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5 KING OF SPADE〜スペードのキング〜(3)

 人混みをかき分けながら、ミキは舌打ちした。今日はやたらと人が多い。

 レインは大丈夫なのだろうか。

 はっきり言って、あの少年のことはあまり好きではない。

 それでも人員が減るのは嫌だった。

 ゴッドハンターとなった者は、もう人間ではない。何故かは未だに解明されていないが、ゴッドハンターは一般人とは分かり合えないのだ。故に出ていったものは長年いじめられてしまう。

 人間は愚かで、群れることでしか生きていけなくて、『普通』を決めつけることで何とか平穏を保っている。人は『外』が怖いのだ。科学では証明できない現象とか、非日常的なものとかが。『普通』から少し外れたものを個性とは呼ばずに、『異常』と決めつけて、そういった人をいじめて、仲間はずれにして、いないものとして扱い、嗤う。そうしないと自分たちの日常を保てないのだ。そういう『異常』のせいで常識が壊れてしまうのが怖いのだ。だから……だから、ゴッドハンターは一般人とすれ違うのかもしれない。

 まっ、つまり力を与えたかわりの罰、ってとこだろう……。神様も随分といじわるなことだな。

 ミキはイギリスで生まれ育った訳ではないので、街中で知人と会うことはないが、レインはここで育ってきた。その分知り合いも多いだろう。

 ロゼッタと一緒にミキがレインや胡蝶学園の人達と別れた時、ミキはほんの少しだけだが棘のある感情を感じた。出所は学園の生徒の方だった。

 それを分かっていて、ロゼッタはレインを置いてきたのだろう。聞いて中途半端に理解されるよりかは体験した方がずっと良いと思ったらしい。彼女も酷いことをする。

 ミキは歩いてきた道を辿って、少年達が行きそうな所を探した。

 やがて、とある裏通りに辿り着いた。

「……どこだここ」

 その声は他の声に潰されてしまった。

「なぁレイン。お前、変わったよな?」

「お前もな」

 声のする方を見てみる。

 唇から血を流しているレインと胡蝶の生徒達がいた。

 今出ていってもめんどくさいだけだろうと、物陰に隠れて様子を伺う。

 レインは反抗的な目で彼らを見ていた。目が赤いためか、どこか獣じみて寒気が走る。

 ……なんだあいつ。

 レインは、今まで感じたことのないようなオーラを出していた。

 殺気とはまた違う。ロゼッタみたいにいたぶるのを楽しんでいる訳でもなさそうだ。……そもそもいじめられているのはレインの方だ。

 名も知れぬ胡蝶の生徒の一人が、レインを殴ろうとした。

「!?」

 一瞬だけだが、レインの銀髪が金色に見えた。

 レインは体をひねり、相手の拳をかわす。そして細っこい足で体勢を崩した相手に蹴りをくらわした。

 ……あいつ、あんなに喧嘩できたかな。

 そんなことを思いながら、あえて手出しはせずに見守る。もちろん、危ない状況になったら飛び出すつもりだ。気に入らないとはいえ、隊員が怪我をすると面倒なことになるからだ。

「なぁ、なんで俺のこと殴ったりするの?」

 痛みでしゃがみ込んだ少年に向かってそう聞いているのがミキの耳に届いた。

 が、次の瞬間周りの少年達がレインにつかみかかった。

 両足を踏まれた上に腕も掴まれたので身動きがとれないらしい。

「なんでかって……? それはだな、お前がムカつくからだよ!」

 たった数分一緒にいただけで相手の中の好意を歪めてしまう程、ゴッドハンターの存在そのものが異質なのだ。これが、力を与えるかわりに神が授けた罰。

 少年は立ち上がってレインを殴りつけた。

 鈍い音がはっきりとミキのいるところにまで聞こえてきた。

「……なんだ。お前らはさ、こんなことしない奴だと思ってたけどね……。つまらない奴らだったのか」

 ミキは再び寒気を覚えた。

「よけいな期待は失望を生むんだよバーカ」

 連続で聞こえてくる肉を打つ音を数秒程聞き流し、ミキはようやく物陰から出た。

 気配を消して、リーダー格らしき少年に忍び寄る。そして力を抜いて、気軽な調子でその肩に手を置いた。

「なんだ?」

 少年が振り向いた。皆も一斉にこちらを向く。

 筋肉による力は一切かけずに、雰囲気による圧力、つまり一種のプレッシャーをかける。

「……この人、さっきイリンドー……何とかっていう人といましたよね?」

 レインを押さえていた一人が言った。

「じゃ、こーいうことか。お前レインの先輩か何かか? じゃあ一緒に殴ってしまおうぜ。こいつも嫌な感じするし」

「さっきの女の子も探せばその辺にいるかもしれないぜ」

 ミキは眉をひそめた。

 胡蝶学園は国内屈指の名門学校だ。それなのに、こんな下品な奴がいるのか。

 ……まぁそれなら、うちも言えないけどな。

 ハートの人を思い浮かべて、即座に彼女達の顔を思考から排除した。

「あの子は関係ないよね……?」

 レインがぼそりと言った。

 なんだか声がレインのものではないように聞こえるが気のせいなのだろうか。

「いいじゃないかよ〜。二人共いなくなっちまったら俺達以外に誰がめんどう見てやんだよ」

 下劣な奴だ。

 心の中で呟いて、呆れる。

「てめぇらなんかにめんどう見られたら終わるからやめろ。そしてそこの奴、そいつ今俺の後輩だからちょっかい出さないでもらえないか」

「うっせぇな……!」

 飛んできた少年の拳を受け止めて、ミキはもう片方の手で彼を殴りつけた。

 はなから喧嘩する気は欠片もない。適当に動けなくしとけばいいだろうと思う。

 体をくの字に折り曲げたリーダーを見て呆気に取られている少年達を速攻で殴り倒す。

 次々と倒れていく少年達を置いて、レインを連れてミキはその場を離れた。

 レインと話すことはない。

 二人共無口なままで集合場所へ行く。

 そこには柄が乙女チックな袋を抱えたルーシーとシャンデットがいた。数分前に着いたらしい。どうやらレインはご丁寧なことにも、元クラスメイト達に拉致される前に彼らにロゼッタからの伝言を伝えたようだ。

