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BLOOM  作者: 森原すみれ
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episode4:誓いのキス

【episode4:誓いのキス】


「お待たせしました、サクラ姫。部屋までお送り致します」


交友の式典を終えたアースの元に赴き、先ほどの刺客のことについて報告する。

一応国王であるアースを狙ったものの可能性もあるから注意しておけ、と。

……まぁ、アースも元は軍隊出身の身、敵陣に簡単に命を差し出すような輩じゃないが。


その報告の間客室で待たせていたサクラ姫に声を掛けると、少女よりも先にオーシャンが「えーッ、もう!?」と声を上げた。


「折角サクラちゃんと友達になってたのにー、もうちょっとお喋りさせてよ~!」

「うぜ。そう思ってんのはお前だけだっつの。行きましょうサクラ姫」

「……ああ」

「おやすみ~サクラちゃん!!」


ニカッと笑ってブンブン大きく手を振るオーシャンに少女は一瞬視線を向け、そのまま客間を後にした。

相変わらずの無愛想だが、それでもああいう能天気と一緒にいりゃー少しは気も休まるのかもしんねぇな。

そんなことを思いつつ、俺は斜め前を小さな歩幅で進む少女に視線を向ける。


こんなちっこい奴が……大の大人を凌駕する程の、強大な力を持っている。

その力を己の欲望のために利用しようと狙う馬鹿な輩が出てきても何ら不思議はない、か……


「今日は長時間の公務でお疲れでしょう。私はこの晩から扉の向こうに控えて居りますので、何かありましたら」

「入れ」

「……は、」

「そなたに、話がある」


ああ出た。ゴーイングマイウェイ。

離れに位置する少女の部屋へとたどり着きご丁寧に扉を開いてやった俺だったが、突如浴びせられたものは有無を言わせないその雰囲気と……命令口調。

最近はどうにか堪えていたフラストレーションが不意にその顔を見せる。

いや、いいんだけどよ別に。つーか話って。どういう風の吹き回しだ?

必要最低限しか会話もしない、コイツが―――


「ありがとう」


暖色系の明かりが、わずかに揺れる。

2人でも居心地の悪いくらいに広いこの部屋ではっきりと告げられた言葉に、俺は目を見開いた。


「――――え、」

「先の式典の最中……私を狙う刺客を始末してくれたのだろう」

「は、はあ」

「手を煩わせてすまなかったな。お陰で助かった」


「だから、ありがとう」繰り返しそう告げる少女に、俺はようやく状況を理解したらしい頭を動かして、ひとまず首を横に振った。

―――まさか、こんな直球で礼を言われるとは。

仕事を請け負えば、そりゃあ城下の人々からお礼や称賛の言葉の1つや2つ、もらうのは別に珍しいことではない。

しかしながら、この少女からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった訳で。


「厄災しか呼ばないな……私は」

「!」

「国王2人にも……私のせいで危険な状況に陥らせてしまった」


それは13歳の少女には似つかわしくない、弱々しい、自嘲の笑み。

初めて垣間見た少女の感情が滲む表情に……何故だか酷く、胸が詰まる。


こんな風に向き合うと尚更感じざるを得ない、小柄な少女の身体。

抱えるモンは、こんなにも大きく……重たいというのに。


「……引き留めてしまったな。そなたもちゃんと自室で休め。扉の前に居られてはこちらも気が散って、」

「サクラ姫」


重たい空気を察したのだろう。少々早口で退室を命じる少女の言葉を、俺はその名をもって遮った。

背を向けようとしていたらしい少女は再びこちらを振り返り、そしてその瞳を丸くする。それはそうだろう。


今の今までどこか任務に酷く義務的だったこの俺が、

目の前で少女に向かって深く―――…ひざまずいているのだから。


こんな至近距離から、少女を見上げるのはこれが初めてだ。


「――……なに、を」

「こちらの世界にいる間は……このソイル=グルントが、必ずや貴女様をお守りします」

「!」

「―――この命に代えても」


同情なのか何なのか、分からないこの感情。それでも。

この少女の力になりたい。

その想いだけ……心の中に激しく宿ったから。


そして、ひざまずいたまま俺は少女の左手にスッと手を伸ばすと、

その白い手の甲に……触れるだけの口付けを落とす。


“主従の契り”。

本心からその任を受けらんと思う時にしか行うことはない、儀礼のひとつ―――


「……ッは、離せ!!」

「ぅお!?」


突然ブンッ!!と振りかざされた小さな左手に気が付くと、俺はふわりと体を翻してその衝撃をかわした。無駄にクルリと空中で一回転した俺は、少し離れた位置に綺麗に着地する。

先ほどの忠誠心はどこへ行ったのか、不満が隠し切れていないのを承知で俺はグッと顔を上げる。

何なんだよ急に。しおらしくなったかと思えば急に機嫌悪くなりやがって……

そんなことを思いながらも、俺の視界にに飛び込んできたものは―――


「……え、」

「っ、私は、まだ子供だ」

「……」

「主従の通例行為とはいえ……こういうやり取りはまだ、慣れてはおらん……っ」


……うわー。

思わず凝視してしまいそうになる、目の前の少女の表情。

プイッと横に視線をずらしながらそう紡ぐ少女の頬は……ピンク色に染まっていて。


おいおい待て待て、無愛想で表情ひとつ変えることのないさっきまでのお前はどこに行った。

子供のくせに変に意識してるみたいな反応するな、見るからに照れてんなよオイ。俺の方まで気まずくなってくんだろーが!!


「あ……、えーと。とりあえず安心して、今夜はもうお休み下さい」

「……」

「出来れば今夜は、ちゃんとベッドでお休みになって……」

「……その変な敬語やめろ。イラッとする」


……んん?


「どうせお前、心の中では私のことをチビとかガキとか呼んでるんだろ。この間も1度だけ、どさくさに紛れてそう呼ばれたしな」


あまりに的確なその指摘に、俺は内心ギクリとしながら少女の方に向き直る。

つーかあれ?コイツなんかますます言葉使い荒くなってね?

何気に“そなた”から“お前”に格下げだし。調子乗ってんのかオイ。


「だから、もう下手な敬語は要らん。先ほどの賑やかしい友人に対してと同じ口調で話せ、―――ソイル」

「……!」


そう言ってクルリと背を向けたかと思うと、そのままもぞもぞとベッドに潜り込む少女。

その年相応の姿をしばらく見つめていた俺は、次第に緩んでくる頬を止めることが出来なかった。


……ふーん。

そういうことね。成る程成る程。


「布団、ちゃんと被って眠れよ。……サクラ」


扉に手を掛けながら俺がそう告げると、

一瞬ピクリと揺れた布団の中から、「……おやすみなさい」と小さな囁きが届いた。

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