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7 INTRODUCTION~悲しみの前奏~(6)



 もうすぐ午後四時をまわる。

 外に出てみると、雪が降っていた。

 まだまだ冬は去るつもりがないらしい。

「もうすぐ三月なのにねー」

「名残雪ってヤツですよ」

「いいからさっさと飲め」

 ミキにいわれて、レインとロゼッタは、例のあの不味い薬の瓶を持ち上げた。

 今夜は王族の屋内パーティーが開催される日なのだ。どうやら第二王子のエドワードの誕生日らしい。本部の中で新聞を購読している人は少ないので分からないが、きっと今朝の分には王子の誕生日を祝う言葉が綴られていたのだろう。

「すごいですね、王子の誕生日に招待されるなんて」

 薬を飲み干してレインが言った。

「んー? そうなのかなぁ? 今の時代なら綺麗で王子の好みで金持ちなら王子の恋人になれるよぉ?」

 セレブが行くクラブ等に行けば、王子がいることもあるのだ。エドワードの兄であるアルフレッド王子はそうやって恋人を作ったのだそうだ。が、未だに結婚していない。

 ロゼッタ達一行は、迎えにきた高級車に乗った。

 レインは目の前に座るロゼッタを見た。なんだか不機嫌そうに見える。

「……、王宮に行くのってめんどくさいんだよぉ。こっちは部屋で休んでいたいんだからさぁ。まだ完治してないんだよ、怪我。塞がってるけど……。それに貴族は着飾ることが好きだから、こっちもドレスアップしないといけないしぃ」

 レインの視線に気付いてか、ロゼッタは不機嫌な理由を教えてくれた。

 本日王宮に向かうのは歌姫のロゼッタはもちろん、いつもヴァイオリンを弾かされているミキと、見学目当てのレイン、そしてサポーターが二名だ。

 当然全員正装をしている。そして全員黒色の服を着込んでいた。

「ユリニアさんがヴァイオリン弾くって……ちょっと意外です」

 その声に、ミキはそっぽを向いた。

「意外で悪かったな。……死んだ親がオーケストラやってたんだよ」

 ……何でわざわざ“死んだ”を付ける。

「そうなんですか」

 他に返しようがなかったから、レインはあっさりと受け流した。

 他愛のない会話――、ロゼッタがミキに語りかけ、時々レインが口を挟む程度の、そんな日常的会話をしていると目的地に着いた。

「……なんか、すごい……きらびやか、ですね」

 もう既に到着していた、カラフルで華やかな服で身を飾った人混みを見て、レインは呟いた。

 細かくカットされたクリスタルのシャンデリアが、光をあちこちに飛ばす。

 注意してみると、靴やストッキングから高級なものにこだわっているみたいだった。貴族界からしてみれば当たり前かもしれないが、残念ながらレインは貴族の家の養子であっても一般市民だ。

