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6 BLOODY X'MAS~血まみれのクリスマス~(7)

 ボクには、石がない。


 ボク自身が、“夢の核”。


 その言葉の意味が飲み込めなかったのか、レインは僅かに首をしかめた。

 じゃあ、今までどうやって武器を復元してきたのか? そう聞きたいのかもしれない。

 それでも、血を吐きながら途切れ途切れに喋るロゼッタの体力を無駄に削ってしまわないようにという配慮の下なのか、レインは口をはさまなかった。

「…………、……ボクは、普通の人、じゃあないみたいで……ね。存在値、が、低いの……。自分自身……つまり“夢”が、身体と上手く混ざり合ってない。人の端くれ……だからかな……。ボクは“夢”と“身体”に分かれることが、できるの。そうすると……、血も、肉……も持たない……、具現化した、“夢”になる訳だ、から…………。一種の無敵状態になれるんだ。でもね、それは……代償が、大きい……。ボクの存在値が、下がる……“夢”だけになっている、時間と……比例して……

 息を大きく吐き出して続ける。

「……下手すれば、“ボク”は消える。で、も……しょうが、ないよね……」

 ロゼッタはそう言って、目を閉じた。

「イリンドームさん!?」

 ロゼッタの全身がほのかな光を放ち——。

 その中から、全く同じ姿形のロゼッタが出てきた。

 分かりやすく言うなら昆虫の脱皮のように、身体を捨てて“夢”が出てきたのだ。ただし怪我はしていなかった。本物の身体と全く同じ形をしていて、同じ物を身につけていて、そして色素が僅かに薄く、ほのかに発光している、そんな“夢”の塊。

「これが、ボク(・・)。これから狩りに行ってくるね。ミキ達は大広間の外にいる?」

 呆然としながらも、レインは頷く。

「そう……、レインもついてきたければついてきていいよ。見せてあげる——ボクが何で、史上最強の“姫”って呼ばれてるのか、理由を、ね?」

 そう言って、ロゼッタはベットから飛び下りた。



 ミキが止めるのにもかまわず、ロゼッタとレインは部屋に入った。諦めてシャオメイとミキも後に続く。

 倒したのは四体だけだ。残りは三十六体ぐらいだ。

 いくら経験があるとは言え、ミキやシャオメイが相手にできるのは数が限られてくる。しかも一斉に襲われたら何もできない。

 レインは使い物にならない。

 つまり、今トループと対等に渡り合えるのはロゼッタだけなのだ。

「……アレ、オカシイナ。ソコノ女サッキマデ死ニカケテタノニ」

 誰からも顔をそらさず、ロゼッタは力を解放した。

 いつものあの爽快感がやってくる。

 隣でレインが息を呑んだのが分かった。

「ん? あぁ、ムカついたから生き返ったのさ」

 手加減したら本当に死ぬ。自分も、ミキも、レインも、シャオメイも——。

 ここは力を全て出すところだ。

 ロゼッタの両手に細い二つの剣があらわれた。

 その柄から金色の蔓のようなものが伸び、ロゼッタの腕に絡み付く。そこから同色の葉が生えてきた。

 最優先事項は?

 レギオンの殲滅。そして死なない、死なせないこと。

 それなら、何にもかまわず、思いっきりやれ。

 自問自答してから、ロゼッタは嘲笑を口元に刻んだ。

「さぁ思い知れ! ボクの力をっ」

 床を蹴り、一気に間合いを詰める。

 次の瞬間、三体のトループから血が上がった。

 的の動きに合わせて、ロゼッタは床や宙に移動する。

「シャオメイ! 投げろ!」

 ロゼッタを後ろから襲おうとしていたトループに銃弾の雨を降らせて、ミキはそう叫んだ。

 合計八本のファインティングナイフを指に挟んで、

「言われなくても分かってますよミー君」

 シャオメイは早業でそれらを投げた。寸分違わずそれらはトループに突き刺さる。

 ロゼッタは情け容赦なく二剣を振り回す。彼女が通ったところからは、数秒遅れて血が吹き出した。

「チッ」

 一体のトループと鍔迫り合いになった。堕天使に負けないように力を込める。

 その天使の鎧に映っているロゼッタの顔は……、普段と違っていた。

 左頬には、耳の付け根から鼻にかけて黒い模様が現れていた。先に向かって細くなっていく線をベースに、そこから数本の曲線や曲がった直線が枝分かれに伸びていた。

 そして双眸の色は、いつもの黒ではなく——それどころか、もはや人間が持っていい色ではなかった。

 怖い程澄み切った真紅の瞳。まるで高価な、透明感あふれるルビーをそのまま埋め込んだかのような瞳。レインのその目よりもずっと濃く、澄み渡っていて、人間らしさが皆無の大きな眼玉。

