episode3:向けられた陰
【episode3:向けられた陰】
『ソイル、お前に1つ頼まれてほしいんだ』
凛とした視線をこちらに向けると、ニッと笑顔を浮かべる。
絶望的な戦場の中でその笑みはまるで太陽のようで。
すべての、希望のようで。
『この“種”を……ヒカリの木の下で、目一杯空高くに放り上げてきてくれ』
『…ッ、待て、キルシュ…!!』
『このままじゃ、近隣の国は間違いなく全滅だ。このままこの国だけ生き永らえて、その先に一体何がある』
『俺たち精霊がこの世界に来る目的は、自分らの身の保身のためなんかじゃない』
―――――――
――――
――
「ソーイール!随分呆けてるねぇ~、やっぱし護衛任務でお疲れ?」
「……ああ、お前が視界一杯に出てきたことで更にお疲れだ」
「酷ッ!八つ当たりだ八つ当たり!!」
毎度毎度ギャーギャーと元気が有り余っている様子で話し掛けてくるオーシャンを軽く殴ってやると、俺は再び今現在執り行われている式典の舞台に視線を馳せる。
あの姫がこちらの世界に来て早1週間。
今日は軍とは直接関係のない隣国との交友の式典だ。
召喚されたばかりのお姫サマの紹介の機でもあるらしいが……相変わらず豚みてーに肥えてんなぁ、隣国のおっさんは。
当然のごとく少女の護衛役である俺も参加する訳だが、式典の舞台に一騎士が上る訳にもいかない。
そんな訳で舞台下の壁際に適当に寄りかかりながら、俺はこの退屈な時間が過ぎ去ることを待っていた。
「あーあー。舞台の上なのにつまんなそーな顔してんねぇサクラちゃん。ニコとも笑うつもりはないらしいし」
「俺はもう慣れたけどな」
「へぇ。仲良くやってんだ?」
「……仲が良いか悪いかで言えば、悪い方じゃねぇのか」
なんつったって、初めてまともに話す機会だったあの桜の木の下で、突如『人間は嫌いだ』宣言をかまされたんだ。
こんな短期間でフレンドリーになれる方が可笑しいだろ。
ま……これまで散々軍部からの厳重注意や下剋上相手のおっさんたちの邪険を経験してきた俺にとっちゃ、それ自体は大した出来事でもない。
俺自身、自分が人に好かれやすい性分だなんて思っちゃいねぇしな。
ただ気になるのは。
黒の気が渦巻くほどに激しい憎しみを孕んだ、
……あの瞳。
「……前に、人間に会う機会でもあったのかねぇ……?」
「え、なに、サクラちゃん?」
無意識に口に出ていたらしい、ごくごく小さな疑問。
別に隠す理由もないためそのまま頷いてみせると、オーシャンは大げさに考えるポーズをしながら、それでもしばらく思考を巡らせているようだった。
「いやぁ無いでしょ。だって人間に会う機会なんて、“四季の精霊”としてこっちの世界に召喚されるしかないじゃん。サクラちゃん、今回の召喚が初めてでしょ?」
「だよな」
まぁ、なんでもいいけど。
あの後も結局お互い態度も全く変わらないし、少女は自身の公務も無愛想ながら粛々とこなしている。変に構い過ぎる必要はない、か。
そこまで考え至ってまだ終わりそうにない交友会という名の退屈な時間に大きな溜息を1つ吐いた俺だった―――が。
「―――あ?」
「ソイル?……うわ。」
―――殺気。
頭よりか身体で感じたその黒いものに、俺は地面を強く踏み切った。
交友の式典が執り行われている会場の、右手3階の踊り場。
視界に留まったお相手は鋼の弓と仮面をまとった……ああ、隣国の国王とすこぶる仲が悪いって噂の島国の密偵か?
まぁあのメタボ親父はどうでもいいが―――
「隣に居るウチの“お姫サマ”に……万が一でも傷が付いたらどーしてくれんだ、オラ」
「!?……なっ!」
――……ドスッ!!
式典の真っ最中に流血事件を起こすわけにもいくまい。
3階踊り場から弓矢を構えていた男の元に瞬時に行き着くと、俺は背中に負っていた剣の柄の部分を素早く打ち付け気絶させた。
地上からここまでは約10メートル。
蒸気を一瞬凝固させて氷の階段を作る……“氷気の術”を使えば、こんな高さ無いも同然だ。阿呆だなコイツ。
「にしたってこんな刺客を入れちまうなんて警備薄過ぎんだろ……ん?」
剣を背に直した俺は、足元にだらしなく倒れこんだ刺客の額に何かが張り付いているのが見て取れた。
おもむろにしゃがみ込みベリッとそれをはぎ取ってみると、それは人型に切り抜いた白の紙。
そこに書かれている藍色の文字……これは。
「呪詛の、文様か……?」
呪詛。それは黒の呪い。
俺もそうだが、この世界で戦やに駆り出される者の中には、剣などの物理的な戦法に加え、念を具現化して技を繰り出す“法術”を扱うことに長けている者も存在する。
さっきの“氷気の術”もその1つだが、多くが攻撃・守護・移動・意思疎通の4種に分類され、他の用途に用いられる法術はごくごく稀。つーか人間ではいまだに見たことねぇ。
ましてや、呪詛を操る輩なんざ―――
手元でその紙に十字の念を加えその効力を失わさせると、俺はその媒体となった紙を真っ二つにビリビリと破り懐に仕舞い込んだ。
「……生きた人間を式神にしやがったか。アンタも運が悪かったな」
いまだ下に横たわる刺客を見下ろしながら、俺は小さく呟いた。
この服装は間違いなく隣国の反抗勢力からの偵察だろう。
しかしながら今の今まで別の“誰か”に操られていたとなると、狙っていた標的がメタボ親父だった可能性は低い。
メタボ親父の他に舞台に上がっていたのは、国王のアースと、それから―――
「……アースにけしかけるにゃ、人目が有り過ぎる、か……」
そう呟いた俺は高さのあるその踊り場から、今もなお何事もなかったように懇親が進んでいる下の舞台の方に視線を向けた。
そして視界にぴたりと止めたのは、無表情のまま中央の奥座に座り時間が流れるのを待っている……小さな少女。
何処のどいつかは分らねぇ。だが。
「……油断する暇はねぇってことか?」
誰かが―――アイツを狙ってる。