孤立無援
すみません続きます
「―――ラクミヤーーっ!!」
少女の叫び声が聞こえる。
―――ああ、僕はまた失敗してしまったのか。
ダンジョンだろうが地上と変わらず、重力は発生している。
僕の身体は、必死に抵抗するも――虚しく落下する。
真っ暗闇の中、頭上で手を伸ばす二人の姿が見えた。
今にも飛び降りそうなマナに向かって、僕は魔力をぶつけた。
「―――必ず生還する! 二人は先に帰ってて!!」
とっさにソレらしい文言を考えたが、ダンジョンの悪意に逆らうことはできなかったんだと自分に言い聞かせる。
「〜〜!」
「…………」
泣きじゃくる子供の声と、混乱する炎理さんを見つめながら、僕は奈落の底に沈む。
――まもなく、唯一の光源が塞がっていき、急速に迷宮の床が再構築される。
黒羽さんは――諦めたようだ。
やっと……―――やっとだ!
"僕だけの時間"がとれた! 大人二人はともかく――戦力アップした僕たちのパーティとしての強さは順当に上がってる。
あれほど強敵に感じたオーガも今ならマナ一人だけでも伯仲させられる。――これは驚くべきことだ。
炎理さんの火炎も一発30ダメージくらい入るようになった。
非常に頼もしいと感じた。
あとは、備えとして僕が適宜の牽制の魔法を打つだけでいい。
――それでも、罠の脅威とモンスターの頭数には屈するので、きっと僕ら三人だけだとポーションを使わされるだろうな――といった具合の、若干レベル不足ではあるものの、適正に探索を進めている実感があった。
だがその一方で、口実を探していたのも事実。
誰か、恐ろしく強いモンスターに襲われていないか?
危険な罠にハマりそうになって助けを求めていないか? できれば、モンスターハウスがいい!
正直4F以前のモンスターハウスは拍子抜けするものだった。
テキトーに結界を張って《グリッターボール》を連発するだけで乗り越えてしまったのだ!
しかし、僕の懸命な捜索が功を奏したのだろう。
一組の新人パーティが、今まさに卑劣な落とし穴に飲まれそうになったとき、僕は弾かれるようにして向かった。
たった数秒間を、これでもかと引き伸ばすため、切り札の《オーバーロード》よりもリスクの小さい、けれど勇者の切り札として有名な限界突破スキル《オーバーリミット》を使った。
僕は、迷宮の白道をいくつも破壊して駆け抜け、今まさに滞空状態にあった水色髪の少女の代わりに、穴に飲まれたのだ。
モンスターハウスにもいくつかの種類があって――奥まった通路に置かれた宝箱で誘い込むパターンや未発見の部屋に閉じ込められるパターンが多い。
それらのうち、これはもっとも厄介で無益とされる落とし穴の先で全滅するパターンだ。『モアイアイパターン』と言える。
そして、5F以降のモンスターハウスは基本的に全滅すると相場が決まっている。適正を遥かに超える戦力にすり潰されるパーティの映像は、教習で何度も見た。
落ちるまでの時間を測る。
空間を舐めるように調べあげると朗報が得られた。
「――ミ……ミカ! やっぱり『ロングホール』だ!」
落とし穴の落下先に広がる大空間。
ここは、ちょうど"4Fと5Fの間"にまたがる。ボスフロアの先にある階段が異常に長いのはそのためだ。
ざっくり言うと、『ショートホール』型の罠の規模は小さく、単に機構的に殺されるだけか、あのロックイーター戦みたいな狭い空間での戦いが多い。
ダンジョンは常に流動するので完璧ではないが、統計的にはそうだ。
――――そして、今回はどうやら"当たり"のようだった。
『―――あんた一人だけ、まるで別の遊びをしてるみたいね……』
絶賛鼻血を吹き出し、現在HPが1%を目指してジワジワと削れていく中、呆れ顔のミカが声をかけてくる。
それも、視界で出現したのだ。
『ロングホール型のモンスターハウスはその階層の標準から飛び抜けて強い"強個体"ばかり集まる―――"ハズレの代名詞"でしょうに』
―――そうだッ! ミカっ! 一緒に考えてくれっ! 僕はこれからどうしよう!
