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病み系ノゾミン、来訪

短め


「―――それでダウンしてんのかよ、ラクミヤは。ばかだなぁ」


 ―――時刻は、午前九時半。


 やけに時間の進みが遅く感じる。ダンジョンに行けば、きっと流星のように瞬く間に過ぎ去っていくのだろうに。


「緊張して損したわ。学校以外で会うのってなんか新鮮だな……」


 ケラケラと笑う炎理さんは私服だ。不良っぽい見た目というか、全体的に破けていて心配になるな。


 両肩を丸出しにしたドクロの黒シャツにダメージ加工されたジーンズ。……地雷系? とか言うのだそうで。印象がだいぶ違う。


 まるで捨てられた子猫みたいだ。他人の顔色をうかがう繊細な態度も相まって……。まぁ僕の戦闘後の姿もだいたいこんな感じで、ボロ切れを羽織るみたいになる。あっちはマジもんの"ダメージ"だけどね。


『…………さすがにあんたとは、一緒にされたくないんじゃないかしらね』


 けど、彼女の場合はファッションだ。紅蓮の頭髪を横で垂らしたサイドテールに黒縁のメガネをかけている。


 制服や戦闘姿に見慣れているから一瞬、誰だか分からなかったがずいぶんと自由そうだ。気軽に会う約束をしてたと思うが、間が空けば怖くなったのだろう。インターホンを鳴らした画面越しの彼女の声はこわばっていたが、今は脱力してる。


「―――で。そっちのオッサンが、護衛の人?」

「黒羽だ。炎理のご令嬢、以後お見知り置きを」

「フーン。……裏のモンなんだな。今日一日オレも同行する。……いいよな?」

「かまいませんとも。そこのラクミヤみたく暴れられると困りますが……」

「………オイ。何したんだよ…ッ!」


 ジト目で問われる。黒羽さんの手前、威圧感を出して舌鋒合戦を始めた彼女が見つめてくるので、重い体を持ち上げてベッドに座る。


 経緯を語ると――


「道場をぶっ壊してきただぁ? ……クク、派手なことやらかしてんなっ」


 マナの差し出した椅子を抱きかかえるように座った彼女は、愉快そうに笑った。


「外も大騒ぎだってのにまったく元気なやつだ。いつもは弱そうで存在感も薄いのに……」


 テレビを指さして、独り言をつぶやく炎理さん。その目はどこか遠いところを見ているようだ。………教室かな?


「いや、お互い様でしょ。窮屈そうなのは」

「――まぁな。今度のダンジョンでは『霊装』を引っ張ってくるから遅れはとらねーぞ!」


 ペラッペラの薄いシャツを揺らしてはしゃぐ。

 彼女が動くたびに服がひらひらと翻って心配になるほど無防備だ。寒そうな肩は言わずもがな、脇のシワものぞいて視線が引き寄せられる。


「………っ」


 見られてることに気づいた炎理さんと目が合う。

 すぐにそらされた。赤面して足のつま先が小刻みに揺れる。


「じーー」


 わざとらしく口元を強調したマナがアピールしてくる。


「――ほぅ、『霊装』か。高位魔装の一つだな? 低層攻略にしてはやり過ぎなくらいだが。護身目的でも妥当な判断だな」

「………ふぅ。これ以上、二人が強化されるのはパーティメンバーとしては複雑ですけどねー」


 談義が続く。


「あのオーガ戦で死にかけたしな。個人的なこだわりは捨てることにした」

「こだわりって?」

「本家のやつらを喜ばせちまうからって手を抜いてたんだ。だけど、そんな甘えはもう、捨てる。使えるもんは使うと決めた。………それだけの話だ」


 うつむいた彼女。なんだか自分に言い聞かせるような響きだった。

 そこで、黒羽さんが声をかける。


「オーガってことは5F以降だな。確かに火は相性悪ィが………そもそもマージン無視してやがんな。いくらおまえたちでもこの先、確実に事故るぞ? 5Fはイレギュラーの発生率も高い。ボスフロアを超える難易度の『"モンスターハウス"』だって出てくる。戦闘はよくても罠は厳しいだろ?」

「はい。何回か死ぬと思いましたもん。エイくんの《オーラフィールド》でも罠の作動までは防げませんし」


 カタカタと椅子を揺らして炎理さんがつっこむ。


「そこまでこなせんならジョブはいらねーよ。……そんで、さっきから何を企んでるんだ、ラクミヤ?」

「…………え。べつになにも……?」

「ウソつけ。目が笑ってたぞ!」


 やめてくれっ。


『モンスターハウス。大量の魔物がひしめく地獄のことね。あんたが今そのことしか考えていないのがバレるのはきっと時間の問題よ?』


 それからマナが積極的に質問をして、持っていた方がいい資格や免許などの小難しい話が始まったあたりで。


「おーい。……寝てやがる」


 僕の意識は――まどろみに落ちた。




***




 ―――そして、午後。


 朗報が伝えられた!

