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BLOOM  作者: 森原すみれ
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episode15:別離

【episode15:別離】


「向こうの世界でのことだけど……サクラちゃんはね、幼い頃にも1回、空を割っちゃったことがあるんだって」


肌にうっすらと汗が滲む、真っ昼間の日差しの中。

傍らに居たアースは不意にそう零した。


「10年前……父親が帰らぬ人になったと知った時にサクラちゃん、3日3晩部屋にこもって泣き続けて。そしてその間ずっと豪雨が続いていた空に、3日目の朝、真っ2つに大きなヒビが入り始めた」

「……アイツの激しい感情に、呼応して……ってことか」

「重すぎるよね、やっぱり。母親を早くに亡くしたサクラちゃんにとって、父親は唯一の血の繋がりだったんだから」


そりゃ空も割れるって。そう言いながら小さく笑って見せたアースの表情は、今は亡き先代の国王を想っていることが見て取れた。

遠い親戚ながらも孤児同然だったアースを実の息子のように愛し、コイツへの王位継承を伝えた後その息を引き取った。

きっと……姿を消してしまった今でもなお、コイツの中でその人は生き続けている。


そんな高尚な考えが、俺にもこれから先……出来るようになるんだろうか。


「そんなことより、いいの?ソイル」

「そーだよっ!ほら、サクラちゃん。そろそろ時間じゃん!」

「……」


先ほどから何か言いたげだったのが痺れを切らしたように、眉を下げながら言葉を投げ掛けてくるオーシャン。

相変わらずお節介野郎だな。そろそろ時間だ?んなこと分かってんだよクソ。

分かってるから―――…動けねぇんだろうが。


向夏の式典。

春がゆき、夏を迎える暦の式典。


先日起こった北の民との紛争。

その際、右腕を無くした俺もそうだが……それ以上に状態が悪かったのはサクラの方だった。


空を割るほどの内なる力。

その後も制御出来ず力を放出し過ぎたらしいサクラは、ずっと体調が万全とはいかずにいて。

“むこうの世界”ならば精霊の回復に適した薬草が簡単に処方される。それを知った俺がアースに直に頼み込み、今回の式典の日程を早めてもらうことにしたのだ。


『私はもう平気だと言っているのに!!勝手に帰還の日を早めただと!?ふざけるな!!』

『平気じゃねぇだろ!!あれからもう半月経つってぇのに、食事もまともに取れてねぇじゃねぇか!!』

『別に私たち精霊は食事を摂らなくとも生きていけるッ!!』

『そーいう問題じゃねぇッ!そんなだからお前はガキなんだよ!!』


何とか説得するはずが……いつの間にか口論、仕舞いには喧嘩に発展。

その結果前倒しの日取りが決定して以後……結局まともに会話も出来ずに今日の日を迎えてしまっていた訳で。


好きでこんなこと望んだわけじゃねぇんだ。俺だって―――…


「ほら、サクラちゃん、あらかた形式張った挨拶は済んだみたいだよッ?」

「このままお別れしても良いわけ?もう2度と会えなくなるのに」

「…ッ、んなの、」


―――…ドスッ!!


分かってる。そう続くはずだった俺の言葉は背中の大きな衝撃とグラリと揺れた視界に思わず呑み込まれることになって。

ジンジン痛みを訴える背中を片手で摩りながら、俺は何とか体勢を整えると背後の元凶であろう2人をギロリと睨み上げた。


「てっめえらぁ…ッ、急に何しやがんだ!!」

「「四の五の言わずに行って来い」」

「ハモってんじゃねぇ!!余計イラつくん、」

「―――…ソイル、」

「!」


鈴が鳴るような、頼りげなくか細い声。

それでも……確かに俺を呼ぶその声が、酷く懐かしく耳に響いた。


「サ、クラ……」

「……そろそろ、行く時間だそうだ」

「あ、ああ」

「……」

「……」


ギュッと袖を掴んで俯いているコイツは、どんな表情をしているのだろう。

こんな時だっていうのに俺は、上手い言葉1つ掛けてやることも出来ない。

このままじゃ駄目だ。

それだけは分かってんのに。


「……あ、のな、サクラ」

「……」

「俺は、な。初めの頃は……早く夏が来て、この任務なんて早く終わればいいって、そう思ってた」


ピクッと小さく震えたサクラの肩に、俺はそっと……片割れになった左手を掛ける。


「でも今は……この任に手を挙げて、良かったと思ってる」

「……っ、」

「まぁ、最後の最後でお前に守られちまった……情ねぇ護衛役だったが、」

「―――…なんでっ!」


突然張り上げられたサクラの声に、向夏の式典に呼ばれていた多くの周囲の視線が、一気にこちらに集まる。

俺も一瞬目を見開いたが、震えを大きくしたサクラの肩に気が付くと「サクラ…?」と静かにその場に膝を付いた。


顔を上げさせようと何度も試みたが、その度にふるふるっと首を振ってそれを拒まれる。

そんなサクラの態度に、俺は言いようのない焦燥と不安に襲われた。

何でだよ。もう時間もないっていうのに……こんな。


このまま……嫌われたまま一生。

お前と―――…会えなくなるのか?