「まだ豪勢じゃあない方だよぉ。アルフレッド王子のときの方がよっぽどすごいよ?」

 女性で唯一黒いドレスを来ているロゼッタが、周りのざわめきに負けないように声を張り上げた。

 周囲に溶け込めない色だが、素直に艶があって綺麗だと思う。

「あんまり声出すなよ、喉痛めるぞ」

 腕が動けばいいミキが大声を出した。それでも周りの喧噪に掻き消されて、よく聞こえない。

「えぇー、ちょっとそれは悲しいなぁ。……歌姫ならプロを雇えばいーじゃない。なんでよりによってこのボクなの? っていうかこのドレス寒い……」

 上に来ていたコートを脱いだので、今のロゼッタは肩丸出しだった。

 ルーシーよりは上品だなと思う。

「……まさか、ここでも踊るんですか?」

「そのまさか、だ。ここには大貴族が集まってきているからな。もしかしたらお前の義父もいるかもしれないな」

 これ以上ロゼッタが声を出さないように、ミキが早口で言った。

「それは無いと思いますよたぶん。僕を拾う前は、シャーリング家は下級貴族だったそうですし」

「貴族よりは一般家庭に生まれたいなあ!」

 ミキが溜息を吐いたのを見て、レインは笑った。

 どこかへ言っていたサポーターが戻ってきて、ミキに何かを告げた。

「ロゼ、行くよ」

「あれ、もうなんですか?」

 ミキがヴァイオリンケースを背負い直して、レインに答える。

「今十分遅れた何とかっていう名だけにしか思えない貴族が来たらしい。来るならさっさ来て欲しいな。俺のヴァイオリンケース湿度計が点いてて重いんだよ。……まぁ、俺達はオープニングを飾るだけだからな。何のために呼ばれたんだか。……レイン、お前は人混みにあぎれないようにしとけよ」

