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7 INTRODUCTION~悲しみの前奏~(2)


 車いすを自力で動かすのは大変だ。

 今度街中で見かけたら押してあげようかな〜。

 そう思いながら、だんだんとダルくなる腕を動かしてくるくるとタイヤを回す。

 誰もいない老化に、ゴムと床がこすれる音だけが響く。

 ふいにのどのあたりに違和感を覚えて、

「ゴフッ」

 軽く吐血した。口から一筋の鮮血が垂れる。

 ちょっとした動作だけで血を吐いてしまう。肉、血管は当然、内臓も傷ついているのだから仕方がないのだが。

「チッ……やってらんない」

 舌打ちして、血を拭った。

 刃に特殊能力の毒でもあったのか、傷の治りがとても遅い。ゴッドハンターは常人に比べて比較的傷の治りが早いのだが、一ヶ月経った今でも包帯はとれない。

 存在値を回復させるためにも、ロゼッタはここ一ヶ月ずっと寝ていたのだ。その間に様々な薬を投与したのにこのザマだ。世界トップレベルを優に越したここの医療技術でもまだ治らないなんて……。

「これは歩いた方が速いね……」

 車いすを止めて、震えること無く立ち上がった。筋肉は困る程衰えていない。

「……!?」

 閉じきっていない傷口に激痛が走り、再度ロゼッタは吐血した。

「あーこらこらロゼッタ、立ち上がったら駄目だって」

 シャンデットとルーシーが角を曲がってきた。

「…………。なんでこんな無茶するの……? ロゼちゃんがいなくても少しはできるから無理しないで……。動けないのだそんなに悔しいの? 大丈夫だよ、すぐ治るはずだから……」

 意図的なのか天然なのか、ルーシーはさりげなくかんに障ることを言う。

 今更なのだが、何でこんな奴を隊に入れのかなぁ? と自問自答してしまう。しょうがないことだが僅かに後悔した。

「俺が押してやるからおとなしく乗っとけよ」

 呆れたように行って、シャンデットは車いすのハンドルを握った。自分で漕ぐと遅くなるし、歩けないので甘えることにした。ルーシーの視線が痛いのは……、気のせいではないだろう。

「レインはどこまで治ったぁ?」

 ロゼッタは首を回して後ろのシャンデットを見上げた。

「ん? あー、どうだったかなー。確か三番目にもろい鉄柱が切れるか斬れないかぐらいだったかな」

 ほらあそこと言って、シャンデットは先に見える修練場を指さした。

 今度はハッピーニューイヤーだとかで里帰りしている人が多く、おまけに寒いから遅起きするという人も多くいて、そこにはレインとミキしかいなかった。冬はトループの活動が少ないものの、何だか仕事をボイコットしている人が多過ぎる気がする。

「ここでいい?」

「うん、ありがとぉ〜。二人はどこに行くの?」

「今日か母さんがイギリスに来てるんだよ。ルーシーの家族も来ているから、今日はカトリーヌもいないかな。まー、久しぶりの親子ご対面ってワケだ」

「そっかぁ……、楽しんできてねー」

 ロゼッタは去り行く二人に手を振って、鉄柱相手に苦戦しているレインの方を向いた。

 はじめはあんなに軽々と斬っていたのに、今は刃が通らないみたいだ。隣でアドバイスを出すミキに時々頷いたり、言い返したりしながら剣を振っている。

「へぇ〜……、頑張ってるねー」

 二人に聞こえるような声量でロゼッタが言うと、ミキは保っていた自分の武器を取り落としてしまった。

「ロ、ロゼッタ!?」

 レインの修練に付き合っているミキをわざわざ呼びつけるのも悪かったので、起きられるようになったことは言っていなかったのだ。もちろんレインにも教えていない。

「イリンドームさん、もう起きてて大丈夫なんですかっ?」

「んー? まだ駄目なんだけどねー」

 車いすでは修練場内に下りることができない。砂が敷かれてあるのでタイヤが動かなくなってしまうのだ。

 説教の言葉をブツブツといながら、ミキは端に置かれていた道具の中から、ロゼッタのイス用にと木箱を引っぱり出してきた。

「歩けるか?」

「どうなるか見てみる〜?」

「いや、いい……。どうせ吐くんだろ、血。治りきっていないのに内臓に力かけるなよ」

 溜息を吐いて、ミキはロゼッタを抱き上げた。視界が高くなる。

「過保護だね〜」

「……昔からそうだろ、そろそろ慣れろ。もしくはあれだ、口閉じて従ってくれないかな?」

 後半の口調になんだか不穏な雰囲気が感じられたから、ロゼッタは涼しい顔を装って黙ることにした。

 木箱に腰掛けて、レインの練習を眺める。

 一生懸命でとてもいいと思う。少なくとも、自分がやったときよりもやる気は感じられる。

 同じことをミキも思っていたのか、苦笑しながらロゼよりも真面目と呟いてきた。

「確かあのとき、ロゼッタの目は死んでいたよなぁ」

「うるさいなぁ。親友が死んだ後にいきいきとしてたらいろいろと怖いでしょ。というかおかしいし」

「まぁ、そうだけど」

 ミキはそう言って、またレインにアドバイスを出した。

 しばらくするとシャオメイがやって来た。いつも以上に華やかな赤のチャイナ服を着ている。いい加減その色彩が見ている側の目に優しくないということを悟ってほしい。似合っているのは確かなのだが、原色の赤は眩しすぎる。

