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6 BLOODY X'MAS~血まみれのクリスマス~(6)

「はい坊や、メリークリスマス」


 青い目をした群の中で、ただ一体だけの五期がそう言った。

 目の前には、鈍色の鎧を身に纏った、くすんだ色の羽を広げる不気味な外見の、堕ちた天使の群が——トループのレギオンが……。

 どうして……ここに、トループがいるんだ……!?

 現実を受け入れ難い脳に反して、本能はしっかりと理解していた。理解もしたくないことを。

 ——このままでは殺されてしまう。

「コレ以上行ケナイ。ドウスル? ココニハリコムノカ?」

「そう言う訳にもいきませんよ。我々の目的は、買い主の探し物を確かめることですので。ついでにゴッドハンターも殺せたらいいですね」

「つまり、そこの少年、あなたも殺すということですよ」

 膝がガクガクと震える。

 表情に、諦めと絶望と恐怖と、そして覚悟を混ぜ合わせた、今にも崩れそうな笑みじみたものを浮かべて、レインは立ち上がった。

 何がメリークリスマスだ。血まみれの(ブラッディ)クリスマスの間違いじゃなのか。

 剣を復元する。

 自分を信じることはできない。きっとすぐに死ぬだろう、間違いなく。

 輝きを失った剣を構えて、レインはトループ達を見据えた。



 ロゼッタは地上の屋敷の中を走っている。

 “夢の核”がうずく。

 間違いない。この膨大な気配は、殺気は、レギオンのものだ。それもほとんど全部が六期の群だろう。

 気配が閉じ込められている大広間が見えてきた。

 自分の“夢”の武器を復元しつつ、勢い良くその扉を開ける。

 派手な音に中のモノが反応する前に、一番近くにいたトループに斬りかかった。

 背後からの攻撃を予測していなかったその堕天使は、いともあっさりと消えていった。

 返り血を浴びたロゼッタは、小さな気配の源を探す。

「イリンドームさん!?」

 声が上がった方を見る。

 悪い予想が的中した。

 ——今にも折れそうなしなった剣で、レインは五期の斧を受け止めていた。

 こんの馬鹿!

 心中で罵倒しながらロゼッタは飛び上がって、そのトループを問答無用で薙いだ。

 血はレインにも降り掛かる。

「どうして…………」

「いいからお前は端に寄っとけ!」

 何時になく鋭い語気のロゼッタに、レインは立ちすくんだが、やがてトループのいない部屋のすみに移動した。

 四十体程の六期トループが目の前にいる。

 今まで多くのレギオンを狩ってきたが、ここまで構成人数の多いものは初めて見た。

 改めて、討伐してもしきれない程トループは多いのだということを思い知らされる。

 しかも今は十二月、つまりは聖なる月だ。何でこんなに活発な動きを見せる?

「ちょっと聞いてい〜い? どーやってここに入ってきたのぉ? ここは何層も結界が張ってあるんだけどなぁ」

「クククッ。ここにはいないお方の力を借りたのだよ小娘。しかしこれ以上結界は壊せないのだよ……」

 ……アリスか。

 力を解放するよりも早く、ロゼッタはトループに投げ飛ばされた。

「がはっ!?」

 壁に激突した頭から血が出る。

 鋭い痛みと鈍痛を混ぜ合わせた激痛と、ぶつかった衝撃に目眩がする。視界がチカチカしている。

 ぬるりとした生温かい液体が顔の左を伝う。

「イリンドー…………」

「下手に手を出したら殺す!」

 動こうとしたレインに、ロゼッタは大声で怒鳴った。

 三期とすらまともに闘えない人が六期と闘えるはずがない。戦ったら、言わずとも結果は悲惨なことになる。

 ふらつく足下を気丈な精神だけで支えて、ロゼッタは一気に力を解放した。

 こんな大群相手に楽しもうだなんて、甘っちょろいことは考えてはいられない。死ぬのはご免だ。

 頭痛すらも忘れてしまうほどにのびのびとした爽快感がくる。

「アァ、ソノ目……、シカト見マシタ。買イ主様ノ言ウ通リデスネ」

 ……かいぬし?

 気にはかかるが、今はそんなことより目の前のレギオンに集中しないといけない。

 襲いかかってきた堕天使と鍔迫り合いになる。

 と、後ろから殺気を感じてバッとロゼッタは身を捻った。

 鋭い刃がスカートの裾を切断した。

 一対一ならまだしも、相手は何してくるか分からない。トループに騎士道精神なんてものはないのだ。

 チッと舌打ちしながら、後ろから襲ってきたトループの胴体に剣を叩き込む。

 さすがに六期にもなると、一体倒すのにも時間がかかってしまう。

 これは人目云々行っている場合ではない。

 同じ隊なのにレインには何も言っていないが……ここは…………。

「アナタ、今本気出シテイマセンネ?」

「!?」

「アナタハ死ヌコトナイデショウガ、ソコノ少年ハドウデショウネ?」

 悪寒が背筋を這い上がった。

 ロゼッタは振り向き様にそいつを斬り倒した。

 何も知らない人が近くにいるとやりづらい。顔を見られないようにして叫ぶ。

「レインっ! せめてボクに迷惑かけないぐらいに動きなよッ、何もしないのも邪魔だって分かんないのさ!?」

「無駄ですね、あの少年もうすぐ死にますよ」

 ちらりと見ると、レインに向かって剣が振り下ろされようとしていた。

 呼吸が一瞬止まる。目が見開かれているのは自分でも分かった。

「しまっ……た……」

 自分が相手していた堕天使を放り出して、ロゼッタは全速力でレインとトループの間に入ろうとする。その間に力の放出をやめた。

 一気に暗くなった視界の端のレインに向かって手を伸ばす。

「レイン……ッ」

 ————間に合え!

