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8 IN France~フランスにて~(1)

 ゴッドハンターの支部は、この世界に四つ存在する。

 一番大きいアジア支部は中國の人里離れた山の中に、アメリカ支部は都会から少しはずれたところにあるラーバンに、オセアニア支部はオーストラリアの東に位置する山脈付近に、そしてアフリカ支部はケニアにある。

 この狭いながら広い世界に、ゴッドハンターが集う場所が五つしかない。

 つまり、その分出動範囲が大きくなるということだ。

 基本的にハンターは自分の部のある週にしか出ない。

 本部ならロシアとトルコを含むヨーロッパ州に出る。そして時々だが、カナダにまで出向くこともある。

 アメリカ支部はアラスカを含み、カナダを除く北アメリカと南アメリカ全土で活動する。

 という訳で、各部のハンター達は大変な思いをしないといけない。

 そして今現在——。

 ロゼッタ達一行はイギリスを出て、ルーシーの生まれ故郷であるフランスにいる。

 シャンゼリゼ通りを五人を乗せた車が走る。

「わぁ〜、凱旋門だ!」

 車窓から身を乗り出すという危険極まりないことをして、ロゼッタは前方の凱旋門を眺めた。

 黒い長髪が風になびいて後ろに流れる。

「危ない危ない!」

 シャンデットが焦っている。

「……平気ですよたぶん。ロゼッタは四階から飛び下りても死なないから」

 町並みを眺めてテンションが上がってきているルーシーの隣で、レインは淡々と言った。呆れの色が混じっているがロゼッタは気にしない。

「敬語、最近外れてきたから、ちょっと……嬉しい、な」

 ルーシーがそう言って、滅多に見せない微笑を浮かべた。それだけ機嫌がいいってことだろうか。

「いやいいから、そんなのいいから、おいこらロゼ、戻れ」

 ミキはロゼッタの服を掴んで、無理矢理車内へ引き戻した。

 本部の行動範囲は結構広い。

 フランスに四期だけのレギオンが出没することと、ワインで有名なとある村にサブジュ=ゲイトの子孫らしき人物がいるということを聞いたエリックが、スペード部隊のロゼッタ達に任務を与えたのだ。

 やるべきことは二つのみ。内容量は決して多くないが、内容がハードになることもあるのは否めない。

 まず一つ、レギオンを殲滅すること。

 彼らの出没時刻、場所は毎日変わり、何の規則性もないので待ち伏せすることはまず難しい。ありがたいことと言えば、レギオンの中には四期のトループしかいないということだけだ。

 そして二つ目。

 それはもちろん、そのサブジュ=ゲイトの子孫に説明をし、本部に来るように説得することだ。

「めんどくさいなぁ」

 ロゼッタは通りを歩く人々を眺めながら言った。

「いつものことだろ、いい加減慣れろ」

 ミキが眠そうに呟いた。

 しばらく走ると屋敷が見えてきた。屋敷というには少し小さく、むしろ大きめの一軒家と言った方がぴったりな気がする。

 庭には色とりどりの花が咲き乱れており、ここまでカラフルだと綺麗だねという前にけばけばしいねと言いたくなる。三月の下旬であることを疑いたくなるような咲き誇り様だ。

「お嬢様」

 運転手がこちらに顔を向けた。

「着きましたよ。……お帰りなさいませ、ルーシーお嬢様」

 ルーシーは頷いて、ドアが開けられると真っ先に降りた。

 複雑に絡み合う蔦が彫られた門をくぐろと、気を失ってしまいそうな程の強い香りが鼻をついた。

 噴水にまで水草が浮いていたし、立てられている女神像の持つ壷にも鼻が入れてあった。

 ロゼッタはルーシーの母親の花好きさは異常だと常々思っている。ある程度の覚悟はしていたが、庭に足を踏み入れた途端ロゼッタの心の大部分を占めたのは呆れと苛立ちだった。

 花に埋もれそうなレンが道を歩いて玄関に辿り着く。

「……すみません、帰りたいです」

「んー、吐いたら殺すよぉ? 我慢しときなよー」

 小声でレインとそんなことを言い合ってると、ルーシーがこっちをにらんできた。

 何人ものメイドの挨拶を受け流して、家の中を進む。庭程ではないが、家の中も花の香りがする。きっと芳香剤入りの消臭剤でもまいているのだろう。

 ミキが一呼吸ごとに顔をしかめているのを見て、ロゼッタはにやっと笑った。

「お母様、今日は帰ってこないみたいだから」

 ロゼッタ達には一人一人部屋が与えられた。

 ……ロゼッタの部屋が他と比べて狭いのは——、理由は聞かずとも分かった。


◆◆◆ † ◆◆◆


 夕食には豪華なフランス料理が振る舞われた。

 ——と、言いたいところなのだが、ヘネシア家の味付けは濃過ぎたし、癖がありすぎた。それに見た目だけの美しさを求めたような料理だったのもいただけなかった。

 まぁ、何も出されないよりはマシか……。

 そう開き直って、ロゼッタは再び街を眺めた。足下には雨樋が走っていて、左隣には悪趣味なガーゴイルの付いた柱がある。ここは屋根の上だ。

 ロゼッタはトループの気配を敏感に察することができる。ただ、部屋では花の香りが強いので集中できなかった。それで今、こうして屋根の上に腰掛けているのだ。

「あ、見ぃつけたー」

 歌うように呟いて、ロゼッタは屋根の瓦を蹴り上げた。

 ダンッ!