『………どうしようって? 発動中の限界突破スキル《オーバーリミット》の効果時間が切れるまで待機するか――そのまま戦って"無双"してもいいのか。―――気を遣ってるのね?』
そう、それだ。
――静止した時間の中。
天使のミカが、茹だった自分の思考を綺麗に言語化してくれた。
『――そうね……。現在進行形でMPも消費されているし……ハンデなんて言ってる余裕があるのかしら?』
でも僕は、強くなっただろう? ――なってしまったんだ!!
それに――与えられた装備もある。武闘力はぐんと増した。あの"歴戦の傭兵"マナ十人分に匹敵する『3500』だ! 《オーバーリミット》中の今なら―――ほら『7000』を超えている。
――なにより、僕の体がこれ以上"ひ弱"になることも考えられない。右肩上がり。
毎日ダンジョンに駆け込めば一日ごとに肌の色ツヤが良くなり健康状態に近づくし、筋力だって上がるだろう! だから、どこかで制限をかけないと冒険者ランクに不釣り合いなほど強くなってしまう! 同級生との差も生まれる。
―――もうイヤなんだ。
僕より遥かに強い――超人なはずの武蔵さんたちが――僕のことをあんな目で見ることが!! 耐えられないんだっ!!
これからクラスメイトが――僕をどんな目で見るようになるかッッ!!?
―――おまえは、神堂さんのことを内心でどう思っていた?
バケモノだ。――バケモノ。
『だから手を抜いても平気だとでも? ………あんた、ダンジョンを舐めんじゃないわよ?』
怒ったミカの目は燃えていた。
不甲斐ない担当冒険者に愛想を尽かしたのだろう。
だって、今日はもうこれで終わりだ。
ダンジョンに入って、すでに一時間半ほどが経過している。
あっけなくクリアしちゃったら――また帰らないといけない。
また、一日待たなくてはいけない。―――あのマナの元で!
『だから今もMPを無駄遣いして―――負けたときの言い訳をしてるのね?』
――は、はぁ?
僕が負ける? ――あ、ありえない。
「負けるもんか」
重力に逆らい、構築される天井に両手を当てる。飛躍的に高まった身体能力を使い、力比べをするためだ。ミカの煽り文句にまんまと熱くなって、そのことを認めなくないからこそ、ひねくれてとった行動。
―――しかし、僕は瞬時に手を離した。
《オーラフィールド》や《即応反射》といった優秀なスキル群が、次に起きることを知らせてくれる。
強制的な空間の支配と、物質の入れ替え現象か……。逆らったら、強制的に巻き込まれて――"死ぬ予感"がした。
「――ま、まぁ。今回こっちはいいか」
敗北感をごまかして、観察に徹する。
ほんのカミソリ程度の隙間も見当たらない再構築された物質が天井となり、奈落の底では獲物を待ち構えるモンスターどもの気配がする。
――しばらくして、ミカの機械的な警告メッセージが聞こえた。
鳴り響く【絶望のテーマ】が不安を煽る。
「キィキィイ」
「キキィイイーーッ」
かかった獲物がブザマに転げ落ちるのを待っていられなくなったらしい。飛行型モンスターの歓迎があった。
バサバサと羽を揺らして赤い眼光に見つめられる。
音波攻撃を仕掛ける『ソニックバット』と呼ばれるデカいコウモリが、群れで鋭い羽を規則的に動かす。
次の瞬間、僕の鼓膜が弾けるイメージがした。
――ピシ、と。
嫌な音に眉をひそめる。
とっさに鼓膜を保護するように降ろした障壁にヒビが入ったのだ。
まともに食らえば、一発で鼓膜を突き破り、脳を直接ミキサーにかけて粉砕する技――
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『ソニックバット Lv.20』
【HP】 380/380
【MP】 471/471
【武闘力】 425
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バッサバサと羽ばたいて急接近する。―――別名『黒い悪魔』。
「―――なぁ、ミカ! 僕は子供みたいだろ? そうじゃないかと思う! 可能性がある! どうすればいいと思う!?」
眼下で明かりが灯る。
壁にかけられた古めかしいランプが一斉に燃え上がり、大勢のギラつく視線に射抜かれた。
『―――私のほうが子供だっての! 知らないわよそんなの!!』
うっ……そりゃあそうか……。
今なら会話を誰にも聞かれない。
ミカと二人きりだ。
自制のない口は滑らかに動いて――対話を始め、同時に、魔剣が踊る。