「ロゼは?」

「ううん、まだ来てないよ……」

「そうか。じゃあ少し待とうか」

 が、いくら待ってもロゼッタは現れない。

 ロゼッタは基本的に約束を守る人なのに、どうしたのだろう。言いようのない不安にかられる。

「どうしたのかな、ロゼッタ。なぁミキ、お前ロゼと一緒にいたよね? 最後に別れた所行ってみるか?」

 シャンデットの提案により、四人は広場に向かった。

 さっきより人が少なくなった広場には、ロゼッタの姿はなかった。

「確か、そこのベンチで……」

 ミキはベンチの下を見て、目を見開いた。

 潰れたクレープ。

 はみ出したクリームや、破れた生地に鴉が群がっていたのだ。

 ロゼッタはよくこういうことをする。

 そしてそういうときの大半は——

「あーあ、ロゼ、またやっちゃったな……」

 シャンデットが呆れ半分心配半分な口調で言った。

 ミキも普段ならそう言うが、今日はちょっと違うのだ。

『これが今日のか』

『うん、そう。後でサポーター聞かないとね』


 ——レギオンのことを。


 レギオンというのは、トループの群にことだ。五期や六期、ときどき四期が混ざっていることもあるが主にその二つのレベルのトループで形成されている。

 それが最近街に出現したという話を聞き、ロゼッタとミキに退治するようにという指示が下ったのだ。

 今回のレギオンは夜行性なのか、夜になると見つけやすいと言われた。

 だからミキは、ロゼッタが一人で任務を遂行しようだなんていうことを考えないだろうと油断していたのだ。

 ゴッドハンターの身体能力や六感は一般人より優れている。そのせいかは知らないが、ロゼッタにはトループの気配がすぐに分かるのだそうだ。

 ……安心してた俺が馬鹿だった…………。

 どこかに閉じこもって自責したいと思いながらも、平静を装って喋る。

「シャンデット、今回はそんな口調じゃ済まされないものだからな。ルーシー、分かるか? 居場所」

 ルーシーはこくりと頷いた。

 シャンデットがその横で不思議そうな顔をしている。

「なぁミキ、お前わざわざルーシーを頼らなくても分かるんだろ(・・・・・・)? ロゼッタなら(・・・・・・)。俺は前にお前にそう言われたんだけど」

 ミキは彼を軽く睨んだ。

「こんな街中で……?」

「じょ、冗談だって!」

 隣でレインが首をかしげている。こっちの事情を知らないのだ、当然のことなのだが。

 ルーシーは自分の武器——ガラスでできたベルを復元させて振った。

 音は聞こえない。人間が感じられるヘルツを超えた周波数の音だからだ。

 ルーシーの耳は異常にいい。音の動きや変化などで、トループや仲間の位置が分かるのだ。戦闘能力には欠けるが、こういうときに役立つ。

「分かったよ……ミキさん……。ロゼちゃんの位置……」

 ベルを片付けて、ルーシーはそう言った。

「今ね、たぶん木の上……。レギオンが人を襲ってるのをじっと見てる……」

 薄情だと思わないで欲しい。そういう規定があるのだ。

 とある住宅街の公園の近くに、ロゼッタはいる。

 三人をおいて、ミキは走り出した。



 そして今——。

 ロゼッタはミキに背負われて、シャンデット達のいる広場に着いた。

「へぇ〜、そーなんだ。そいつら殺しちゃえばよかったのに」

 ベトベトとした赤に染まったロゼッタとミキは、周囲から明らかに避けられている。

「わーお、皆気味悪がってるね〜」

「血まみれだからな」

「だから背負わなくても良かったのにー。ミキまでベットリになるよ〜」

「……死人に口無しって言うけど、怪我人に口無しってないのかな」

 ひどいなぁ。

 そう言って、ロゼッタはルーシー達を見た。

 左目は包帯のせいで見えないので、両目で見るときよりも景色がずれて見える。

 レインはいつもと変わらない無表情で、ルーシーは青ざめている。シャンデットは心配そうだ。

「まさか、ロゼ……その包帯」

「うん、どっちも(・・・・)だよー」

 シャンデットの言葉に答えて、ロゼッタはレインを見据えた。

「ねぇレイン」

「何ですか?」

「あえて言わなかったけど……、言った方が良かったのかな? ゴッドハンターはね、何でかは分からないけど一般人から嫌われるんだよ。ごめんね」

 レインはフッと笑って首を横に振った。

「いいんですよ、友だちだと思ってた奴らが猫かぶりだってことが分かったので」

「そぉ……。あだだ。……ミキー、急に動いたりしないでー」

 ゴッドハンターは孤独の中に生きないといけないのだ。……今回は、そのいい例になっただろうか?


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