3 MASTER AND BUTLER~主人と執事~(2)
今日はアリスについて教えることにした。
一生の約半分をゴッドハンターとして生きてきたロゼッタでも全てを覚えている訳ではない。なので嫌々従っている感丸出しのレインを引き連れて資料室に行く。
「まだ朝早いのに何でこんなに人がいるんですか」
「安全の為だよ〜」
一言で片付けて、あちこちの本棚からファイルを数個ずつ取り出した。幸い、貸し出されている物はなかった。
空いている席に座りファイルの一つを開ける。
「アリスとトループのことはちょっと話したよねー」
「ええ」
「じゃあちょっと復習してみよーかぁ。覚えてること要約して言ってみて?」
レインの目に不満そうな色が宿る。
ロゼッタはそういうのを面白がる傾向があるので全くの逆効果だ。
「……神は十三人いて、その内一人をアリスと言って……。コスモスを憎んでいて災いをおこすから神が止めに入ったけど駄目でして。それで……サブジュ=ゲイトって人が選ばれてらいらいトループやアリスと闘っている……と」
「そ〜、正解! 結構できるじゃん!」
コスモスができるずーっとずーっと前には、神は十二人しかいなかった。
大御神の名前知ってる? ……そう、ゼウス。
ゼウスがつくった子供が、それがアリスなんだよー。アリスは大御神の子供なんだぁ。
他の神々はゼウスの後継者がどんな奴か期待していたらしいんだけどね〜。
アリスは本当の神じゃあなかったんだよ。
まぁゼウスは後々ニンフとか人間の女性とかとの間にたーくさん子供をつくったんだけどね……。
アリスはゼウスとその妻ヘラの子じゃあないのぉ。落ちぶれた女神のはしくれ……アリアとの間に生まれた混血。
普通の神の跡継ぎは、ちゃーんとした神の間にできるもんなんだけどさぁ。ヘラに子供が生まれなかったから、仕方ないってことで後継者はアリスになったのー。
それで、その母親のアリアもそれなりの地位を約束されるはずだったんだけど、アリアはとぉても美人でしかもゼウスと子供をもうけたって知られて、ヘラに殺されちゃったんだよねー。
母親がそんなんだからねぇ、アリスはまわりの神々に認めてもらえなかった。
アリスがコスモスを創らなかった理由はそれ。
まわりの神々が許してくれなかったから、アリスは創造主になれなかった。これがアリスの憎しみの一つね。
そしてカオスが無くなってコスモスができたでしょ?
神々はコスモスが気に入ったから、オリンポスを出てエデンの園を創ったんだよ〜。
あ、オリンポスはここね。……そう、そこの丸。実際はその空間っていうか、何て言うの? 時空のはざま、にあるみたいだねー。
アリスを連れて行くのは癪だけど、一人神殿においておくのも不安だったらしく——あ、別にアリスの心配じゃあないよ? 神の国の安否の心配ね。破壊されたり好き勝手されると困るからさぁ。とにかく、アリスもエデンの園に住んだの。
でも、自由に出歩けなかったんだよ。
父親が創った人間を見ることができないし、実の子である自分よりも大切にされる人間が妬ましかったんだろうね〜。これがアリスの憎しみその二。
「え、じゃあアリスが人の“夢”をトループの餌にしてるのも」
「うん、ここからきてるよぉ」
察しがいい子だ。流石エリート校に通っていただけある。
負の感情が積もりに積もったアリスは、とうとう行動にでてしまった。
始めは単なる悪戯に過ぎなかった。
そーだね〜、記憶によると……川の水をからしたり、周りの木が実らないようにしたりとか、とにかく人間が不自由になりそうなことをしてたみたいだねー。
……ん? これが単なる悪戯かって? ボクが直接見た訳じゃあないんだから突っ込まないで欲しいなぁ……。
まぁ神々が簡単に元に戻せたんだから、悪戯に過ぎないんでしょ。
でもね、ここで止めなかったから悪い。
原罪って知ってるぅ?
アダムとイヴが禁断の実を食べてしまった人類最初の罪。そう、それが世間一般の正しい答え。
でもねボクらの中では、『大御神に従っていた人間を唆して無理矢理食べさせたアリスの罪』なんだよ!
