恐るべき罠
やっとだ!! ついに……ついに……ダンジョンが来たぞ〜〜!!
「………それじゃあ、行こうか。………あと、その陛下ってのやめてほしいかな。僕が言わせてると思われるから。恥ずかしいから……!」
「――そう言われましても。ガオウアギトを廃して"新たな帝王陛下"となられること。そのような大義名分で皇都方面の切り崩しも進めております。…………ですが、どうしてもとおっしゃられるならば――ラクミヤ様と」
「………うん。それで頼みます」
武蔵さんの言ってることを聞き流し、ゲンナリしながら、ゲート前で集合する。
人垣の中から仲間を探すと、上級のウィザード並みに膨大な魔力を光らせる炎理さんが見つかった。
彼女の存在感はひときわ大きいので、どこにいるかはすぐに分かるのだ。
問題は、勧誘かナンパを受けて人に囲まれがちなことだろう。
「………っ」
遠くの黒いとんがり帽子から覗く赤眼と目が合った。
現在、宝石のように煌めく美しい瞳は、不安に揺れ動いている。近くにいるマナは、巧みに相手をコントロールしているが、先行させて孤立したのだろう。
「………」
「なぁちょっとくらいイイだろう?」
「……オイ! 無視すんなって!!」
ウィザードの標準的衣装/黒ローブに身を包む彼女は迷惑そうにするも、相手は個人で『Dランク』の強者揃い――パーティ全員を合わせれば『Cランク』認定の大人だ。不機嫌オーラだけでは退散しない。
「へへっ、思った通りイイ魔力してんなぁ? ……こりゃあストーブいらずだぜ! 一家に一台欲しくならぁ」
「オレが声をかけてやってんだぞ? ……返事をしろ!! ……お高く止まってんじゃねぇぞクソアマが!! ちょっとツラがいいくらいで調子に乗るなよ? 女なんて結局はオレに敵わないんだからな!!」
「ウゼェな……」
「ああ!!?」
多分に下心が透けて見える。下卑た態度の彼らにイラッとした。
僕は魔力を放出して――親指を後ろに向ける。
「チッ……なんだオイ文句でもあんのか? これはオレとこのオンナの問題だと………兄ちゃ、ん……?」
彼らは最初僕の不自然な魔力に警戒して眉をしかめ、だがその背後に立つ武蔵さんのオーラに、完全にビビった。
「ひっ……す、すんません!! 俺らはこれで……!」
「くそっ……わからせてやろうと思ったのによ……」
身長2メートル近い武蔵さんは威風堂々たる佇まいで重々しいプレッシャーを放つ。並の冒険者が立っていられなくなるほどの圧を受け、彼らは飛びのくように、その場から離脱した。
「……行っちゃったね」
どうやら、だてに冒険者をやってないらしい。自他の戦力差を見極める能力は、生存に直結するので、磨かれやすいのだろう。
「便利だなぁ武蔵さん」
僕がカッコよく割って入っても、一悶着あったに違いない。
「ラクミヤ様は舐められやすい見た目をしていますしね」
「……やっぱそう? こう、キッと目力を強くしても怖さがないよね」
目元に指を置いて吊り上げるポーズをとれば、苦笑して彼が続ける。
「不釣り合いな魔力も道具頼りだと勘違いされるのでしょう。――得てして、ああいった輩は"貴種"に突っかかるものですから。炎理様も大変ですね。遠巻きに護衛を置いているようですが」
……あ、やっぱりそうなんだね。ヒエイの話だと、あの猛犬ヘルハウンドと飼い主の1ペアが誰かに捕縛されていたらしい。
大きな家の令嬢でもある彼女を守る盾の一人や二人いてもおかしくはない。
《オーラフィールド》の中ならともかく、探知魔法だけだと本気で隠れた実力者にはまず気づけない。別途『ニョロニョロヘビ』を使えば暴けそうだが、あまり意味はないだろう。
《ソナー》のレベルアップは狙うけどもね。
「――すまん、ラクミヤ。助かった。……武蔵のおっさんも」
「お構いなく」
「ごめん、行こっか。――エイくんお願いね」
さて、マナも合流したことだ。
苦い顔をした彼女に"頭部を保護する防具"を手渡す。
今回、装備を新調した僕らは、以前よりもたくましくなった。
まずは炎理さんの装備を見てみよう。手元に握られる宝玉のついた杖は、僕の魔剣と同ランクの武器だろう。
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E 火炎の杖
E まほうのたて
E とんがりぼうし(かしこさ+30)
E ウィザードローブ
E シルクのてぶくろ(きようさ+10)
E バーニングシューズ
E 蝶ネクタイ(かしこさ+10)
E インテリメガネ(かしこさ+25)
E セーフリング
