表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

2 INVADER~侵入者~(2)

 爽やかな風が吹く。

 が、二人の間には爽やかさなんて欠片もなかった。

 微妙な数秒が過ぎ――。

「……あ、の?」

 理解できていなさそうな声を出された。

「むー。一から説明するのめんどくさーい」

「……俺理解しなくてもいいししたくないしどうでもいいし足痺れてきたから……」

「うるさいなぁ。……いーい? レインはね、ここに入ってきた」

 だから? という目つきがむかつく。

「ここは、ボクらが特別な結界を貼っているから一般人は基本的に入れないんだよー。ときどき何かのミスで入って来る奴もいるけど、入れるのはボクらと同族の人達だけ。門番は特に意味ないんだよね~。コインを持ってないレインは、どっちだと思われたのかなぁ?」

 もしも入り込んできた一般人ではなく、化けた堕天使と見られていたら今頃きっとレインは死体になっているはずだ。

「同族!? いい加減にしろよっ。さっきから結界とかトループだとか訳の分からない話ばっかりで! 俺は、市民に迷惑かけてるてめぇらに文句言いに来ただけなんだよッ」

「あはは~。ボク達がいなっかたらとっくの昔に皆死んでるよぉ? 探す手間が省けたよ。ありがとー」

 ロゼッタは右手の指をレインの額に押し当てた。

 指先がほのかに光り出す。その光の色は、昨日のと違っていた。

 レインはギョッとしている。

 それはそうだ。普通人体は光らない。ましてや紫の光なんて、蛍とか夜光虫とかそんな発光する生物でもあり得ないだろう。

「怖がらなくてもいいんだよぉ。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね? ボクも大変なんだからさぁ。これからね、レインがボクらと同じだってこと証明してみれるからね♪」

 楽しそうに言って、ロゼッタは稀有な能力を発揮した。



 ロゼッタは目を開けた。

「うっわぁ。暗~い“夢”だなぁ」

 目の前には見たことのない街が広がっていた。

 禍々しい程黒い夜空。そこに浮かんでいる不気味な形の三日月。

 全体的に暗いイメージだ。

 だが、建ち並ぶ建物には明かりが溢れているし、道にはみ出したプランターには暗くてよく分からないものの、鮮やかな色の花が咲き乱れている。よく見てみると、空には淡い星まで浮かんでいた。

 きょろきょろと視線を走らせながら歩く。

 といっても、実際の体はここには無い。

 ここはレインの“夢の街”なのだ。

 人は誰しも心に“夢”を持っている。そしてその“夢”はその人の人格等に合ったイメージの街を造り上げ、その中に“夢”溜めていくのだ。

 今ここにいるロゼッタは彼女自身の身体ではなく、ロゼッタの精神――魂、といった方がいいかもしれない。

 あるモノを探して歩いている内に、ロゼッタはあることに気がついた。

 建ち並んでいる建物の内、半分は廃屋と化していたり光が消えていたり、もしくは土台だけを残して綺麗になくなっていた。

 どうやらレインは本当は明るい子なのかもしれないと判断したロゼッタはそのことに戸惑った。

 これは一体どういうことなのだろう?

 ゆっくり考えながら行きたいが、長居はレインの体力を奪ってしまうのでそのまま歩き続けた。



 しばらくすると広場に出た。

「見ぃつけたーっ」

 広場の真ん中には、一本の大木が植えられていた。その木の幹が光っている。

 ロゼッタはどんなのが出てくるのかなぁ、楽しみだな~と呟きながら、その光の中心へと手を伸ばした。

 強い抵抗の後、光の中に入れることができた。

 街が弱く振動する。

「っ!?」

 ロゼッタは目を大きく見開いた。

 嘘!? あれは、あの剣はボク(・・・・・・)!?