「はい」

 レインの答えを聞いて、ミキとロゼッタはフロアの中央に向かった。

 急に皆が姿勢を正したので見てみると、女王につきそわれたエドワード王子がカーペットのしかれた長い階段を下ってきているとこどだった。

 拍手や長ったらしい挨拶などにはロゼッタ同様、レインも興味は無いので全て聞き流す。

 女王の顔は幼い頃から見ているのでどうでもいい。なので、エドワード王子を注視する。

 年はたぶん同じぐらいだろう。年下には見えない。女王に似て金髪に灰色の目で、顔立ちはそれなりにいい方だと思う。

 が、やはりどうでもよくなったので、ロゼッタ達の出番を待つことにした。

 やがて拍手が再度響き、フロアの中心から数人がどいた。

 白い肌と髪と目や服の黒が互いに映え合ったロゼッタが見えた。

 周りには大人が多いので、レインは少し背伸びをして二人を見る。

 右目に眼帯をしヴァイオリンを構えているミキに、多くの未婚の女性が嘆息した。

 冷めた目がロゼッタを一瞬見、ミキはそして、弓を動かした。年季の入った木が、弓がこすってたてた弦の音を響かせる。

 うわ、こんなに上手いのか……。

 ヴァイオリンにはギターのような印がついていないのにもかかわらず、一つの音もずれることのない滑らかで美しい音を聞いて、レインは驚いた。

 そして、主役であるロゼッタが息を吸い込んで――。

「え……?」

 とても綺麗な声で歌い出した。

 高音が綺麗な、高く澄んだ綺麗で可愛い声。

 レインの目が一瞬だけ大きくなって、そして微笑みを浮かべた。



 ニ、三曲歌って、ロゼッタとミキは礼をした。

 盛大な拍手が起こる。もちろんレインも手を叩いた。

 女王が二人に褒め言葉と思われる何かを言っている。他の人達も次々と賞賛の声を浴びさせる。

 レインは人混みを縫うようにして進んで、二人のところに行った。

 銀髪赤目は見つけやすいみたいで、ロゼッタがすぐにレインに気付いた。

「あっ、レインー」

 その声に、ミキも女王も振り返ってレインを見た。

 女王が怪訝そうな顔をする。

「……アル……? いえ、失礼しました。イリンドーム様、こちらの方は?」

「ボクのクラスメイトのレイン・ディアナイトです」

 ロゼッタの紹介を受けて、レインは前に進み出る。

「初めまして」

 礼儀作法はあまり覚えていない。

 アーサーの母親、つまりシャーリング家当主の妻にいろいろ教えられた気がするが……、忘れてしまったのだ。

「初めまして。もっとお話していたいのですけれど……。他のお客様にも挨拶をしないといけないので」

 まだ若い女王はそう言って、人混みの中に入って行った。

 その後ろを、地位と権力を求める貴族が、餌にたかる野良犬のごとく群がっていく。

 こういう場面に出くわすと、笑ってしまう。

 一般人より高貴だ優雅だ言ってるのに、こういうときはただの人間だ。むしろ愚かに見えてくる。

「どぉだったー?」

「歌のことですか? よかったですよ、とても。綺麗でしたし。ちょっと意外だったんですけど……」

 レインの答えにロゼッタは満足そう笑う。

 今度は王子が近付いてきた。

「ロゼッタ」

 仲がいいのかそれとも馴れ馴れしいだけなのか、エドワード王子はロゼッタを名前で呼んだ。

「あれ、エドワード? 他の人に挨拶しなくていいの?」

 ……仲は意外といいらしい。

 ミキは無表情だが、王子の登場をあまり快く思ってないようだ。

 毎年ここに来ているので、どうやらロゼッタと王族、もっと言うならいくつかの貴族とは仲がいいらしい。

 ……あれ? イリンドームさんって、貴族嫌いじゃなかったっけ……?

「うん、まぁ……。重要人物とは済ませてきたけれど……。大半の人にとって俺は邪魔だから」

「へぇ、エドワードも大変だねぇ」

 同情はせずに、ロゼッタは軽く受け流した。

「王族は大変だよ、本当に。……それはそうとロゼッタ、今日の歌よかったよ」

「どうも〜」

 エドワードはそう言うと、すぐにどこかへ行ってしまった。

 周りを見ると、他の人達も別の部屋に移動していた。夕食らしい。

「……帰っていいですか?」

「ん? あぁ、帰るよ。これ以上ここにいる気はない。それに俺らはちゃんとした招待客じゃない。……ロゼッタは正式に招待されたけどな、エドワード王子に」

 レインの気のせいかもしれないが、最後の方にかなり棘の入った口調でミキは言った。

「仲いいんですね」

「そうだな。……おいロゼ、変えるぞ。お前も残る気ないだろう? ……サポーターはどこに行ったんだか」

 溜息を吐いて、ミキはサポーターを探しに行った。面倒見がいい。

 ロゼッタはコートのポケットから上質の紙で作られた招待状を取り出した。

「ったく、何でボクにこんなの送るかなぁ……?」

 そして、ロゼッタはどこからともなくライターを取り出した。

「あの……?」

「燃やすんだよぉ。だってこれ、燃えるゴミでしょ?」

「……そういう問題じゃあないです」

 カチッという音がして、ライターから紙に火が移った。

 ロゼッタの掌に置かれた招待状がゆっくりと燃えていく。

「火傷しますよ!?」

「しないしない」

 端を摘まみ上げて、手に火が当たらないようにしている。

 綺麗な色の火が広がっていき、僅かだが煙が上がる。

 レインは天井を見上げて、煙探知機がないことと人がいないことに感謝した。

 燃え尽きかけた紙切れがロゼッタの指の間をすり抜けて、床に落ちる前に燃え尽きた。

 大理石の床に落ちた灰はまだ燻っている。

 皮のこげる異臭がして何かと思ったら、ロゼッタがその灰を無表情で踏みつけていた。

 ……革靴で火を消すなんて……なぁ。

「何やってんですか」

「火事になったらどーすんのぉー」

「………………」

 レインは人々が出ていった扉を眺めた。食器がカチャカチャと鳴っている。

 癪だ。

 ――というか、少し寂しかった。

 ロゼッタに招待状を燃やされる程どうでもいいと思われている人――一方的に友情を押し付けてくるエドワードでも、ロゼッタを名前で呼んでいた。

 あと一ヶ月も経てば、レインはゴッドハンターになって半年になる。

 結構長い間一緒に過ごしてきた自分は……、何のために、彼らから距離を取っているのだろう。

 もうそんあ必要ないのに。

「どぉかしたー? レイン」

 表情が暗いのか、ロゼッタが見返してくる。

「あの、イリンドームさん。もし僕が、敬語とかやめたらどう思います?」

「どうも思わないけど」

 でも、何かイメージ崩壊しそうだね〜と、ロゼッタは付け足した。くすくす笑いながら、初めて会ったときは凄かったなぁ、とも言われた。

「おーい、そこの二人ー。サポーターが見つかったから帰るぞ」

 ちょうどいいタイミングで、ミキが戻ってきた。

 外に出ると、まだ雪が降っていて。

 白が、とても綺麗だった。




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