「ッ、サクラ、顔を上げ、」

「何で……お前はそんな、平気なんだ…?」

「は、」

「私はこんなに……こんなに辛いのにっ!!」

「!」


ヒカリの木が植わる草原に、

強い風が1つ、真っ直ぐに通り過ぎた。


「お前はっ!私が居なくなっても、何とも思わないのか…っ!!」


非難する声と、反対に……悲しげに涙を滲ませる、その瞳。


今にも零れ落ちてしまいそうなその雫に内心慌てながら、そっと指を近づける。

野次馬の連中はサクラがこんな感情を表に出していることに驚いているようだったが……今はそんなことに構っちゃいられねぇ。


つーか一体どうしたらそんな考えに行き着くんだ?

俺はお前の身体を思って、無理言ってこの式典を早めてもらったてのに。

今度は拒まれることのなかった接触に密かに安堵しながら、俺はいまだに恨みがましくこちらを見遣るサクラに口を開いた。


「あのなぁ…ッ、何とも思わねぇなんて……んな訳、ねぇだろが……」

「じゃあどうしてッ、どうしてそんな冷静でいられる!?」

「ッ、お前の目は節穴か!?ちっとも冷静なんかじゃねぇ!!」

「どうせ……どうせ私のことなんて、すぐに忘れてしまうのだろう!?私だけ、こんな…っ!」

「だーかーらッ、俺だって出来るならなぁ、お前をこのまま―――…、っ!」


無意識に、自らの言葉に歯止めをかける。

サクラの目尻に寄せていた手を咄嗟に引くと、俺は自分の口元をガバッ!と覆った。


ドクン……ドクン……ドクン……

まるで地響きのように身体を打ち付ける自分の鼓動に、俺はかつてなく混乱していた。俺は今。何を。


―――…何を、言おうとしていた…?


「……ソイ、ル」

「……ッ、」

「今の……続きは、」


「はぁーい。お2人さん、時間切れー」


突然降りかかった間延びした口調。

俺とすぐさま声の主に目を遣ると、予想通りの人物の姿にグッと息を呑んだ。


「…っ、アース…!」

「お邪魔しちゃうようで悪いね。もうすぐお天道様が真上に来る……残り3分もない」

「え…、」

「ソイル、サクラちゃんに……お別れを」

「―――…」


お別れ。

分かり切っていた現実を突きつけられて、俺はしばらくそのまま動けなかった。

「ソイル…、」という呟きにようやく視線を戻した俺は、視界一杯に広がった少女の表情に、また胸が鳴るのを感じる。


「お前に会えたこと……お前は忘れても、私は忘れない」

「…っ、」

「絶対に……忘れないから」


そう言って、無理矢理笑って見せたサクラの瞳からは、ポロポロと耐えきれなくなった雫が落ちてきて。

苦しい。悲しい。辛い。

重たい感情に縛られて満足に言葉も紡げない。息すらしづらい気さえする……情ねぇ。


こんな時だってのにどうして。

このままじゃ、本当に―――…


「―――…サクラ姫、そろそろ」

「……ああ」


一瞬俺のことを睨むように見据えたアースだったが、太陽の位置を数値化する手元の器具を確認するとサクラに短くそう告げた。

サクラは一瞬寂しそうに眉を下げたものの、スッとその表情から感情を消す。


そして“むこうの世界”への扉であるヒカリの木の根元へと向かう背中を、俺はただ目で追っていた。

日の光にキラキラ煌めく黒髪が、目の前をするりと通り抜けてゆく。

これで……本当に、終わりなのか。


俺たち、これで、

もう2度と―――…


「―――…ッ!!」

「っ、え…」


多少バランスを崩しかけた桜が、咄嗟に小さな悲鳴を上げる。

しかしながらそんなことはお構いなしに、少女の羽織る薄紅色の衣の裾を、俺はギュウ…ッ!!と力一杯に掴み取っていた。


まさかの俺の行動に、周囲は勿論、少し遠巻きにいたオーシャンや目の前のアースでさえその目を丸めているのがわかる。無理もない。

王国率いる騎士団の実質トップに居座る俺……まるで駄々をこねるガキみたいに少女に縋っているのだ。

……それでも。

みっともねぇ姿を晒してるって、分かってても。

俺は―――…


「ソイル……、」

「……行くな」

「!」

「行くな……サクラ…ッ、」


目の前の少女が、小さく息を呑んだのが、分かった。


それは今の今までうんともすんとも返事をしなかった俺の、突然の言動に対してか。

それとも……燃えるみてぇに真っ赤に染めている、俺の頬に対してか。


俺だってこんなの、普段の俺からは微塵も想像できなくて。

今だって、羞恥心か何かごちゃごちゃした感情の中で言葉を紡ぐのが精一杯で。

初めてだ、こんなん。訳が分からねぇ。畜生。

そうだ―――…だから。


「俺をこんな風にしたのは―――…お前だろ、サクラ」

「……!」

「責任、とりやがれ。……クソガキ」


そんな汚い言葉でしか、心の内を伝えることが出来なかったにもかかわらず。

次の瞬間、視界に映ったものは……酷く綺麗な、少女の笑顔で。


天からの日差しが最も近づいた、その時。

遠くの丘に在る筈のあの桜の木から、

2人を包み込むような……薄紅色の花吹雪が、届いた。

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