そこにあったのは、一振りの剣だった。

 先日ロゼッタが出した剣と同じ形、同じ大きさ、同じデザインの物だ。が、色が違う。

 色しか違わない。

 そんなはず無い。

 だってボクは……ボクには……、でも。

 焦っていても埒は明かない。

 躊躇しながらもその剣の柄を握る。

 心配ならやってみればいい。すぐに白黒がつくのだから。やってしまえばいい。

 しっかりと握って、剣を引っ張った。そしてそのまま“夢”の外に出ようとする。

 街が揺れる。レインの悲鳴も聞こえてきた。

 “夢”の中の物を、自分の中身を外に引っ張り出すのだから、それは痛いだろう。普段は専用の薬を使うのだが彼は何も服用していない。

「うるさいっ。暴れるな! ボクは……っ」

 渾身の力で、レインの剣を引いた。



 ロゼッタは目を開けた、ただし今度は本物の身体の目だ。

 右手はレインから離れていて何かを握っている。

 安心して、はぁとため息をついた。

 握っていたのはきらめく漆黒の小さな石だった。

 ……良かった。こいつは大丈夫みたいだねー。

「……ため息ついて、ないで……さっさとどいてもらえませんかね? いつまで、人の上に乗っかってるつもりなんだよ」

 途切れ途切れにそう言って、レインはどさりと倒れた。枝に刺していた服が破ける。

 同族とは言え、やはり訓練していないと体力は常人と同じぐらいしかないようだ。

「いーじゃない」

「良くない。……俺に、何したんだ」

 ロゼッタはため息をついて、手刀でレインの首筋を打って気絶させた。

「どーせ今聞いたって、脳働かないでしょお? 疲れたんならさー、素直に寝ちゃいなよ」

 レインを引きずるようにして、ロゼッタは屋敷に向かった。

 エリックやカトリーヌにいろいろ言われそうで気が進まないが、これも仕事だ。


◆◆◆ † ◆◆◆


 思った通り、エリックに怒られてしまった。

 普段は優しく温厚な彼なのだが、怒ると怖い。

 サポーターが淹れたコーヒーを飲んで、エリックは徒労の吐息をついた。

「全く、ロゼ、ああいう人を見たら真っ先に私に知らせろって言っただろ。“核”を出すのは訓練してからじゃないと危険なんだぞ?下手すれば死んでしまう」

 また林檎を齧る。噛み切った果実を飲み込んで反省の色を見せないしゃあしゃあとした態度で応える。

「平気だよぉ。ボクがそんなミスする訳無いじゃん」

「そんな驕りたかぶってると、いつかとんでもない失敗やらかすぞ」

「驕ってんじゃあないのぉ。ただの自信だよー、ボクは仲間を死なせたりしないからね?でもサポーターは自守できないからちょっと難しいなぁ」

 エリックはまたため息をついた。そんなにつくことないだろう。嫌がらせなのだろうか。

「……それを、驕ってるって言うんだよ」

 そっぽを向いて、ロゼッタは林檎齧りに千年いた。

 ふと脇に置いてあった報告書が目に留まった。ロゼッタが書かされたものだ。

 それをめんどくさそうに読み直して、書き忘れたことがあるのに気がついた。

「あ~、そうだ。エリック、そのレインって子の武器ね~、ボクと色が違うだけの剣だったよ~」

「ゴホッ!?」

 静かにコーヒーを飲んでいた彼は派手にむせた。

 近くにいたサポーターが慌てて駆け寄って、エリックにティッシュを渡した。

 ロゼッタは心配しているというより、むしろ面白そうにそんなエリックを眺めた。

「あ、ありがとう……。ゲホッ、……はぁ。ロゼ、それは本当か?」

「うん、本当だよぉ」

「でも名前違うよな? “石”を見る限り、普通の人間みたいだし……。お前のパートナーだったらあり得るけど、これも名前が。……昔いなかったか? ロゼが住んでいた所にレインっていう人が」

