6 BLOODY X'MAS~血まみれのクリスマス~(5)
「……あの、イリンドームさん? ダンスって……ワルツ、とかですか?」
「……何でそんなに顔が白いの? 何か怖いよボク。えっとね、はじめの二、三曲はワルツとかそういうのだよぉ。で、四曲目から現代的な曲になるよぉ。何て言うの? ポップとか?」
「じゃあ僕、後半全然踊れないです」
「普通は逆でしょー。まぁね、ボクも後半踊れるか怪しいんだけどさぁ。いつも相手に引っ張られてる感じかなぁ」
楽器を持ったサポーターがツリーの下に集まっている。大きな木の下では、小さな人形にしか見えない。
「……あの僕、壁の花決め込んでいいですか?」
ロゼッタはおもしろそうに目を細めてレインを見た。
「ん〜? 駄目だよぉ」
そういうと、溜息を吐かれた。
一曲目から踊らないというのはマナー違反というものなのだ。
数少ない人々がペアを作り始める。
「どうする? ロゼ、最初っからか?」
「久しぶりだからシャオメイと一曲どうぞ? ルーシーとシャンデットはいつものことかぁ」
「じゃあロゼッタは」
「そぉ、ここの引きこもりとだよ〜」
レインはまた溜息を吐いた。
足踏んでも知りませんよと言われたので、大丈夫だよぉ、踏んだらナイフで刺すからー、とロゼッタは応じた。
「じゃあメーちゃん一緒にするか」
シャオメイは顔をむくれさせて、その呼び方やめてくださいと、大声で言った。
「めんどくさい。今さら言われても困るから」
「メーちゃんじゃありませんシャオメイです! 私にニックネームなんて必要ないのデスヨ!」
「いいだろメーちゃんで」
「じゃあミキさんはミーくんですか」
「…………」
沈黙するミキに、ロゼッタとレインは失笑した。
気恥ずかしいのかミキはそっぽを向いて、じゃあシャオメイで、と呟いた。笑われたのが恥ずかしいのだろう。
踊っているときにぶつからないようにお互い少しの間をとる。
「ワルツはやったことあるんでしょー?」
「ええ。……アーサーのお母様が息子の練習相手にメイドなんて穢らわしいわなんて言って、代わりに僕をつけたんですよ」
「なら大丈夫だよぉ」
そんなことを話していると、曲が始まった。
楽しい雰囲気の曲だが、テンポはゆるやかでとりやすい。
ルーシーやシャンデットのような貴族の出——幼少期よりダンス等を習わされていた人以外の人達はぎこちなく動き出す。
「ダンスなんてねー、くだらなくてしょうがないよ」
馴れた動きでロゼッタはくるりと回った。流石に何年もやり続けていると馴れてしまうものだ。
「何でこんなのがパーティーに入ってるんですかね。普通の家庭的なパーティーでいいと思いますけど」
「まあ楽しいからいいんじゃないのぉ? ……あーそうだ。さっきアーサーのお母さんー? ボク見たことないけどあのときいたの〜? ほら、レインが逃げ出したとき」
そう問いかけると、レインは顔をくもらせた。
回る景色の中に、ミューラがサポーターの足を踏んでいるのが見えた。
「……いえ、フィリーアが死んだ三年後に亡くなられました。一時は継母がいましたがすぐに離婚されましたよ」
「フィリーアって、あの……」
そこまで言って、ロゼッタは口ごもった。あの日記の中身を思い出して寒気がしたからだ。
「ええ、アーサーのお姉様ですよ。同じ親から生まれてきたのにあそこまで違いがあるなんて」
「んー、それは性格? それともルックス?」
「両方です」
にべもなく即答するレインに、ロゼッタは笑みを漏らした。
「へぇ、アーサー・シャーリングの悪口は言わないのに、その坊ちゃんが大事に思う姉には言うんだぁ?」
「フィリーアは僕の知り合いではありませんし、仕えてる人でも義姉弟でもないですし」
だからって悪口は言っちゃあ駄目だよ〜なんて、偽善めいたことは言わない。ロゼッタだって、この人生でどれだけの人を呪い、悪口を言ってきたか……数え上げたらきっと天文学的数字になるだろう。
