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6 BLOODY X'MAS~血まみれのクリスマス~(1)

 剣が砕け散った日から、レインは部屋にこもったまま出てこなくなった。

 扉はロックされていていて他者は入ることもできない。

 毎日三回部屋の前に置く食事は半分以上も残されている。

「このままじゃああの人死んじゃいますよ先輩」

 いつも以上に残っていた食事を思い出したのか、シャオメイが言った。

「……ショックだったんだよぉ。こういうことだってよくあるんだからさぁ……」

 いい例がミキだ。

 ミキのリボルバーは以前、任務中に壊れたことがある。“夢の核”は心が形成したものだ。持ち主の心が極端に弱くなったり大きなショックを受けるとそういうことが起こる。

「ていうかシャオメイ、な~んでアジア支部にいるのにあそこに居たのぉ?」

「あぁ、まだ言ってませんでしたね。Kが決まったノデ、ちょっと挨拶にと思って……」

「へぇ」

「クリスマスまでここにいていいって、ジャンシェ支部長が言ってまシタヨ」

「そうなんだぁ。良かったね~シャオメイ」

 そんな会話をしながら作業を進める。

 あちこちから上がる湯気のせいで暑い。

 火をつけて、ロゼッタは切り刻んだ牛肉を鍋に放り込んだ。

「……あの、先輩?」

「ん~?」

 手に持ったナイフを動かすのをやめずに応える。

「どうして私達がこんなことしなきゃいけないんですかね」

「シャオメイって、ハンター歴ボクより短いんだっけ~? それはね、パーティーを盛大にするためにサポーターには他にすることがたくさんあるからだよぉ」

 弱火にして、ルーが焦げないように掻き混ぜた。

 こんなこと――、それは、料理だ。

 十二月になるとハンターの仕事は一気に減ってしまう。

 十二月は聖なる月なので、いたるところで正しい神、つまりアリス以外の神、コスモス創造に関わった善なる神の名前などが掲げられる。

 そのせいかトループ達は姿を見せなくなるのだ。というか、あまり活発に行動しなくなる。そのおかげでハンター達の仕事は減るのだ。

 悪魔は主の御名を聞くことさえ嫌がるのだそうだ。きっとそれと同じだろう。アリスは聖なる神が嫌いだから、その部下である堕ちた天使も嫌いなのだろう。

 クリスマスが近いのでサポーター達の仕事は倍になるからか、手のあいたハンター達にその仕事を回してくる。

 四大部隊――、クラブ、ハート、ダイヤ、そしてスペードは衣食住に関する仕事の大半をさせられている。食事、洗濯、掃除などだ。毎年のことなので、本部の者は誰も不思議に思わない。

 そして今、ロゼッタ達のスペードのハンターとハートのハンターは昼食を作っている。

「……先輩、もしかしてレインって人がご飯食べないのは私達の作るのが不味いからじゃないデスカ」

 シャオメイがそう口にした。

「え~、そぉ? ボクはおいしいと思うけど」

 煮込んでいるシチューを小皿にすくって味見してみる。

 そこまで悪くはないと思うけど……。

「違いますよ、ハートの奴らが作るのが、デス」

 ロゼッタは厨房の端に目をやった。

 ミューラ、キャシー、フローラとその他のハンター達がきゃいきゃいと騒ぎながらクッキーを作っていた。

 クッキー? ……何アレ、暗黒物質?

 彼女らの前に盛りつけられ、またさらに作られようとしているそれらは、真っ黒な色をしていた。それはもう、ロゼッタの服の漆黒よろしくという並みに。

 焦げたというレベルではない。もはや炭だ。炭にしか見えない。

 元は可愛らしいいろいろな形にくり抜かれたものだったろうに、今は近くのサポーターまでもが見て見ぬふりをするスクランブルエッグのようなボロボロとしたものになっている。

