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5 KING OF SPADE~スペードのキング~(4)

 それから二ヶ月経った。

 ロゼッタの足からギプスはとれ、あちこちに巻いた包帯もとれた。

 そして今現在は……。

「あー……、落ち葉邪魔だなぁ……」

 茂みの中に隠れていた。

 ザザッというノイズが耳元から聞こえてくる。

『イリ……ンドーム様、電波の……状態が悪いので……よく聞こえないと思いますが、そろそろ来る……でしょう』

 無線通信のイヤリングからだ。サポーターのハイドの声がそう言う。

「分かったよぉ。それじゃあレイン、準備して」

 ロゼッタは隣のレインにそう言った。緊張しているのか、レインは無言で頷いただけだった。

「大丈夫だよー。トループ狩るのは今日が初めてじゃあないでしょ〜」

「……はい」

 レインは頷いた。


 この二ヶ月の空いた、ロゼッタは任務に出られなかった。

 そのかわりに駆り出されたのがレインだった。

 始めは一期ばかり買っていたらしいのだが、最近は戦闘が上手くなったのでエリックから三期を狩るように指示されたのだ。


『来ま……した』

 ハイドの声で、二人は同時に湖のそばを見た。

 草がわさわさと揺れて、銀色の塊が舞い降りてきた。目は全てのトループがそうであるように、怖い程澄んだ綺麗な色をしている。

「さぁ、行っておいでよ〜。でも忘れないでねー、あのレベルは最期になって暴れ出すから」

「分かりました、頑張ります」

 レインはそう行って、茂みから出た。


 思えば、このとき一緒に出ていってあげていたら、あんなことにはならなかったのかな。

 ボクも、レインも……。


 レインはトループの前に進みでた。

「? 誰だ」

 堕天使の問いには答えずに剣を取り出して、レインは急に斬りかかった。メタリックな光を放つトループの鎧が切れる。

「お前なんかに名乗っても仕方無いんですよね」

 レインはこういうときでも敬語を使う。

 再び振り下ろされたレインの剣を避けて、トループはゴッドハンターか、と呟いた。

「アリス様の邪魔をするなら消さなければ」

 トンファーという武器を持って、天使も攻撃に出る。

 ロゼッタと色が違うだけの太い剣と、細くも使い手によっては威力のあるトンファーが絡み合っては弾き合う。

『大丈夫ですかね?』

「知らないよ~、そんなこと。レインに自信があれば武器もそれに応えてくれると思うよぉ」

 トループの腕に傷が入り、血が散った。

 掛け声や相手に話しかけるなどという無駄な行為をせず、レインはただ淡々とトループを斬っていく。

『ディ……ア、ナイト君本当に……大丈夫なんでしょ……うか。……多くの三期の記録をホログラム化して動きには馴ら……したつもり、なんですけどね、こちらとしては』

 そうなのだ。

 レインはトループのホログラムを使って訓練した。

 近距離戦を得意とするもの、遠距離戦を好むタイプ、特殊能力を使っているか否かの状態などと細かく分けられた三期トループのホログラムを使ったのだ。

 ホログラムがレインの急所を傷つける度に、つきそっていた誰か——例えばミキとかロゼッタとか、あるいはサポーターなどが『貴方は死にました』と言うことになっている。

 そしてそのホログラムは真っ二つに斬らないと消えない設定にした。

 そういうやり方でレインを鍛えたのだが……。

「まぁそうなんだけどね。そ〜んなおもちゃなんかで力はつかないからさぁ」

『……そう、ですか』

「確かにトループがどんな動きをするのかということは理解しておいた方がいいよ。でもそれは何百、ううん、何千体存在している内のほんの数体だけの動きでしょ~? しかもあれ、最期入れてなかったでしょ、そんなのじゃあどれだけやっても力はつかないよぉ」

『…………』

 何時になく真剣な顔で、ロゼッタはそう言った。

 もしレインが一歩間違えたら、軽き傷では済まないだろう。

 皆甘すぎるのだ。特に今まで大した怪我を負ってない者とか、サポーターの考え方とかが。

 これは聖戦だ。戦いなのだ。アクション映画に出てくる人達のように現代兵器をずらりと並べて銃弾の飛び交う最前線を走るだなんてことは確かにないけれども、生死をかけた戦いだ。

