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白桜刀  作者: 小津 岬
1/4

〔 一 〕

 恋ならばすでに落ちていた。

 眠りについていた瞳を、わたしはひらく。おだやかな青空へ伸びる枝先にいくつもの蕾を見つけ、心が波立った。

 春は危険だ。

 萌え出づる草木に誘われて、秘めた思いがあらわれる。それは育ち、ふくらみ、ほころび──

 やがて宿命に散る。



「人でないものを斬ったことはあるか、あやどの」

 あいさつの途中で尋ねられ、絢は顔をあげた。

 高級な茶屋の、奥まった一室。きちんとした身なりの初老の男が、厳しい表情で彼女を見据えている。

 絢は表情を引きしめた。

「獣は、幾度か斬ってございます」

「妖怪の類は」

「未だありません」

「相手にする自信は?」

「ございます」

 彼女がきっぱり答えると、男は黙りこんだ。「女にしては使える」と噂を聞いた剣士だが、あまりにも若すぎる。

 迷っていられる時間がなく、彼は決断した。

「それでは、ある方の護衛を頼みたい。本日夕刻からだ」

「心しておつとめいたします。どちらにうかがいましょう」

「当地の領主屋敷へ」


 ──領主さまが、私に依頼を?

 絢の大きな目がさらに丸くなった。はいて捨てるほどいる無名剣士にとって、思いも寄らない幸運だ。鼓動が高鳴る。

 領主の使いは声をひそめた。

「お嬢さまが、夜になると妙な気配がすると言いはじめてな。ひどく怯えておられる。夜が明けるまでご令嬢をお守りしてほしいのだ」

 この三月にはいってから、美しい娘が忽然と姿を消すという事件がつづいていた。屋敷にいようが出かけていようが、目を離した隙にいなくなってしまう。

 まわりの町では、

「あれは神隠しだ。かわいそうに、娘さんたちは戻ってこないだろう」

とささやかれていた。


 使者が重いため息をつく。

「わが主も、お嬢さまかわいさに無理をおっしゃる。腕にまちがいのない剣士を雇え、ただし下心のある者は言語道断、と。名の売れた剣士というと男ばかりじゃないか!」

 絢は同情して眉をさげた。

 助けてやったんだから娘をよこせ、とごねられては厄介だろう。

「難しいところですね。領主さまのご心配もわかります」

「用心に越したことはないが、女をさらう化け物に女剣士をぶつけるなど趣味の悪い話だと思ったよ。まあ、しかし……」

 彼は無遠慮に絢をながめる。

 彼女は十七、八の年頃だが、お嬢さんとは呼びがたい風情だ。

 正座をしていてもわかる高い背丈。ふつうの女性なら必要のない筋肉をそなえた身体を、地味な着物でつつんでいる。唯一目をひく艶やかな髪も、そっけなく束ねているだけだ。

 顔立ちを見極めようとすると、日に焼けた肌と、凜として光る目の印象が邪魔をする。

 これは、妖も食わないだろう。

 使者はうっすら笑ってうなずいた。

「あなたならこの任務にうってつけだ。ぬかりのないよう頼む」


 絢は、茶屋を出るなり大路を駆けた。

 道ゆく人々を追いこし、都の外の林へ。蕾のついた桜の木を見つけると、絢の笑顔が輝いた。

 たった今のできごとを、誰よりも彼に伝えたい。

白桜はくおう、聞いて! 私にすごい仕事が……」


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