 もはやクッキーではない。味を想像するのも怖い。

 原型をとどめているものもあったが、見た感じ生焼けみたいだった。

 特に酷いのはキャシーが作るもので、食べたらどうなるか……、考えただけで恐ろしい。

「……だからルーシーも下手なんだねぇ」

 そのルーシーは近くの台で、ピーラーを片手にじゃがいもと苦戦している。

「……、何なのでしょうかね」

「さぁ~?」

 向かい側で手際よく皿を洗っていたミキが顔を上げた。

「ん? ……ハートのか?」

「そう。あのクッキーはボクにしか見えない幻なのかなぁって思ってたんだ~。……ねぇ、あとミキ、それ……何?」

 ロゼッタは泡風呂状態の洗面台を見下ろした。

 泡にまみれている鍋や皿に混じって、黒こげの鉄板が入っていた。なんだかゾッとする焦げ具合だ。元は平な鉄板だったろうに、一週間かけて焦げついた物を削ぎ落として洗っても、再使用不可能な状態になると思う。

「……これか? ハートのバカ共がとれなぁい~とか言いながら持ってきたやつだよ。本当にとれないんだけど、このこげ」

「放っとけよミキ」

 その隣で同じように皿を洗っていたシャンデットがめんどくさそうに言った。

「俺なんか、それが三枚なんだよ」

 ロゼッタはミキとシャンデットが洗っていた鉄板を持ち上げた。

「うっわぁ、何これ……」

 直視したくないそれを持ってハートの所に向かう。

「あっ、ちょっ、待てロゼ……」

 ミキの声を無視して、ロゼッタはぐちゃぐちゃになったハートの台に、四枚の鉄板を置いた。

 近くで見てみて分かったのだが、焦げているのは鉄板だけではなかった。

 一つ一つあげているときりがないので指摘するのをやめる。

「ちょっと、何なのよこのチビ」

 面識のない人が言った。彼女の持っている皿には一段と酷く焦げたクッキーがのっている。

「ねぇ、そーれがお前らを救うアリスハンターへの口のきき方ぁ? まぁてめぇらになんか名前呼ばれてもしょーがないけど~。……あのさぁ、ボクらスペードはくず以下のハートの手伝いなんかしないのー。だから自分のことは自分でしてもらえるぅ?」

 ロゼッタは唇に三日月を刻んで言い放った。殺気も同時に醸し出す。いやむしろ、本当に殺したくなってくる。

「だってぇ、それとれないんだも~ん」

 ハート部隊の中でも一番うざったく、ロゼッタが最も嫌うハンターのフローラがそう言った。声はいつものようにひらべったく粘着いている。

「うっせぇなあー。自分らがやったんでしょこれ。しかも何、このクッキーの出来損ない」

 軽く指でつまんだだけで、炭となったクッキーは崩れていった。

 おもしろ半分で試しに少しだけかじってみて、

「――っ!?」

 ロゼッタは表現できないような擬声語を出した。

 不味い、不味すぎる。

 これはもはや料理と呼べるものではない。むしろ、毒だ。

 何でこんなものができる訳?

 机の上にはちゃんとサポーターが持ってきたレシピが置かれてある。秤も壊れていないはずだ。

 並べられた食材も、見た限りでは異常はなさそうだ。卵も、小麦粉も、バターも、どれもこれも賞味期限は過ぎていないし、少し高価なことを除いたらどこの家でもポピュラーな会社の物だ。

 つまり、一般家庭で作られているものと全く同じものを作っただけのはずなのに、人を殺すものになりかねないようなクッキー——否、毒ができあがるなんてどういうことだ。

 舌の上に転がしているだけで味覚が崩壊していきそうなので、ロゼッタは早急に水で胃へと流し込んだ。

「……ッ、あはは、良かったね~。これを公共の場で出さなくてー」

 これではっきりした。

 ハートの奴らはウザイ以上におかしい。なんで普通に料理しただけでこんな真っ黒な物体ができあがるのだろうか。

「どうしてよ?」

 しかも自分たちの料理の下手さを自覚していない。

「だってさぁ、こ~んな不味い物出したらただでさえ悪いハートの評判がまた下がっちゃうでしょぉ? それどころかもしかしたら殺人未遂で捕まっちゃうかもねー」

 げほげほと咳き込みながら、ロゼッタはその場を離れた。


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