幕間 ヒグレマナの願い
マナちゃん視点です。
『悪魔の契約』という、言葉がある。
人智を超えた上位存在である『悪魔』が、人の弱みにつけ込んで甘言を囁くのだ。
たとえば――巨万の富を築きたい。
たとえば――圧倒的な武力を手に入れたい。
そして―――愛する人と結ばれたい。
悪魔は人の願いを叶える。けれど物語では、往々に、願いの曲解や帳尻合わせのための悲劇的な結末が待ってる。
それは、ダンジョンに現れる討伐可能なモンスターという、単なる害悪にまで貶められた『悪魔族』のことではない。
――いや、私自身モンスターの専門家というわけではないから。あまり詳しくはないのだけど。要するにだ。召喚系ジョブの冒険者が交わした――"合法的な"『悪魔の契約』ではない。
もっと超常的で、得体の知れない"奇跡"のことだ。
そう、かつて私は奇跡を乞い願い―――彼は、その奇跡をいとも容易く叶えてしまったのだ。
これはただ――それだけの記憶。
***
私には、幼馴染がいた。
――名前は楽宮叡。物心ついたときから一緒にいる、弟のような存在だった。
『ねーね〜! エイくんっ、お外であそぼーよ!』
私はどちらかと言えば活発な少女だった。今にしてみると、毎度のこと迷惑そうな顔を向けられていたとすぐにわかるが……。
けれど、当時の私はそんなことはお構いなしで自分の行きたい場所、やりたいことを押し通し、大層嫌がられていた――のだと思う。
それは照れからくるフリなどではなく彼がツンデレだったということでもない。そのときの私は善意100%で行動していたし、そのことを相手が喜んで受け入れるべきだとすら考えていた。
それほど子供のときの私は、無知で傲慢だったのだ。
―――あの日だってそう。強引に連れ出した探検でエイくんのことをよほど怒らせたのだろう。向かった先は、小さなダンジョンで、こっそり侵入しようと企んだのだ。
しかしながら、目論見はあっけなく失敗し、両親にも雷を落とされた。そして、そのことに拗ねた私は、楽宮家とともに行くはずだった『旅行』も置き去りにされてしまった。――ああいや……正確には、意固地になった私が、どうしても行かないとムキになったのだった。幼少期のことは思い出すだけでも恥ずかしいので、認めがたいことも多々あるが……。
重要なのは――運命の日。
その旅行からは、"だれも帰ってこなかった"ということだ。
『……………』
私は、帰ってきたみんなに謝ろうと決心していたし、私が悪かったからみんなが意地悪をしてるだけなのだと――ずっと信じたかったのだ……。
"交通事故"。
幼い頃の私にとっての衝撃はどれほどのものだったか……そのときの記憶は朧気で、けれど、何かに縋りたかったのは確かで――
大人たちの気休めなんかじゃなくて。もっと意味のある話を聞きたくて――
誰でもいいから。――『私の願い』を聞き届けてほしかったのだ……。
もしも高名なお医者さんだったら――みんなを元に戻してくれただろう。
上級神官だったら――人の一人や二人くらいすぐに蘇生させてくれるだろう。
神様だったら――言うまでもなく。
ダンジョンだったら―――もっと容易く……。
そして、私は、『悪魔』と出会った。
それは――『純白の悪魔』だった。
見たことも聞いたこともない『天使様の翼』を広げて優しく微笑む。
天にも届きうる、不遜さがにじむ双角と、ニョロニョロと不気味に動く凶々しい尻尾さえなければ……。
―――『神さま』だと思えた。
だがその存在は明らかに隠しようもなく、『魔』だった。
ただ見ているだけで寿命が奪われる『死神』のようだった。
ちょうど凶相を浮かべた時のエイくんみたいに――
「―――今日は久しぶりにたくさんイジメられちゃったな……」
チラと視線を下に向ければ、安らかな寝顔があった。
「…………」
「ふふっ。寝顔は本当、かわいい」
こうやって、過去のことを振り返ってみればわかる。……あの悪魔は、これまで出会ったどんなモンスターよりも強大で、畏怖すべき存在なのだろう。
今日私がなんとか渡り合えるようになったオーガとは、比較にならないくらい強そうだった。
