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2 INVADER~侵入者~(1)

 ただっ広い土地に、これまた大きな屋敷が建っている。中世時代に建てられたものらしい。

 屋敷まで続く芝生の並木道は、木陰が心地よい温度を保っていて過ごしやすい。

「おはようロゼッタ」

 二人の少年少女が建物から出てきた。

 少年はシャンデット・チェッカーという。

 そして隣の少女はルーシー・ヘネシアといって、シャンデットとは生まれる前からの許嫁だそうだ。

「おはようシャンデット。ルーシーもおはよ~」

 ロゼッタは明るく返した。

「二人はこれから任務ぅ?」

 万年人員不足なので、十四歳でも戦闘に駆り出されるのだ。

「いやいや、違うから。俺らはこれから修練場に行くつもりだよ」

 苦笑しながらシャンデットが答えた。

 確かに毎日任務だと体がもたない。

「……それでね、ロゼちゃんも誘おっかなー……って」

 ルーシーがボソボソと付け加えるのを見ながら、無理なんてしなくていいのにねーっと、心の中で冷笑する。

 ルーシーが自分のことをあまり好きではないのは知っている。理由は分からなくもないが不明で、それでも苦手意識を持っていることにははじめから気付いていた。

「ううん~、いいやぁ。ボクはここで休んどく~」

「そうか。昨日の仕事、そんなに疲れるもんだったのか? 俺たちの姫が疲れるなんてことは無いと思うけど」

「平気平気。ミキと組んでたんだもん、楽できたよ~。ねー、ミキ~?」

 頭上から葉や小枝が降ってきた。

 それらに混じって、すらりとした体躯の青年が軽やかに着地する。

 ロゼッタが背もたれにしていた木に登っていたのだ。

「うげっ、ミキ……! どうしてそんな所から降ってくるんだよ!? 猫かお前は!」

 喚くシャンデットを無視して、ミキはロゼッタの頭を撫でた。

 くすぐったいのでやめて欲しい。撫でられるのは嫌いではないが。

「無視すんなよっ、大人げないぞ! ちょっ、こらっ。聞いてんのかミキ!」

 シャンデットはからかいがいがある。見ていてもやっていてもおもしろい。

「あ? うるせーな。スクローラ聖書のアリス創世記すらも覚えてねーお前に言われたくねーよ」

 スクローラ聖書とは、ロゼッタ達が使っている聖書で、この世の真実を書き綴ったものだ。一般のクリスチャンが使っているあの旧約と新約に別れているものではない。同じ話がのっているが、価値観と世界観そのものが大きく違っている。