「でもさぁ、アーサーが、フィリーアはレインとノアシュタインの養女に殺されたって」
「知りませんよ。人違いじゃないですか? この世に自分と瓜二つの人間は三人いるって言うじゃないですか」
「え〜、そうなのぉ? でもそれはこの広〜い世界のどこかにいるってことでしょ〜? 一つの国に二人なんて、しかも同じ屋敷にって凄い偶然だよねー。しかも銀髪赤目の人なんてそんなにいないと思うけど〜」
少ない訳ではない。銀髪赤目の人は結構いる。……ただ、この世界にはそんなにいないというだけのことだ。
「…………」
二人の横をハンターのペアが通り過ぎていった。
自分の“夢の核”は強いだとか、この前倒したトループがどうだとか、そんなことを話している。
「……最期にあばれだすでしょ、アレ。もう本当に大変だったのよ。でも難なく斬っちゃったわ……」
「そうか、俺は……」
記憶が間違っていなければ、二人は極小の隊のメンバーのはずだ。小さいくせに、そして大して活躍もしてないくせに、偉そうに言うのが癪にさわる。
そんなことを思っていたせいで、ロゼッタはレインの顔から一切の表情が消えたのに気付かなかった。
「この曲終わったら、壁の花になります」
「えー、上手なのにもったいないー」
下手と言っておきながら、レインは上手だった。
さすがメイドの代わりと、心の中で茶化す。
「嫌ですよ」
「いつかみたいにハートの奴らに愛想売って、最終的には冷たく突き放してストレス発散させてくればぁ?」
「……それ、いつの話ですか」
「レインが脱走する前の話ぃ」
「人聞きの悪い言葉使わないでください。……それもいいですけど、気が向いたらの話ですね」
最後に微笑みを浮かべて、レインは言った。
二曲目はミキと組んだ。
ルーシーはシャンデットとずっと一緒にいる気らしい。シャオメイはイフェンと組んでいる。
そしてレインは、キャシーと組んでいた。ロゼッタがおもしろ半分に言ったことを実行するらしい。キャシーは喜んでいるが、レインの目は笑っていなかった。
「なぁロゼ、あいつ、なんでハートなんかと一緒にいるんだ?」
「それはね、ミキ。レインはああ見えてサディストだからだよ〜」
「……そうか」
テンポの早い曲が流れ出す。
「いい加減馴れてくるよな。毎年のことなんだし」
「そうだねー。でもミキは、相変わらずボクの実力には慣れないね」
「慣れる方がおかしいだろ。そんなのいたらここ崩壊するぞ」
確かにロゼッタと本気でやり合ったら、建物の一つや二つ壊れてしまうだろう。
「いたよぉ、ノアが」
ロゼッタがクスクスと笑いながらそう言うと、ミキの表情が固まった。
ノア一族、ソンブル人。
彼らは超人だ。それがハンターになったらどれだけ強くなるだろう?
「……ノア、か。嫌なこと思い出すな……」
ノア一族はもういない。もしかしたら生き残りがいるかもしれないが、今のところ純血は確認されていない。
だからロゼッタは「いた」という過去形で言ったのだ。
昔与えられた任務の内容を思い出してか、ミキは顔をしかめた。
「ほんと、惜しいのをなくしたよな」
「そうだね〜」
そんなことを喋りながら踊る。
しばらくして、ミキがそう言えば……と思い返したように口を開いた。
「どぉしたのー?」
「いやさ、この間ロゼッタ骨折しただろ? レギオンの相手して。そのときに俺、レイン追いかけて行ったの忘れてないよな? ……胡蝶の人に殴られてるとき、あいつがあいつじゃないように見えた」
紳士的な笑顔のままでキャシーの足を踏みつけているレインを見て、ミキが言った。
「?」
「なんか獣じみていたというか……、雰囲気が全然違ってた」
レインには半生の記憶がない。
シャーリング家の養子になるまで自分がどうしていたのか覚えていないのだと言う。
ノアシュタインに仕えていたとシャーリング家の当主が言っていたので間違いないのだろうが、自分の本当の名前すら分からないらしい。
「……何なんだろうね」
ロゼッタはぼそっと呟いた。
三曲目から、レインは宣言通り壁の花になった。