もちろん聖書は読んだことあるよね〜。
そのシーンに蛇が出てくるでしょ?
あれが、今のトループの元だよ。アリスの手下、アリスが初めて造った負の感情の塊。
本当は、出ていくのはイヴだけで良かったらしいの。
だってね、イヴはアダムからうまれたから。あばら骨をもう抜く訳にもいかないから、女はもう創れない。それに人間は独りじゃあ生きていけないでしょぉ? イヴがもしも一人追放されたなら残されたアダムも一人。神が心にかけるのも二人から一人に減るだろうってアリスは思ったんだろうねー。
でもどっちも出ていった。
エデンから出ていっても、人間達はまだゼウス達に大切にされた。そしてアリスもエデンから追放された。
そこがアリスの計算違いで、親からも見放されて、そして誰からも認められないアリスはエデンの園を壊したの。追放されたその翌日に、ね。
今は枯れた果てた土地に宝石でできた城が建ってるだけのアリスの住処になってるよ〜。
あとはー……そうだなぁ、アリスの悪戯というか、復讐? で、有名なのはノアの洪水、かなぁ。あれをしたのはゼウスだけどね、人類を惑わして御心にかなわないことをさせるようにしむけたのはアリスだよぉ。他も結構あるよ、普通の聖書で言う創世記の前半は特に、ね。例をあげるなら、バベルの塔とか、カインとアベルのお話とかだよ〜。
まぁアリスがそんなことばっかりして、おまけにエデンの園にも住めなくなったから、神々はどうしようもなくてオリンポスに戻っていったんだぁ。
そこで天使の軍を作ってアリスの元に送ったんだけどねー。聖なる力だけじゃあアリスの負の心には負けちゃうのー。大御神側の大敗だったらしいねえ。
だからサブジュ=ゲイトが選ばれた。神の力で負けるなら人間をも使おうってことかなぁ。神は全知全能なんていうのにね、ハッ。
彼は御心にかなうような人だったんだってさぁ。……そんなのが本当にいたらおもしろいけど。
……この前言わなかった事実を、教えてあげるね〜。
『聖戦は、その時代に終わったの』
ロゼッタはクスクスと笑いながら言った。
レインは理解できないのか、そんなロゼッタを見返している。
『アリスは、死んだ』
アリスは死んだ。
サブジュ=ゲイトに殺された。
でも死ななかった。肉体はちゃんと死んだ。だって、心臓を刺されたら神とは言え死ぬでしょぉ? 神とはいえ、首がとばされたら生きていけないでしょー?
けど、忘れちゃいけないのがトループ。
トループは自分が食べた“夢”の三分の一をアリスに献上するの〜。
大量に与えられた“夢”が、アリスの中身ーーつまり“夢”——を支えた。
ボクらはただアリスと闘っているだけじゃあない。
サブジュ=ゲイトの間違いを潰すために在るんだよ。
「……えっと」
「ん〜?」
「アリスは死んだ、と……。なのに何で僕達が闘わなきゃあいけなんですか」
全部話すと言ったのに、いちいち質問してくるなよ。
そう思いつつもロゼッタは喋り続けた。
残ったアリスの“夢”、それを“アリスの核”っていうんだけどね。
まあそれがある限りアリスは生きていることになるしー、身体も持つことになるんだぁ。
……。
そんな『は?』っていう顔しないでよねー。ボクこういうの初めてだからさ〜。
……うーん。早いとこ、アリスは人間だよ!