 ロゼッタは首を横に振った。あそこに、そんな人はいなかった。第一銀髪赤目なんて人はそうそういるもんではないので一回見たらきっと忘れないだろう。

 エリックは何かをぶつぶつ呟きながら紙に走り書きしている。

「ルル、これをカトリーヌのところに持っていってくれ。……そう、情報処理長のヘネシアだ。それでこっちを科学班のところに。シェドが起きていればそいつに渡してくれ。ありがとう。……念のためDNA検査させるよ、髪とかそういうのでね。多分違うと思うけど……、な」

 ルルと呼ばれたサポーターは、エリックの指示通り部屋から出ていった。

「……DNA……。そうだロゼッタ! 君の検査結果が出て……、それで予想通りだったと。まぁ二回目だからな、今さら結果が変わることはないんだけど。で、本支部合同会議が今からあるから一緒に来なさい」

 うっわぁ、会議ってめんどくさいのになぁ。

 そう思いながら、仕方なくエリックについて行った。



 会議室の空気は尖っていた。

 イライラの中心はアメリカ支部のハラードだ。

 支部の分際で大きな態度を取る彼がいるから、ロゼッタがどす黒いオーラを出すのだ。

 それに、会議にはあまり参加しないもののゴッドハンター代表の一人であるミキをサポーターのように扱うのも気に入らない。

 おまけに――

「なんで私があんな小娘のためにイギリスまで来ないといけないんだ」

「うるさいなあ。そんなの、お前が支部長になんなかったら良かっただけの話でしょぉ?支部のくせに口出ししないでくれるかなぁ? 黙れよ、カス」

 自分のことを手駒にしか思っていないところも気に入らない。

 ゴッドハンターは彼らのために在るのではない。彼らが、ゴッドハンターのために在るのだ。

 全員がそろったところで、本部長のエリックが立ち上がった。

 皆が静かになる。ハラードだけが舌打ちした。

「これより総会議をはじめます。各支部の情報処理長、科学班長、支部長、ゴッドハンター代表はそろってますね。今日の議題の一つ目は、我らが姫、ロゼッタ・イリンドームについてです。本人はここにいるのでご遠慮なく。それでは、説明を。本部のヘネシア情報処理長」

 エリックが座って、その隣のカトリーヌが立ち上がった。

 綺麗な赤毛の持ち主で、ルーシーとは良い意味で似ても似つかないが、彼女の従姉だ。

「はい。皆さん、書類の一枚目をめくって下さい。……これはイリンドームのDNAの検査結果です。先代の“姫”が持ち帰った血から採取した物を使っています。結果は以前と変わらず予想通りで……」

 室内がざわついた。

 驚かないのは本部の人とミキだけで、あとはどれだけの年輩者でも落ち着いていない。

「そんな馬鹿な……」

「この間のはミスではなかったのか……!?」

「裏切り者が……? ましてや子を……?」

 静粛に! と、エリックが声を張り上げた。

「私共も驚いています。まさか、アレが子供を産むだなんて……。DNA検査だけでイリンドームがアレの子だとは確かに言いきれません。アレが子供を産めるだなんて考えられませんし……」

「ですが、イリンドームの存在値は人間に劣ります。そもそもイリンドームの特殊な能力もそのせいです。何人かはもう気付いているようですが、イリンドームの中身はアレの“夢”から造られたものではないでしょうか。人間の身体にそれが入り込んだだけでしょう。能力も細かく設定されています」

 皆が押し黙った。

 ハラードは驚きやら恐怖やらで口をパクパクさせている。

 ミキは相変わらずの無表情で書類を眺めていた。

「じ、じゃあ! コイツはスパイだ!」

 無礼にも指さされた。失礼だ。

 何人かはギョッとして、エリック達本部の者は呆れてそう叫んだハラードを見た。

「だってそうだろ! アレが人間を造っても何の役にもたたないだろう!? それで敵対する我らの組織の内部を探ろうと……!」

「プッ……、キャハハッ!」

 今度は全員がびくっと反応してロゼッタを見た。

 こいつは本当に馬鹿以下だ。

 世界で忌み嫌われているものにも劣るかもしれない。

「……ハハッ。あー、もうっ。何言い出すかと思ったら……そんなことか〜。もっとマシなこと言うかと思ったんだけど、お前なんかに期待したボクが馬鹿だったよ~。ねー、ヴェルスカーノ司令長ぉ。ボクにも発言権あるよね?」

