レストランで打ち上げをしよう!
―――上手くいった。
ふさふさの毛皮の上から、真っ白のタオルを巻いてひとまずの首輪とし、あとはなるべく恭しくしろと命令した。
そうすると、まるで従者の出立ちで懐に手を置きながら追従し出したのだ。
それが良かったのか、たまに見かける『従魔』としか思われず、騒ぎにもならなかった。
そして、鑑定所で事情を説明すると、職員さんが取り計らってくれたみたいでスムーズに手続きが行われた。
「―――これまた目覚ましい活躍でした。――ラクミヤ様、改めてランクアップおめでとうございます!!」
ペコリと頭を下げるお姉さんは周囲にアピールするみたいに声を張り上げる。パチパチと各所からの拍手が鳴り響く。
――はーこれだよ……。サービス感覚で喧伝しないでくれ! そういうのが嫌な人もいるんだって! 嫉妬や憎悪の視線も感じるからぁ!
「ラクミヤ様は次のランクアップもすぐでしょうが……。Fランク昇格祝いの品で、こちらの《モンスタースフィア》を一つプレゼントします」
見た目は――『紅白模様のボール』だ。捕まえたモンスターは、このボールに入れて普段はスマートに持ち歩き、戦闘のときのみ出現させるのだ。
「まだ製造数が限られていますので、自由に購入できるのは次回以降のランクからになります」
「――分かりました。それで『アオン』の登録についてですが」
「…………」
僕は犬だから『ポチ』がいいと思ったが、鳴き声から名付けた炎理さんの案が採用された。今や命令しないと『アオーン!』とは鳴かないけどね。
「つまり、『モンスターパーク』での判断しだいということですね」
「ええ、まぁ」
スッと目を伏せてたたずむアオンは人間的だ。
炎理さんの熱い手のひらで撫でられようとも、少しイヤそうな顔をして耐えるのみ。
会話を聞きながら、今日の探索の成果を眺める。
長いレシートにしてもらったのだ。
ついでと言ってプレゼントされた――初日と二日目、三日目に比べても数倍長く、値段もイイ感じだ。
というか"桁"が飛んだ。
真っ当に冒険者やってるねー。
『――真っ当……?』
宝箱やクエスト報酬のデカい当たりがなくとも基本的なドロップアイテムだけで『4万超』。
それを三人で割って時給換算にすれば、『4000G』の高額バイト。(大人二人は除外)
しかも! 討伐クエストの報酬なんかを除いた額でコレなのだから。冒険者が人気なのも当然か。
――あ、モンスターハウスのやつは、"三桁"万円を平気で超えるから別だね。とくに魔人のドロップが複雑で――危険だから『強制買取』となった。どうしても必要な場合は『免許』を取らないといけなくなる。
だが、《ソウルクリスタル》という漬物石サイズの魔石はトロフィーとして持っておくことにした。こっちは呪いの品ではない。見た目の重厚感もすごいし、僕の魔力を染み込ませてスリスリしたらどんな変化があるのか試してみたいのだ。
取得物の売却や保管など、すべての用が済んでからシャワーを浴びてさっぱりした僕らは――混雑する食堂やカフェを見送り、割合マシな別館のレストランに入った。
いい加減自分で歩いてるよ。おじさんとはお別れしたしね。
「やっぱ即日の受け入れはムリがあったかー。なんかすまん……。殺意マシマシのあいつらは全然気ならないんだがよ」
「言いたいことはわかるよ」
「だろー?」
「またいつか迎えにくる。それまで魔力操作の練習でもやっててよ」と適当なことを言ったのに不満も漏らさず、独房めいた部屋に入っていったからね。そこで、厳密な検査を受けてから『モンスターパーク』に送られる。
二人とも険がなくなり、丸くなったというレベルじゃない。
穏やかな表情の中にある"狂信"が少し不安だった。
やっぱり"支配"なんて物騒なことは止めるべきだろうか。
道徳的観点から反省しようとしたころ、運ばれてきたガーリックステーキに目を奪われる。
――そうだ、空腹だったんだ。と、思い出したかのようにヨダレが垂れる。
言葉少なに一同パクついた。
マナはヘルシーな野菜たっぷりオムライス、炎理さんは激辛麻婆と同じくカレー。色からして刺激的な痛い系の料理。イメージまんま過ぎて、最初は気を使ったかボケかと疑ったが結局普通に食ってた。
「………?」
汗もほとんどかいてないから、もう口がバカになったのだろう。
普段から食べ慣れていないとできない注文だ。