 見ていると悪寒の走る様な不自然な色と光をたたえた瞳は……。

 まるで、


 トループの眼(・・・・・・)のようだった(・・・・・・)


「ソノ目……」

 最後まで言わせる気はない。いちいち言われるとさすがに苛立ってくる。聞き飽きた。皆が全員同じフレーズを繰り返すからだ。

 鍔迫り合いになったままのトループをもう一方の剣で斬り殺して、ロゼッタはボソッと一言呟いた。

「よく言われるけどさ、ボクは『一応』人間だからね」

 ステップを踏め。踊るように。

 血を巻き上げろ。ドレスのように。

 この、目の前の敵を、壊せ、殺せ、滅ぼせ。

 薄汚い堕天使の間を踊るように縫って進んで、その先でロゼッタは剣を思うがままに振り回した。

 後方から投げつけられたナイフが、ロゼッタの背中に刺さる。

 が、今のロゼッタは実体化した“夢”にすぎない。ただの武器で、ただの殺戮兵器だ。それにトループはハンターの“夢”を食べることはできない。“核”という種があるからだ。

 血肉を持たないのでロゼッタは何も感じない。痛くもない。ただ、どうしようもない不快感に襲われる。今のロゼッタは“心”そのものだ。他人に晒さないそこに異物が侵入してきたら、誰だって気持ち悪く思うだろう。

 ロゼッタは分離するのが嫌いだ。

 確かに楽しいし、楽だし、身体が軽いのは動きやすくていい。けれど、身体を捨てて“夢”だけになるということは、語弊があるけれども言ってしまえば神経を剥き出しにした状態になる。

 だから全ての触感が……例えば、トループの鎧を断ち切る感触が、全て手に、身体に、頭に伝わってくる。鎧の表面を鋭利な刃の端が削るのも、パキンと得体の知れない金属が割れる瞬間の手が痺れるような感覚も、堕天使の体を切断するときの、あの肉を素手で触ってちぎっているかのような感覚も、すべてが伝わってきて——気持ち悪いからだ。

 後ろに手を伸ばしてナイフを引き抜く。

「今ボクにこれ投げつけたの、誰?」

 誰も答えず、その代わりに堕天使が五体、一斉に襲いかかってきた。

 何も当たらないのにどうやってロゼッタを傷つけるのか。それは、ただひたすらに攻撃し続ければいいだけの話だ。武器が壊れるまでやり続ければいい。最も、そんなことさせないが。

 素早い動きでロゼッタは的確に急所を狙う。

 トループが突いてきた槍を受け流して、もう片方の剣で斬りつける——が、槍でガードされた。

 六期はしつこい。体力が多く、体に蓄えた“夢”も少なくない。三分の一をアリスに献上しているとは言え、たくさんあるのだろう。おまけに戦闘能力も格段に上がっている。

 トループが放った拳に飛ばされ、壁にぶつかるぎりぎりのところでロゼッタは止まった。

 手のあいたミキがすかさずその天使を打ち抜いた。

 堕天使の注意がそれている間に、ロゼッタは刃をそいつの胸に突き刺した。

「先輩、後ろがガラ空きですヨー」

 シャオメイの投げナイフがロゼッタの背後にいたトループに刺さった。

 床一面血まみれだ。

 一番激しく動くロゼッタの足跡だけがくっきりと見える。

 一歩踏み出す度に小さく血が跳ねた。

「疲れたなら少しぐらい休んでいいよ」

 息を切らしたミキに向かって、ロゼッタはそう言った。

「……いい。まだ大丈夫だ」

 さっさとしないとロゼッタの存在値がどんどん減ってしまう。だからミキは休もうとしないのだ。

 存在値とは、文字通りの意味を持つ。

 通常の生命体の存在値は二百パーセントある。これは揺らぐことのない決まった値だ。

 現に存在し、他の物と関わり、誰かのちょっとやそっとの願いで消滅することのない値が、二百パーセントなのだ。

 零パーセントは言わずのこと、どこにも存在していないということを示す。なお、何かが死んだり絶滅したりしても、彼らを覚えている人がいる限りゼロにはならない。

 基準は二百パーセントだが、もちろん百パーセントしかないのもある。

 この世には実在しないが、存在だけはあるモノがそうだ。例をあげるなら小説の中の人物や、二次元キャラクターなどがある。

 そしてそれは、たった一人の願いで潰すことの出来る物だ。

 ロゼッタの存在値は安定しない。

 二百パーセントになることはないが、百パーセントになることもない。

 理由は————、まだ仮説だが、ないことはない。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。それは、あまりにも“身体”という“器”から“夢”が離れていると消えてしまう可能性があるということだ。

