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1 OPENING~序章~

 広場はいつも以上に賑わっていた。

 中央にたっている天使の像を見上げる。優しい微笑みを浮かべているはずのそれは、どこか奇妙に歪んだ表情を浮かべていた。

「へぇ~、これが今回の犯人かぁ」

 呟いて、少女は冷笑する。


 ――この世は、カオスより生まれた。神がお創りになった。ただし、神は十三人いた。


「ねぇ、これそのままやっちゃっていいのかな~? 人がたーくさんいるけど」

 ロゼッタは隣の青年を仰いだ。

 彼は今回のパートナー且つブレーキ役だ。つまり騒ぎが起きたら鎮めないといけない、そんな役割を担っている。

「お前は強いから、他人に怪我なんてさせないだろう?」


 ――十二人はコスモスを創った。その内一人は天と地を


「そーだねー」

 口元に冷笑を刻んだまま、ロゼッタは林檎を一口齧った。

 シャリッ、という小気味良い小さな湿った音がした。誰もが耳にしたことあるはずの音なのに、何故か今はそれが不吉なもののように感じられる。

「それじゃあ、ミキがあいつを起こしてきてくれる? 足をちょっと突くだけでいいからさぁ」

「……俺が?」

「うん、君。頼りにしてるんだよぉミキぃ。ボクよりお兄さんでしょお?」

「……」


 ――一人は光と闇を


 ミキと呼ばれた青年は面倒くさそうに天使像に近づいていった。

 彼が何かを囁いて、


「きゃーっ!」


 周囲を歩いていた市民の口から悲鳴が漏れた。

 天使像がひび割れたのだ。正確に言うならば、像を形成している白い石が割れた。

 割れて崩れていく様はまるで昆虫の脱皮のようだ。

 その中から、歪な形をしたモノが出てきた。


 それは、鎧を纏った天使。


 身体のあちこちがかすんでいる。どうやらつい最近に破壊されかけたらしい。


 ――一人はありとあらゆる植物を、また一人はありとあらゆる動物を


 ロゼッタは嘲笑すると、齧りかけの林檎を放り捨てた。

 常人の域を遥かに超えた跳躍力を活かして歪んだ天使に向かってジャンプした。

 踵の高い黒い靴が熟れた果実を踏み潰す。

 グチャリ。

 気味の悪い音がして林檎が割れた。

 深紅の皮がはじけて、黄色い果実が散る。


 ――一人は風を、一人は火を、一人は水を、一人はその他の物質を


 憎むべき堕天使は隠し持っていた槍を振り回し、悲鳴を上げる人々を襲っている。もう既に何人か刺されていて目が虚ろになっていた。

「アハハッ、お腹がとぉても空いているんだぁ?」


 ――そして、大御神は御自分の姿に似せて、人間をお創りになった。


 夢、気持ち、人と関わることで生まれた記憶……。

 ロゼッタ達はそれらを合わせて“夢”と呼ぶのだが、目の前の堕天使、通称トループの餌はそれだ。

 “夢”は心に溜まる。トループはその心ごと奪うのだ。それは人格をも失うことだから、堕天使の餌となった人間は生き人形のようになってしまう。

 ちょうど足下に横たわり肩から僅かな血を流している男性がその状態にある。目が虚ろで呼びかけても反応が薄い場合は、大抵が“夢”を失っているのだ。

 ロゼッタの着地のとばっちりを避けるためか、ミキが、混乱し逃げ惑う人ごみの中に紛れ込んだ。

 いや、あれは騒ぎを鎮めに行ったのかな〜。

 呑気に思い、トループの上に着地する。


 ――また、別の一人は全ての生ある物がもつもの、すなわち神が授けるものの一つである罪と罰を


 ガッチャン!

 派手な音がしてトループがうつ伏せぶ倒れた。その背中を踏みつけるのはロゼッタだ。

「駄目でしょ~? 神の使者が鎧なんか着てたらさぁ?」

 周囲の悲鳴を含めた喧噪にも負けない大きさで、トループは耳障りな音を発している。長時間聞いていると精神的に参ってしまう様なノイズだ。

「アリス様の為にアリス様の為にアリス様の為に……」

 そんな声で呪文のように主人の名前を唱える天使を見ていると、怖気が走る。


 ――一人は枷を、


「……アリス様の為に我は造られ生きてアリス様の為に我はここに居るアリス様が待っておられる極上の“夢”をごちそうしなければ全てはアリス様の為にある我はアリス様の為にならどんなことでもするのだ邪魔をするなァっ!」

 トループが暴れ出すよりも早く、ロゼッタは後退した。

 天使の槍をかわしながらタイミングをはかる。逆上した堕天使は厄介で、むやみに攻撃しても埒が明かないのだ。

「ロゼ!」

 市民を広場の端に誘導していたミキが戻ってきた。


 ――一人は最後まで残る希望をお創りになった。こうして全てのものがそろったが、神々は地上の楽園であるエデンの園を創り、自らもそのに住まわれた。


「あっ、ミキぃ、どうだった~? 大丈夫だった~? そして危ないからしゃがんでねーっ」

 ミキはすっと身をかがめて、飛んできた刃を避けた。

「あぁ、反抗期な少年がいたけどね。何とかここだけの騒ぎにとどめられたよ。さすがは科学班。ここら辺の電波を全部切ることができるなんてさ」

「あはは~、そうだよねー。警察さえ来なければボクらは正当化される。政府とか、裁判所とかにはボクらの権利は使えるけどねー。一般人には通用しないもんね~。こんな組織があることすら知らないんだからさぁ」