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全身の装備品はこんな感じだった。
すべて『希少級』の実用品で固めてあり、バージョンアップしてる。
黒羽さんに借りた片眼鏡というアイテムを使って調べたら武闘力は―――『"1310"』だった。強いね。
シミュレーターで計測したときは――
『あなたの武闘力は 『950』 。この数値は一般的な"Dランク冒険者あるいはCランクモンスター"に匹敵します。大変素晴らしい結果です。ぜひ、今度も邁進してくださいね』
と。
あったので、そこから更に『360』も上昇した形となる。
僕の『480』の倍近くあるのに"同格扱い"はどうなのかと思うが――
一つ上の『Cランク冒険者』は、"素っ裸でも"武闘力『1500』は必要らしい。
………瞬殺したヒエイのせいで勘違いするが、本来なら、まったく敵わないのが彼らなのである。
【ステータス】には載らないが、あの『銀河マント』や『戦闘服(ホワイト一式)』も当然着用している。
だがアレらは現在アイテム扱いだ。装備の"有効化"には限りがあり、"アビリティ増強系の効果"を持つ装備品を優先するのが普通だ。
"有効化"しなくても効果を発揮する装備品は、そのまま使う形になる。炎理さんの《火炎の杖》や僕の魔剣もその部類で、アビリティ増強効果はないが、その分だけ武器自体の性能が高い。
魔剣は言わずもがな。
《火炎の杖》も"MP消費0"で【フォムーラ】を放てるなど飛躍的だ。
一方のマナは―――
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E 豪腕のこんぼう(ちから+50)
E オーガシールド
E てつのかめん
E スケイルアーマー
E ブラックアイアンガントレット
E ブラックアイアングリーヴ
E ごうりきのうでわ(ちから+30)
E セーフリング
E アイアンバングル(まもり+20)
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武闘力は『65』⇒『260』だ。
昨日倒したオーガのドロップアイテム《鬼の腕》を加工して製作された、黒光りする鋼のごとき打撃武器《豪腕のこんぼう》を振り回すスタイル。
いったん大剣の動きは綺麗さっぱり忘れて、繊細な技も何もない"暴力的な叩きつけ"を見せる。
マナは強かった。
道中のモンスターは殴打され、撲殺され、ゴロリと白道に死体が転がる。
見た目は――顔面を覆い隠す鉄仮面と、同じく鱗状に敷き詰められた無骨な鎧、黒々とした金属の腕当てに、戦闘靴。
統一感はそれほどなくバラバラだ。正統な騎士というよりは、実用性を重視した"歴戦の傭兵"がそこにいるかに思える。
しかし中身は、とっても可愛らしい美少女なのだ。
「…………エイくん。――なにか、言いたいことでも?」
ありませんとも。
くぐもった声が"柵"のような口元から聞こえ、視線を上に向けると目元の隙間から鬼の眼光がチラつく。
「だったらこのまま、まっすぐ5Fに行く? かなり安全だと思うけど……」
マナの視線の先では、長身の騎士が紅蓮のマントをはためかせている。
彼の伸ばした指先から放たれる繊細な魔力が前方のトラップを一斉に作動させて、空中で石つぶてや弓矢が静止するのだ。
「もちろん! ――てかすごっ! 《魔力操作》のレベルが違いすぎる……。彼ならすぐに《チェーンバインド》を習得するだろう」
「なんです、それ?」
興味を示した彼に《チェーンバインド》を放つと、これまた空中で止められて、簡単に解析されてしまう。
「………ああ、無属性のバインドか。――《スレッド》とか《念糸》とかならありますけど、何気に鎖の形状にするのがめんどくさくて要求レベル高いやつだ、これ」
「そうなの?」
「――ラクミヤ様は……ちょっと分からないですけど。普通は《魔力操作》のレベル4近くいりますね。――常識的に考えたら地属性の《アースバインド》あたりの下位互換、だと思うんですが……スキルコンボ狙いか、もしかしたら"スキルレベルに伴って分岐する効果"がエグいパターンかも……?」
「へーさすが! 武蔵さんは魔法もいけるタイプですよねー? 今度、戦いたいなぁ。――僕、結局勝ててないし」
「……勘弁してくださいよ。アリアあたりになんてどやされるか」
「たしかに……あの人、怖かった。――武蔵さんはあんまりそんな感じがしませんね」
「あなたが望んでおられないようなのでね」
「―――あ、結局同じ匂いがする」
