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4 AFTER EVENT〜その後で〜(3)

 剣術を始めてから、レインの睡眠時間は延びた。

 今まで以上に体力を使うのだから、しょうがないことだ。ロゼッタも過去にそういう経験があるから責めはしない。

 辛い修練や勉強は急がなくても良いので、食堂のモーニングタイムが終わる前まで寝かしている。

 いつものようにハート部隊のフローラが売ってきた喧嘩を、いつものように高値で買った後、レインを起こしにいく。

 一発ハイキックを外してしまい、靴が見事に壊れてしまった。フローラがそれを見て笑ったので、腹いせに彼女のヒールも粉々にしてやった。

 片足に包帯を巻いて、靴をはかずに歩く。ハイキックした右足の方だ。ロゼッタは痛みを無視することはできるが、皮膚の固さは一般人と変わりない。故に傷つくのだ。

「レーイーンーッ、起ーきーろ〜!」

 ノック無しに部屋に入る。乙女の部屋に入るのにノックをするのは紳士としてのマナーだという言葉は聞いたことあるが、逆はどうなのだろうか。

 レインはまだ部隊が決まっていない上、正式に活動している訳ではないので、部屋は他のハンターと比べると少し小さめだ。

 おまけに飾り気もない。

 元々あった家具に本と服、写真ぐらいしか置かれていないのだ。

 カーペットすら敷かれておらず、冷たいフローリングが剥き出しになっていた。

 いくらミキでももっとマシだ。寒々しい感じはするがレインのこの部屋よりずっと生活感に溢れている。

 そして、そのミキは今現在自室にいない。

 ミキはロゼッタに左腕の骨を綺麗に折られて医務室に泊まっているのだが、今日は里帰りしている。今頃国外の故郷に帰ってあちこちをふらふらと歩いていることだろう。

 サブジュ=ゲイトの血を引く者は、常人の倍の速度で傷が癒える。すぐに腕は元通りになるだろうがやりすぎたことは反省する。

 ベッドを見ると、そこにレインはいなかった。

 別の扉から流水音が聞こえてくるので、顔でも洗っているのだろう。

 机の上に置かれている写真を眺める。

 レインとアーサーの幼少期、入学式、卒業式、庭でのお茶会……などたくさんある。

 そんな中、一つだけレインもアーサーも当主も写っていないものがあった。

 見たことのない大きな屋敷を背景に、二人の子供が遊んでいる写真だ。

 カメラマンが悪かったのか、その子供達の顔や髪が逆光で見えない。全部黒い影になっていた。

 上質の服を着た少年らしき子供は、こっちに向かって手を差し出していた。

 もう一人は少女で、骨と皮しかないのではないかと疑いたくなるような怖い程やせ細った手足をしていた。漆黒のワンピースをまとったその子は、少年にベッタリくっついていた。妹か何かだろうと、憶測をたてる。