もしもレインが何かを飲んでいたら盛大にむせるところだったろう。代々ハンターをしてきた家の子でも、この事実には驚く。
「はっ!?」
「え、そんなにその言葉連呼しないで」
「突っ込まないで説明して下さいよ! 人間が神になんて……」
やりたくないのに熱心に質問してくるのは知らず知らずに身に染込んだ癖なのだろうか。
レインが通っていた胡蝶学園では、発表や質問数もテストの点数としてカウントされるのだと言う。当然、そんな癖がつくはずだ。
「人間が神になっちゃあいけないの〜? 人間は、ただ単に神の形をしているだけじゃあないんだよ。神の持つ力、知識。まぁ神が人間が驕って神にならないようにって、枷をつけたんだけど。そういう元々あったものをエデンの実でより目覚めさせたの。でもね、人間は神に枷を付けられているんだよ。神にならないようにーってね。神がボクらに与えたのはそれだけじゃないよ〜。例えば、そーだねー……罪と罰とか」
「あ、え、でもそれじゃ原罪っていうのと矛盾するんじゃ」
また口をはさまれた。
レインの教育係には本当に嫌気がさしてくる。こういうのは根気づよいサポーターにさせるべきだと思う。せいぜい自分よりベテランの人にして欲しい。
「原罪っていうのは! 人類最初の神に対して犯した罪! 全ての生ある物は、必ず生まれながらの罪を持ってるの〜。生まれてくるのも罪、それに対する罰は死っていう風にね〜」
それじゃあ続けるね?
……あ、それとね、レイン。次途中で口はさんだら殺すよ? 質問は最後にしてね?
パンドラの箱って知ってる? あれもそう、神がくれたもの。
パンドラの箱にはいろいろ説があるんだけどね、ボクらが信じているのは病気とか悪霊とかが詰まっていたっていう説じゃあなくて良いものが詰まってたっていう説なの。
人生を飾る幸福が逃げても、一番大事な希望だけは残るっていうヤツ。
トループは人の中身を喰いつくすんだけど、希望だけは取れないの〜。
だから新しい人格とか“夢”とかを作る人がいるんだけどねー。
でもね、最後まで残る希望もあまりにも辛いことがあると消えてしまうんだよー。
大抵の場合は神が哀れに思ってまた与えてくれるんだけどね〜。
それすらも拒否して、神を呪って、自分の“夢”を自ら壊す人がいるのぉ。何世紀かに一人ぐらいね。そういう人の元には、もう希望は戻ってこないのぉ。
そういう人に——ボクらは“地上の神”なんて呼んでるんだけど、とにかくその“地上の神”にアリスの核”が入り込む。
アリスは神だから、もちろん憎い神々が付けた枷なんていないでしょ〜?
だからアリスは枷を壊すんだぁ。
こうしてアリスができあがります!
レインは呆然としていた。
まさか自分の闘うべき相手が人間だなんて思いもしなかったのだろう。
先に話すべきではなかったのだろうか。さらにレインの逃げたいという心を押してしまったようだ。
「え、じゃあ僕が殺すのは人間なんですか?」
通りすがったハンターがふいた。
ロゼッタもクスリと笑う。
レインは何で笑う!という感じで不満そうな表情をしていた。
「久しいですね、イリンドーム様」
そのハンターは立ち止まってロゼッタに礼をした。
「あ〜、久しぶり〜。イフェン、彼は新入りで脱走を願うレイン・ディアナイト。仲良くしてやってね〜。そしてレイン、この人はイフェン・ザリア。普段はここにいない人だよぉ」
「あぁどうも」
レインは素っ気なく返した。
「おやおや、笑われて不服そうですね……これは失礼いたしました。何せ貴方の発言が常識に欠けていたので。貴方を含め、我々は直接アリスと闘いません。我らが剣を交えるのはトループ共だけなのです。アリスを狩るのは我らが姫、イリンドーム様だけなのですよ。彼女は今代のアリスハンターでしてね、とても優秀なんですよ。
イリンドーム様の率いるスペード部隊に入るなら、貴方もアリスの所まで行かないといけなくなるかもしれませんが……、重ねて言いますけど我らはアリスを狩りませんし実力的に狩れません。イリンドーム様の専属サポーターなら別ですけどね、貴方は名前が違うのでそれも無いでしょうな」
流石はイフェンだ。説明が上手い。
「ハッ、そうですか。それはどうも」
対するレインは態度が悪い。
イフェンが握っていたプリントにしわが寄る。今にも舌打ちしろうだ。
「それにしても……イリンドーム様、こいつはノア一族のものですか?」
「あ〜、ソンブル人かって〜? さぁねー。向こうのこと知らなさそうだし、ボクもコイツのことあまり知らないから」
「そうですか」
軽くお辞儀をして、イフェンは去っていった。
レインはしばらく彼を見ていたが、やがて「ムカつく」と低く呟いた。