だから向こうが細心の注意を払って歩み寄ってくれなければ……。もしイジワルをするときのエイくんみたいに乱暴にされてたら――あのとき、ショック死していたに違いない……。
「どうしよう」
悩む。
悩む。
あまりにも早すぎる。
あのとき交わした、『悪魔との契約』についてもう一度思い出してみる。
瞳を閉じれば、幼少の朧げな記憶の中から確固たる音の響きが伝わってくる。しかし再生される声の、そのあまりの恐ろしさに――私はエイくんの身体にひしっと抱きついた。
両手で包み込んだ右手の指先にするすると絡めて安心感を求め、祈る。
私の願いは、こうだった。
『"エイくんの蘇生"と、"私に対する依存心の植え付け"』
言い訳、はしない。
当時の支離滅裂な言動を、悪魔が解釈した結果。このような歪な形にまとめられてしまったのだ。
私の心は――とっくに壊れていた。
だから、唯一の宝物を欲した。それは薄れかけた両親への情ではなく、最後まで残った未練として――自分だけの宝物を。
『―――いいよ』
悪魔は語った。
『――都合のいいことにボクは、この少年に目をつけていてね。正確に言うならば――"候補者の一人"だったわけだね。ボクにとっても、この少年を自分のモノにできるのは僥倖だ。それはキミとも利害が一致するよね?』
つまり、パパとママは――諦めろと。
『―――代償のオハナシさ。――あるいは願いの純度かな? 余計な不純物が混ざるとキミの魂もくすんでコレクションにしたくなくなる』
それは身震いするほど恐ろしい目だった。私のことを玩具としか見ていない、アレは気に入った昆虫の死骸を丁寧に標本にするみたいな目だった。……私だって、捕まえたあとの昆虫はすぐに死なせてダメにしていた。その立場が逆になっただけで……。
『――フフッ、それにしてもおかしな相談をしてるね。だけどニンゲンは、守るモノがあるから強くなれるんだよ。ある種の、成長加速が期待できる。土壇場で反則的な成長をしたり運命への介入なんかも、意志の力が故に強固だ。神々は基本的に怠惰だからね、いやこの場合は――ニンゲンが勤勉すぎると言ったほうが正しいか……』
私の中にあるのは、自分だけを見てくれるエイくんの姿だった。
どんなに魅力的な人が現れても無関心、私にしか興味のないエイくんだ。
その想像は――とても甘美で悪魔的で背筋が震えた。過去の私はどんな顔をしてるのだろう?
『――とてもいい顔だよ。それでこそ、願いを叶える甲斐がある―――』
すでに事故から数週間が経過していた。
エイくんの遺体は――火葬されて灰になっている。彼の遺族が決めたことだ。
死者蘇生、そのものは可能なのに……。
――問題は蘇生されたあとだった。死亡後、ごく短時間のうちに息を吹き返す場合はいい。だけど、数日経過した死体の蘇生は成功率が低く、もし失敗したら『モンスター・ゾンビ』となって討伐対象だ。
『――準備は完了したよ。――さっそくだけど、願いが叶う心構えとかできた? こう――いきなり世界が変わるからね』
『……なんでも、いい。……ちゃんと……ゼッタイだからね! 失敗したゾンビとかじゃない! ちゃんと……ちゃんと……エイくんをもとに戻して!』
『承知した。――キミの願いは叶う』
悪魔は――ニィ、と邪悪に笑った。
『"権能開放"―――』
『ッ!! イヤぁああ〜〜〜ッ!?!?』
幼い悲鳴が聞こえる。
「いたッ……」
そこからの記憶は曖昧だ。
……だけど、今も思い出すだけで頭痛がしてきて――胸が苦しくなって――あのときは、「ああ騙されたんだなぁ」って子供ながらに絶望したのを覚えてる。
『――おかえりマナ』
しかし、現実は……。
『遅かったね?』
『……………え』
施設に戻り、最初に出迎えたのは、見慣れた男の子だった。
門のそばで待っていたのは――『私のエイくん』だったのだ。
『……え、うそっ……なんで……っ』
『――ん? どうしたのさ。……急に泣いたりして……』
『……あ………だって……エイくんは……しんで――ほんとに……? ……あのとき――事故で……みんな……っっ!! いなくなって……!!』
『――マナこそなにを言ってるの? ……マナがどうしてもって言うから、ぼくも一緒だったよ……。そうしたら――みんな死んじゃった……』
そんなはずない!
