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BLOOM  作者: 森原すみれ
12/16

episode12:抉られた過去

【episode12:抉られた過去】


―――――――

――――

――

『ソイル。お前は良いよなぁ~、とーちゃんがこの国の騎士団団長で』


まだ、剣の本当の重さも……それを振るう意味も分かっていなかった、ガキの頃。

不意に俺よりも2,3年早くに入場した年上の奴らから放たれた言葉に、道場から家に帰ろうとしていた俺はただ首を傾げた。


『お前がいなけりゃ今だって俺がこの道場で大将の陣に入ってたのに……年下のくせに生意気なんだよ、お前』

『はぁ?なんだそれ、ヒガミかよ?』

『ははっ、調子に乗んなよ。大体……お前が入場して早々大将の陣に入れたの、全部自分の力だとでも思ってんの?』


まるで逆なでするように発した台詞。

その言葉が、まずかった。


『お前の実力なんかじゃねぇ。お前のとーちゃんがこの国のトップだからに決まってんじゃん!』

『国へのゴマ擦りのために、待遇良く迎えられたんだよ、お前はよ!!』


それが……今思えば1つの切っ掛けだった。


親父の存在をも凌駕するくらいの実力をつける。

ただそれだけを求め続けて、俺は生きる者に剣を向けることの意味を考えることなく、俺はただがむしゃらに訓練に臨んでいた。

あんな奴らの言葉で剣を手放すのは子供ながらに我慢ならなかったし……何より、そんな口を叩けなくなるくらいの圧倒的な力を付けてやろうと思った。


自分で、自分を疑う。

あんな惨めな気持ちだけは―――…もう2度と、抱くことのないように。

――

――――

―――――――

『剣を交えながら考え事とは余裕だな。ソイル副団長』

「……はっ、テメェこそご丁寧に力加減してんじゃねぇか。魔王サマが器用なこって」


―――…ガキィィン…ッ!!

時折その刃が相手をかすめるが、問題となる程度までは至らず、ただただ時間だけが過ぎていった。


言葉を淡々と交わしながら、互いの剣筋を読み、その度に辺りに轟く金属のぶつかり合う音。

その音が鼓膜を揺らす度に、敵を捉える視覚が、剣にかかる触覚が、全ての感覚が研ぎ澄まされていく。

そんな感覚の中で俺が不意に思い至ったのは―――…今まで考えることもなかった、剣を振るう理由。


自己満足と言われようが、他人の幸せを潰すことになろうが。

そんなこと全て投げ打ってでも―――…“守りたい”と思える存在。


ただそれだけの為に……俺は、敵を斬る。


『―――…どうやら想像以上に、我を楽しませてもらえるようだな』

「そいつは違うな。楽しむどころか、お前はもうすぐあの世行きだ」

『過信した己の力は、自らを滅ぼすぞ』

「理屈は良いんだよ。ただな、もう決めちまってんだ」


そう言葉を続けた俺は、先ほどの避け切れなかった剣筋に壊された左腕のバックラーを投げ捨てると再び、剣の先を目の前の敵にスッと差し向ける。


「守ると決めたモンがある」


それは自ら生まれ育ち、数多の仲間が守り通してきたこの国と、

まだ幼いながらに重すぎる使命を背負った……あの少女。


「それを暴こうとしやがる奴は―――…例え神でも噛み付くぜ、俺は」


瞬きすることなくそう告げる。

そんな俺に対ししばらく沈黙を守っていた北の魔王だったが、小さく顔を俯けたかと思うと、小さく口角を上げているのが見て取れた。


『なるほどな……そのような甘い考えで、10年前も桜の精は命を落としたということか』

「……んだと?」

『お前は知らない。人の心が、どんなに脆く出来ているかということを』


突然投げ掛けられた抽象論に、俺は眉間にしわを寄せた。

意図が見えない。ここで新しい新興宗教でも開拓するつもりか?

さして深くは考えることなく、足元の氷をグッと蹴りだし間合いに入り込もうとした―――…その時。


「まただ!!」

「また、“桜の精の悲劇”が、繰り返されているぞ……!!」


突如として耳に届いた……地上からの複数の叫び声に、

俺はその進む足を止めた。


―――…“桜の精の悲劇”?


聞き捨てならないその叫び声。

目前の敵に隙だけは作らぬよう細心の注意を払いつつ、俺はその言葉の発信源である地上の方へその視線を向けた。


すると視界には、先ほどまで姿がなかった街の者たちが城の裏庭に集まってきていて。

もともとその場所は非常時の国民の避難場所と定められていたため、そのこと自体はさして気に留めることではない。

しかし……問題は、その話題の矛先だった。


「10年前と同じじゃないか……」

「また“桜の精”が現れた季節に、北の民たちが来やがった!!」

「自分らのケンカは余所でやっとくれよ、」

「巻き込まれるこっちはいい迷惑だよ、全く…!!」


『……聞いたんだ。人間は父上に感謝などしていない。むしろ蔑んでいたと』

『北の民の襲来は父上の命だけを狙ったものだった。自分たちは助けられたのではない。巻き込まれたのだと』

『―――…“桜組総長は、疫病神だった”と……』


「ッ!!」


ヒュ…ッ―――…バチバチバチィ!!