 シャンデットが反抗して何か言ったが、聞かなかったことにする。というかしたい。

 それに対してミキが冷たく物を言う。

 が、こりないのかシャンデットはまた言い返した。

「なんだよっ! この××!」

 口汚い言葉にロゼッタはキャハハと笑い、ルーシーは興ざめした。

 またも言い返されて、シャンデットはついに素手で殴ることにしたらしい。

 だがミキは手強い。素手では絶対に勝てない。武器と素手でもシャンデットの方が絶対負ける。

「……シャンデット、やめてよ……。朝から喧嘩は良くないよ」

「いいんじゃないの~? 仲良くってさぁ。……そこだよミキっ、いっけー!」

「……ロゼちゃん、煽ってどうすんのよ」

 ルーシーがため息をついて、二人を止めようとした。

 が、その必要はなかった。

 なぜならだ。


「ユリニア様!」


 サポーターがミキを呼んだからだ。

 ミキは上からの命令にはよほどのことがない限り忠実で、逆らったことはあまりない。

 サポーターが呼びに来るということは、上に呼ばれているということになる。

 だからミキはシャンデットから離れた。

「……あ、すみません。取り込み中でしたか」

「いや、大丈夫。問題ない」

「そうですか。……おはようございます、イリンドーム様、ヘネシアさん、チェッカーさん」

 サポーターはこっちに向き直って礼をした。

「おはよぉエリー」

 以前怪我の治療をしてくれたのがこのサポーターだったのですぐに名前が分かった。

「……任務か?」

「いえ、支部の方が呼んでいるだけです……。あの、だいぶイライラしてらしたので……ハラード支部長が……。早く来ていただけると、その。嬉しいのですけど」

 ロゼッタは発作的に木を殴りつけた。

 あの馬鹿! ハラードは大っ嫌い。ううん、馬鹿以下だね。あんなのの表現のために使われる馬と鹿がかわいそうだよ。

 ミキも僅かだが顔をしかめた。

「分かった」

 再度ロゼッタを撫で、林檎を一つ差し出してミキはさっさと歩いていった。

 林檎は好きだしミキはよくこういうことをしてくるので、ロゼッタは小さくなりつつある背中にありがとうと呟いた。


◆◆◆ † ◆◆◆


 きれいな緑の中、黒の長髪の持ち主である少女が白黒の服を着て深紅の林檎を齧る。

 十分に絵になるだろう。

 だが絵は上手くないし自画像なんて描いたこともない。

 シャリシャリとした食感を楽しみながらロゼッタは暇を持て余していた。

 一人でいる時間は嫌いではないが、暇なのは好きではない。

 ミキがエリーと建物に入っていった後、シャンデット達も行ってしまったのだ。

 つまらない。

 なら一緒に行けば良かったじゃないかとなるのだが、問題はシャンデットやルーシーと一緒に修練しても大して面白くないというところなのだ。

 やるならせいぜいミキ程の実力がある人としたい。

「退屈ー」

 そうぼやきながら機械的に林檎を齧る。それしかやることがない。

 人生には余裕も大切だと言うが、暇過ぎるのもいけないだろう。

 ここは何かハプニングが起きないといけない場面じゃないかな〜……。でも残りの神様は、忙し過ぎてちっぽけな女の子のつまらないお願いなんて聞いてくれないんだろうな。

「……あっ」

 ぼんやりしていて近付いてくる足音に気付かなかった。

 あげられた小さな声に反応して、うわ不覚などと呟き、ロゼッタは顔を上げた。

 すぐそこに立っていたのは、

 銀色で赤い瞳をした少年だった。

 服のあちこちが汚れ、体も泥にまみれている。

 それでも間違いない。こいつは——


「……あっれー。昨日広場にいた凡人が、どぉしてこんな所にいるの~?」


 前言撤回。

 神様は、ちゃんと見てくれてる。



 少年はしばらく呆然としていたが、我に返ると一目散に逃げ出した。

 ロゼッタはにこっと笑って、少年を追いかけた。

 三秒足らずで追いついてしまう。が、少年は一般人にしては怖い程速かった。

「駄目だよぉ、勝手に入ってきたのに挨拶無しで行っちゃうのはー。無礼だなぁ」

 背中を強く押してこかす。

 鈍い音がして少年は倒れた。

 慌てて起き上がろうとするその体を押さえつけると、必然的に抱き合うような形になった。

 体を反転させた少年はロゼッタを見て怯え出した。

「プッ、アハッ。もー、いいハプニングが起こるもんだね? ここに入ってくるのには恐怖しなかったくせに、今さら怖がるんだぁ」

 少年が何か言おうとした。が、ロゼッタは彼の口を塞いで後方へと顔を向けた。

「ん~、いい餌をあっさりサポーターにやるのはおしいなぁ。だからね、君はおとなしくしといてねっ。じゃないとかわいがるからね? ……つまりは、殺す。……いいねー?」

 純粋な笑顔で物騒なことを吐く。

 ロゼッタは少年を木陰に引きずって隠した。

 ついでに彼の服を貫通するように木の幹に枝を突き刺す。逃げられるとこっちが困るからだ。

 下手に動くと木の皮に皮膚を引きはがされるだろうが、それは別に困ることではないから忠告はしなかった。

 木陰から出ると、ロゼッタはすぐに呼び止められた。

「あのっ、イリンドーム様!」

 門番の見習いのグースだ。

「ん? どーしたのぉ?」

 満面の笑顔で応える。見ていると寒気が走るような笑みだ。

 チッ、人の楽しみを邪魔しといてさぁ〜。さっさとどっか行ってよ。

「この辺で侵入者見ませんでした? ……あ、あの! 俺……、いえ私が引っ込んでいる間に門番が少年にノックアウトされまして……! それで内部にいれてしまったと……」

 ロゼッタの顔を見て、グースの声はだんだんしぼんでいった。

 決して起こっている訳ではない。それどころか笑顔なのだが……。そう、人をいたぶるのを楽しんでいるような、そんな笑みだから相手はおどおどしてしまう。

「へぇ~? そうなんだ。じゃあ、ボクからエリックに言っとくよ」

 その言葉にグースの顔が青ざめた。

「ヴェ、ヴェルスカーノ司令長、に……ですか?」

 エリック・ヴェルスカーノ。

 彼こそロゼッタ達を束ねる指導者だ。本部で一番偉い存在ーーつまりは組織に関係する物の頂点に立つものだ。

「そうだよ~。……君は、引き続きその侵入者、とやらを探しといてね。あとね、この辺にはいないから。ずーっとここにいたけど変な人は見なかったよ。シャンデットを変人と見るなら別だけど~。……このボクが言うんだから、信用できない訳ないよねぇ?」

 グースは無理のある笑い声を捻り出し、そくさくと走っていった。いや逃げていった。

 だらしない。

 ロゼッタは満足げに微笑むと、少年を留めておいた木のところに戻った。

「……なんでかばった」

 ずいぶんと冷たい声を出す子供だ。

 彼の手はすり傷だらけだった。無理に自分を固定している枝を抜こうとしたのだろう。

 おもしろそうに目を細めて、ロゼッタは少年の前にしゃがみこんだ。

「なんでかばったんだって聞いてるんだ!」

「アハハー。あ~、意外と元気のある子だね。……何、それが守ってくれた人に対する口の聞き方ぁ?」

「誰も頼んでない。何を……っ。あぐっ」

 彼が暴れないように両手足を自分のそれで押さえつける。結構痛いはずだ。いくら体重の軽い人でも力を加えたらそれなりの痛みになる。

 いい暇つぶしになりそうだ。せっかくの機会なのだから思う存分楽しみたい。

「さっきのサポーター達に捕まったらね、君の記憶の一部、消されちゃうんだよぉ? ここは部外者が来ちゃあいけない場所だからさー。まぁそれが良いって言うんなら、ボクは別に止めないよ?」

「……はっ、お前に捕まったんだから、結果としては同じじゃあないか」

 それに答えず、別のことを質問する。

「お前の名前はなんて言うの~?」

「……はぁ? 何で俺が」

「い~から教えなよぉ」

 少年の顔は痛みに歪んでいる。

「……。暴力で吐かせるなんて、最悪だな」

「悪いねー。仕事がそういうジャンルなんだよぉ。で、貴方のお名前は? ボクはロゼッタ・イリンドームって言うんだよ」

 ただの少女に言っても害にはならないだろうと思ったのか、ただ単にやけくそになったのか、

「……レイン。レイン・ディアナイト。これで文句ないだろ」

 一応答えてくれた。

「あ、なんだ。名前違うなぁ~、残念」

「はい?」

 ロゼッタは手を離して、パァッと花のような笑みを浮かべた。そして歓迎するように両腕を広げて朗らかな声で言った。

「ううんー、こっちの話ぃ。気にしないでー。それじゃあ、どーもはじめましてレイン。ようこそゴッドハンター本部へ!」



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