 トループは基本的に一般人を殺さない。人が死ななかったら、ロゼッタ達は安心して活動できる。


 ――しかし、その内の一人は大御神の御心にそぐわないことをしたので、そこから追放された。


 広場の端で、人が騒いでいる。

 そろそろ引き上げないと面倒くさいことになりそうだ。

 世界レベルどころではない本部科学班の力でも、人類の伝達力をなめてはいけないのだ。

「ロゼ、今日はどれにする? 鉄砲で即殺するか? それとも二本刀かな?」

「んー。原形にしとくよぉ」

 刃を避けながら答える。

 暴れ過ぎたのか、トループは肩で荒々しく息をしている。元々傷付いていた身体で無茶をしたのだから無理もない。

 豪快に振られた槍を避けるために一歩飛び退くと、靴がもう一度潰れた林檎を踏んだ。残っていた塊さえも原形を失う。

「疲れちゃったぁ? でも、大丈夫だよぉ~」

 そう言いながら、胸に手を当てる。

 次の瞬間、そこからほのかな光が発せられ始めた。

 堕天使は目を見開いている。

「すぐに、お前をこれみたいにしてあげるからね?」

 つま先で潰れた林檎を示しながらロゼッタは手を引いた。

 その動きに合わせて、光の正体があらわになる。


 ――その神は、残りの神々とコスモスの全てを憎むようになった。

 

 それは、一振りの剣だった。

 長さはロゼッタの身長の半分くらいで、剣にしては太い。

 金色の装飾が施されている、綺麗な鋭い刃の剣だ。

 ロゼッタは剣を軽く振って、驚愕したままのトループを見据えた。

「お前は放っておいても消えそうだけど、ボクらの任務はお前を抹消することだからねぇ~」

 そう言い放った瞬間、彼女が消えた。

 そして次の瞬間には、呆然としているトループの後ろに立っていた。

 横に流した剣には一筋の血が付いている。

「あ……、あぁ、あっ」

 堕天使は自分の身体を見て悲鳴をあげた。が、もう遅い。

 真っ二つに切断されたその肉体は、大量の血をを流しながら消えていった。

 元々天使に血液なんてものはない。この血は“夢”が形状変化したものだ。

 返り血を浴びたロゼッタは、何も言わずに頬に付いた赤い液体をぬぐった。

 そしてそれを舐めた。

 それがいつものことなのか、ミキは気にしていない。

「キャハッ! アハハッ! あぁ、この子はたくさん食べたんだね~。アハハ!」

 急に笑い出して、ロゼッタは剣を血塗られた地面に突き立てた。

 トループから吐き出された“夢”は、早く元の身体に戻さないと迷子になってしまう。

 飛び散った血、いや、“夢”は、輝きながらやがてはすぅっと消えていった。

 広場から戦いの跡が消えていく。

 ただロゼッタは、チェシャ猫のような笑みを口元に張り付け、さっきまで液状状態の“夢”が散っていた地面を見つめていた。

 再び人気が戻ってきた。倒れていた人達も喰われた“夢”が戻ったのか、危なっかしい足取りではあるが歩いていった。 

 何人かはあきらかに怯えていて、何人かは不思議そうにしている。

「また林檎買わなきゃ。潰しちゃったぁ」

「あのな……」

 通りすがった少年を一瞥すると、ロゼッタはミキと広場から出て行った。


『――さぁ、始めよう。我らの聖戦を』


◆◆◆ † ◆◆◆


 レインはむすっとしながら広場の端に移動した。

 水溜まりに映った自分を眺め、ぼんやりとしていたところに見知らぬ青年がやって来たのだ。

 こんな暑い日に真っ黒なコートを着ている不思議な青年の言葉で我に返り、周囲を見回すと皆隅の方へ移動していた。

 だからこうして自分も端っこにいるのだ。

 遠くからでよく分からないが、中央にたっていた天使像がなくなって、代わりに歪なモノが現れたのが見えた。

 あちこちかすんでいるが、天使のような姿形をしている。

 それと対峙する人もいた。先ほどの青年と似たようなコートのフードを被っていて顔は見えず、性別は分からなかったが小柄な人だった。

 最近、よくこういうことが起こる。

 CGなのか、番組の特撮なのか、それとも単なるいたずらなのか。

 それにしたって迷惑なのは変わりがない。

 周りの人達もブツクサ言っている。携帯電話の電波が急に届かなくなって、皆不安そうだ。

 しばらくすると、その天使らしきモノは消えていった。最後に上がった液体は何だったのだろう? 赤かったが血ってことはないだろうし。

 ベンチに座ろうと歩いていると、同じく歩いていたフードの人と目があった。

 迷惑なんだよという意思をこめて睨んだが、その人はおもしろそうに目を細めて先程の青年とどこかに行ってしまった。

 思考を停止して、水溜まりの自分を眺める。

 ぱっと見でそれと分かる、青がかった銀の髪。

 絵本に出てくるバンパイアのような赤い瞳。

 さっきのフードの女性か男性か分からない人は、これが珍しかっただけだろう。

「あー、レイン。待った?」

 友人のビリーがやっと来た。彼は時間にルーズなのだ。

「あぁ、大丈夫。暇はしなかった」

「またあいつらが来たのか?」

 彼もフード姿の人が天使らしきモノと闘っている場面を見たことがあるのだ。

「まあね。ったく、あいつらの家に行って抗議したいよ、ホント」

「……なあレイン。俺、あいつらの家知ってるぞ?」


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