
―――…何なんだその視線。
アイツまだ13歳だろ、んな下心向けるにゃ早過ぎ―――…
「ははッ、何、お前って少女趣味?」
「馬ッ鹿ちげぇよ!でもガキの今であんな別嬪さんだろぉ?」
「ああ。今からツバ付けときゃあ……きっと将来自慢話の1つにゃあなるぜ?」
―――…ドガァァァンッ!!
突如、格技場内に地響き交じりの轟音が響き渡る。
今の今まで訓練に勤しんでいた奴らも、全員が固まって俺の方に視線を向ける……まぁ、当然か。
一応力のセーブはしたが、
破壊魔法で……屋根の一部を粉々に吹っ飛ばしたからな。
傍らで小さく「あーあ……後でアースに怒られんね」とオーシャンが呟いたが、さして咎める様子はない。
おそらくコイツも、馬鹿な部下が漏らした話題にそれなりに頭に来てんだろう。
顔を青くして俺からの指示をビクビクと待っている目の前の騎士たちに向かって、俺はふう、と息をつくと静かにその口を開いた。
「……折角の合同訓練だ。ラストは団長・副団長の2人vs他団の騎士との対抗戦。第1はオーシャンとカルセナ、第2はヒトバルスとムーバ、第3は俺が相手だ」
「ちょ…っ、それじゃソイル副団長は1人になっちゃうじゃないですかっ?」
律儀にも俺の心配をしてくるのは第2騎士団副団長のカルセナ。
オーシャンと違ってお前は本当良い奴だな。でもな、俺だって足し算引き算くらいは分かっちゃいる。
「そうだな。……訓練中に下らねぇ話で盛り上がるくらい余裕がある奴らだ、俺1人じゃ不足かもしれねぇな」
「―――…!!」
お、ようやく気付いたか。
そーだよ、お前らだお前ら。俺がほぼ名指しで喧嘩売ってやってんのは。
先ほどまでサクラを話題の種に偉く楽しそうにしていた奴ら。
全く外そうとしない俺からの視線とその話し振りにあちらさんも不快感を露わにする。ああ、少なからず反抗する気はあるらしい。
そりゃそうだろうな。見たところ、奴らは第3騎士団のほぼ新人だ。
国王直属の騎士団に入団して万々歳かと思えば、いきなり上司が年下の19歳。密かに不満や妬みを抱いている輩がいるのは当然で。
そんな矢先、“訓練”という名を借りて俺のことを打ち負かす絶好のチャンスをわざわざやったんだ。
……これを逃す手はねぇよな?
「……はは。ソイル副団長は、どうやら俺たち第3騎士団を相当甘く見られているようで」
「いんや?第3全体じゃあねぇよ。女みてぇに集団で固まってやがる、そこのお前ら限定だ」
「ッ!!」
一気に不穏な空気に包まれる格技場。
大半の騎士たちは目の前のこの状況に恐れ慌てふためいている。
しかしながらその反面、俺の気の短さを今までも幾度となく体験してきた団長格の4人、及び第1騎士団のメンバーは、諦めたように溜息をついて事の成り行きを見守っていた……そう。
「とっとと掛かって来い。ああ……なんならハンデでもやろうか?その方が少しは楽しめるかもしれねぇな」
「……舐めやがって…ッ!!」
騎士団の新人公募が……これ以上困難にならないことを祈りながら。