ともあれ、マナが言うように今回は過剰戦力もいいところだった。
そこからは忍者っぽい黒羽さんがレンジャーに徹してうざったい罠を無力化し、前衛で万能型の武蔵さんが範囲結界と攻撃・回復まで高度に扱える。
『Bランカー』は"単独で"どのポジションもこなせる"超人"だ。
このままボスにだって挑戦できるだろう。それは典型的な『キャリー』と呼ばれる行為だが……。
「う〜ん、そうだなぁ」
考える。この人たちなら目隠しして猿轡を噛ませ――裸にし、魔道具で拘束して、逆立ち歩きをさせても問題なく進めるだろう。
「………なんです? その意味深な顔は」
両者を交互に見比べて目を細めると、ほんの僅かに口を引き攣らせた武蔵さんが尋ねてくる。
「――おい、ラクミヤ。ここはダンジョンだぞ? 悪ふざけはそっちのやつだけにしろ」
「――えぇ……? あなたほどの人がそこまで嫌がるなんて……。やっぱし、『太源』に代わった方が良かったかな……」
「失礼ですね。二人のせいでピクニックになっちゃったんですから。少し工夫しないとなぁ」
「いらんいらん! そんなことしなくても勝手に窮地に陥るのがダンジョンだ。――ほら、ヒグレを見習え」
のんきに会話してるが現在戦闘中だ。あの恐竜人間二体を相手に"こんぼう"をなぎ払い、その膂力で圧倒している。
「―――【フォムーラ】っっ! ………よし、このあたりでも遅れをとることはねぇな! ちゃんと効いてる!」
「スピノマンも、火には強いからね。今ならオーガにも刺さるかも?」
「そうじゃないと困るぜ」
漆黒のローブを揺らし、宝玉を差し向ける彼女の吐息がすぐ近くで感じられる。
スラリと伸びた純白の手の先で、傭兵が、極太の骨を振るう。
「―――うぉおおらッッ!! そこぉっ!! ちょこまかと逃げんなァッ!」
あのオーガにも迫るフィジカルの強者は呼気を吐き出し、裂帛の気合いでスピノマンの頑丈な鱗をもろとも叩き伏せる。その動きは安定していて頼もしく、装備に振り回されてる感じはしない。
「――圧巻だなぁ。オレらとは、成長の方向性が違い過ぎて新鮮に思える……。まさかジョブ《闘士》志望なのか? だもすると普段とのギャップがすごいが」
「さぁ、どうだろう? 戦士タイプだとは思うけど、剣よりもこっちが合ってるよね。繊細な技術よりもひたすら豪快に殴るほうが体の動きがいいみたい。……身体強化の使い方が、武器を前提としない護身術よりなのもあるんだろうねー」
「空手だったか? オレも体は鍛えてないからそこが課題かな〜」
「同じく」
心肺機能や筋力が普通くらいになれば、《ブースト》の恩恵も大きくなる。まったく同じアビリティでも、ガリガリの欠乏児とボディビルダーとでは大きな差があるように、僕の体も現在はモヤシに近い。アビリティの上乗せ頼りと言えるだろう。
何をするにしても、まずは基礎的な身体能力が土台である。
今の僕では、《オーバーロード》の強みをまったく活かせない。……あれ? そういえば、あれほどの死闘を終えたわりには、筋肉痛が我慢できる程度だったな……。もしや、死亡したら戦う前の状態にリセットされるのか? ――せっかくの経験が白紙になるのは最悪だな、と嫌な想像を巡らせていると……。
「――終わったよー。この手応えからして、私もオーガと真っ向からやり合えるようになった! もう足は引っ張らない! ……普通なら、このランクの装備で固める場合"100万G"は飛んでたよ」
本格的に一戦やり終えたとは思えない清々しい表情のマナは、鉄の仮面を横抱きに髪をかきあげては一息ついた。
「もっと少しずつ成長したいって思わなくもないけど、コレはこれで儲けものだよー。まぁエイくんの気持ちはわかるけどね」
ランクアップで得られる権利や、三日間の利益を総合しても、どれか一部位を購入するのが限界だったはず……。
しかし、昨日の事件の補填でタダにしてくれたのだ。ギルドパトロールの犯罪加担は由々しき事態とのことで、かなり下手に出られた。
僕はあまり乗り気じゃなかったけど、装備が強くなれば、自分が強くなったと勘違いしそうでね。
けれども、わがままを言って困らせるのも不本意ではないからいくつか貰ったよ。
「―――お、良いタイミングだ。さっさと進んじまうか」
僕よりも広範囲を調べられる黒羽さんの言った通り、駆け足でフロアの端っこまで移動すれば、扉の向こうに花畑が広がっていた。
「わー! やっぱり気分が良くなるねー。リラックス効果高そう」
『4F』のボスフロアは、植物モンスターの楽園だ。ボスフロア自体がモンスター有利のフィールドに作り替えられるのだ。