 実戦で大丈夫だと安心していたらそれが命取りになる。

『…ま、あ…でも、今ディアナイト君、いい線…いってます、よ…』

 電波がすごく悪い。途切れ途切れにしか聞こえなくて苛立ってしまう。

 ハイドの言う通り、確かにレインはよくやっていた。トループの体は傷だらけだが、生身のレインは息が上がっているだけで無傷のままだ。

「私はアリス様のためにここにいる…」

 堕天使のトンファーがレインの顔をかすった。

『っ!?』

「大丈夫だよぉハイド、今のはかすり傷だけ~」

 トループの左腕は消えかかっている。この調子でいけばもうすぐ終わるだろう。

 そう思った矢先、

「アリス様のためだ…、アリス様の命令は絶対なのだから…。邪魔立てする奴は死んでしまえ!」

 自己暗示のような言葉の後、トループがきれた。

 三期は最期になって暴れだす。むやみに攻撃してもうまくいかない。それに危ない。

「レイン! 逃げてっ」

 そのことをよく知っているから、ロゼッタはそう叫んだ。

 その言葉にすぐに反応して、レインは後方に走り出した。

「駄目! 危ないよ後ろッ、避けて!」

 やけくそになった堕天使がトンファーを投げつけたのだ。何事かと縁帰ったレインの額に、それは直撃する。

「がっ!?」

 深くキレたのか、レインの額から血があふれ出ている。瞬く間に彼の顔をぬるりとした液体がつたって赤く染めあげていく。

『これは、大変で……す、ね。かなり深く切れています』

 通信機であるイヤリングを通して聞こえるハイドの声も緊張していた。

 そんなこと分かってる。いちいち言わないで欲しい、それを聞くのも煩わしいからだ。

 レインは傷口を押さえてしゃがみこんでいた。

 ポタポタと、草にまで血が落ちる。

「私はアリス様から造られたのだから、期待には応えねば」

 そんなレインの後ろから、怒ったトループが迫ってきている。

 身の危険を感じてか、レインはとっさに上半身を捻って剣を構えた。

 振り下ろされたトンファーとぶつかり合って嫌な音があがる。

「!?」

 レインの顔に驚愕の色が走った。

 目が大きく開かれる――。

 剣が砕けた(・・・・・)

 鋭い刃にひびが入り、いくつもの欠片に割れて散ったのだ。

『そんな……!』

 遮るものをなくしたトンファーは、まっすぐにレインに振り下ろされようとしていた。

 まずい、あの一撃だけで……。

 ロゼッタは立ち上がって賭けだした。

 間に合うかどうかは分からない。けれど、間に合って欲しい。

 武器は出せなくても二人の間に入ることぐらいならできる……できないと困るんだ!

 そう思ったロゼッタの目前を、一本のファイティングナイフが飛んでいった。

 そのナイフは、寸分違わずトループの右手に突き刺さる。

「ぎゃあああああああああっ!?」

 トループが痛みのあまり手放してしまったトンファーは、膝をつくレインのすぐ横に落下した。

 ロゼッタは近づいてくる足音に顔を向けた。

 モンゴロイドに分類される色をした肌。

 目にしみる程まぶしい赤のタイトなチャイナ服。

 緑がかった長い黒髪は、おだんごや三つ編みを合わせたツインテールにされていた。

 よく見るとかすかに青っぽい目がレインをとらえる。

 手には何本ものダガーが握られている。チャイナ服の大胆なスリットから見える、太ももに巻き付けたガーターを模した革製のベルトにも、五本のナイフが吊されてあった。

「何だ、王様(キング)が入ったと思ったら……、こんな少年だったなんて」

 少女は顔を上げてロゼッタを見た。

 彼女の首元で光っているのは、スペードのコインを付けたチョーカーだ。

「お久しぶりですネ、先輩」

「シャオメイ!」

 彼女の名前はシャオメイ・リーという。中国人で普段はアジア支部におり、常に“夢の核”の武器を復元しているナイフ投げの名手と有名だ。

 どういう訳か年下のロゼッタを先輩と呼びたがる明るい女の子である。

「全く……、Kは本当は隊をまとめる役ナノニ……! どうして先輩に迷惑をかける奴がKなのです? こんな雑魚、とっとと倒してしまえばいいんデス!」

 シャオメイが投げナイフを両手にトループの相手をしている間に、ロゼッタはレインのところに移動する。

「大丈夫~?」

「……いえ、あまり」

 砕け散ったレインの刃は、粒子となりやがては石に戻っていった。

「ハイド、そっちに包帯ある?」

『あ…りま、す!』

 数秒としないうちにハイドがやってきた。

 彼が持っていた薬を渡してもらい、ロゼッタは次々とレイン傷口に投与して包帯を巻く。本部に戻るくらいならこれだけの処置で十分だ。

 そのすぐ後、三期の堕天使は死んだ。

 三人は無言で座り込んだままのレインを見下ろした。

 冷たい風が吹く。

 冬は、もうすぐそこまでせまっていた。

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