 むしろ爆発音と言った方がいいような音がして、ロゼッタの体は宙に放られる。

 引力に逆らわず落下して、今度は誰かの部屋のベランダの手すりを踏む。そこで一瞬だけ膝を曲げて溜をとり、再び宙に飛び上がり、塀を飛び越えて走る。

 もうすでに日付は変っており、一般人なら深い眠りに落ちている時間だったので通りには誰にもいなかった。

 なので思う存分走ることが出来る。

 今回のレギオンはレアものだ。

 四期だけで構成されているレギオンは前代未聞なのだ。しかも移動速度が桁違いに早いらしい。

 何を企んでいるのかなぁ……? ボクはそーゆーの、大っ嫌いなんだけどー。

 そんなことを考えながら走っていたが、

「ん?」

 大きな交差点を渡ろうとしたときだ。

 車が走っていないのに信号の色を変えようとする信号を無視しようとした時、歩道に人が立っていることに気がついた。

 ビルの陰に隠れてよく顔は見えないが、体格で少年だということが判断できる。

 ロゼッタが起こした風で、彼の前髪がなびいた。

 普段の彼女ならスルーしてそのまま走り去るところなのだが、何故だろう。少年の前を通り過ぎようとして——、違和感を覚えて立ち止まった。

 ゆっくりと振り返り、動かない少年を見つめる。

 ……何でここにいるの?

 ……ううん、違う。こいつは違う。…………だけど、似過ぎてるよ……?

 ロゼッタは馬鹿ではない。

 出てくる前にちゃんと確認した。全員寝ていたはずだし、自分の足についてこられるのは是か否かの危ういライン上のミキぐらいしかいない。ましてや慣れない異国の地で、近道を使ってロゼッタより先回りするなんてことは絶対に無理なはずだ。

 眉を顰めるロゼッタに、少年の口が弧を描く。

 冷笑等の人を見下すような笑いではなくて、純粋にうれしがっているような表情に見えた。

 胸がざわつく。危機感は感じないのに、何故だろう。

 少年が一歩前に出た。街頭の灯りで、彼の髪の色があらわになる。薄い金髪だ。

「また敢えて嬉しいよ、久しぶりだね」

 誰かと酷似した、いや、同じ超えが聞こえてきた。

 双子なのだろうかと安直な結論を出したい所だけれど、明らかに違う。

「……誰? ボクはお前みたいな奴知らないよぉ?」

 少年はハハッと笑うと、さらに言葉を発した。

「あーあ、やっぱり覚えてないかー。忘れちゃったんだね……。いや、忘れさせられた(・・・・・・・)んだっけ?」

「…………」

 知らないことは、答えられない。

 けれども、何かが引っかかる。何なのだろう。

 ロゼッタが首をかしげたのを見て、少年は溜息を吐いた。

「何も分かんないんだね。どうしたらいいのかなぁ……。まぁいいよ、今は思い出さなくても。すぐに迎えに行くからさ、それまでに……、全部思い出させてあげるよ」

 好き勝手に訳の分からないことを言って、少年はそのまま消えて(・・・)いこうとした。

 まるでロゼッタの本体、つまりは自我、——“夢”が消える時のように、末端部から体を構成している粒子が崩れていき、しだいに全体の色素が薄くなっていったのだ。

 ロゼッタは目を見開いた。

 思考が停止する。

 ……な、何…………これ。

「……おい、待て」

 ロゼッタが低い声で呟いたが、少年は笑顔のままだ。消え行く速度に変化はない。

「待てよ。女の子が頼んでるのに止まってくれないって男子としてどーなの?」

「あははっ、言ってくれるねー? ……僕ぼことが気になるの? じゃあ一つ、ヒントをあげよう。君は(・・)人を殺めたことがある(・・・・・・・・・・)?」

 その言葉に、ロゼッタはさらに眉を顰めた。

 人をいたぶるのは好きだし、トループの返り血は避けられるのにわざと避けていない。自他共に認める人徳に欠けるロゼッタだが、人殺しなんてことはしたことはない。

「……ないけど?」

「へぇ……、そう。じゃあ、思い出してね……全部」

 少年はそう言い残して、スゥッと消えていった。慌ててロゼッタが掴もうとするが、もうすでに遅く、辺りに人の気配はなくなっていた。

 一体なんなのだろう。

 全部思い出してねと言われたが、ロゼッタは生涯の記憶に欠如した部分を持っていない。しかも久しぶりとも言われた。

 ということは昔会ったことがあるということになる。

 もしかしたらロゼッタの昔の住処である孤児院にいた子かもしれない。が、男子と関わりを持った覚えはない。

 それに、あの孤児院はアネッタが死んだ日に全焼した。

 ロゼッタがミキに連れられて戻ったときには、そこは黒い灰の原になっていたのだ。

 生存者は——皆無。

 その日、出かけていたというのは誰もいなかったらしいから、生き残りはロゼッタただ一人だけだ。だから孤児院の子ではないと思うが……他に会うような所があるのだろうか。

 任務先や脱隊して社会に戻っていったサポーターやハンターの端くれを思い返してみるが、さっきの少年を見た覚えは全くない。

「はぁ……」

 ロゼッタは溜息を吐いて、帰路を辿る。

 もうすでにトループの気配は消えてしまっていたのだ。あと体がだるいので早く帰って休みたい。

 明日はきっと忙しくなるだろう。ごく普通の家庭環境に育った人を説得するのは骨が折れる。もっとも、ロゼッタはそういう仕事をいつもミキに押し付けているのだが。

 門を飛び越えて、ついでにロゼッタは一番香りのキツい花を踏み潰した。




 ……憎いニクイ。

 愚かだね、愚か過ぎて今や哀れにすら思えるよ。

 でもさ、お前にこんな哀れみなんていらないでしょ? どーでもいいでしょう?

 うん、だからね、壊して上げるよ。

 憎いけど、愚かだと思うけど、馬鹿らしくてしょうがないけどさ、お前は。

 でも、最期は

 ビシャッ!

 ……綺麗な華を咲かせなよ




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