あのとき――エイくんは、たしかに私が来なくて喜んでいた!
私のために、前々から本人が望んでいた『博物館行き』を諦めるわけがない!!
なにがどうなってるのか不安で、私は支離滅裂なことを言って職員の人たちを大いに困らせた。
そして話を聞くと――確かにエイくんの言う通り、事故で亡くなったのは私の家族とエイくんの家族――『両親と妹』だけだった。
――そう。エイくんには妹がいた。私よりもよほど大事そうでハッキリ言って気に入らない女だ。――そして、今も……。
そんな彼女よりも、私を優先した? ――ありえない。
この男の子は、だれなんだ……。
明らかにおかしいのは――私に対する過剰な執着だった。
何においても私のことを優先する。すぐ甘えてくる。ほかの男子から遠ざける。
まるで私を独占するみたいに離してくれないっ! ふふっ――
『ああっ……! 悪魔の言った通りだっ』
願いは、叶ったのだ。
あまりにも都合のいいことが起きた。
だからこそ、私は不安になって、エイくんの正体を暴こうと苦心した。
――本当に人間なのか。
――擬態ではないのか。高位のモンスターは人間に化けられる。
だから毎日しつこいくらいボディタッチをする。
――違うッ!! モンスターなんかじゃないっ! こんなに温かくて敏感なんだ……。
『あははっ、くすぐったいよマナ』
こんなに無邪気で甘えん坊な、私だけのエイくんがモンスター?
―――なんてバカなことを考えていたのだろう……。
検査でも一切問題なかった。
魔力に対する反応性が向上したという変化はあったが、お医者さんが言うに――元々の体質が表に現れてきただけだという。
なんでも、とくに第二次性徴が顕著になると。
よほど不安であれば、ダンジョンに行ってスキルとして発現させてから解除すればいいとも――
だけど、ダンジョンに入ってからここ数日。――いやたったの四日だ。
エイくんは不思議な子。
『神さま』や『翼持つもの』でもないのに、背中から生えてるなんて言っちゃうし。
―――"そういうの"は、中学生までで卒業してくれたけど……。
「私が守ってあげなくちゃいけないのに」
そうだっ! いつも、いつも、いつもいつも、周りは私たちの仲を引き裂こうとする……。
彼はヘンなトラブルに巻き込まれやすいのだ。クラスの女子だったら、陰湿でひどいやり方かもしれないが――転校させればいい。
だけど。
それなのに。
ダンジョンのせいで、わたしのエイくんがおかしくなっている。
可愛らしくて純粋で健気なエイくんが歪められようとしている。
「わたしが助けてあげるからね」
あどけない表情で寝入っているエイくんは、きっと数奇な星のもとに生まれ落ちてきたのだ。ダンジョンに行かせないためにはどうすればいいか。
―――となりのストーカー女も、学園の教師陣も、生徒も……。
エイくんを力一杯に抱きしめる。
「……っ」
――あの悪魔の目的はなんだ?
願いの対価がなんだったのかもわからない。――私は一体なにを捧げた……?
これから私たちは、どうなってしまうのだろう……。
上級冒険者の中には、悪魔や神に翻弄されて捻じ曲げられた因果を断つためにダンジョンに潜るものも多くいる……。
呪いや罰を強いる『カーススキル』は、基本的に、自分より強い存在には付与できない。
だから私も。あの悪魔より強くなれば確実なのだ。
頭の中をぐるぐると疑問や不安が渦を巻き、しばらくして、暗い闇の底に引き摺り込まれた。
明日はもっといい一日になりますように――神さま、神さま……。
暗闇をさまよう私は天に――そして、"エイくんに"祈った。
「まなっ……やめるんだ」
寝息を立てるエイくんの細い首筋に大量の女の手が絡みついて、そして―――
これでかなり話が分かりやすくなったかな……? そう――つまりエイくんは『マナちゃんの宝物』だということが!
さて次章からは、主に魔人ルハネス戦でパワーアップしたステータスや豪華報酬受け取りなどのリザルトが始まります!