「先輩っ!? 大丈夫なんですか!?」

 ロゼッタが答える前に、ミキが顔をしかめて首を横に振った。こいつ馬鹿だから、と聞こえた気がしたからとりあえずそう言った張本人の腹にパンチする。痛そうな声が上がるが気にしない。

「……先輩は何言っても聞かなさそうなので言いませんけど……。大人しく寝といた方がいいんですよ体には」

「シャオメイも大人しく黙っといた方が身のためだよー?」

 シャオメイの顔が引きつる。結構前のことなのだが、彼女は一度ロゼッタに回し蹴りされたことがある。力加減はしたとは言っても、シャオメイは数メートル吹き飛んでしまったのだ。そこことがトラウマなのだろう。

「……あ! そうだ! 藤原さんが私に餅をくれたんデス! 皆で一緒に食べません?」

 男子二人が聞き慣れない単語に首をかしげた。

「フジワラ……さん?」

「アジア支部の、日本人……だろうな。で、モチって何」

 単語のイントネーションがおかしいのはしょうがないだろう。北欧人にとって日本語のアクセントは難しいと言われているのだ。ロゼッタだって正しく発音できない。

「餅って言うのは日本の食べ物です。正月……ハッピーニューイヤーですよ! に食べるものだそうです。お米……ライス……って言ったら分かってくれます? 専用のライスを搗く……潰すんですよ簡単に言えば……と餅になるらしいですね」

 興味を持ったのでその“餅”とやらを食べてみることになった。

 皆で食堂に行って、シャオメイが餅を持ってくるのを待つ。さすがに一から作ることは出来ないのでインスタントのを使うらしい。そのインスタントがどういうものなのかさっぱり想像がつかないのだが、とにかくそういうのがあるのだろう。

「なんでこんなに空いてるんですかね」

「ハッピーニューイヤーだからだよぉ」

「もう一月の下旬なのに?」

「……、知らないよ〜。突っ込まないでくれるかなー? でも、たまにはいいんじゃないのぉ? 冬はトループも活動しにくくなるし、クリスマスは聖神、バレンタインも聖神が掲げられるからね〜」

「もっとあるだろ。クリスマス前のアドヴェントも、イースターも、その前の受難週もだろう?」

 イースターというのは、イエス・キリストの復活を記念する日のことだ。アドヴェントはキリストの生誕を祝う準備の節とされ、クリスマスの四週間前からを指す。受難週は……そのままの意味だ。キリストの受難を記念して祈る週とされている。

「あぁー、細かいことはいいんだよっ。だいたいどれもクリスマスーとかイースターとかっていうくくりに入っちゃうんだからさー」

「そ、そうですか……」

 そんな会話をしていると、シャオメイができあがった餅を盛った皿を持ってきた。

 さらに並べられたそれは、白くて円形で、ベトベトしていた。

「今回は茹でてみました。他にも調理法はあるんデスヨ。しるこの中に入れたり焼いたり……とか」

『しるこって何』

 三人は同時に同じことを頭に思い浮かべたが、口には出さなかった。

 餅は全部で十二個あったので、一人三個ずつ食べることになった。

 まずは何もかけずに一口食べる。

「……なんか、プラスチックみたいな味ですね」

「……何ソレ」

「むしろ発砲スチロールみたいな味だろ」

「だからどんな味なのそれ! 食べたことないでしょ!? えー、でもボクは、これおいしいと思うけどなぁ」

「味、ないデスカ? 藤原さんは砂糖かけて食べてましたけど」

 と、シャオメイが教えてくれたので砂糖をかけてみる。

 適度に甘くていいとロゼッタは思ったが、他の二人はそうでもないようだ。

「味ないですね……」

「後は醤油とかをかけたりするんですよ。海苔で巻くのも有りだそうですよ」

「ソイ・ソースだよ! 海苔は海藻!」

 口を開きかけたレインに向かって、ロゼッタはそう言った。

 ミキが机に乗っているジャムの瓶に手を伸ばす。

「……えっと、ミキ〜?」

「ん?」

 気にも留めていないのか、ミキは苺ジャムを餅の上にのせた。

「何やってんですかミキさん!」

「え、いけないのか?」

「いけないもなにも……。なんで餅にジャムなんですか! スコーンやクラッカーとは違うんですよ? 普通ライスにジャムかけますか!」

「味がないからいいだろ。パンと一緒だよきっと。ほら、どっちも炭水化物だし」

 シャオメイが止めるのも聞かず、ミキはジャムを塗った餅を食べた。

 ……合わないことは無いと思うけど。

 呆れ半分、心配半分でロゼッタは心中で呟く。

「あ、意外とおいしいよ。少なくとも味無しよりはいい」

 その言葉にシャオメイが呆れ、レインは笑った。

「クリームとか塗ってみたらどうですか? バターとか」

 レインの発言に、ロゼッタは餅を齧りながら口を開いた。

「やめときなよぉ。それはクリームそのまま食べてるに等しいよ? バターライスとかクリームシチューをかけたご飯はおいしいけどねー、上に塗るのは……ッ」

 急に頭に激痛が走った。

 頭痛にしては大きく、鋭い痛みに襲われる。

 頭そのものが割れたんじゃないかと錯覚する程の痛みに、体がグラリと傾いて、床に落ちる。

「ロゼッ……!?」

 最後に、ミキの声が聞こえた。




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