 エリックは面倒くさそうに頷いた。もう好きにしてくれと言いたいのだろう。彼は、というかここにいる多くの人は、どうせ言ってもロゼッタは聞かないしやりたいことを強行することを知っているからだ。

 アメリカ支部長は本部にも他の支部にも好かれてはいない。

 最も、ハラードはアメリカで楽しくやってるみたいなのだが。

「じゃあ聞くね? ボクがスパイに見える? ハッ、アレのいる場所は“向こうのお姫様”しか知らないんでしょ? だいたい、ボクがスパイだったらすぐに分かるでしょ〜?だってあいつらは襲って来たりしなくなるはずだから。それにずーっとずーっとここにいて仲間を家族同様に思ってるボクが、アレなんかに皆を売ったりしないし~」

 一文ごとに室内の殺気の濃度が上がっていく。

「そんなこと分かるか! 信用できないんだよッ、DNA上アレと同族なんだから……」

 バンッ。

 置いてある物を踏まないようにして卓上を横切った。

 一瞬の出来事だった。

 ハラードのむっちりした首に、細い剣をぴたりと当てる。ちょっとでも動いたらすぐに斬れるだろう。

「ボクをっ、アレと一緒になんかすんな……!」

 だんだんと青ざめていきながらも、彼の横柄な態度は変わらない。

「……スパイに言われたくないですな」

「黙れデブ。……死にたいなら別に止めないけどね」

 最初に我に返ったエリックが慌ててロゼッタを席に戻した。

 止まっていたかのように思えた時間が再び流れ出す。

 咳払いしてエリックはハラードに、

「スミス支部長、変な妄想はやめてください」

 と注意した。

 ロゼッタは不満げにハラードを睨みつけた。

 一回だけでもいいから、サクッと斬ってしまいたい。……あ、一回で終わっちゃうかなー。

 ゴッドハンターの中で最年長の老人もハラードをたしなめた。

「そうじゃよスミス、そういうのは良くない。ここは戦場なのだ。仲間内で疑い合ってどうする。……おう、イリンドーム嬢よ、貴女のことを言っている訳ではないぞ。それにスミスよ、お前は知っているではないか。この子が昔お前の働いていたところにいたのを。何せあの事件で生き残ったのはお前だけじゃからのう……」

 彼がその後何を言いたかったのか、結局分からなかった。

 今度はバキリという音がしたからだ。

 その破壊音は、ミキがボールペンを折った音だった。

 黒いインクが飛び散り、書類や衣服にまで降り掛かる。

 これが赤だったら綺麗なのにな。

「それ以上言うな……!」

 珍しくミキがキレていた。

 彼は何に対して怒っているのだろう?

 ロゼッタは“あの事件”云々とやらについては何も知らない。

 何か自分と関係あるのだろうか。それともミキのトラウマな記憶なのか。そもそもロゼッタにはハラードのいる場所にいた覚えすらない。何なのだろう?

 こういうことがあったらすぐ止めに入るエリックも、カトリーヌも、何も言わずにミキを見ていた。

 もしかしたらゴッドハンターの黒歴史なのかもしれない。

「……そうじゃのうユリニア。すまなかった」

 名前の分からない老人は、そう謝って黙りこんだ。

「……はい。では次の議題に進みます。……? 何ですか? あぁ、イリンドームのことは確信を持ってまとめられないので。この間各部に配った無線機具について報告を……」

 今日の会議は長くなりそうだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