専門店よりは質が低かろうが、満足そうなので良しとする。
そんなところが気になって途中からはあまり味がしなかったが、ライスのおかわりを自分一人でやるという『冒険』をして、やっと満腹になった。
明らかに摂取カロリーが増えている。今日は特に体力、魔力ともに消耗が大きかった。食事に要求するエネルギー量が増えるのも必然だろう。
以前であれば、記念的な意味合いでしか頼まない高級品。
『ミノタウルス』の部位を使った、たっぷりと魔力が残ったステーキだったのだ。
時間経過で空気中に分散する魔力の性質からして、新鮮さを感じるのは、《アイテムストレージ》の時間停止か、料理人の技術が優れているか。あるいはその両方だろう。最高の状態をキープできる利点のためだけにダンジョンにモンスターを殴りに行く料理人だっている。
「カラいの平気なんだ?」
少し引き目のマナが、口を拭きながら問いかける。
「――あ? まぁ、カラくないと味がしねーよ。そういえば、こればっかりは昔からだったかもしんない」
「……へぇ、ノゾミちゃんの実家は皇都にあるんでしょ。どんなとこなの?」
「うっ……別に。ここより人が多いし発展はしてるが」
その話題になってからはずっと苦い顔だ。実家と言うと絵巻で見たあの屋敷かな? ……と思ったが養子に出されたんだったか。
「――知っての通り治安は最悪だ。ブラックレギオンのヤツらが大手を振って街を練り歩くんで、ろくに住めないエリアもある」
「――人手が足りないとか? あっちの話は都市伝説みたいなのしか聞かないからねー。今回の件で、さらに分断が深まったと思うし、ヤケに情報統制がキツいのも不祥事のせいだったってこと?」
「……皇都は、凶悪犯の温床で、よそにも迷惑をかけてるって悪評をもみ消すのに必死なんだろうさ」
「さすが炎理流の本家筋なだけはあるね。一般には出回らない情報に触れられる」
「養子だがな」
「――えーと、『日本魔術連盟』の最大派閥なんだっけ?」
聞きかじりの知識を口にする。
「そっ。二番手の水和流も、分家ではあるが一年生にいるぞ。――お前も会っただろ?」
「…………?」
「"神堂の護衛"ハシトってやつと一緒にいた三人組の中にだよ。水色の髪のぶりっ子」
「――ん、水和……? どっかで聞いたような……」
その分家の女子じゃなくて、もっと昔……。
「……………」
記憶を探っていると熱烈な視線に気づく。
――執着でドロついた瞳……あっ! それこそ、絵巻の舞台が水和家だった! この人は、水和家から炎理家に養子に出されたんだ。あのいやらしそうな大人が炎理さんのお父さん! ってことはぶりっ子はその親戚? ……あれ、その割にはひとごとみたいな喋り方だったな。……まぁ、何はともあれ。
「大変そうだね」
ニコッと笑う。
「ラクミヤ……おまえ――考えるの、めんどくさくなって、ごまかしたなッ! 段々わかってきたぞ。笑顔強めのときはどうでもいいとき!」
「そんなことないよ〜?」
「その顔ッ」
――バレたか。
親戚がどうのって話ほどつまらないものもない。歴史の授業でも、同じような名前の人がたくさん出てきて、うんざりしてた。
誰か一人に絞って欲しいくらいだ。
「――それで情勢不安からこっちに?」
「―――まぁな……。ろくに法も機能してない。……だって名家の子女が『売り買い』される魔境だぜ? あの皇族に手を出してもガオウアギトはお咎めなしだって噂もある。"悪"が強すぎるんだ。――四天宮アリアたちもさすがに正面切って戦うのはキツいだろ」
「だから星都と協力するんだよね? いくら皇都が最大の都市だからって、全部の都市圏に喧嘩を売れるわけがない。いざとなれば『紫陽』と手を組むって話もある。ウチはあそことは仲悪いけど、大支島以外の勢力に対しての当たりの方がもっと強いから――敵の敵は味方理論で利害の一致くらいはありそう」
「――『紫陽』っていうと……神堂の出身地か。あそこはあそこでヤバそうだが『君主』がちゃんと治めてるならまだマシだろうぜ? ――他の大都市やギルド間の連携を上手くやれば、立ち回り次第で生き残れるか。その場合は恥ずかしいが――皇都のギルドが一番足を引っ張りそうだ……」
「そんなに腐敗してるの?」
「……ラクミヤも見たんだろ? ギルドの要職や大物政治家が集まってたって……。今はこっちで"禊"がどうとかへんなムーブメントになってるが……」