もっとはっきり言うならば、二曲目の途中でキャシーを放り出したのだ。嫌悪感に堪えるのに限界がきたらしい。
今キャシーはレインを探している。
あれだけ踏まれたのにこりないのかと、半ば呆れた。
次の曲のために体力温存と休憩をしている人も多い中で、大して力のない人が一人の少年を探しだすのは大変だろう。
休憩中で、踊っている人が少ないだけいい方かもしれないが。
自分のツインテールが回りきる前に、ロゼッタは端の椅子に腰掛けるレインを見つけた。
横のハンターと話している。
聞き耳を立てると、トループの話をしていた。
相手の自慢話や、成功した戦略の話の一言ごとに、レインの表情が暗くなっているのは気のせいなのだろうか。
さして気にせずに、ロゼッタはそのまま踊り続けた。
◆◆◆ † ◆◆◆
倒れた二人の人間を隠して、白い衣装を身にまとった少女は後ろを振り返った。
「リース、ピナ、あなた達本当にいいのですか」
「はい、マスターが必要としているのなら」
リースと呼ばれた少女が進みでた。
「私は建物までをしますので、ピナはそこから先をして下さいね」
淡々とした口調がでリースはそう言って、手を前に差し出した。
バチバチバチッと、何かが弾ける音がした。
リースの手にひびが入り、黒く焦げた。
「……意外と強力ですね。でもこれで一層なくしました。前進します」
泣きそうな顔をそむけながらそう言って、リースは進み続けた。
数メートル進むごとに、体が壊れていく。
今や服の半分は灰となり、晒したくない肌があらわになる、右腕はなくなり、両足は今にも崩れそうな程ぼろぼろだ。そして顔の半分は表面がなくなっていた。
マスターがくれた身体がなくなっていくのはすごく悲しい。
あと少しだ。
バチッ。
左腕が崩れ落ちる。胴にまでひびが入った。
「ピナ、後はよろしくお願いします」
そう言ってリースは、最後の一層に取りかかった。
目に見えない層が壊れると同時に——、リースは消えた。
◆◆◆ † ◆◆◆
五曲目を踊っていると、急にキャシーが近付いてきた。
「ねぇそこのおチビさん。レインがどこ行ったか知らないかしら?」
「……お前まだ引きこもり探していたのか……」
ミキが呆れて言った。
「レイン〜? レインならさっきそこに……」
そう言いながらロゼッタは端の椅子を見た。が、レインはいない。
「……いないじゃないの。どこ探してもいないからもうあきらめようかしら……」
キャシーはぶつくさと文句を言いながらどこかに行ってしまった。
自分の部屋にでも戻ったのかなぁ。
邪魔が入らなかったかのように踊りを再開する。
その途端——。
ゾクリ。
ロゼッタはわずかに目を見開いた。
幸いなことにミキは気付いていない。
第六感が嫌な気配を認知している。まさか……。
「ん? どうした、ロゼ」
急に動きを止めたロゼッタに、ミキはそう尋ねた。
「ちょっとトイレー」
いつもと変わらない口調と平静さを無理に装って、ロゼッタは広間を出た。
誰もいない薄暗い廊下を疾走しながらドレスの丈を調節する。長いと走りにくいのだ。
すそを上げてリボンでとめる。本当は切りたいところだが今は一秒が惜しい。
ロゼッタは歯を食いしばって、長い長い廊下を走り抜けた。
誰もいない大広間に、レインは座っていた。
ダンス会場は地下の広間だ。ここは地上の建物の大広間である。ここなら誰もいないし話しかけてこないだろう。
パーティーで自分の武器の話やトループのことを話してくる人が嫌で出てきたのだ。
ロゼッタが命じたので少しだけ参加したが、残戦ながら今はあんな浮かれた気分にはなれない。
ふいにあたりが騒がしくなった。
レインは顔をあげて——、目の前の信じられない光景に固まった。
「おや、これ以上は行けないようですね」
目の前に広がっていたのは——。
「オイ見ロヨ。ソコニ一人イルゾ」
レインは後ずさった、剣が使い物にならないのに、どうしろって言うんだよ。
「はい坊や、メリークリスマス」