4 AFTER EVENT〜その後で〜(2)
今日も朝早くから威勢のいい声が響き渡る。
金属音や破壊音がやかましいのはいつものことで、教団内の安眠妨害の最たるものとなっている。近々団員からクレームがくるんじゃないかと上層部の人達がひやひやしている程だ。
柔軟体操をしているレイン達の横で、準備運動はしない主義のロゼッタは遊んでいた。
「むー……さっさと体操終わらせてよねー。次ボクとやりたい人ー! 指名めんどくさいから自由に進みでてかかってきてねーっ」
ロゼッタの後ろには敗者の山ができている。
どこかしらを痛めたり気絶したりしている人達のその山に、ハート部隊のフローラを放り投げ、ロゼッタは武器を構えた。
その声に応じて屈強そうな男が数人進みでた。名前は知らない。
ゴットハンターになるにはもちろんそれなりの体力、筋力、持久力、俊敏さが必要不可欠だ。ただし、ほどほどにしないと図体が大きくなってしまう。つまりは敵に狙われやすくなるということだ。小さい的に矢を射るよりも大きい的にやる方がずっと楽なのは誰もが知っていることで、その大きな的になると死ぬ確率も上がるということになる。
「へぇ、皆でやるのぉ? 別にいいよ〜? さぁ来これば?」
人を苛つかせるようないつもの口調で、冷笑を浮かべる。
「行くぜ!」
その声と共に、全員が一斉に押し寄せてきた。
「はーい駄目ー。攻撃に威力がないよぉ。よくそんなんでトループ斬ってこれたね〜」
息を切らすことなく、自分の体と武器を上手に使う。
今使ってるのは細身の剣だ。軽い分動作が素早くなる。
宙を舞い相手の背後にまわることもあれば、武器を使わず殴ったり蹴ったりと体術だけで相手を負かすこともする。
武器だけに頼っていてはいけないとミキが言っていた。武器は所詮別もので、与えられたもの。もしそれをなくしたらゴッドハンターとは言えただの生身の人間だ。ゴットハンターはとりたてて特別な存在ではない。一般人とは随分違う体力や感覚を持っているが、それでも人間は人間だ。斬られれば死ぬし、こければ怪我だってする。そんな者が武器をなくしたときに、死から逃げれるように体術もちゃんと鍛えとけと、かなり昔のことだがそう教えられた覚えがある。
ロゼッタが最後の一人を負かしたところで、レイン達の体操が終わった。
レインの体力が少し上がってきたので、最近では剣術を教えている。もっともロゼッタは教えるのが下手なので手本を見せるだけにとどまり、実際にレインに教えているのはミキだ。その間ロゼッタは何をしているのかと言うと、ただ単に彼らを傍観している。
本物を使えばレインが死んでしまうので、練習にはフェンシングのエペで使う剣を用いる。
「エペって、突くんでしょぉ? 切るのに使っちゃあいけないんじゃないかなー」
二人の傍らに座り、朝食のトーストを齧りながら聞く。
「いいんだよロゼ。これはただの形だけのものだから。そういうルールはちゃんとした競技だけだ。人を切らないのはこれと木刀しかない訳だしな」
フェンシングとは西洋の剣術のことだ。
種目はエペ、サーブル、フルーレというものがありそれぞれルールが違う。
フェンシングの剣なら全種目の物を用意しているのだが、エペの物が一番重いのでミキとレインはそれを使っているのだ。と言っても重いと感じる程重くはない。
「ふぅん。じゃあレイン、ルールに従っちゃあいけないねー」
レインは昔、アーサーと一緒にフェンシングを習っていたのだそうだ。さすがは貴族。
それだけあって、彼の剣の構え方とか俊敏さがそれ相応になっている。
「スミマセン、ルールもう忘れました」
何故かお互い気に入らないところがあるのか、二人は容赦なく打ち合いを始めた。
「レインも必死だよなー」
組み手をして負けたシャンデットが戻ってきた。相手がイフェンだったのが悪い。
「あのお兄さん強い」
「えー、そう? イフェンってさっきボクの後ろにあった山にいなかったっけー?」
「それはお前が強いだけっしょ」
「知らないよー。シャンデットが弱いだけじゃないのー?」
「……イフェンは“向こう”の有名な剣術者なんだよ」
「言い訳禁止ぃー」