「別にボクは消えたりしないけど」

 そう言いながら、ロゼッタは剣を振り続けた。


◆◆◆ † ◆◆◆


 全てが片付いたのは一時間後だった。

 床は血の海と化していたが、重傷を負ったのはロゼッタの身体だけだった。

「それじゃあ、ボクの血痕の始末はレインがやってくれるのぉ?」

 “夢”の血は元に戻せても、当然ながら人の血はそうもいかない訳で、床にはべったりと血の塊が付着していた。

「……結構派手に散ってますけど、僕の責任なんで」

 天井にまで届いた血飛沫の痕を見上げて、レインは答えた。

 床にも大きな血糊が貼り付いていて、ロゼッタがトループを斬ったときにまき散らした血もたくさん残っている。

 よくもまあこれだけ出血したのに生きているなぁと、ロゼッタは他人事のように感心してしまった。

「ロゼッタはさっさと戻れ。……まったく、皆からもう分離はしないようにって言われてるのに」

 溜息を吐いて、ミキはロゼッタの手を引いた。

「……お前、また眠ることになるぞ……」

「んあ〜、それは嫌だなぁ…………」


 身体の中に戻った後、腹部の手術に使った麻酔の影響も含めてかなり眠り続けた。

 レインは血痕始末に三時間かけた。

 保護系統の武器を持つ者は、後日、弱者も強者も支部本部総出で結界を張り直すことになった。

 こうして——血塗られたクリスマスは幕を閉じた。


◆◆◆ † ◆◆◆


 レインは自室に戻ると、ベットに倒れ込みそうになった。が、寸前で思いとどまる。

 今自分の体からは血の臭いがすごくするのだ。その臭いがするだけあって、服は血まみれである。後始末をしたのも理由だが、自分をかばってロゼッタが怪我をしたときの血も当然浴びた。

 仕方なしに、重い足を引きずって浴室に入る。

 温かいシャワーを浴びながら、自分が見た光景を思い出す。

 ロゼッタが“分離”したことをどう理解すればいいのか分からない。

 シャオメイは人形兵器だと思えばいいですよと、あっさり答えてくれたが納得いかない。

 自分で解決しろよと言いながら、彼女は「あれは先輩の“夢”です。もちろん身体は持っていませんけど、姿形は一緒です。だから先輩の本質だとかって思えばいいですよ」、とアドバイスしてくれた。

 だがレインにとってはそれも難しかったので、シャオメイは例をあげた。

「貴方こんなことすら分からないなんて……! じゃあこう思えばいい。先輩の身体は着ぐるみ。それを脱げば中身、つまり“夢”が出てくるの。果物だったら蜜柑や林檎です。中身を守ってい皮だと思ってください」

 しょうがないから、そう思うことにしてみる。

 そして…………ロゼッタとトループの戦い。

「あれはもう、異世界だとしか思えないな……」

 あれは、ロゼッタは、ゲームで言うなら間違いなくチートキャラだと言われるだろう。

 常識を超越したスピード、人間はこんな域にまで到達できるのだろうかと思える程の破壊力。無駄な動き一つなく、相手に隙を与えず斬り崩していく。

 ……あれぐらい強くないと、アリスには勝てないのかな。

 頭の中で様々なことがぐるぐると回る。

 ロゼッタに怪我させたこと、分離のこと、レギオンのこと、そして——、自分の剣について。

 ただ少し傷ついただけで諦めただなんて恥ずかしい。

 ロゼッタは腹を斬り裂かれたのに、それでもまだ戦うことをやめなかった。弱音も吐かず、その強靭な意志だけで体を動かして…………。

 昔、義父に“つまづいたら初心に戻れ”と言われたことがある。

 自分がゴットハンターになろうとした理由を改めて思い出す。

「……明日から頑張らないとな」

 そう呟いて、水道の栓を捻った。




 光のない闇に包まれた部屋の中に、白い衣装を纏った少女が立っていた。

「……以上です」

 何も見えないところから、光る水晶玉が転がってきた。布でも垂れているのだろうか。

 少女は両手で水晶玉を拾った。

「…………」

「マスター?」

 どうしたのだろうか。普段はすぐに返事をしてくれるマスターが、何も言わないと不安になる。

「マスター……?」

「……、……この子で合ってるよ」

 水晶玉が転がってきた方から声がした。

「マスター、喋れるようになったのですね」

「うん。まだちょっと危ういけど」

「そうですか」

 何かが折れる音がして、誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 別の誰かの小さな声が何かを言って、形容し難いおぞましい音がした。

「……あの瞳も、髪も、顔も、間違いないよ。ただ僕を見ても何の反応も示さなかったのはどうしてかな」

 白衣の少女は顔をあげた。

 青い服を着た別の少女がやって来たからだ。

「マスター、そのことについて分かったことがあります」

 その少女が判明したことを言うと、マスターは怒りをあらわにした。が、すぐにいつもの調子にもどる。

「……そう、よく見つけてくれたね。それじゃあ計画通りに」

 二人の少女はおじぎして、部屋から出ていった。



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