 二人の横には、天然色としては怖いと思えるぐらいの赤に染まった林檎がなった木があって、その根元には血のような色をしたつぼみをつけた植物が生えていた――。

 ズキンッ。

「っ!?」

 急に頭に激痛が走った。

 視界がかすみ、ぼやける。

 脳内で、故障したテレビに映るあの白黒画像、砂嵐のような画像のようなものが、激痛をともなって途切れ途切れに流れていく。

 一面深紅の足下。

 散った赤い花。

 得体の知れない紅い液体。

 全部が全部紅になっている――。

 あぁ綺麗。

 そう言って嗤う誰かが、踊るように楽しげに回っている――。

 記憶にない場面が、次々と脳裏に現れては消えていった。

 特殊能力を持たされているので、ロゼッタは物に心、つまりは“夢”が付き過ぎているとそれが脳内に流れ込んでくることがある。

 が、今回はそれにしては強烈だ。

 内側から脳を破壊されているような痛みが押し寄せてくる。

 両手で頭を押さえる。

 視界に映る景色が異常な程歪んで気持ち悪い。

 耳鳴りがして、吐き気までこみ上げてきた。

 足がもつれて膝をつく。

「イリンドームさん? イリンドームさん!?」

 いつも間に、隣にレインが立っていた。それに気付くと同時に、頭痛は嘘のように引いていった。

「どうしました?」

 レインは僅かに濡れた手を差し出して、うずくまったロゼッタを引っぱり立たせた。

「……頭痛」

「頭痛、ですか」

「そーだよー」

「熱?」

「知らないよ〜、そんなの」

 額にレインの手が当てられる。冷水を使っていたのか、ひんやりしていてまだ痛む頭には気持ちよかった。

「ないですけど……。それより靴は」

「え〜? あぁ、これー? フローラと喧嘩して壊しちゃったんだよ〜」

 今になって、靴下でもはいてくれば良かったと思う。

 が、右足には包帯が巻いてあるのではこうにもはけない。片方だけというのはちぐはぐで嫌だ。

「何やったんですか」

 呆れたようにレインは言った。

「ハイキック外して壁に衝突したら割れたよ」

「ったく、貴女丸いスプーンでも机に刺せますよね? その破壊力はどっからくるんだか……。ハァ」

 溜息を吐いて、レインは何かを探し始めた。

 もう痛みはない。

 さっきのは一体何だったんだろうと、頭をさすりながら例の写真をもう一度見る。

 幼い少女は手足に包帯を巻いていた。帽子から垂れるレースが、逆光で見えない顔の左半分を隠しているようだ。服装とそのレースが黒というので、喪服を連想させる。

 そして少女よりも少し大人びて見える少年の方は、口元に笑みを浮かべているのがなんとか分かった。

 すらりと伸びた細い指をわずかに曲げて、こっちに手を差し出している。まるでこっちにおいでよ、とでも言っているかのように。

「ねーレイン。この写真に写っているのってだぁれ?」

 こっちを向きもせずに、レインは答えた。

「僕もアーサーも写っていないのですか? 昔義父様(おとうさま)がくれたものです。ノアシュタインの子、だそうですよ」

 ノアシュタインの子……。

 それなら今この子達は、この世に存在していないのだろう。

 レインが話してくれたのだが、ノアシュタインの一家は屋敷もろとも焼け死んだ。

 だからノアシュタインの子は今はいない。遺体が誰の物か分からないという有様だったため墓は作られなかったという話だから、今はもう土に還っているのだろう。

「……左端に女の子が立っていると思いますけど、それはシャーリング家のお嬢様ですよ。ちなみにアーサーが六歳のときに亡くなったそうです。十年だけの一生ですね。名前は……確かフィリーアだったと」

 そう言われて、左端を注視してみる。

 さっきは気付かなかったが、確かにそこには少女が立っていた。

 お世辞にも可愛いとは言えない。

 アーサーと同じ金髪とは言え、どちらかというとルーシーみたいに茶色がかっている。

 たくさんのそばかすが頬を横切って顔の中心部を埋め尽くしており、鼻は低いし目は不気味な紫色だ。写真で見ただけで分かる、短い睫毛と濃い眉毛の持ち主だった。

 容姿は不細工なのに、着ている服は顔に似合わないゴテゴテとした物だった。

 目に栄えない淡いピンク色のワンピースで、幼い少女の着るゴシック調の服に対抗するかのように乙女らしいフリルやら白いレースやらをたくさんつけていた。

 ロゼッタはこういう服はあまり好きではない。

 わー女の子らしくて可愛い服だなぁとは思うが、同時にハート部隊のミューラ達が思い出されて殺意を覚えてしまうのだ。

「ノアシュタインの男の子と一緒にいる女の子はー?」

「……さぁ。義父様がノアシュタインの人に聞いてみたら養子だって言われたらしいですよ。どこかその辺で死にかけているのをノアシュタインの当主が拾ってきたそうです。無口ですが可愛かったのでそこの坊に結構大切にされていた、そうです」

「へぇ〜」

 フィリーアは前方の少女を睨みつけながら、顔にはどこか恍惚としている表情を浮かべている。たぶんノアシュタインの男の子が好きだったのだろう。

「っていういかレイン、何探してるのー」

「いろいろと」

「答えになってないからねそれー」

「……その横に日記置いてあるんですよ。それはアーサーがフィリーアの遺品です。姉を知らないからせめてこれだけででも繋がってあげてって。……本当に、アーサーのその選択は正しかったと思いますよ。おかげで義姉(あね)を詳しく知ることが出来ました。読んでみていいですよ、一文目でフィリーアを理解できますから」

 いらないことまで教えてくれた。

 ロゼッタは興味を持って古ぼけた日記を開いて、

「………………」

 何も言わずに閉じた。

 はっきり言って、フィリーアは病的な文章を綴っていた。

「? どーかしました?」

 無言で日記を元に戻す。

 その様子を見てピンときたのか、レインは苦笑した。

 シャーリング家での一件があった後から、レインはよく笑うようになったのだ。

「あぁ、まあそのフィリーアっていう人は恋愛に関してはすごかったみたいなので」

 溜め息をついて、ロゼッタは壁にかけられてある時計を見上げた。

 後十分ぐらいで朝食の時間が終わってしまう。

「っと、イリンドームさん。時々床に変なの転がってますからはいて下さい。つーかはけ。……いえ、なんか足踏んだらポキッていう音が聞こえてきそうで怖いので」

 レインが差し出してきたのは、まだ値札のついている新品の靴だった。

 ゆったりとした作りで、足首のところまで覆えるようになっている。紐靴ではなくて、外側の側面でボタンをとめるらしい。動きやすそうだ。

「えー、何?」

「もらったんですよ、胡蝶にいるときに。誰かからのプレゼントだった気がするんですけど、僕はこんなデザインの靴あまり体に合わないんです。ついでに言うとサイズも合いません。まだはいたことないのでどうぞ」

「そうなのー? じゃあもらうねー。衣服班のサポーターに頼めばまたもらえるんだけど時間かかるしぃ」

 固い革靴やブーツばかりはいていたせいか、スニーカーはとても柔らかく感じられた。



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