「…………え、あー」
ごめん。半分くらい寝てた。いまいち遠いことの話題は朧げで眠くなるけど個人的な見解を話そうか……。
「――レギオンハウスにいた人たちなら……改心したらしいね? こっちに残って罪を償ってから教団に貢献するとか言ってたけど、彼らをこっちで裁くのは難しいから、社会奉仕活動と観察処分がどうのってギルドマスターは言ってたよ。正直僕はあんまり興味ないんだよね」
また襲われたりしたら別だけど――
「当事者とは思えん態度な。ラクミヤにもあたしの『ばあちゃん』みたいのがいて……そんでレギオンハウスに降臨させたんだろ?」
「――あの火山のやつね。……どうだろう……? 僕はちょっと――自分でもよくわかんないタイプだから困るよね……」
最近周りからすごく期待するような目で見られることが多くてかなり辟易してる。
「でも核心に触れることを試みたら……取り返しのつかないことが起こりそうで……。それでも、どうしてもやれって言われたら――試すけど」
「ダメ」
「やめた方がいいな」
テーブルの下で力強く手を握られる。マナの断固たる意思に触れて、僕は肩の力を抜いた。
「オレの経験から言っても場所は考えるべきだ。――オレはちょっとした湖を蒸発させそうになったことがあるんだが、ラクミヤのは下手すりゃそれ以上のことが起こるぞ? ――てか起きた結果、あの人たちは信者になったんだろ。……うわ! めっちゃイヤそうな顔」
「―――エイくん。無理は絶対ダメだよ。誰も強要してないから。変にプレッシャーを感じてるでしょ? あの人たちとも適度な距離を保ってる、ポジティブに考えよう。無理して付き合うことないから」
「でも責任とかそういう……」
「好きでやってるんだよ? あの人たちは一言もイヤとは言ってない。懺悔して贖罪の道を進むんだってハツラツとしてた。――ね? それより自分のことを考えよ。なんかいっぱいスキル、増えちゃったし」
「そうだね……」
うん、きっと――その方がいい。
「そろそろ行こっか。先に会計してくるけどスマホ借りていい?」
パーティ名義の口座に入れられた、今日の成果から引かれるのだと思っていたけど。
「はい」
「んー、アプリ開いたから」
「ありがとー。ゆっくりしてていいよ」
報酬の分配はトラブルになりやすい。てっきり会食扱いで経費になるのだと思ったが、あくまでお試し期間のパーティということか。
ひとまずは三等分にしたものが個人の報酬で、残った一割を『共用資金』とした。
取得物の中から欲しいものがあれば、個人が買い取る形になる。
たとえば、僕はおやぶんコボルトの落とし物・レアドロップ《ワンワンハンド》と大小それぞれの魔石を買ったりしてる。
「はー、なんかイイな。やっぱこうして仲間と一緒にいられるの新鮮だわ〜」
あの絵巻でダイジェスト風に彼女の半生を知った立場からすると――そりゃそうだろうと思う。仲のいい子や友達がいても、彼女が本心から接し始めるとすぐにボロが出て互いに傷つく。それは、僕も体験済みだ。
このひとはワガママだから、全部を欲しがって強情になり欲が満たされないまま最後は「裏切られた」と言って離れる。
絵巻では、悲劇のワンシーンみたく描かれていたけど相手の気持ちを考えていないとも解釈できる。
「―――ですよ」
「――だがなァ」
護衛の二人は、基本的に気を遣って離れて行動する。
今は隣のテーブルでおじさん談議の真っ最中だ。確信に満ちた顔で力説する武蔵さんと胡散臭そうにしながらも対話を続ける黒羽さん。
Aランクになるにはどうすればいいか、という結構真面目な話をしてる。武蔵さんはなんか自信ありそうだ。一部会話が聞き取れないけど超ハードな修行をやる流れだろうか……? それはさておき――
「炎理さん」
「なんだ?」
「あの親睦会は行かなかった?」
「――行ったわ。おまえ来なかっただろ? ……思い出したら地獄だ」
紅蓮の髪をグシャグシャにして憂鬱そうにため息をつく。
「『カラオケ』だって聞いたけど」
「ああ。そんで隣の席のやつに文句言われてな……。一人だけの席に変えられて―――途中で抜けたわ」
「たいへんそうだね」
「逆になんなら興味あんの? ――おまえ目が死んでる……」
いやいや。満腹で眠たくなっただけだよ。カラオケは――行きたくないよね……。
「………」
―――なんだ?