 思考が現実に追いついてなさそうなレインを突き飛ばして、無理に体を捻って正面をトループに向けた。

 次の瞬間——。

 肉を斬り裂く嫌な音がした。

 血飛沫が盛大に上がる。

 小さな赤い球体が、室内の照明に照らされてぬめりと光りながら、宙に弧を描く。

「ああああああぁあぁああアアあぁあああああっ!」

 許せない。許さない!

 ロゼッタはそのまま飛び上がって、血をまき散らしながらそのトループを縦に真っ二つに斬った。

 着地に失敗して、膝をつく。

 床に広がりつつある血溜まりの中に手をついて、

「げほっ。……が、……はあ、はぁ…………」

 血の塊を吐いた。

 ビシャビシャッと、気味の悪い湿った音が耳朶を打つ。

 黄色のドレスに血が広がっていく。止まらない。繊維が吸いきれなかった血が床に落ちる。

 傷口が熱い。熱を発していて、その熱さと表現しきれない激痛に脂汗が浮かんだ。

 服という異物が呼吸のたびに剥き出しの傷口をこする激痛、本来繋がっていないといけない肉を斬り裂かれたこの痛み。痛神経なんてなくなればいいのに。死んだ方がずっと楽なのに。そう強く思う瞬間が、今。

 片手をぬめぬめと滑る傷口に当てて、無駄な行為だと分かっていても止血しようと試みる。だんだんと冷たくなっていく手に、怖い程熱い血が溜まって、指の隙間からぼたぼたと落ちていった。感覚のない指にあたる、気味の悪いこの感触。表皮? 肉の断面? それとも、もっと奥の、内蔵……? 

 凄まじい勢いで流れ出す血に目眩がする。

 室内に一気に、独特の鉄臭さを持つ血の臭いが充満した。

 そのどす黒い赤い液体と、うずくまって動かない少女に堕天使共が歓喜に沸き上がる。

「イリ……ン、ド……ーム……さん?」

 感情をなくした機械のような声が聞こえた。

 ロゼッタの血に靴を汚して、レインが横に跪いて、そっと手を伸ばしてきた。

 口に当てた指の隙間から吐いた血を零しながら、ロゼッタは何重にも輪郭がぼやけるレインを見上げた。

「血、に……ちょくせ、つ……触、ない、方……がい……」

 別のトループが攻撃しようとしてくる。

 下手に動いたら臓器の一つや二つ失われてしまうだろう。

 だが、今自分にできるのは盾になることのみだ。

 ——レインを、死なせるな。ボクは、隊長だろう?

 そう思ったとき、

「させるかッ」

 聞き慣れた声が飛んできた。

 かすみ、歪む景色の中、二人の人影が飛び込んでくるのが見えた。

 二体のトループに軽い怪我を負わせて、その二人はロゼッタ達に駆け寄ってきた。

「ロゼ……ッ」

 ミキとシャオメイだ。もう輪郭すらぼやけて見えない。

 景色が歪んで、色めき立つトループが濡れた紙に落とした一雫の絵の具みたいに滲んだ塊になって見える。自分の目には、きっと光はないのだろうと、ぼんやりと薄れゆく意識の中で思った。

「これいけないデス! 危ないですよ!」

 緊迫した声でシャオメイが言った。

 長いトンネルの先から聞こえてくる反響音みたいに、その声は気持ち悪くロゼッタの耳に届いた。

「一旦退く」

 ミキがロゼッタを抱き上げた。その動きに激痛が倍になった。思わずうめき声をあげてしまった。

「……ボクが……、退く……? 負、けた……?」

 そして、目の前が真っ暗になった。


◆◆◆ † ◆◆◆


 まず最初に見えたのは、白い天井だった。

「……気付くの、早くないですか?」

 次にレインが見えた。何故か知らないが頬に氷水を入れたビニール袋を当てていた。

 口を開こうとしたら、血糊が出てきた。舌の上にきつい味が広がった。

「喋っちゃ駄目ですよ! 医療班が行ったのはあくまで応急処置ですから」

 レインの話によると、ロゼッタは腹を綺麗に斬り裂かれたのだそうだ。当然臓器も傷ついている。死ななかったのは自分自身の自己治癒力のおかげ……、らしい。

 唇だけを動かして、ロゼッタは言いたいことをレインに伝える。

『今どうなってるの』

「……トループと戦える人がいないので、保護系統の人達が部屋に閉じ込めてます。六期をあんなにたくさん一遍にやれるのは、団体じゃないと難しいって言われました。クリスマスなので人員不足で戦えないそうですよ」

『その頬』

「あぁ、これですか。ユリニアさんに殴られました。……ごめんなさい、僕のせいで……っ」

 ロゼッタは溜息を吐いて、瞼を下ろした。

 体中に鈍い痛みが広がっている。だが、これぐらいの痛みならできるだろう。集中できない程の痛みではない。意識が揺らいでいる訳でもない。ちゃんと鮮明に覚醒している——これなら、大丈夫だ。いける(・・・)

「ボクは……、これから切り、札を使うよ……。驚か、ないでね……。……ボク、は、普通のハン、ターじゃあ……ないの。

 ボクには、石がない(・・・・)ボク自身が、(・・・・・)“夢の核”(・・・・・)。身体、は、ただの器に、すぎない…………」


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