「そうかぁ? オレは鼻がムズムズしてさっさと通り抜けたいがな……」
「分類上は『魔草』だもんね。花粉が魔力を吸い取ってるんだよ。マナのそれは、幸福感を与えて動けなくさせられてるんだよ」
「ぶーぶー!」
有害なモンスターのいなくなった草花が生い茂るボスフロアは確かに目の保養となる。だからと言って、長時間滞在すれば、次の戦闘の栄養にされてしまうので勘弁願いたい。成長すれば、『魔眼』の能力を発現した『おめめフラワー』になるらしい――とは黒羽さんの談。
「――加えて言うなら、『復活』は扉を操作してやるほうが早い。おまえらもボスの『優先攻略権』を奪い合ったりで苦労するんだろうなぁ」
「しかしラクミヤ様たちなら、あっという間にランクアップを果たして、みずからの派閥を立ち上げそうですけどね。今年の星刻学園の一年生は異常なくらいギフテッドが揃っている。………何かに呼ばれてますかね?」
「………さぁて、な。……その口ぶりからして―――オタクらは関知してないと?」
「私どもはラクミヤ様の周囲の不穏を取り除く使命を果たすのみ。その先で衝突しないとは言いませんがね」
「―――けっ。狂ってやがるぜ、どいつもこいつも……。宗旨替えしたにしては穏やかすぎる。どんな目に遭えばそこまで精神が変容するってんだ? あんたのことは知らなかったが、会ってみて確信したよ。――そんなタマじゃねぇだろ、あんた」
「――フッ。あなたも分かるさ。あまりにも偉大な存在を前にしたときの――人の儚さを。英雄と呼ばれるものたちの心境を。彼こそが、全世界の魔王を屈服させる真の勇者なのだから! ―――私は一足先に行かせてもらうよ、新たな地平にね」
「…………………そうかい。……そりゃよかった……」
なんか後ろで、大人が難しい話をしてるけど置いていくよ?
―――さぁ、モンスターハウスを探しに、5Fに行こう!!
『ええっと……そんな趣旨だったかしら……?』
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[星刻の大迷宮 5F ]
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―――やっとだ。……やっと見つけた! 白道に空いた大穴を!
探知魔法をフル活用して見つけた絶好の機会。
あるには、あったのだ。――しかし、ほかのパーティとの兼ね合いで、"理想の罠"は見つけられなかった。
今回の探索で、"理想のモンスターハウス"に遭遇することはなかった。
―――しかし……しかしだ。
僕は、即座に『ニョロニョロヘビ』を先行させて奥行きを確かめると――数メートル規模の落とし穴ではなく、『ロングホール』と呼ばれるタイプの危険度の高い――複合型の罠だと判明。
それは落とし穴と、モンスターハウスがセットになった悪意の高い罠で―――遭遇したビギナーは"全滅必至の難易度"。
――前方でソレを回避し損ねたパーティがいた。水色の髪をした女の子が落ちていく……。
「―――今、助けるっ!!」
僕は全力で跳躍した。自分が探し求めていた場所に突っ込むためでは、断じてなく―――女の子を救うために、ダンジョンの大穴に呑まれる……。
「きゃっ……! いきなり、なんなの!?」
突き飛ばされた女の子が白道に横たわる。後ろからマナたちが追ってくるが――タイミング的に間に合わないっ!!
――いや……よし、無事に助けられたようだ。
問題は……!
「――《エネルギーバースト》!! 三人ともッ、先に帰ってて!!」
「チッ……こなくそっ」
空中を蹴る黒羽さんだ。
突発的に発生した"空中戦"は、たった一瞬のできごとだった。
「………テメっ、やりやがったなッ!!」
まさか、本当にやるとは思わなかったと驚愕する――黒羽さんが遠くに見える。
「エイくん!!」
「ラクミヤーーっっ!!」
光が――離れていく。
唯一の光源となった天井の穴で、その向こうで、衝撃にのけぞる護衛と二つの叫び声。
ダンジョンは―――とても恐ろしい場所だ。
僕はダンジョンの悪意に呑み込まれて、地獄に真っ逆さまとなる。
虚しく、伸ばされた手がついに掴むものはなかった。呆れた顔の天使と一緒に、僕は孤独な戦いを強いられることになる。
―――地獄のモンスターハウスで! また会おう!!
穴があったら入りたい。それがラクミヤ少年です。もうツッコミはしなくていいよね……。こういう人です。―――これが熱血スポコン学園ラブコメダンジョンモノ主人公の姿か……?
逆に今までどうやって生活してたの? これがわからん……。