――鮮血がほとばしり、足場を失った身体が自由落下を始める。
【ログ】によると―――《ばくおん》・《超音波》・《まひかみつき》・《ソニックブーム》―――以上だった。
四方から、噛みついてくる彼らの奮闘は、ここまでだろう。
《チェーンバインド》に絡めとられたソニックバットが気弾に当たると爆散した。
僕の体を衛星のように回る《グリッターボール》に触れて、のけぞったやつに握り拳をぶつけるのだ。
――弾け飛び、血の雨が降る。
赤い膜に覆われた僕のテリトリーが空中で旋回しそのたびにグチャグチャの残骸が生まれ、破砕音が鳴り――
しばらくして、空は静かになった。
《オーバーリミット》で強化された身体能力は、魔力の操作をも向上させる。
自身の拳から突き出る魔力のおかげで、攻撃による負担は最小限に抑えられている。
「――うん………イイねっ! ――上では《ワンワンハンド》を使って、純後衛アタッカーをやってみたりしたけど……」
『魔剣と比べてどうなのよ?』
《ワンワンハンド》は、あのおやぶんコボルトの落としものだ。
いわゆる『ネタ武器』で、犬の吠える声を出す機能や肉球でペタペタと触れてマーキングできる機能など面白くはあった。
「――うーん。攻撃魔法を打つだけなら《ワンワンハンド》かな。杖なのに、そこで負けたらダメだと思うけどさ……」
さて。
1対3でありながら、致命打を出せないやつらに興味は無い。
「―――『大気刃』」
大ぶりの横薙ぎを振るう。
放たれた斬撃は鋭く豪快で、死の危機に際して高まるモンスターたちを一刀両断し、今度こそ、一匹残らず残骸となった。
「………」
滞空したまま見下ろすと、ヤツらは、大口を開けた泥の化け物『マッドマン』の不定形なカラダに吸収されたようだ。無情だな……。
「……どれどれ――"指揮者"がいるな。………ミカ……僕って負けそう……?」
『遠方から攻撃魔法を浴びせて安全に戦えば、勝てるんじゃない? ―――あんたにその気があればだけどね』
「………ミカ、付き合ってくれ。僕は今からきっと死ぬだろう。―――そのためにここにきたんだ! 誰にも縛られない自由を求めて――僕はここにいるんだ!!」
『……………それって、どういう意味? ―――ちょっと!!』
『総勢34匹』のモンスター軍団はDランク『くろまどうし』を筆頭に知能派モンスターの指示もあって"統率"がととれてる。……事前に聞いた話と違うな……。
ロングホールのモンスターハウスはもっと混沌としてるという話だったが……?
全方位を守る『要塞シールド』に殺到する攻撃の数々。
―――嵐の中、僕は着地した。
「…………ふーん。やっぱ……つよいな。――破られる……!!」
下では無敵の結界も――ここでは通用せず、と。
獰猛なモンスターが一斉に奏でる。不協和音が四方からプレッシャーとなって体を硬直させる。
―――これは、あれだ。あの人たちを相手にするときもそうだった。
《オーラフィールド》で中和してもなお、届く凄まじい殺気。
『―――くるわよ……!!』
遠くで、老人が叫び声をあげると、それが契機となって突撃が開始される。
「『エネルギーバースト・フルアタック』」
初手全力だ。胸元で浮遊する魔剣が突如震え出し、魔力がその輝きと共に高まっていく。
「―――ぅぉおおぉおおお!!!!」
珍しく腹の底から声を出した。
あのレギオンハウスで使ったときよりも壮大で――黒羽さんに試したとき以上の、破壊力を有する極大の気弾。蓄えられたエネルギーを閉じ込めて、スキル《オーラフィールド》を破壊の魔力で満たす最終奥義――
モンスターハウスに、白い流星が落ちる。
本能的に逃避を選んだモンスター軍団その中心に到達したとき――最外殻の要塞シールドが一瞬で崩壊して地面に接触。
全身をこれでもかと広げ、大の字になると――内包するエネルギーをビリビリと放出した。
「―――これでっ終わりだーーっっ!!!」
碧光が溢れて、稲妻が弾け、全方位に駆け抜ける。
モアイアイを彷彿とさせる大爆発を引き起こし、部屋全体を大きく揺らした後、しばらくは爆音が鳴り響いたのだった。
誰かと一緒にいると気を遣うからしんどいよね。わかるけどさ……。
―――あのさぁキミそれしかできないの? ワンパターンじゃねぇかよ。
だがダンジョンでは"死は日常"なので、そんなにおかしくはないか。死んでも生き返るので何度でも死ねます! 破壊と再生。――そのたびに一緒に強くなろう!!