「きゃああ!!」

「な、なんだっ!?」


俺は煮えくり返る怒りの中で、無意識のうちにその剣から白の閃光を放っていた。


桜の木の下で涙ながらに語られた、サクラの心の傷。

それに無遠慮に触れて、無垢な少女を傷つける―――…街の奴らに向かって。


キルシュさんの意志を知ろうともせずに勘違いを続ける街の奴らへの。そして……この10年間、それに気付くことも出来なかった自分への苛立ち。

予想通りサクラの結界に阻まれ、直接地上に届くことはなかったものの、その閃光の術に籠められたやりきれない感情に、俺は剣を持つ力をギリ…ッ!と強めた。


「……あのふざけた噂を流しやがったのも、お前が仕組んだことか」

『人聞きが悪いな。我はただ10年前の戦のあと、我が式神を通じて街の者数名と話す機会を持ったのみ。ここまで多くの者に認知されようとは思わなんだ』

「テメェ……いけしゃあしゃあと」

『我に殺気を向けるのは構わんが……お前の大切なおなごは、どうやら調子を崩しているようだな』

「何を……、ッ!!」


北の魔王の言葉を一瞬受け流しそうになった俺だったが、その意図を汲み取ると再び地上にその視線を向ける。

そして次の瞬間……言わんとしていることをすぐさま理解することが出来た。


―――…結界の威力が……弱まっている?


「っ、サクラ!!」

「……ッ、大丈夫だ…っ…」


ググッと地上を踏みしめて、眉を寄せながらも目一杯の気を送り続けるサクラ。

その顔色は、お世辞にも良いとは言えなくて。

先ほどまで無遠慮に発せられていた街の者たちの言葉―――…その心無い言葉に、おそらくは父親の記憶を思い返し精神が乱れたに違いない。


あの少女を、守ると決めた。

それなのに。


「サクラちゃん、顔色が…ッ!」そう言って、よろけそうになる小さな身体に慌てて手を添えるオーシャンの姿を見留めつつ、俺はギュッと眉間にしわを寄せた。


『……桜の組の者は“春の精”では特に群を向いての力を持っている。しかし更なる繁栄を願う他の期待も相成りその交配が複雑化するが故……その切っ掛けさえ掴めば崩壊もまた容易い―――…10年前のように、な』

「……なんだと…?」

『こういうことだ』


北の魔王は背筋の凍るような冷たい笑みを浮かべると、剣に念を込める様子を見せる。

そして自分の周囲にいくつもの呪詛の札を浮かび上がらせると、一斉に、その札から黒の光を地上に向かって放出させた。


それは禍々しいほどの黒の光。

しかしながらそれ自体の威力は、先ほどの黒の稲妻に比べてさして問題になるほどのものではなかったらしい。

多少力を落とした状態のサクラの結界も、なんの問題もなくその光を阻むことが出来ていて―――…それでも。


戦いの現場に慣れない、地上の街の人々。

その不安を煽るには……十分過ぎる催しだった。


「う、わああ!!またっ、また黒の光線が!!」

「助けてぇ!!」

「惑うな!サクラ姫の結界が解かれることはない!!」

「しかしアース国王!!10年前のあの時だって、結局結界は破られてしまったじゃないですか!?」

「いいから!ちょっと落ち着いてよ、皆っ!!」

「これが落ち着いていられますか、オーシャン団長!!」


アースやオーシャンの声もまともに届かない。

それほど群衆の情緒がもろくなっていたのか……もしかしたら、北の民の奴らが前もって何かしら不安を増長させる策を施していたのかもしれないが。


何にせよ、今俺の心中をざわつかせていることは、いまだにその視線を落とすことなく……この国を守らんと結界を張り続けている少女の事だった。


『群衆とは哀れなものだ。己可愛さに容易く混乱に身を沈め、敵味方の分別さえ見失う』

「……ああ、全くだな」


―――…ズバッ!!

幸か不幸か。抑えのつかないこの感情はそのまま剣を持つ力に変換されたらしい。

先ほどよりも勢いの増した俺の剣筋に、一瞬前まで涼しい顔をしていた北の魔王に1番の傷を負わせた。


飛び散る血の色が、黒く見える。

……どうやら思っている以上に頭に血が上っているらしい俺は、間髪入れずにその剣を振り下ろす。

そして激しい火花を飛ばしながら再び敵の剣と組み合うと、俺は静かにその口を開いた。


『……素早さが上がった、か。先代と同様、実力の計れぬ奴だ』

「何故……サクラを狙う」

『桜組は代々その潜在能力を増している。中でも1番厄介なこの娘を仕留める絶好の機に、危険な芽は摘んでおく―――…それだけだ』

「させねぇと言ったら?」

『10年前……お主の先代の父も、そう言っていた』


思わぬ親父の話題に、俺はピクッと小さく肩を揺らした。

そして子供の記憶ながらに思い出す、

口論する2人の背中と―――…悔しそうに歪ませる、親父の表情。


『しかし、お前の父は結局、あの桜の精の死を止めることはかなわなかった』

「…ッ、」

『そしてそれは……再び、繰り返される』


何かを悟ったようにそう告げた北の魔王に、再び剣筋を向けようとした―――…次の瞬間。


「何が結界だ!!災いの元凶が守護の精霊だと!?ふざけるな!!」

「噂に違わず……桜組の精霊はロクなもんがいねぇ!!」


地上から響き渡った群衆からの罵声を合図に、

それまで清浄さを極めていた桜の結界が―――…その姿を消した。

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