ルーシーもとことことやって来た。
彼女は組み手をしてもほとんど意味がない。実力がつかないのも嘘ではないが、武器が遠隔攻撃性な上保護系統に入るからだ。なので一対一でやる組み手ではどうしても劣勢になるのだ。保護系統は仲間を守るためにあるものであり、接近戦の多い組み手では遠距離攻撃などできはしない。体力も対して必要ない。ロゼッタ達がしているような修練では、その能力をのばすことはできない。
同じタイプの人も仲間の手助けぐらいしかできないので、他の人がやっている組み手を眺めているだけだ。
「あ、今ミキさんとレイン君……?」
「そうだよー」
「ロゼちゃんはしないの?」
一瞬殺意がよぎった。
天然なのか元がうざったいのか、ルーシーの発言言動にはいちいちイラッとくる。おまけにルーシーはここに入ったときからハートという甘い部隊にいたせいなのか、戦力も大してない。
「しないよぉ、めんどくさいもん」
「あ、そうなの……」
「……。あー、シャンデットぉ? 頭下げないとエペが突き刺さるよー」
レインの剣が弾き飛ばされたのを見て、ロゼッタは親切にもそう教えてあげた。
「エペって何…………」
細い剣が飛んできてシャンデットの額をかすめる。
人を切らないだなんて嘘だ。その証拠に、シャンデットの額からは血が出てきている。もっとも、紙ででさえ人を切ることができるのだから金属で切れないことはないのだが。
「シャンデット……!」
「だから言ったのにぃ。素直に言うこと聞かないからだよー。どっかそこらへんで洗ってくれば平気だよーたぶん」
サポーターに言って刃をコーティングしてもらうだとか言いながら、ルーシーとシャンデットは歩いていった。
ロゼッタは視線をミキとレインに戻した。
剣をなくしたからもうやめているかと思ったら、レインは体術で頑張っていた。ミキとレインは何かと張り合うところがあるみたいだ。見ている側としては楽しいが、ときどき呆れてしまうこともある。
「そろそろあきらめたらどうだ」
「嫌ですね」
素早く振られたミキの剣が、レインの髪の毛の先を切り落とした。
ロゼッタには普通としか感じられないのだが、ベテランから見てもミキの動きはとても速い。
どうして素人があんなに避けられるのだろうか?
それはともかく、いい加減ミキを止めないとレインの首筋が危なさそうだ。
シャンデットを切ったエペを拾い上げて、紙飛行機を飛ばすかのような動作でそれを投げた。
投げたエペは、ミキの手から剣を奪取して、そのまま修練場の端の柱に刺さった。その近くにいた人は、柱に深々と突き刺さったエペを見てギョッとしている。
「ミキぃ、そんなに本気だしちゃあいけないよ」
「力加減というものはめんどくさいから」
ロゼッタは通りかかった人の帽子をひょいと取った。
「ちょっ、イリンドーム様……」
「ちょおっと貸してねー。それしゃあミキ、久しぶりにボクの本気とやってみる〜?」
ミキの顔が軽く引きつる。
「……とか言いながら、ロゼは本気出さないんだよな」
その言葉にフフッと笑って、念のために帽子を深々と被った。
場内にいた人達が囁き合って、端っこに移動した。
保護系遠隔攻撃型の武器を持つ人全員が、ミキにそろって保護膜をつけた。
「そーだよね〜」
立ち上がったロゼッタが、その瞬間——消えた。
爆発音と共に床を覆っていた砂が舞う。
衝撃波は端の人々にも伝わっていた。
ミキは砂埃の先に目をこらすが何も見えない。
「だってねぇ? 死んじゃうもん。本気出したら、皆が、ね? ほらほらどこ見てるのぉ? こっちだよ」
地面ばかりを見ていたミキがとっさに上を見上げるが遅い。
ミキめがけて一直線に降下する。
か細い剣を引いて、なんの躊躇いもなく振った。
一同が呆然とする中、ミキは相当なスピードで吹き飛んでいった。
「ねー、ちゃんと膜厚くしたー?」
軽やかに着地して、ロゼッタは周りの人を見回す。
何かが壊れる音と、誰かの悲鳴と怒鳴り声、そして何か固いものが折れる不吉な音が遠くからした。
「……してなかったみたいだねー」
ロゼッタはめんどくさそうに帽子を取って、ミキのところに走っていった。