突然マナの空けたスペースにずいっと入り、近寄った炎理さん。
わざわざ一旦通路側に出てからこっちに来たのだ。
「――あ、全然熱くない。手出して」
「……おう」
やっぱりだ。
熱気が一番強い肌の表面すらスリスリする余裕がある。
少し前なら火傷していたくらいの温度だろう。
もはや、わざわざ打ち消す必要すらない。レベルアップすげー。
「あたしの近くにいたから? 慣れたっていうのか……ムリしてるわけじゃなさそうだな。焼けた鉄板に触るみたいなもんだし……」
「慣れたんだよ」
「こそばゆいって」
「気持ちいいよ。スルスルしてる」
指の付け根付近を優しくマッサージするとついには喘ぎが漏れる。
――よし! こうやって本人の受け入れ態勢が整えば、魔力の通りがグッと良くなった。《生活魔法》で出す火は雑味が多く純粋な火の魔力というわけじゃなかったのだ。
だが、この人の体に溜め込まれているのはピュアッピュアの火魔力。
酸素の燃焼ではなく、概念的な炎によって対象を燃やす。ある種の『魔法生物』に近い。
「――んっ、ダメだって」
言葉とは裏腹に、僕の魔力が焼却されることはない。
たとえば、《ドミネイト》を使っても一瞬で焼き尽くされるだろうが、アプローチの仕方を変えれば侵入できた。
無数の精霊を飼って体内に宿す。共生関係。
しかし、接触部位から類似の魔力を侵入させて細胞にも潜む小さな精霊を吸収していけば、排除されずに中枢までたどり着けるかもしれない――が、いざとなれば体ごと燃やして切り離し可能、と。
彼女の体は、少しの時間なら不定形にもなりそうだ。――あまりにも神秘的すぎる!
「難しいな」
そんな趣味はなかったはずだけど、さすがに"コレ"は欲しくなる……。
スキルは精神性に悪影響があるのかもしれない。
モンスターをゲットするみたいなノリで、この少女のことも……?
「んぁ……なにが? ラクミヤ、ずっと握手ばっかして、ヘンタイだってば」
最初は実際にそうだった。けれど一皮剥いた先にあるのは――陽だまりのような暖かさだった。
おそらく彼女を守ろうとして精霊が過剰に反応した結果、人を遠ざけてしまうのだろう。そして、彼女自身の心理がきっかけでもある。
「ラクミヤ、あたし……いいのかな」
「うん。どうしたの」
「――生きてて。あたしなんかが生きてていいのかな……」
「…………」
「だって燃やすことしか――人を傷つけることしかできないんだ」
「な――」
このタイミングでやってきたマナが何か言おうと口を開けたので、それを手で制する。
――今は大事な時間なんだ!
殺傷能力に特化した炎理さんが自分の殻を破って――防御も支援も、敵の弱体化も――できるようになったらどうだろう?
炎が全く効かない相手に彼女の拳がぶつかっても見た目相当の結果しか生まない。――そう、肉体の強度自体は並以下なのだ。
そこも改善できれば――なお強い! ダンジョンでなら死んでも復活するのだから! いっそのこと限界まで出し切って絶命するのが一番いい!!
――そうすれば……次はもっと限界が高い位置にあるはずなんだ……!!
『―――あんたってば、それでいいの……?』
――ミカ。僕は今日、大幅に強くなった。手遅れなほど不可逆に。
「ぐすっ……」
「………」
感極まり――震え泣く。彼女の肩を抱いて慰める。じきに彼女の中に眠る新たな才能も開花するだろう! 誰かを傷つけるだけじゃない、癒しの――
「…………」
なんだかいいことをした気分になって、僕らは解散した。
にっこりと笑みを浮かべて一切変化しないマナの心は――先の炎理さんほどシンプルじゃないけどね!
「…………」
「…………」
終始不機嫌な彼女は、ホテルに帰るまで、それとなく指を絡めて、"何か"を上書きするべく執拗に触り続けた。
――まるで、自分の領地を奪還するように。
ほんの小指ほどのスペースも見逃さず、"儀式"は継続したのだった。
時給換算はやっぱりわかりやすいな……。時給4000円かぁ。なんでそのへんにダンジョン生えてないんだろ……。(素朴な疑問)




