黒猫ソラ
<智美視点>
私の飼っている黒い猫は我侭だ。
名前は【ソラ】。理由は、何時もいつも屋根に上って空を見てるから。
我ながら単純だと思う。
ソラはいつも、朝の9時頃に起きて朝ごはんをだれ彼構わず要求するらしい。
私はいつも8時には家をでるので、ソラの分のご飯はちゃんと用意していくのだが何故だか気づかずに、隣の飯田さん家や大家さんの家に行ってご飯を貰う。
私がそれを知ったのは、久しぶりに私の仕事が休みの日だった。いつも通りソラのご飯を準備していると、9時にソラが郵便物を受け取るところから出て行っているではないか!!
「えっマジ!?ソラ、どこ行くの?ご飯だよ」
付いて行くと、廊下を通っている人々にご飯をねだっているではないか。私は流石に慌てて、そして恥ずかしくなり急いでソラを連れて家に戻った。
「駄目じゃん、ソラ。ちゃんとご飯作ってるんだから、こっち食べてくれなきゃ」
『だっていつもキャットフードは飽きるって!』
いきなりソラが私の目を見て口を利いた。私は驚きすぎて、呆然としている。
『猫だからって馬鹿にすんなぁ。うちだって人間のご飯を食べたいんだぞ!』
ソラは私の腕の中で、ニャンニャン騒いでいる。それでも私が何も言えずにいると、仕舞いには顔を思いっきり引っ掛かれた。
「イタッいったーい!何すんの!?」
『うちの話を訊いてないからそうなるんだ!だいたい、いっつもうちだけ置いていくんだもん。しかもご飯はキャットフード、同じ味のやつ。あぁ可哀想な猫だなぁ』
「そんなこと言ったって仕方ないでしょ!?私、一人暮らしだし料理だって上手くないし・・・・」
『だから彼氏の一人も連れてきたことないんだ?』
「むっソラがまだいなかった頃は、居たの!別れちゃったんだから、この間」
ソラは信じていないような瞳で私を見た後、机の上のまだ手を付けていない私の朝食を食べ始めた。
「あー!!!私の朝ごはん、なんで食べちゃうのよ!」
『話したらお腹が空いたの。智美はまた作って食べたら、いいじゃない。うん、意外とイケル』
「もう、意外ととは失礼な猫!まっいいや、また作るから」
私は半ば諦めモードで、台所へと向かった。そして、トーストを焼いて目玉焼きとベーコンを皿に盛り付けて持って行った。
それを机に置いて、ソラの隣で食べ始める。まったく私の順応性の高さには自分でも驚くばかりだ。
猫がいきなり喋ったのに、普通に会話した後朝ごはんを一緒に食べてるんだから。
それから私は、家を出るときは必ずソラの希望を聞いて出来る限りの朝食を作って出掛けるようになった。
家に帰ると話し相手のソラがいるので、寂しいと感じることもなくなっていた。
私の住んでいるアパートの大家さんはもう随分と年で、私のおばあちゃん位の歳である。とても優しく、私が猫を飼いたいと言ったときも他の住人に許可を取りに行ってくれた程だ。
こんなにいい大家さんは、何処を探しても他にいないだろう。
『ねぇ智美、あの大家さん病気じゃないかな?なんかたまに苦しそうなんだけど』
いつもの様に夕食を食べていると、ソラが突然そんなことを言い出した。ソラは私が仕事に行っている間は、近くの公園や大家さんのところに行っているらしい。
本人曰く、暇で仕方ないし私の負担を減らしているので一石二鳥らしい。
「そっか、心配だね。でも大家さんのもう歳だしねぇ。今度大家さんに会ったら、訊いておこうか?」
『うん、それがいいよ。猫は不吉を予測するの得意だからさ、ちょっと心配で・・・。あの人猫に優しいし』
「そうだね」
<ソラ視点>
「まぁソラちゃん、また来てくれたの?さぁお入り」
うちはこの大家さんが大好きだ。部屋にいったら必ず入れてくれるし、なによりお菓子がすごく美味しい。
『ニャァ』
バタンッ
「はい、どうぞ。今日のお菓子はねぇ、親戚から頂いたゼリーだよ。甘くて美味しいからね」
『ニャーオ。パクパクッ』
うちが食べてるのを、大家さんは嬉しそうに見ている。うちは不思議になって食べるのをやめ、首を傾げながら大家さんを見た。
「あらあら、ごめんね。あたしも食べようかね」
大家さんはニコニコ笑いながら、ゼリーを食べている。うちも何故か幸せな気分になってゼリーを口にほお張った。
やっぱりうちは、この大家さんが大好きだ。
そう思いながらうちは、夢中でゼリーを食べていた。すると突然…
「うっ痛い!!!・・・はぁはぁ、嫌だねあたしも歳かね。ソラちゃん悪いけど机のうえの薬を取って貰えるかね」
大家さんが急に苦しみだした。いつもと何か様子が変だ。うちはその時、何故だかとても嫌な予感がした。
だから、大家さんが言ったとおりに、急いで薬を取ってきてあげた。
「はぁはぁはぁ、ありがとう。・・・・・ゴクッ」
薬を飲んでも大家さんの様子は一向に良くならない。うちはこのアパートの近くに小さな病院があることを思い出した。
お医者さんに見てもらえば良くなるかもしれない。
『ニャァ、ニャーオ』
「はぁはぁはぁ・・・そ・・ら・・ちゃん?」
うちは大家さんの部屋を飛び出した。そして病院へと急いだんだ。じゃないと大家さんが死んじゃう気がして・・・。
キキーーーッ
突然、耳に空を切り裂くような音が飛び込んできた。立ち止まって音のする方を見ると、今度は瞳の中に目が開けていられないほど眩しい光が飛び込んできた。
<智美視点>
「ソラ、ソラ?ソラ!!!なんで・・・ソラ、いつもあっちは行かないじゃん」
ソラが死んだ。なんでか分からないけど、いつもは行かないはずの方に行っていて軽トラックに撥ねられた。
軽トラックの人の話によると、急に走って飛び出してきたらしい。
「あたしを助けようとしてくれたのかねぇ・・・ごめんねぇ、智美さん」
大家さんはソラが死んだ日に、救急車で病院へ運ばれた。医者によると、一命を取り留めたのは奇跡に近いという。
「あたしが、ソラちゃんの命を取っちゃったのかもねぇ・・・っうっう」
「大家さん・・・もういいんです。ソラは大家さんのことが大好きだったみたいだから。きっと天国で大家さんが生きてること、喜んでると思います」
それはただの、私の勝手な思い込みかもしれない。私がそう思いたいだけかもしれない。
でも、そう思わないとソラのいない一人部屋に帰ることが出来ない気がするのだ。
私が部屋に戻っても、もう話し相手のソラはどこにもいない。
あんなに生意気で我侭で、しかも話せる猫なんてどこを探してもいないのに。
なのに、何故だか私は寂しくなかった。それはソラが死んでから、ソラのお墓やアパートの周りに猫が増えたせいかも知れないし、部屋にたまにソラがいるような気がするせいかもしれない。
ソラのお墓は、ソラが好きだった大きな空が見えて私のいるアパートが見える丘に造った。その周りに沢山の猫がいる。そのほとんどが、野良猫だ。
猫たちはソラが、寂しがり屋の私に贈ってくれたものかもしれない。実はソラは、私のことを知らないようで一番知ってくれていたのではないか。今になってそう思うようになった。
ソラはまだ生きている。私がソラのことを忘れない限り・・・・・私の心の中で、ずっと。