 ひとまず事態の収束が宣言されて、ダンジョンも解禁されたのだ!


 そのあと、ショッピングモールを巡る女子たちに連れ回される僕と黒羽さん。


 やれやれ、とため息を吐いて、しかし満更でもなさそうな彼の姿が印象的だった。


 ―――が。


 とはいえ、ダンジョンだッ、ダンジョン!


 伝言通り、さっそく会いに来た四天宮アリアと、その一味の"改心ぶり"に安心し――


「―――長年、願ってやまなかった慈悲深き御人よ。至上の位におわす御身自らが降臨なされるこの奇跡に、深い感謝と永遠の忠誠を捧げます」


 感極まって涙を流す妙齢の美女、四天宮アリアはシルクのような金髪が地べたにつくことさえ厭わない。……あれ、髪は水色だったような? まぁどうでもいいか。


 水晶広場で礼拝する彼らにも通ずる危なさに、僕は冷や汗をかきつつ、「ああ」とか「うん」とか棒にも箸にもかからない返事をする。



「わざわざッ、私たち下々のためにお越しになられているのですよ! ―――救世は、きっと叶います。これまで多くの神々が戯れに加護を与え、祝福を授けてきた。しかし、それらは気まぐれでしかなく、敵対する神格と真っ向からやり合う気概など持つはずもない。――それがッ、それがッ!! 今がどのような状況かひと目で分からないのですか!? ―――愚鈍な英雄めッッ!!!」


 ペコペコとお互いに頭を下げる時間を過ごして、ギルドマスターの部屋を出ると、後ろからそのような罵声が聞こえた気がした。


「こわいね」

「いや、オメェの……! ………なんつーか、おまえが立ち上げた組織じゃないのか?」


 と。

 小声で尋ねる黒羽さん。

 ――だけど、残念ながら心当たりはない。勝手に神輿にされるのはムッとするが、話を聞いた限り『慈善団体』っぽいのでいいが。


 犯罪者の撲滅、恵まれない子供の支援、炊き出しなどを始めており、さっそく成果も出した。評判は上々。困惑して疲弊した様子のギルドマスターが言うから間違いない。


「じゃあ、行こうか!」


 都市のトップレギオンよりやや小勢というくらいの『準一線級レギオン』が丸ごと参入し、僕の指示を聞くようになったこと。


 ―――どうでもいい。


「マナ、炎理さん、ダンジョンへ行こう……!!」

「ラクミヤ――何がお前をそうさせるんだよ! アレをそんな軽いノリで流せると思ってんのか!? そこらのギルド支部なら平気で落とせる武力を持った、新興宗教の開祖だぞ? そんなテキトーな扱いでいいのか、おいヒグレ!」

「…………しらない。――私は何も知らないから……」

「そういうの現実逃避って言うんだぞ、知ってたか!?」


 まぁ、たしかにインパクトはあったけど。

 僕らの冒険に直接関わることはないだろう。



 ―――と思ってたら……。


 あの魔法剣士――『武蔵』っていう人が護衛につくことになった。


 当初、僕は一人でもダンジョンに行くつもりだったのだが……そのあまりの猪突猛進さ、理性を感じさせない姿を見せたのがマズかったのか――それともこれ以上実力的に離されないためかマナが頑として譲らず。


 そうなれば――予定を空けていたパーティメンバーの炎理さんも参加。

 そして、大人二人は、僕の護衛として当然の顔で着いてくる。


「――なんか思ってたのと違う。お金持ちの道楽みたいに感じる」

「………"陛下"、我慢してください。懸賞金狙いの悪党は、大概、武威と金で御せましたが愉快目的の狂人はどうにもなりませんからね」


 そう語るのは、更衣室のベンチに大股で腰掛ける魔法剣士だ。

 虹色に輝く、圧倒的な魔力を内包する鎧と兜をつけた騎士の装いで、刈り上げられた灰色の髪と精悍な顔つき。――どう見てもベテラン。誰もが憧れる冒険者の姿で、カリスマ性を感じさせる。


 護衛同士の兼ね合いで、背景に溶け込むように消えた黒羽さんとは別ベクトルの"真っ当な強者感"だ。


 周りからの視線でもわかる。―――そんな彼らに護衛される僕は……完全にボンボンだった。


ノゾミちゃんはかあいいねぇ。きっとウッキウキで玄関まで来たはいいものの「……え、マジで来たの?」という恐れからしばらく突っ立ってたんだろうなぁ……。


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